番外編8 幼いぶりっ子先輩の話
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ぶりっ子先輩視点
私はまがい物の幼馴染である。
幼稚園年長の頃、砂場で遊ぶ泰平の姿を初めて見た。
全身の毛穴が開くほどの衝撃。
ああ、この男が欲しい。この人しかいない。
頭の芯が恐ろしいほど冷たくなり、静かにスイッチが入った。なんの引っかかりもなくゾーンに入ったみたいに、思考が恐ろしいほど冴え渡っていく。
そうなった理由は簡単。この出会いは同時に、隣で太陽のように笑う、本物の幼馴染の女性との出会いでもあったから。
このままではいけない。今動かなきゃ。今ならまだ間に合う――
そうして私は横恋慕するに至る。
私の人生唯一とも言える、生々しくも残酷な経験だ。
◆
「あーあ、泰平先輩、走るように行っちゃいましたね」
夏休み中、土曜日の部活終わりの勉強会が終わると、泰平はダッシュで帰ってしまう。そんな泰平の後ろ姿を見たウチの可愛い後輩――シホが、つまらなそうに呟いた。
柔道部のみんな、泰平が年上のお姉さんに会いに行っていることは知っている。
私やカエデ、ユウカはそのことを「泰平が泰平らしくあるために必要なこと」と割り切っているが、シホはそうではない。
「ちぇー、せっかく多忙の極みであるシホちゃんが暇だというのになあ。つまんないのー」
シホは体をだらりと机に投げ出した。
「ならシホ、この後私と遊ばない? そうね、ボウリングにでも行く?」
シホはアクティビティな遊びを好む。ウィンドウショッピングやマクドでただ喋るよりも、こちらのほうがいいだろう。
「いいんですか? 一応ルリ先輩も受験生でしょ?」
「ええ、全く問題ないわ」
「それなら、是非よろしくお願いします!」
シホはチラリと八重歯をのぞかせながら、太陽のような笑顔で笑った。
こういう無邪気さがシホの可愛がられる所以だろう。
「ユウカはどうする?」
「今日はウチの母とちょっとしたお出かけがあるので、やめておきます。それに、もう私はヘトヘトですしね」
「そう。なら二人で行きましょうか」
「はい!」
そうして私達は、近くのボウリング場へ向かった。
――カコーン。ストライク。ストライク。ストライク。ストライク……
当たり前のようにパーフェクトゲームを達成しようとする私達に、周囲の人達は目をひん剥いていた。
そんなことは気にもくれず、二人で雑談を交わす。
「私が柔道部で生意気扱いされないのは、ルリ先輩のおかげだと思うんですよねー。ルリ先輩が凄すぎるせいで、みんな耐性ができてるみたいな」
「そんなことないわよ」
本心から返答したつもりだったが、シホは食い気味に顔を横に振った。
「いやいや、私って今までの人生、結構な数『生意気』って言われてきたんですよ。私、最初はダメでも、頑張ればなんだってできてしまいますから」
確かにシホの学習能力の高さは凄まじいものがある。
驚異的な自己更新能力。よくある表現だが、まさにシホは乾いたスポンジだ。
「あの子達は、シホのことが可愛くて仕方ないの。生意気と言われない理由なんて、ただそれだけよ」
「そうなのかなあ……まあ、柔道部は居心地がいいので、別に理由はなんだっていいんですけどね――あっ、一本残っちゃった」
八回目でようやく、シホはスペアとなった。
次の番、私は当然のようにストライク。あと三回ストライクをとれば、パーフェクトゲームだ。
「ルリ先輩って、闘争心が全然見えないんですよね。今だって私がミスっても、一切喜ばないし」
「急にどうしたの?」
「私の持論なんですけどね、『闘争心がない人は、何をしたってそこそこ』ってのがあるんですよ。これは今まで絶対の法則だったんです。でも、ルリ先輩はその外にいるんですよねー」
なるほど。少し極端だが、その持論はある意味真理かもしれない。
「私だって闘争心はあるわよ。それを表に出さないだけで」
私の中では、闘争心は外に見せるものではなく、胸の内で静かに燃やしていくものだ。
「でも、闘争心とかって隠しきれないものじゃないですか」
シホの中ではそれが自然なのだろう。だが、自然というものは年齢とともに変わっていくものだ。
「歳を重ねるにつれて、感情を隠すのがどんどん上手くなっていくのよ」
「大人になるって、そういうことなんですかね……」
「そんなもんよ」
カコーンと、気持ちの良い音が響く。シホはラスト一フレームを三連続ストライクで締めた。
「……いやでも! ルリ先輩に限っては、絶対昔からこういう感じでしょ! だって、闘争心丸出しのルリ先輩なんて、想像できないですもん!」
「ふふっ、今はこんな私でも、昔はこうではなかったのよ」
「うっそだー!」
「人に歴史あり、よ」
最後の一球を投げ終わると、私のスコアは300を示していた。
確かに小中学生の頃から大まかには変わっていないが、それでも幼稚園の時は違ったはずだ。
昔の私は、誰よりも泰平に優先されたかった。
「そうね、パーフェクトゲームをして気分もいいことだし、可愛い後輩にだけ特別に話してあげる。それは私が闘争心丸出しだった、幼稚園の頃の話よ」
