第八十話 喫茶店デート
ぱんっぱんっ。
二礼二拍手一礼。
「(今日もこの世界が崩壊しませんように)」
主人公君がゲーム好きだからか、この世界のゲームのレパートリーは豊富だ。有名ゲームはもちろん、海外のゲームからレトロゲーム、あるいはインディーズゲームまで、本当に品揃えが多い。
自分は一つのゲームを徹底的に極めるタイプとはいえ、ゲーマーとしてはこれは嬉しいことだ。
同時に「ゲームをする人間は頭が良くなる!?」「こんなにいた。実はゲームオタクな超有名人」「ゲーム脳さえあれば人生は9割うまくいく!」などの書籍も多数本屋に並んでいる。
このことから現実の妄想主がどんな人か想像するに、広く浅くゲームを遊ぶ人で、とにかくゲームが大好きで、ゲームというものを否定されたくない人なのだろう。
思えば、前世の俺もお前もゲームが大好きだった。
あっちの世界で俺達と妄想主が出会えば、話はさぞ弾むだろうな。
「うし、普通っ子、行こうか」
「うん」
さあ、今日はどんな一日が待っているだろうか。
◆◆◆
今日は地味に予定が詰まっている。
昨日は星を見てコテージで一晩泊まったのちに、ドジっ子先生に送ってもらい、今朝の十時頃に家に着いた。
それから、普通っ子と共に軽くランニングしてから、濡れタオルでしっかり体を拭いた。
そして俺は今、私服を選んでいる最中だ。
なにせ今日はゲーマーお姉さんとちょっとした喫茶店デート。ちょっとお昼に一時間ほど会って話すだけだが、それでも一応デートなので気合を入れなきゃな。
ただ、気合を入れすぎた格好をするのは、ゲーマーお姉さん浄化計画的にあまりよろしくない。リハビリはゆっくり簡単なものから始めるのが鉄則。刺激が強すぎると、ゲーマーお姉さんを壊してしまいかねない。
なので、普通にシンプルかつ清潔感のあるような、そういう服を選ぼう。
俺は白インナーと半袖シャツ、チノパンを手に取った。俺個人の考えだが、チノパンにシャツは「おしゃれにおける一つの正解」だと思っている。これで外すことはないだろう。
「さて、行きますかあ」
デートが終われば直接部活に行く予定なので、俺は柔道着とトレーニングウェア、水筒を持ち、待ち合わせ場所へ向かう。
ちなみに、練習が終われば普通っ子とのお泊まりもある。だから今日の予定はギチギチというわけだ。
待ち合わせ場所のチェーン店の有名喫茶店に着くと、一人のボーイッシュな女性が店の前に立っていた。
……ものっすごーく挙動不審で。
手ぐしでショートボブの前髪をいじったかと思えば、突然肩を落としたり。
手のひらに指で何かを書いたかと思えば、勢いが良すぎて突き指したり。
笑顔の練習をしたかと思えば、黒目があっちこっちへ動いたり。
深呼吸したかと思えば、息の吐き方を忘れて顔が真っ赤になったり。
あーーーと喉を開いたかと思えば、咳込んだり。
それら全てを同時並行でやっているように見える。とにかくせわしなく、怪しさ満点だ。
うむ、このままおまわりさんに来られると困るな。中の店員さんも困惑してることだし、さっさと声をかけて中に入ろう。
「ゲーマーお姉さん。こんにちはー」
「あっひゅ、こ、こここ。こん!」
俺の声に気づいて勢いよくばっと振り向いたかと思うと、ゲーマーお姉さんは変な挨拶をしてきた。変なタイミングで息継ぎしてしまい、途中までしか言えなかったようだ。
「さて、中に入りましょうか。あ、次からは中で待っててくださいね。わざわざ暑い外で待ってなくていいですから」
「う、うん!」
クーラーの冷たい空気が火照った体を冷やす。
ふむ、俺がよく行く喫茶店では、コーヒーのほろ苦い香りが店に入った途端するのだが、ここは無臭に近い。なるほど、チェーン店はそうなっているのか。
