第七十八話 心理テスト
ぱんっぱんっ。
二礼二拍手一礼。
「(今日もこの世界が崩壊しませんように)」
外部生ってのは不思議だ。
ウチのクラスでも、他国のプリンセスだとか、AI搭載アンドロイドだとか、宇宙人美少女だとか、現実味のない人が当たり前に在籍している。
彼女達はこの街の外から来て、高校時代が終われば大抵はこの街から去っていく。何らかの理由でこの学校に通い、主人公君が厄介な問題を解決し、高校卒業後にはそれぞれの理由で帰る。
それが今までの王道パターンだ。
でもなあ。そもそもの話、隔離されている街の外から来て、帰るというだけで、俺の理解の範疇を超えている。それができるのなら、俺だって街の外に行けそうなものだが……これができないんだなこりゃ。
そのあたりの詳細については、一部の大人しか事情を知らない。まさにトップシークレットってやつかな。
そもそも、外部生がいるのが当たり前だから、この街に住むみんなは「果ての外にも世界が広がっている」ことに疑問を持たない。今は情勢が悪いせいで行けないだけ、というのが当たり前となっている。
そういう違和感を俺なりに整理していった結果――果ての外には、こことは違う妄想世界が広がっている説の信憑性が上がってきたように感じた。
もしかしたら外部生達は、違う妄想世界に住む人達なのかもな。
そういえばこの考え、お前に教えてもらったんだっけか……?
いや、冷静に考えて、そんなことあるわけないか。
「うし、普通っ子、行こうか」
「うん」
さあ、今日はどんな一日が待っているだろうか。
◆◆◆
夏を楽しむ最高に手っ取り早い方法――主人公君達と一緒に遊ぶ。これである。
主人公君は目もくらむような美少女達と、毎日のように最高の夏休みをエンジョイしている。
昔の俺ならばそれを見て羨むだけだったが、今の俺は違う。主人公君とはある程度仲良くなっている俺には「乗っかる」という最強のカードがある。
『その日、俺も行っていい?』
ダメ元で声をかけてみたら、二つ返事で快諾してもらえた。
そして今日、俺はドジっ子先生が運転する車に乗り込み、主人公君達とのお泊まり会へと向かっている最中だ。
「泰平君だけ助手席で申し訳ないけど、我慢してね?」
俺の後ろでは主人公君達を筆頭に、一緒に行く女子達がワイキャイと楽しそうに青春している声が聞こえている。
「いえいえ。ここはドジっ子先生の可愛い横顔をまじまじと見られるので、俺にとっては特等席ですよ」
「もう、先生を口説いたって内申点は上がらないのよ」
「あちゃー。でも、そこをなんとかおなしゃす!」
「泰平君は一般入試なんだから、内申点はいらないでしょ? 大人をからかっちゃ、メッ! だからね!」
「ぐはっ! 可愛すぎるっ!」
にしても、先生まで可愛いのって最高だなあ。しかも授業だけじゃなくこういう遊びにまで付き合ってくれるし、最高オブ最高だわ。
車内の和やかな雰囲気と、可愛い先生が隣にいる状況に、俺の気分はすっかり上々だった。完全に調子に乗った俺は、つい軽口を叩いてしまう。
「そういや先生、ちょっとした事情で、俺の首輪が茶色になったんですよ。だから、先生が俺の首輪を黒く染め上げてくれませんか?」
ほんの軽い気持ち。ちょっとした冗談でこう言ったつもりだった。
ただ、ドジっ子先生の醸し出す柔らかい空気が、明確に変わってしまった。
理由は分からないが、車内の温度が二度ほど上がったような……?
それからしばらく、ドジっ子先生からの反応はなかった。
たっぷり間を開けた後。ドジっ子先生は、いつもでは聞かないような平坦なトーンでこう口を開いた。
「泰平君は知らないかもだけど、『俺の首輪を黒く染め上げて?』っていうのは、有名なエロ漫画のヒーローのセリフなんだよ」
「……おん?」
「“茶色の君”は私達世代の女性の憧れなの。人生で一度は言われたいセリフなんだよ。だから……私の言いたいこと、分かる?」
「まあ、なんとなく」
「なんとなくじゃダメ! とにかく! 女の人にそんなことを言っちゃうと、メッチャクチャにされるからね! 私ですら理性の糸がブチギレそうになったんだから、今後は控えるように!」
「はーい」
珍しく本気のトーンで説教されてしまったのだった。
このようにドジっ子先生と交流を深めている後ろで、俺以外の五人も今しかできないような青春を謳歌している。今は恋愛心理テストなんて羨ましいことをしている最中だ。
「きゃー! 私と翼君、相性百パーセントだって!」
学校では地味な超有名アイドルが跳ねるように喜ぶ。
「当然私もよ、おっほっほっほ!」
金髪ドリルお嬢様はいつもの高笑い。
「あら、わたくしもなのね。案外嬉しいものね」
他国のプリンセスがニコリと微笑む。
「うぇ!? 僕だけマイナス千パーセント!? あ、う。ごめん突然大きな声出して。でも、やっぱりその心理テストおかしくない……かな?」
「「「おかしくないよ(わ)」」」
「あっ、ひゅっ、えへへ。あざーす?」
陰キャだけど人気Vチューバーが、少し不憫なことになっている。
