第九十話 バーベキュー
以前コテージに来た時は午後四時頃の到着だったが、今日は午前のうちにここへ着いた。前回より早いのは、今日が日帰りだからだ。
俺達みたいなエネルギーの余っている若者なら、翌日即部活、みたいなハードスケジュールでも問題ない。だが、今回泊まりにしてしまうと、母までその強行軍に巻き込んでしまう。
だからこそ、こうして時間を繰り上げ、日帰りにしたのだ。
「うわー! 泰平先輩! 綺麗な川ですね! これだけ透き通ってて綺麗なら、直接飲めそうですね!」
「あー、それはダメだぞ。でも、煮沸したら飲めるはずだから、本気で飲みたいならそうしろよ」
「はーい!!」
元気っ子後輩は今日も分かりやすく元気だ。バビューンと走ったと思えば、バッビューンと帰って来る。あんな姿を見ていると、俺達もつられてうずうずしてくる。
「よーし! まずは軽く散歩でもしてから、お昼ご飯までちょっとだけ遊ぶか!」
この川にも、深いところ、浅いところ、流れの早いところ、穏やかなところ、いい感じの丸い石があるところ、ゴツゴツした石があるところなど、様々ある。
俺は一度来たのである程度分かっているが、みんなは初見なのでな。ゆっくり雑談でもしながら下見しよう。
と、思っていたところで。
「泰平先輩! タッチ!」
元気っ子後輩に急に肩をタッチされ、俺をからかうようにニヤリと笑う。
「タッチ返――身のこなしが早い! って、他のみんなまで散り散りになってるし」
俺がタッチされた瞬間から、柔道部のみんなは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。鬼ごっこが始まったことをすぐに察したのだろう。
なら母はどうだと後ろを振り返ると、さっきまでいたはずの母の姿すらない。流石お母さん、察しがいいな。
「?」
一人、AI搭載アンドロイドだけが首をかしげ、取り残されている。
ここでタッチして逃げるのは簡単だ。だが……
「さて、AI搭載アンドロイドよ。確かお前はそこまで運動が得意じゃないよな?」
「ええ、私は頭脳労働系のアンドロイドですので」
「そうは言いつつ、成績もめちゃくちゃいいわけじゃないじゃん」
「仕方ありません。テスト中はハカセによってAIの使用を制限されるのですから」
ハカセ――AI搭載アンドロイドを作った人らしいが、正体は不明。元々コイツはこのハカセをサポートするために作られたらしい。俺の知っていることはこれくらいだ。
一年の時『私はハカセに捨てられたアンドロイドです』とか自己紹介で言っていたくらいなので、何かしらわだかまりがあるのだろう。
おっと、今はその話はいい。
「よし、十秒ほど待っててやるから、俺から逃げるように」
「鬼ごっこですね。承知しました」
AI搭載アンドロイドが動き出したことを確認すると、俺は大きな声でカウント・ダウンを始めた。
「――にーい、いーち……ゼロ! うし! いくぞ! あっ、部長権限で今から急遽増え鬼に変更するから! 全員が鬼になったら終了だからな!」
遠くからブーイングが聞こえてくるが、無視。こうでもしないと、元気が有り余っているアイツらは、永遠に鬼ごっこを終わらせようとしないから。
「まずはザコから片付けていくか!」
この後めちゃくちゃ鬼ごっこした――
のろのろ走るAI搭載アンドロイドを秒殺し、二人で協力して普通っ子を捕らえたところまではよかった。
ただ、この後が少し大変だった。
普通に早すぎる元気っ子。
最初は苦し紛れに言っただけだったのに、それが俺に効果抜群だと理解した途端、小悪魔な表情で「逃がして」とお願いして俺を無力化してくる白ギャル先輩。
川の水で目潰ししてくるぶりっ子先輩。
全員で真っ向勝負しているのに、何故か全く捕まらない母。
こんな風に、強敵ばかり。
結局十五分もこの増え鬼は続いた。めっちゃ疲れた。
「ぜえ……ぜえ……ふぅー。よぅし。次はもうちょいマイルドな遊びしようぜ! だるまさんがころんだとか!」
なにせ家庭科部のAI搭載アンドロイドと柔道部の俺達とでは、運動能力がぜんぜん違う。あいつ、高性能なアンドロイドではあるのに、肉体方面はポンコツなんだよな。
その分演算能力がやけに高かったり、瞳でカメラのように写真を撮ることができたりと、俺達とは違うすごい部分も多いのだがな。
「いいですね! やりましょー! じゃあ泰平先輩が鬼で始めましょ!」
「なんでだよ! じゃんけんで決めようぜ――って、もう準備万端ってか。はいはい、やってやるよ! 一応言っておくが、俺のチェックは厳しいからな! だるまさんがー……転んだ!!」
この後も幼い頃にやる定番の遊びをガチで楽しんだのだった。
「うし! そろそろお腹も減ってきたし、お昼ご飯の用意をしようぜ!」