そんなことを考えていると、すぐに店員さんによって角の人目につきにくいテーブル席に案内された。
「た、たたたたたたた、泰平! あのにょ!?」
「ちょ、ちょっと声を押さえましょうか」
「ごふっ! ごふっ!」
うーん、あまりおしゃれな喫茶店だとゲーマーお姉さんが緊張してしまうのではと有名チェーン店を選んだのだが、あまり効果はなかったようだ。
「そうですね。一度俺の指示通りに動いてみてください。まずは深く深呼吸をしましょう。はい吸ってー」
「すぅぅぅぅぅ」
「吐いてー」
「ふぅぅぅぅぅ」
この流れを数度繰り返したところで、ようやくゲーマーお姉さんの目に焦点が合ってきた。
多少目が血走っているところや、手足の動きに多動が入っているが、これ以上落ち着かせるのは無理だろう。
「落ち着きました?」
「う、うん。ちょっと落ち着いた。泰平、ありがとね」
「いえいえ。俺もゲーマーお姉さんとリアルで会うことを地味に楽しみにしてましたから、これくらいはやらせてください」
「えへへ、泰平は優しいね」
「……そういう言葉をちゃんと俺の目を見て言えれば百点満点なんですけどねぇ。そんな風に直射日光を見るように手で視線を遮りながら言われても、あんまり嬉しくないですよ」
「こ、これ以上は無理なの。だから、今日はこれで許して」
「まあ、俺は寛大なので許しましょう。さ、さっさと注文しちゃいましょうか」
「ひゃ、ひゃい」
俺達はメニュー表を横向きにして、顔を寄せ合った。
ゲーマーお姉さんの首元から、ふわりと優しい若葉のような香りが漂ってくる。
何を注文するのか思案しながら、上から下まで順番に見ていく。
「………ゴクリッ」
「ん? どうしました?」
「ううん、なんでもない。全然なんでもないよっ! 想像もしなかった壁にぶち当たって泣きそうになってるだけだから、全然平気っ!」
「? そうですか。ならいいですけど」
よく分かんないことはとりあえずスルーで。
その後、注文をする時に、スティックシュガーが入った小さな容器に手が当たって、全てをぶっ飛ばしてしまう、などのアクシデントもあったが、なんとか注文を終えることができた。
「「………」」
無言。長い無言が訪れた。
「……せっかくですし、ゲーマーお姉さんから話を振ってみてください」
「あっひょ!? そ、そうだよね。うん、えっとぉ……」
「………」
無言。
てん、てん、てん、まる。
何かを話しかけてくれるのを待っているのだが、ただアワアワするばかり。
まあ、注文が来るまでは様子を見よう。俺って別に無言を楽しめるタイプだし。
そう思い、ずっとニコニコしながら慌てふためくゲーマーお姉さんを見て時間を過ごすことにした。
「おまたせしましたー」
結局注文が来るまで、ゲーマーお姉さんは一言も言葉を発することができなかった。
……涙目になっている姿も可愛いが、あまりいじめすぎるのもよくないか。今回は俺が話題を振ることにしよう。
「そういえば、ここに来て早々、何か俺に言いたいことがあったんですよね?」
「あっえ、うん。そう、だね」
「あの時はなんて言いたかったんですか?」
俺がそう問いかけた途端、チャンスが来たとばかりに表情がぱあっと明るくなった。
「いま来たところだよ! 今日の服、かっこいいね! 会えて嬉しい!」
文脈を無視したそれらのセリフを言い終えたゲーマーお姉さんは、ふぅとひと仕事したかのように満足げな表情を浮かべた。
あー、なるほど。やりたいことはなんとなく伝わった。
「ちゃんと王道のセリフを予習して、使いこなそうとしてたんですね。偉い偉い」
「えへへっ、そうでしょ」
「俺も会えて嬉しいですよ」
「あっひゅ、へ、へへへっ。あり、あ、りありありありありあり」
