第七十七話 予定変更
ラジオを録り終え、夕食を母に採点してもらったのち、少し勉強する。その後風呂に入り、軽くストレッチしたところで、また軽く勉強。
「さて、そろそろか」
今日は楽しい楽しい土曜日の夜。ゲーマーお姉さんと一緒にゲームする時間だ。
今日は好感度が下がらないといいのだが、どうなるだろうな。
とにかく、今日も頑張って闇に染まったゲーマーお姉さんを浄化しよう。
俺はPCから通話アプリを開き、ゲーマーお姉さんとつないだ。
「こんばんはー。ゲーマーお姉さん、今日もよろしくお願いしまーす」
「………」
ん? いつもならすぐに返事してくれるのだが、今日は一向に声が聞こえない。もしや通話アプリの不調か?
「おーい。聞こえてますかー?」
「あっがはっ! ゲホッゲホッ、ゲホッッッ!!」
「ちょ!? 大丈夫ですか!?」
その後、ドタバタとスピーカーから聞こえてきたかと思えば、ゴクゴクと一気に水を飲む音が聞こえてきた。
おいおい、慌しいな。忙しいのならかけなおすが、大丈夫なのか?
「ふぅー。ああ、泰平、ごめんね。きなこのおはぎを食べてたんだけど、喉に詰まるわ気道にきなこが入るわで、散々な目にあってさ。それだけだから、全然心配しなくても大丈夫だよ」
「ホントに大丈夫ですか?」
「うん。久しぶりに固形物を食べたから、ちょっと噛み方を忘れちゃっただけだよ。へへへっ」
「………は?」
今なんつった? 久しぶりに固形物を食べた?
ゲーマーお姉さんは寝食を忘れてゲームするような人ではなかったはずだが。何かあったのか?
「うへへ、全然、全然大丈夫だからね。ほ、ほら。そんなことより、早く。早く一緒にゲームしよ? さ、早くぅ! ね? ね!?」
「……なんか、いつも以上にテンションがおかしいですね。ホントに大丈夫ですか?」
「心配してくれるの!? へへっ、泰平は優しいね。へへっ、へっへ、へ。んぅ、はぁ……はぁ……うん。もういいよね。これなら全然、全然ギリギリ◯◯◯を丸出しにして外歩いても許されるでしょ――」
ピロン。スピーカーから直接的過ぎる下ネタが聞こえてきて、反射的に通話を切ってしまった。
なんだなんだ。どうしたというのだろう。今日のゲーマーお姉さんは尋常じゃなさすぎて、普通に心配なんだが。
とりあえず一度落ち着いてもらって、何があったのか聞き取り調査しよう。
ゲーマーお姉さんから再度かかってきた通話をあえて無視。それから焦ったように何度も通話リクエストが来るが、心を鬼にして無視。
五分くらい時間をおいてから、もう一度通話アプリから電話をかける。
「少しは頭が冷えました?」
「はい。この度は男性様に多大なるご迷惑をおかけし、誠に申し訳ありませんでした。弁解の余地もございません。男性様の期待を裏切るような結果となり、万死に値すると痛感しております」
「そのテンプレ謝罪はもういいから、ちゃんと理由を話してください。一体今日のゲーマーお姉さんはどうしたんですか?」
「あー……ちょっと動悸、息切れ、めまいがしただけだから、全然大丈夫だよ? さっ、一緒にゲームしよ?」
動悸、息切れ、めまいなんて大学生が陥る症状じゃないはずだ。せめて更年期に入ってからその言葉は使ってくれ。
「そんなんで誤魔化されませんよ。その更年期セットが起こった根本の原因をちゃんと話してください」
「あー……いやぁ……それはちょっとあまりに情けないというか、私の尊厳にかかわるというか……えっと、その……大した問題でない癖にデリケートな問題でもあるから、あんまり気にしないでいただけると助かる……かな?」
「嫌です」
「あの、泰平。だから――」
まだ言い訳を続けようとするゲーマーお姉さんを遮って、語気を強めて言葉を発する。
「絶対嫌です。俺は今、ゲーマーお姉さんを普通に心配しています。だから、ちゃんと話してください」
「……あぅ、そっかあ。うーん……あの、引かないでね?」
「そんなの今更ですから、大丈夫ですよ」
「それもちょっとあれなんだけど……まあいいや。えっとね、ホントに大したことじゃないんだよ。あと、全部私が悪くて、泰平のせいでもないからね。それを念頭に置いて聞いてね?」
「ん? ってことは、俺が原因ってこと?」
「いやいやいやいやいやいやいや! 全然! 全然違うから!!! と、とりあえず最初から話すね。ほら、今度私達、お昼にカフェでちょっとお茶する予定があるでしょ?」
「はい。あと七日ですね。そういえばそのことで俺も話があるんですけど、まあ今は一旦ゲーマーお姉さんの話からお願いします」
「分かった。その八月一日というXデーが近づいてくるにつれて、大きな期待感と、不安と、楽しみと、緊張とか、色んな感情でぐちゃぐちゃになってさ。えっと、要はそれだけなんだ。へへへっ」
……ん? えっと?
