第七十九話 天体観測
「ふぅ。無事、今日泊まるコテージに着きましたよー」
「「「「………」」」」
「あれ? どうしたのみんな? 元気ないね?」
そんなコテンと可愛らしく首をかしげているところ悪いが、完全にあなたの運転の荒さのせいですよ。
とは言わず、俺はただただ捨てられた仔犬のような目で、女子達が車を降りるのを眺めていた。
あのー、もう反省したから許してください。
「泰平。ちゃんと反省した? ごめんなさいしたら、正座を解いていいよ」
真っ先に声をかけてくれたのは、学校では地味な超有名アイドルだ。
優しい。それだけで好きになっちゃいそう。
それをきっかけにぞろぞろと助手席にみんなが集まってきた。
「心の底から反省しました! どれくらい深く反省したかと言えば、他国のプリンセスの心の闇くらい深く反省しました!」
俺は声高に宣言した。
「あら? わたくしの心の闇なんて全然浅いわよ。反省していないようね」
他国のプリンセスは俺に絶対零度のごとく冷たい視線を向けた。その翡翠のような瞳が息を呑むほど美しい分、蔑む時の威力も高い。
「そんなっ!? “無”の心の闇が浅い……だと!?」
「わたくしのことを気安く無なんて呼ばないでくれる? 馴れ馴れしくしないで」
銀糸のような髪が一房、肩からさらりと落ちた。
……馴れ馴れしくしないで、か。懐かしいな。まあ、同じ言葉でも、あの時よりも刺々しさがかなり和らいでいるがな。
と、俺は高校一年の時の他国のプリンセスの自己紹介を思い出していた。
『わたくしは祖国を滅ぼすための準備期間としてここに入学しているだけです。なので、あまり馴れ馴れしくしないでください』
貼り付けたような薄っぺらい笑顔でそう一方的に言い捨てると、彼女は教卓から自身の席へ戻った。去り際、銀糸のような髪が一房、肩からさらりと落ちていたのが印象的だった。
記念すべきクラスで一人目の自己紹介だったのに、他国のプリンセスのせいで空気が凍ったことをよく覚えている。
実際、当時の彼女はどこか投げやりで、生きている実感すらなさそうで……正直、見ていて痛々しかった。
そんな氷のような心が溶けたのは、主人公君と、今では彼女の唯一の親友である、金髪ドリルお嬢様のおかげだ。
二人のおかげで、俺はこうして軽口を叩けているわけだ。
「ふふふっ、昔のあなたは本当に闇が深かったものね。どんなときでも笑顔すら見せないのはやりすぎよ」
「なによ。わたくしはあの時、周りの全員が敵だと本気で思い込んでいたんだから、仕方ないじゃない。今でもわたくしが心から信じられる人は、あなたと翼くらいなの、知ってるでしょ?」
主人公君が徹底的に心に寄り添うのはいつものこと。ただ、当時の金髪ドリルお嬢様もなかなかすごかった。
刺々しい他国のプリンセスに何度も何度も、超強引に関わりに行き、無理やり心の扉をこじ開けようとしたのだ。
ただ姿勢が誰よりも美しくて気になる。そんな理由だけを引っ下げてな。
そんな関係が半年ほど続いたところで、ようやく他国のプリンセスも折れ、どんどん態度が軟化していった。
流石西園寺家のお嬢様。どれだけ踏まれようが強く生きる、まさに雑草魂の無せる技だ。