「ああ、壊れちゃった。ほらまた深呼吸して」
うぅん、なかなか手間のかかる人だ。また俺はゆっくり深呼吸させて、軽く落ち着かせた。
「それにしても、今日のゲーマーお姉さんの服は……うん、めっちゃ普段着。俺だけがおしゃれしてきて、悲しいです。およよよよよよ」
「ち、ちが、違うの! これしか持ってなくて! でも、ちゃんと一番シワのないパーカーを選んだから!」
ゲーマーお姉さんの夏の私服スタイルは、古着系のジーンズに、ダボッとしたパーカー姿だ。夏だろうが冬だろうが、基本スタイルは大きく変わらない。
「なら、次のデートでは服屋さんに行きましょう」
「あっ、えっ。でも、服屋さんに行く服がないから……」
「大丈夫です。庶民的なチェーン店に行きますから、そんなの関係ないですよ」
「でも、店員さんに『お客様によくお似合いですよ!』なんて言われたら、断れないし……」
「大丈夫ですって。俺もいますから。っていうか、そもそも大手チェーン店でそんな接客はありませんよ。てことで、次のデートは服屋さんに決定!」
「えー、強引だなあ」
うむ、なんだか会話のテンポがよくなってきた。
「ゲーマーお姉さん、ようやく肩の力が抜けてきたんじゃないですか?」
「そうかな? うん、そうかも。でも、そろそろお別れの時間だね。早いなあ……」
「うんうん、最初はどうなることかと思いましたが、なかなか楽しかったですよ」
「えへへ、私も楽しかった。全部泰平が優しくリードしてくれたおかげ。泰平、ありがと」
おっ、今、笑った。今日初めて笑ってくれた。
ゲーマーお姉さんって、案外ニカッて笑うんだな。長年付き合ってきたけど、そんなこと初めて知ったよ。
「あ、そうだ。ゲーマーお姉さん、手を出してください」
「?」
俺は常に携帯している筆箱からペンを取り出す。そして差し出された手を取り、手のひらにペンを走らせていく。
「うん、今日は大変よく頑張りました」
書いたのは花丸マーク。
「帰ったら、これを見て今日の思い出にしてください。反省点も多いデートでしたけど、俺は楽しかったですから」
「あっ、え、えへへ、そう……かな?」
何故か妙に静まり返った店内に、ゲーマーお姉さんの嬉しそうな照れ笑いが響く。
カランと、手元のグラスに入った氷が溶けて、爽やかな音が聞こえた。
「はい。もっと自信を持ってください。俺からのそういうメッセージです」
「うん、ありがと。えへ、えへへへへ」
ゲーマーお姉さんは手のひらに書かれた花丸マークを、本当に嬉しそうに眺めていた。
「では、そろそろ俺は部活に行かなきゃなので、お会計しましょっか」
「うん!」
お会計して、店を出る。
「では、俺はこっちなんで。また次のデートで会いましょう」
「うん、次はもうちょっと頑張ってみる――うん? 泰平、その首輪の色……え、えっ」
今更ながら俺の首輪が茶色に変わったことに気がついたようだ。
「……えっ、つまり泰平は私と結婚してくれるってこと?」
「……はい?」
「だよね!! あっ、やっぱ今日抱いてくれるってことでしょ!!! 絶対そうだ!!! だって茶色だもん!!! ほら泰平……だ、抱いてっ!」
「……マイナス一億点」
大きなため息とともに、筆箱から消しゴムを取り出した。そして、視線を露骨に花丸マークを書いたゲーマーお姉さんの手のひらへ定めた。
「あっ、えと、じゃ、じゃあね! またゲームで!」
別に消しゴムじゃ、ペンで書いた花丸は消えないというのに。彼女は手をギュッと大切そうに握りしめながら、よたよたと走って帰っていったのだった。
一人になり、小さく呟く。
「そうまで喜ばれると……」
俺の頭の中で、ピコンと、好感度が一定のラインを超えた音がした。




