第八十四話 爆発寸前
ぱんっぱんっ。
二礼二拍手一礼。
「(今日もこの世界が崩壊しませんように)」
主人公君の家ってどんなのだろうか。
噂では両親は海外転勤中だとか、意外と一般家庭だとか。
うちのクラスメイトの中でも、何人かはお呼ばれしたことあるらしい。一つ屋根の下に住んでいる古風転校生はもちろん、委員長やオタクに優しいギャルも行ったことあるって言ってたっけ。
にしても、あのチートな主人公君が、一般家庭ねえ……
主人公君なら、「クラスメイトの家庭のゴタゴタなどを片付けるため」とかの理由さえあれば、億くらいポンと用意できそう。
てか、今まで絶対にそういう経験をしたことあるはず。
だって、奴隷として虐げられていたヒロインが金の暴力で助け出される展開とか、借金絡みのあれこれとか、最近では王道っちゃあ王道だもん。
そういうときって、どうやって資金を稼いでいるのだろうな?
まさか天からポンと札束が降ってくるなんてチートは、主人公君であろうとこの世界じゃ起こり得なさそうだし……
なんだろ。投資のレバレッジ取引を百発百中で成功させるとかかな。もし本当にそれができるのなら羨ましいこった。
「うし、普通っ子、行こうか」
「うん」
さあ、今日はどんな一日が待っているだろうか。
◆◆◆
合同基礎練習の相手には、元々ハードな練習で知られる運動部の強豪——バスケ部、野球部、サッカー部の三つを選んでいた。
いずれも全国大会などがあれば、割と上位を目指せるほどハイレベル。これは誰もがしるところだ。
俺は最初、ハードな練習をこなす柔道部の相手として、見合うのはその三組だけだと思っていた。
けれど、クラスでリサーチしている内に「あそこはガチ」だと名前が挙がった部活が出てきた。
ダンス部、弓道部、吹奏楽部だ。
ここは常日頃から、ゴリゴリに肉体を追い込む練習をしているそうだ。
主将としての課題である「柔道部を組織として成長させろ」というのを達成するためにも、部活間交流は大事。
それならば願ってもないと、喜んで合同基礎練習を申し込ませてもらった。
ちなみに、陸上部とバレー部には申し込んでいない。
陸上部のくノ一によると「今の部は個人個人のレベルの高低差が激しすぎて、自主練が主」らしく、バレー部の委員長によると「今年のバレー部はゆるーくワイワイ系だよ」とのことだ。
部活間交流が大事と言えど、身にならないことはしたくない。この二つや文化部とは、また別の機会を設けなきゃな。
てことで、今日はダンス部との合同基礎練習。クラスメイトで言えば、オタクに優しいギャルと宇宙人美少女が所属している。
「宇宙人美少女、今日はよろしくな」
「……今日はよろしくね」
「……おん? なんか……」
宇宙人美少女の様子が、ほんの僅かにおかしい気がする。
「……まあいいや、よろしく」
「……?」
挨拶を交わそうと手を差し出したが、握手が返ってこない。彼女はいつも通りに見えるターコイズブルーの目で俺を見つめながら、コテンと首をかしげるばかり。
いつもニコニコ明るくて優等生、人当たりのいい宇宙人美少女。そんな彼女が握手を拒否するなんて、絶対におかしい。
「おーい。おいおいおーい! きーこーえーてーまーすーかー? って、やば!? 全身の毛穴からドライアイスみたいに冷気が出てきてますけど、だいじょぶそ?」
「……うん、大丈夫だよ」
返事はする。ちゃんと立ってもいる。
なのに、そこにいるはずの「いつもの宇宙人美少女」が、どこにもいないような感じがする。
なんだろ、これ。
身体だけが本人を置き去りにしたまま動いているような――そんな妙な違和感。
うん、流石に何らかの異常事態だな。
「なー、オタクに優しいギャルー」
「どうしたの? 泰平?」
「なんか宇宙人美少女の様子がおかしいんだけど、心当たりある?」
「あー……ホントだね。これは……あれかもなあ。ごめんね、泰平、今日の合同基礎練習はまともにできないかもしれない」
「はい?」
それは困る。
というか、何か心当たりがあるのなら、解消してほしいのだが。
そんな視線を向けると、オタクに優しいギャルは静かに首を振った。
「あのね、泰平にも分かりやすく説明するとね。なんでかは分かんないけど、この子今、ブチギレてるっぽい。正確には、今にもブチギレそうって感じ?」
「……は? ブチギレそう? 俺は何もしてないぞ?」
「まず間違いなく泰平のせいじゃないよ。多分私生活でなにかあったんじゃないかな?」
「で、なんでブチギレそうだと練習にならないんだ? 別に空気が静まり返るくらいなら、俺は気にならないぞ?」
「あー……分かりやすく言うと、この子、切れたら何しでかすか分かんないタイプ……みたいな?
こうなると宇宙の高度な技術をめちゃくちゃに使って、暴走しちゃう寸前……みたいな?