「えい」
突然、金髪ドリルお嬢様が俺の足にツンと指を突き刺した。
「あら? 二十分も正座させたのに、足が痺れていないの?」
「すまんな。俺って柔道で正座は慣れてるから、これくらいじゃ足が痺れないんだ」
ってことで、実は俺に正座させることって、そんな罰にならないんだよ。
ひょいとジャンプするように正座を解き、車から降りる。何となく許して貰えそうな雰囲気が出てたし、もういいだろう。それに、あんまりこんなとこでちんたらするのはもったいないからな。
「なあなあ、金髪ドリルお嬢様。そろそろ俺も他国のプリンセスと仲良くなりたいんだけど、どうアプローチすればいい?」
あえて他国のプリンセスに聞こえるようにそう言うと、すかさず他国のプリンセスが割り込んできた。
「あら? わたくしの方は、仲良くなりたいのなら大歓迎ですわよ」
嘘つけ。貼り付けたような笑顔でそんなこと言っても、本心じゃないことはバレバレだぞ。こうなることがなんとなく分かってたから、俺はお前をスルーして金髪ドリルお嬢様に聞いたんだ。
「うーん、よく考えれば、この子ってある意味泰平と相性はいいかもしれないわね。基本的に警戒心の化物みたいな子なのだけど……泰平って常に心をフルオープンにして生きているから、警戒するのが馬鹿らしくなっちゃうもの」
「ほんほん、じゃあ俺は何の気負いもなく話しかけに行けばいいのか」
「そうね。それでも警戒心を解くのにはどうしても時間はかかるから、気長にね。後、実はこの子――」
ゴニョゴニョゴニョと、他国のプリンセスが人には見せていない特徴や攻略法を教えられた。
なるほどなるほど。ほぉーん。そんなもので初めて致してしまったと。
肉を食う男フェチとは、なるほど案外変態のポテンシャルが高い。これは親しみやすそうだな。
「ウヒヒ。きゃーえっちー」
見せつけるようにニヤニヤしていると、他国のプリンセスは心底嫌そうな表情を浮かべたまま、ため息を吐いた。
バーベキューの時、見せつけながら食べてやろっと。
「じゃあみんな。コテージに荷物を運び終わったら、早速川遊びしましょうか」
「「「「「はーい」」」」」
◆
目の前の綺麗な河で、若者達がキャッキャウフフと青春を謳歌している。
水しぶきとともに濃厚なエモさの風が踊り、弾けるような笑い声が周囲の森林にこだましていた。
そんな中、俺はというと――
(うごごごご。雑用だりー)
レジャーシートを敷いたり、クーラーボックスを用意したり、写真撮影したり、夕食のバーベキューのために食材の下準備をしたり。とにかくせっせと働いていた。
あーあーあー。楽しそうに水を掛け合いやがって。みんなくっそ可愛いな。
あと、ドジっ子先生の水着はやたらエロい。思わず鼻の下が伸びざるを得ないなこりゃ。
あっ、足を滑らせた金髪ドリルお嬢様を、翼君が抱き止めた。それから目が合うと、時が止まったかのように動かねえ。
たはー、見せつけやがる。さっきから口の中が鉄の味でいっぱいだ。
見てられないから、一旦視点を変えて……
ん? 陰キャだけど人気Vチューバーは、水鉄砲を……ジャムらせてる?