「もしかしてですけど、七日後に控えたデートの事を考えて、動悸、息切れ、めまいが起こったり、固形物を食べない生活を送ったりとか、テンションがおかしくなったりとか……そうなったってことですか? え? そんなことある?」
心の底から信じられないような声が出た。
いやいや、ちょっとお昼に会うだけだよ?
それに、まだまだ先の予定だ。それなのに動悸、息切れ、めまいが起こるなんて、流石に大げさだよな……?
「……はい。全部泰平のおっしゃるとおりです。最近は大学の講義中くらいしか眠ってないし、ご飯も喉を通らない。ゲームしてる時だけが心穏やかになれるから、逃避のためにゲーム生活を続けてたの」
「はー。 ……そっかそっかあ。そうですかあ。わっかりましたー」
それはちょっと、いくらなんでもよわよわすぎない? 大学生ってそこまで悲しい生き物なの?
約一週間後に俺と会う予定が決まっただけで、日常生活もままならくなるのか。
これは……思った以上にリハビリが長引きそうだ
正直俺は今度の喫茶店デートで、俺から強引に手を繋いだりするつもりだった。闇に染まったゲーマーお姉さんには、ただ直接会って会話するだけの生易しい刺激よりも、強い刺激のほうが浄化に効果的だと思って。
だが、今のよわよわゲーマーお姉さんにそんなことをしたら、下手したら心臓が止まってしまうかもしれない。
これは計画の変更が必要だ。もっと優しく、毛布で包み込むように接するほうがいいだろう。
「よし! とりあえず今日はもう、消化に良い何かを食べましょう。そして、無理やりにでも寝ましょう」
「ええー! ゲームは? 一緒にゲームしないの?」
「俺は不摂生の極致の人間とはゲームしません。俺達がプロゲーマーを目指していた時、約束したでしょ? 『いくら長時間ゲームをしようと、睡眠と食事だけはしっかりしよう』って。その頃の約束は忘れちゃいました?」
「ああー。言ってたね。ゲームのせいで体調を崩すなんて絶対ダメ。プロとして誇れないって」
幼い頃の俺達は、恥ずかしげもなく夢を語り合っていた。
プロゲーマーになった時、どんな人になるか。どういうプロを目指すか。子どもに夢を持たせるにはどうすればいいか。歳を取ってもプロでい続けるのにはどうすればいいか。本当にかっこいいプロゲーマーとはどんな存在か。
ただ夢物語を語っていただけ。でも、熱意だけは本物だった。
「プロゲーマーの夢は挫折しましたけど、その考えは今も変わってませんよ。だから、今日はしっかり食べて、ゆっくり寝ましょうか」
「うん、そうだね。今日は配信を休んで、おかゆさんでも食べて寝るよ」
ふぅ……とりあえず、これで一件落着かな。
「あっ、なんなら寝落ち通話なんてしちゃいます? 本当は寝落ち通話なんて死ぬほど好きな人相手にしかやらないんですけど、今日は特別にいいですよ?」
「コハ、ッン、エッッッッッ!?!?!?」
ちゃんと人間の言葉でリアクションしてください。
「あ、あと。七日後のデートのことで俺からも話があったんでした。ゲーマーお姉さんって明後日のお昼、予定は空いてます?」
「あっ、え? えと、うん。その日はなんにも予定ないよ」
「なら、今度のデートはその日に変更してもらえませんか?」
完全に俺のミスなのだが、七日後は土曜日だった。土曜のお昼は部活から勉強会の流れがあり、都合が悪いのだ。
「ダハッ、マッッッッッ!?!?!?」
だから人間の反応で返してくれよ。どこから声を出してるんだ。




