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多分非モテ男の妄想世界に転生してしまった 〜【男1:女5】の自分が主人公ではない貞操逆転世界〜  作者: ながつき おつ


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第七話 海


 ぱんっぱんっ。


 二礼二拍手一礼。


「(今日もこの世界が崩壊しませんように)」


 こんな果てのある広がりのない世界でも、別にしんどくなったり、孤独を感じたり、虚しくなったりはしない。


 それはお前が教えてくれたように「毎日を全力で淡々と生きる」ってのをしているからなのかもな。


 結局、ただできることをやるしかないのだ。


「うし」


 さあ、今日はどんな一日が待っているだろうか。



◆◆◆



 今日は日曜日。学校も柔道もない、完全な休養日だ。


 こういう時、俺は特に理由もなく世界の果てに行く。


 果て――この世界を隔離する、透明な壁。それがあることは当たり前で、誰もなんの疑問も持たない。それがある限り、俺達はこの一つの学校、一つの街だけの世界で暮らすことを強いられる。


 それなのに、設定上だけは隣町や他校、他の国があったりするのは、どういうことなんだろうな? この世界にはこの街しかないし、隣町や他国になんてどうやっても行けないのになあ。


 そこら辺の認識は未だによく分かっていない。大抵は「今は情勢が悪いから」という魔法の言葉で強引に辻褄を合わせてるから、考えるのが馬鹿らしくなる。


 ……でもまあ、一つの街だけといっても、人口は一万人程度はいるはずだし、特に不便もない。なんなら、気圧は一定だし、ゴキブリや蚊なんていないし、うるさいバイクやヤンキー、町中で一人で叫ぶ怖いおじさんなんかもいない。


 少し残念なことで言えば、主人公君が嫌いであろうグリンピース、エリンギ、二郎系ラーメンがこの世に存在しないことぐらいだろうか? 俺はこの三つは結構好きなのだが、それだってまあなかったらないで案外対応できるものだ。



「ふいー、着いた」 


 自転車をえっちらほっちら漕いでたどり着いたのは、海だ。


 潮風が頬をくすぐる。どこか懐かしい磯の香りで鼻の奥がツンとする。


「相変わらず綺麗だなあ」


 まだシーズンではないので活気こそないが、白い砂浜と青い海は、なかなかのものだ。


 俺は砂浜へ持ってきたビニールシートを広げ、ゴロンと寝転がる。


 別に泳ぐわけでも、日焼けするわけでも、遊ぶわけでもない。ただただぼーっとするだけ。


 これが俺なりの休養だ。こうやって何にも考えず、果てをぼーっと見ながら、ただただ一人でのんびりする。


 一週間に一度でいい。それが無理なら最悪一ヶ月に一度でもいい。別に海じゃなくたっていい。なんなら一時間でいい。


 この時間は、俺が俺らしく生きるのには重要なのだ。


「いい音だ」

 

 目を閉じる。


 定期的にサラサラと波の音が聞こえてくる。シュワシュワと泡が弾ける小さな音が聞こえてくる。遠くでかもめが鳴いている。沖の方から漁船か何かのエンジン音がかすかに聞こえてくる。