「あっばばばばぼぼぼ」
って、逆にどうやったら水鉄砲で自爆できるんだ。それに、一人だけ間違えてスク水を持ってきているし……
あまり関わりこそなかったが、あいつって心理テストの通り、芸人体質なのかな。
さて、と。
スイカも冷やしたし、そろそろ俺も混ざりに行くか。
「泰平! 野外用の蚊取り線香を忘れてるわよ!」
「泰平。わたくしにタオルを持ってきて頂戴」
「お腹すいた! 何かつまめるもの作ってー!」
「あばっ、おぼぼぼっ!(たすっ、助けて!)」
「……へーい」
うーむ、まだ俺が混ざれるのは先になりそうだ。
まあ、いたずらした罰と言われれば文句も言えないのでやるけども。
これは一度コテージに戻らなきゃな。歩くと地味に五分くらいかかる距離があるから、パパっと走って持ってこよう。
◆
今日のスケジュールは、川遊びからの夕飯バーベキュー。そして夜には、メインイベントの星空鑑賞が待っている。
この計画を立てたのが、他国のプリンセスと金髪ドリルお嬢様が所属しているオリジナル部だ。異文化交流をしながら教養を深めることを目的とした部活らしい。
川遊び、バーベキュー、天体観測も部活の一環とのこと。
故に俺や翼君、帰宅部の二人は、その部活に割り込んで参加させてもらったという形となる。
ちなみにオリジナル部の名前は……なんか難しい言語で書かれていたのは覚えているが、どうにも思い出せないな。
そんなことをぼんやり考えながら、指示された通り荷物を持って川に戻ってきた。
「なあ、他国のプリンセスー。二人がやってるオリジナルの部活の名前、なんだったっけ? ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールみたいなやつ」
「Salon de la Belle Époque (サロン・ド・ラ・ベル・エポック)よ」
「ああ、サロン部ね。そうだったそうだった」
うむ、喉に刺さった魚の小骨が取れた気分だ。
……で、サロンなんちゃらってどういう意味なんだろう。やっぱり魚の骨は刺さったまんまだわ。
「ねえ、泰平。疲れたからマッサージしてー」
「はいよーっと……はい!?」
え? いいの? 俺なんかがアイドル様の素肌を触っちゃっていいの?
「あっ、でも、エッチな触り方しちゃダメだよ!」
「そんなこと(ちょっとしか)しねえよ!」
「なんか今、小声で変なこと言ったよね。心配だから、やっぱり翼君にしてもらうことにするね! ってことで、マッサージしてもらっていい?」
「あっ、え、う、うん。いいけど……いいの?」
「うん! 翼君なら邪なことも考えないし、大丈夫でしょ? ね?」
「あー。うん、そうだね。あは、あははは」
「………」
ぽつーん。
気分はまさにそんな感じ。
くっそ、あのトップアイドルめ。最高に楽しそうな笑顔で俺を当て馬にしやがってよお。
しかも、俺に少し希望を持たせておいて落とすとはなかなかエグいことしやがる。ファンをやめてやろうか。
……まあ、この程度でファンをやめられるほど浅い沼にはハマってないんですけどね。はーあ、推しの踏み台になる人生、辛いわ。
この後の詳細は、涙を飲んで割愛させてもらう。
だってさあ。この後もずっとおんなじ調子なんだもん。
バーベキューや天体観測、花火、その後のみんなでドキドキお泊まりタイムでさえも、全員からこの調子で当て馬に使われた。
「ほら、寒そうだったから、これでも着て。僕の上着で申し訳ないけどね」
とか。
「ちょ!? ここは僕のベッドだよ!? 寝ぼけてないで起きてよー」
とか。
流れ星を見ながら
「お願い事した?」
「……秘密」
とか。もうね。
あま〜い空気を垂れ流しやがってさあ。
とにかく俺はお腹いっぱいです。はい。
青春の野郎は、持たざるものにはとことん容赦ない。
俺があった特別なことなんて、水着から着替えているところを偶然金髪ドリルお嬢様に見られてしまったことくらいだ。
ただ、その時でさえ、「あら、なかなかいいブツをお持ちで」なんて、冷静に品定めされた。
流石に頬はちょっと赤くなっていたけど、それだけ。
はいはい、そうですか。俺はちょっとしたサービスシーンのためだけに存在する、モブAなんですね。けっ。
まあいい。そっちがその気なら、こっちだって考えがある。
今日と全く同じプランを、柔道部のみんなとこっそりやってやるからな。いいもーん。俺はその時青春するもーん。
……けっ。
とか僻みつつも、総評としては、今日のお泊まり会は存分に楽しんだんだがな。
甘酸っぱい青春こそ楽しめなかっただけで、ちょくちょく学校では地味な超有名アイドルと楽しく遊んだり、金髪ドリルお嬢様と一緒に他国のプリンセスを攻略しようとしたり。
陰キャだけど人気Vチューバーとは……うん。なんとなく楽しそうな人ってだけ理解した。それを収穫としておこう。