それこそ、私が残酷に横恋慕した、あの頃――
幼いながら、世の中の男の質に絶望していた当時。
『あーあ、どこかに精液の濃い男はいないかなあ』
分かりやすく言えば、私はませていた。
世の中のどこを見ても「薄い男」しかいない。きっと精液が薄いから、生き様も薄く見えるのだろう。
そんな風に嘆きながら幼稚園を闊歩している中、ふと男女の声が聞こえてきた。
『もうちょっとかなあ』
『あっ、貫通したよ!』
それは、泰平と、本物の幼馴染の姿。
二人は砂場で山を作り、その両側に手をツッコむようにして、トンネルを掘っていた。
――濃い。
幼い泰平を見て、退屈がガラリと吹き飛んだ。
泰平に視線が吸い付く。吸い寄せられて、絡みついて、離れない。
私の胸の一番奥が疼いた。粘着質な熱が全身を駆け巡る。
そう、私はこの時、人生で初めて倒錯的なエクスタシーを感じていた。
(ああ、あの男の子はきっと将来、とてもエッチな大輪の花となる)
脳裏に焼き付いた将来のビジョンが、一向に離れなかった。
当時の私では、自分がなぜこう感じたのか、言語化する術を持たなかった。
だが、今なら分かる。世の中の男が薄く見えた原因も、泰平が濃く見えた理由も。
男はどこか根っこの部分では、女に屈服している。幼かろうが、熟していようが全く関係ない。それをひた隠すために、様々な方法でプライドを守って日々を過ごしているのだ。
だから、薄い。
それなのに、砂場で遊ぶ泰平はまるで違った。
とても自然で、等身大で、どこにも曲がったところがない。
そのうえで泰平は、自分のためではなく、人のために生きているような、そんな雰囲気があった。
『えへへ、トンネル、繋がったね』
『うん!』
顔に砂をつけながら、弾けるように笑う女性。同じく顔に砂を付けて、手が触れ合ったことでにぱっと笑う泰平。
そんな光景が、あまりに自然で。
目の前の幸せそうな二人を見た私は、咄嗟に動いていた。
――となり、使うね。
『『はーい』』
私は二人の隣に座り込み、泰平の真隣で、あえて見せつけるように大きな砂の山を作った。
てっぺんから螺旋状に溝を掘っていき、山頂から水を流していく。
綺麗にぐるぐると流れていく水。
幼い泰平の視線はもう釘付けだった。
泰平のキラキラした瞳を見て「勝った」と内心で胸を張った。
その時、本物の幼馴染の女の子は、ひどくショックを受けた表情を浮かべていた。きっと幼さのせいで自覚こそしていなくても、泰平に淡い恋心を持っていたのだろう。
そんなことは分かった上で、幼かった私は残酷に「横恋慕」したのだ。
その日以降、「ピカピカの泥団子の作り方、知りたくない?」、「じゃんけんで絶対に勝てる方法、教えてあげようか?」などと、泰平の気を引き続けた。
そんな毎日を続けているうちに、泰平の隣には私がいることが自然となった。
泰平の幼馴染の座を奪うことに成功したのだ。
「――と、こういうことがあったの」
「なるほど、しっかり格付けしたんですね! 熱い!!」
何故うちの後輩は、この話を聞いてテンションが上がってるんだろうか。
皆は私のことを変人と扱うが、後輩も充分……いや、これ以上はやめておこう。
「それにしても……ルリ先輩って変人の皮に隠れがちですけど、基本的に面倒見が良くて優しくていい人じゃないですか。嫌味を言ったり、誇ったりすらしない。
ユウカ先輩はルリ先輩のことを、“寄り添える天才”なんて呼んでるくらいです。
それでも幼い頃にはそういうところもあったんですね。意外です」
「そうね。確かに人を蹴落としたりするのは柄じゃないわ。その性質は幼い頃から変わっていない。
けど、その時は『そうしなきゃいけない』って強く思ったのよ。私にそうさせるほど、その幼馴染が強敵だったってことよ」
あの時したことには後悔はない。すぐにでも何かアクションを仕掛けなければ、今の幸せはなかったのだから。
ただ、罪悪感がないかといえば、そうでもない。
事実、そのことがきっかけで、今でもあの子との間には妙なしこりがある。
もうお互い高校生なので、表面上は普通に接する。それでも、お互い思う所がないわけじゃないのだ。
「それでもやっぱり、泰平の一番だけは誰にも譲らないけどね」
泰平の隣には、私がいる。
この場所だけは、私が自分の手で勝ち取ったものだ。
私達が積み重ねて、育て上げてきた時間だけは、誰にも否定させない。
まがい物なんて、絶対に言わせやしない。
「おっ、分かりやすく闘争心メラメラですね! 負けませんよ!」
「……あなた、自分で何を言っているのか、分かってないでしょ?」
「? 何のことですか?」
どうやら自分が何に対して「負けない」と反射的に言ったのか、シホは分かっていないみたいだ。
一つ、ため息を吐く。
「まあいいわ。さっ、次のゲームにいきましょう。そうね。せっかくだし、今度のゲームは勝負してみる?」
「望むところです!!」
泰平のためならば、喜んで残酷になれる。
さあ、圧倒的大差をつけて、格付けしよう。
「ちょ、ルリ先輩! 妨害はズルいですよ!」
「ふふふっ」
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