そんな楽しげなやり取りをする姿がミラー越しに目に入る。ただ車内で会話しているだけだというのに、この世の絶頂のように幸せそうだ。ただし一人を除く。
この中で俺が仲がいいのは、学校では地味な超有名アイドルと、金髪ドリルお嬢様だけ。他の二人はほぼ関わりがない。
せっかくなので、このお泊まり会中に友好を深めたいな。
そんなことをぼんやりと考えている間にも、どんどん心理テストは続いている。
どうやら今は主人公君が出した問いを、順番に回答していくターンのようだ。
「なるほどー。私はアイドルの栗山榛名ちゃんを思い浮かべたよ! 今度ライブがあるってニュースで見たから、彼女がぱっと思いついちゃったんだよねー。で、思い浮かべた人がどうなの?」
おぉう、のんびり後ろの会話を聞いていたら、学校では地味な超有名アイドルが自分のアイドル名を言いやがった。今も地味めな服装で、アイドルモードとはかけ離れているとはいえ、胆力あるなあ。
あっ、学校では地味な超有名アイドルが、ミラー越しに俺の方をちらっと見て、目が合った。
次の瞬間、俺からしか見えない完璧な角度で、いたずらっぽい笑みを浮かべながら、パチンと綺麗に片目を閉じた。
「ぐはっ!」
急なファンサやめろ。俺はお前のファンなんだ。今度のライブだって行くんだ。ファンなんだから、嬉しくて血を吐いてしまうのは当然だろ。
「えっ、急にどうしたの、泰平君?」
「いえいえ。なんでもないです」
「?」
ドジっ子先生はキョトンとした表情を浮かべているが、結局あまり気にしないことにしたようだ。
「じゃあ答えを言うね。えーっとねえ。あなたが思い浮かべた人こそ、本当のあなたの姿なんだって」
全員が答えを発表したのち、後部座席で主人公君が答えを発表した。
ちなみに、他のみんなの答えは「雑草」「芸人」「無」だったりする。
「そっかそっか。えへへ、榛名ちゃんなのは嬉しいけど……全然当たらないね」
「私が雑草な訳ないでしょ! 全く当たってない! インチキよ!!」
「ふぅん。無、ねえ……」
「まあ、所詮心理テストだし……僕みたいな陰キャが芸人なわけないし……えっへ」
なるほど。本気で納得がいってないのは雑草と診断された金髪ドリルお嬢様くらい。他の三人はどこか気まずそうに見える。
あの様子を見る限り、全員思うところがあるのだろうな。
にしても、陰キャだけど人気Vチューバーは芸人で、他国のプリンセスは無ね。
今日交流を深めるに当たってガッツリ参考にしないが、少しくらいは頭に留めておこう。
そんなことを考えながらも、車はどんどん山道を進んでいく。
「あれぇ? こっちだったかな?」
「……うん? 先生?」
「いやいや。大丈夫だよ。迷ってないから。そうだそうだ! こっちだったかも!!」
「『迷いました?』なんてまだ聞いてないんですけど……」
車はどんどん正規の道を外れ、獣道を進んでいく。
ガタンゴトンと大きく揺れる車内で、何事かと後ろのみんなもつばを飲んで見守っていた。
「あっ、違う違う! えっと、右はお茶碗を持つほうだから……うん! こっちだ! みんなー、Uターンするから、ちょっと揺れるよ。何かに捕まっててね」
先生、あなた右利きでしょ?
そんなことをツッコむ暇もなく、ドジっ子先生はものすごいスピードを出した。かと思えば、ドリフトしながらぐるりと三周くらいその場で旋回した。
「「「「ぎゃあああああ!!!!」」」
車内に大きな悲鳴が巻き起こる。
ものすごいGがかかる。シートベルトをしていないと身体が吹き飛ばされそうだ。
そんな状況のせいで、後ろのみんなはグロッキーだ。
ただ、俺は絶叫マシーンが大好きな人種だ。同時に「こんなことで命の危険はない」と高をくくっていたりする。
なので……
「よしよし! これで後はこの地図の上に行けばいいんだよね! 完璧!!!」
「いやいや、ドジッ子先生のことです。またドジをしちゃってるって可能性はないですか? 正しいと思っていても、あえて逆を攻めてみる、なんて、どうでしょう?」
ニヤニヤと笑いながら、あえてドジっ子先生を迷わせるような提案をしてやった。
「うーん、なんだか言われるとそうな気がしてきたかも! じゃあ申し訳ないけど、またUターンするね! みんな、またちょっと揺れるからねー」
「いやいや、先生! 今の方向で合ってま――」
主人公君の静止を振り切って、車は急発進し始める。
「いやっほぅ!!!」
「「「「ぎゃああああ!!!!!」」」」
くけけけけ。みんな顔面蒼白だ。
ざまあみやがれ。俺をのけ者にして楽しむからこうなるんだぞ。こうなりたくなければ、恋愛心理テストなんて楽しそうなことをする時は、俺も混ぜるように。分かったな?
さあみんな、今日は是非、俺ともっともっと心を通わせようぜ!!
ちなみにこれはどうでもいい余談だが、この後俺は車内だというのに正座させられ、めちゃくちゃ女子四人に詰められた。
美人が本気で怒ると迫力があると、身をもって知りましたとさ。