今日のお昼はバーベキューだ。この時間で今日の晩ごはんも一緒につくっておく予定だ。
「おおー! 多分これ、かなりいい肉だ! ぶりっ子先輩のお母様! こんな肉をくださってありがとうございます!」
俺とAI搭載アンドロイドの二人で、肉や野菜をテキパキと下処理していく。
「切った後のそれぞれの肉の大きさの誤差は0.02ミリ以下。グラム数も誤差0.5グラムの範囲で均等です。流石私ですね」
「別に多少肉の大きさが前後してもいいんだけど……まあ、揃える分にはいいか。てか、普通にすごいな。流石アンドロイドだわ」
基本ポンコツエロロボットだが、こういう妙なところに関しては人間を卓越していたりする。
違うテーブルでは、普通っ子と白ギャル先輩と元気っ子が晩御飯用のカレーを作ってくれている。ワイワイと楽しそうだ。
ちなみに、料理において戦力外であるぶりっ子先輩は、母とともに雑用に励んでいる。
あれだけなんでもできる天才のぶりっ子先輩だが、料理だけは本当にダメなのだ。ただ肉を焼くだけでも、何故かダークマターのようなものが出来上がってしまう。本当に意味が分からない。
「ある程度下処理もいい感じだし、そろそろ焼いてくか」
火が通るのに時間がかかりそうな、骨付き肉、とうもろこし、じゃがいも、貝などから焼いていく。
「あっ、ぶりっ子先輩だけフライングしてみたらし団子食べてる! 俺にもください!」
「はいはい、ちょっと炙るから、少し待ってね」
「こっちにもみたらし団子お願いします!」
「私も! 小腹空いたから、ちょっとだけ食べたい」
途中少し先走ったりなんてしつつも、俺達は準備を終えた。
「「「「いただきまーす!!」」」」
――モグモグ。うんうんうん。
「うまい!!!!!!!!」
こんなのさ、青空レストラン級の「うまい」も出ちゃうよ。そりゃ。
うめ。肉うめ。肉うめえー!
炭火で焼くとやっぱ違うな。この香ばしい香りが最強だわ。
「うまい!! うまい!……ぅまい……ぁい」
「セルフエコーやめなさい」
「ヘヘッ、ぶりっ子先輩、俺のやりたいことをよく分かりましたね」
「当然よ。何年あなたと一緒にいると思ってるのよ」
「へへへっ」
照れくさくなった俺は、鼻の下を人差し指でこすった。
最初に一通り肉を堪能し終えると、次は肉以外のものにも手を付けていく。
「ちょっと待って、じゃがバターが最高よ」
ぶりっ子先輩はじゃがバターが特にお気に召したようだ。
「ナスが、焼き茄子が甘くておいしい。なるほど、皮をまっ黒焦げにする調理法なんてものがあるのですね。ふむふむ。勉強になります」
AI搭載アンドロイドは、母から教えられた焼き茄子に舌鼓を打っている。
「焼きそばも美味しいね!」
普通っ子が顔をほころばせて控えめに笑う。俺と目が合うと、桜の花が満開に咲くように、柔らかく微笑んだ。
「やっぱウインナーっすよ! パリパリ熱々のウインナーをジュースで流し込む。これが一番美味しいんですから!」
まるでビールをあおるように、元気っ子がぷはーっと幸せそうに笑う。火の熱のせいか、頬がほんのり赤い。本当に酔っ払っているみたいだ。
なんとなく、元気っ子は将来大酒飲みになりそう。
あっ、そんな後輩を見て、母がこっそり喉を鳴らした。
普段俺の前でお酒を飲まない母だが、実は割と酒豪だ。美味しそうに飲むジュースがビールに見えて、羨ましくなったのだろう。
「ぐぅぅ。ぐぐぐぐぐぐぎぎぎぎぎ」
ああ、あの母が人目も憚らず、拳を握りしめて唸ってる。
そんなに……
「泰平、貝も最高に美味しいわよ。食べてみる?」
「はい。食べさせてください。あー」
「ちょ、みんないるのに。もう、しょうがないわねえ。はい、あーん」
「あちち。熱い! けど美味い!」
貝のじゅわっとした出汁と醤油が最高。あーんのバフも追加され、最高オブ最高だ。
「ちょっと泰平先輩! カエデ先輩! 私のいる前で甘い空間を作るのは控えてください! そういうの苦手なんですから!」
「あはは、ごめんね、シホ」
「なんだよー。後輩もお昼一緒に食べる時、あーって口開けてねだるくせに。あ、分かった。羨ましかったんだろ? なら、俺があーんしてやろう。口を開けろ」
「あーんなんていりません! 泰平先輩のアホ!」
「ごめんごめん。お詫びと言っちゃあなんだが、一緒にサモアとかいうのに挑戦してみないか?」
「いいですね! 泰平先輩! 一緒にやりましょー」
「おう!」
「ふふっ、泰平とシホはずっと元気だなあ」
「あっ、ちょっとルリ! わざと油の多い肉を焼いて、火を燃え上がらせないでってば! もう!」
俺達は力いっぱい、お腹いっぱいバーベキューを楽しみ尽くしたのだった。
俺達の最高の旅行はまだまだ続く。