この症状がひどくなると、肌が漆黒の色になって、生あるもの以外全てを粉砕してしまうモードになる……みたいな?」
「……マジ?」
「うん、大マジ。このコ、意外と闇が深い人生を送ってきたみたいだから、たまーにこういう片鱗が見えたりするの。ウケるよねー」
「ウケないが?」
確かに宇宙人美少女の周囲をよく見ると、冷気とともに小石や砂が浮いている。まさに漫画のゴゴゴゴゴッって感じだ。
いつもなら、彼女の白銀ロングで、毛先が水色にグラデーションされている髪は編み込みにされているのだが……それがほどけ、今にも逆立ちそう。
このまま放っておけば、超サイヤ人にでもなりそうだな。
「で、結局どうしたらいいの?」
「えっとねえ。あったあった。この子からもらった【故障かな? と思ったら】のPDFによると――」
「ちょい待ち。家電じゃないんだからさ。てか、説明書とかあるんだ」
「親友になりたい人にはデータを渡してるんだって。今のところこれを持ってるのは、あーしと翼だけなんだよ。ふふん」
いや、なんで誇らしげなんだよ。別に羨ましくないが?
……いや、嘘。やっぱり羨ましいわ。
宇宙人美少女とはあまり深く話したことはないとはいえ、愛されキャラとしてクラスをいつも明るくしてくれている。
そんな死ぬほど可愛くて頑張り屋で天真爛漫な彼女を、嫌いになる理由がない。仲は悪くないとはいえ、できるのならもう一歩仲良くなりたい。
「あったあった。【声をかけても反応がなく、体から冷気を発している場合】これだね。
なになに? 今は応急的に肉体のと心のスイッチを切っている状態。負のエネルギーから生まれた莫大な宇宙エネルギーを、冷気と共に外に放出している。
つまり、オートモードで肉体を動かしている、とかなんとか」
「オートモード?」
「うん。要するに、本人が自分で考えて動いてるんじゃなくて……寝ぼけたまま、いつもの道を歩いてるみたいな状態なんだって」
「寝ぼけたまま?」
「そうそう。朝になったら起きる。学校に来る。いつもの場所に行く。話しかけられたら、とりあえず返事をする。そういう、今まで何度も繰り返してきたことだけを、ほとんど無意識に続けるらしいよ」
「なるほど。心はおやすみしてるけど、体だけいつも通り動いてるってことか」
「そうそう。だから今のこの子は、自分の意思でダンス部に来たわけじゃなくて、『今日はダンス部の練習がある』っていう習慣だけでここまで来ちゃったみたい」
「なるほどなあ」
それなら、確かに今の宇宙人美少女の様子にも納得がいく。
「対処法としては、半径一メートル以内には決して入らず、放って置くしかないんだって。半径一メートルの範囲にさえ入らなければ、基本的に危険はない。ただし、周囲を凍えるくらい冷やしてしまうから、そこは注意――だって」
「うーむ、それは確かに練習にならなそうだなあ」
今も、今日の練習場であるエントランスホールが急激に冷えていっている。扉を開けて夏の外気が入ってきているのに、すでに真冬のように寒い。
このまま宇宙人美少女がここに居続けると、もっと冷え込んでいくことは容易に予想できる。
ただ、ダンス部の面々はどうにもお気楽のようで、この状況をおしくらまんじゅうなんてして楽しんでいる。
あっ、元気っ子後輩が突撃しに行った。いいなあいつら、くっそ楽しそう。
「まあ、仕方ないね。今日の合同練習は中止にしよっか」
「あらら。今すぐ解決するのは無理なのか」
「うーん、翼でもいれば強引に解決できるかもだけど、あいにく今日は美術部の合宿に同行してるらしいからなあ……」
どうやら去年、似たようなことが起こった際、翼君が一瞬で解決してしまったらしい。流石チートな主人公君だぜ。
「そっかあ……翼君ねえ……ん? 今……?」
翼という名前を出した瞬間だった。
宇宙人美少女の長い耳がピクリと動き、瞳の奥の光がほんの僅かに暗くなった気がした。
これは……
「うし! とりあえず……普通っ子ー。部長代理として、ダンス部のみんなと練習しておいてくれ!」
「はーい。泰平、怪我しないように気をつけてね」
「おう、まあなんとかやってみるよ。無理だったらすぐそっちに合流するわ」
「……? ねえ、泰平とユウカは何の話をしているの? あーしにも分かるように言ってよ」
「ああ、別に大したことじゃないぞ。俺が一人で宇宙人美少女の爆弾処理を試してみるから、抜けるわって話。じゃ、そういうことで」
「ちょ!? ダメダメダメ! 危険すぎるって! 時間はかかるかもだけど、放っておけば大丈夫なんだからさ!
本気で切れた時のこのコ、本当に手が付けられないんだからね!
去年、にんじんが口に合わなすぎてブチギレた時は、校舎が半壊したんだよ!
誰も怪我はなかったし、宇宙のすごい技術ですぐに修復されたとはいえ……どう考えても危険すぎるから!」
おいおい。にんじんを食べたくらいでブチギレるなよ。美味しいじゃん、にんじん。
「まあ、多分なんとかなるはず。ってことで、よろぴくー」
俺は手をひらひらと振りながら、不安そうなオタクに優しいギャルに、ニンマリとした笑顔を向けた。