 しばらくすると目を開く。視界に映る強い光を目を細くして慣らす。それから空に流れる白い雲をぼーっと眺める。


 この海の先には果てがあるのに、あの雲はどこへ行くんだろうなあ……


 そもそも、この海の流れだってどこから来ているのだろうなあ……


 不思議だなあ……


 俺は実際に泳いで確かめたから、この海が見た目ほど広くないことを知っている。体感で二キロくらい泳いだら、もうそこは果てだった。


 景色だけはひたすら続いているのに、その先がないと分かる。実際触っても壁によってそこへはいけない。あれは不思議な感覚だ。


 人によっては不気味に感じるかもしれないが、俺はそうとは思わない。ただただ不思議なだけだ。


 ていうか、そもそも俺、果てを見て感じることで、何を思っているのだろうなあ……


「……うし、弁当食べよ」


 この時のために作ってきたおにぎりとちょっとしたおかずを頬張る。自分だけのために作る料理はあまり好きではないが、ウインナーを焼く程度ならそこまで手間に感じない。


「ふっ」


 料理で思い出した。そう言えばウチの柔道部のぶりっ子先輩。漫画みたいに料理が壊滅的だったなあ。


 あれは面白かった。どれだけしっかりとした手順で教えても、ぶりっ子先輩が作るとダークマターとなる。


 ぶりっ子先輩、あんなに可愛くて天才で強くて努力家なのに、なんで料理だけはああなんだろう。俺にとって料理ができないなんて欠点にすらならないとはいえ、不思議だなあ。


「んまい」


 少し汗ばんだ身体におにぎりの塩気が効く。何の変哲もない塩おにぎりなのに、この潮風がおにぎりを美味しくしてくれている気がする。


 ウインナーもうまい。パリッとした皮にじゅわっと口の中で爆発する肉汁。ウインナーを考えた人は天才だわ。俺からノーベル賞を進呈しよう。


「さてと、一眠りしますかね」


 食べ終えた俺はビニール袋にゴミを入れ、リュックに詰め込む。


 タオルを枕にして目をつむった。


 こうやって眠るの、なんか気持ちいいんだよなあ……


 まどろみに身を任せていると、いつの間にかすーすーと一定のリズムで寝息をたてていたのだった。



 目覚めると、視界いっぱいに見知った顔が入ってきた。最初その顔はぼやけてよく分からなかったが、あまりにも魅力的な表情だったような気がした。


「おっすおっす、おはよー」


「うい、おはようございます。白ギャル先輩」


 冷静に挨拶したように見えて、内心では結構ドキドキしていた。だって、不意打ちでバカみたいに可愛い顔面が目に入ってきたんだもん。大好きな人がいたんだもん。


(さっきの表情、気のせいかな……? それとも、寝ぼけてただけか?)

 

 俺が目を開いた瞬間の一瞬だけ、普段は見ないようなとても優しい笑みを浮かべていたのを見た気がしたのだ。


 うーん、白ギャル先輩が聖母のような表情をするなんて、あれは夢だったのか? いや優しくてピュアな人だというのは知っているけど、俺にあんな表情する? うーん……


 なんだか妙にほっぺたがくすぐったい。夢か現か、あんな白ギャル先輩の表情を見たせいか、心がソワソワしている。


「で、どうしたんですか?」


 こういう時、俺はカッコつけてなんでもないように振る舞ってしまう。だめだなあ。無でも有でもなく、全てでもなく、中道でもない。ただ自然に。それが全然できていない。


「師範に泰平の場所を聞いてやって来たんだ。今日暇なのは泰平だけっぽくてさ。ボッチの泰平の寂しさを紛らわせるため、仕方なくあーしが遊んでやるんだから、感謝しろよ。にひひっ」


 遊んでやるってねえ。目を見れば分かりますよ。白ギャル先輩のほうが遊びたくてウズウズしてただけでしょうが。目がキラッキラだもん。相変わらず可愛いなくそ。


 まあいいか。休憩は充分だし、今は少し人と触れ合いたい気分だし。


「しゃあないですね。寂しい先輩のために、後輩の俺が一肌脱いでやりますかあ」


「逆だよ逆。あーしが遊んでやるの」


 いつもの気楽なやり取りをしつつ、白ギャル先輩が差し出してきた手を掴み、立ち上がる。


 軽く首を回し、伸びをして、身体のコリをほぐす。それから、パンと強く頬をひと叩き。そんな俺を、白ギャル先輩は不思議そうな目で見ていた。



 突然だが、俺は今からちょっとしたタブーを犯す。


 この世界に薄っすらと、しかし確かに蔓延っている透明な空気感。高校生を卒業するまでは主人公君以外には決して「デート」「好きです」「付き合ってください」などの言葉を本気で使ってはいけないという、誰もが無意識に持つ暗黙のルールを破る。


 俺がやろうとしていることは、空気が読めていない、前人未到の愚か者の行動だ。


 そんなのは承知の上で、胸が温かくて、くすぐったくてどうしようもないから、どうしても言いたくなったんだ。こんなに綺麗にドキッとしたのは初めてだったんだ。



「カエデ先輩。今日は俺と真っ当なデートでもしませんか?」



 強い抵抗感からの逸脱。今この瞬間、見えない壁をぶっ壊した気がした。


 軽い気持ちで言ったように見えるかもしれない。けれど、いざ「デート」と言葉に出すのは、まるで紐無しバンジーを自ら望んで飛ぶ時みたいに妙に怖かった。


 でもさ、自然と言葉に出たんだもん。恐怖と自然は相反するかもしれないが、今の俺は勇気を振り絞ってそう言葉にするのが自然だったんだ。


「なっ、交際もしてないのに、何言ってんだよバカ! それに、カエデって……」


 こういう勢い任せの行動も、青春っぽくてたまには良いと思うんだ。あいにくこの砂浜には誰も人はいないしね。


 指をもじもじさせながらそう言った白ギャル先輩の白い耳は、いつもより真っ赤だった。そんな可愛い反応を受けて、俺の口角は自然と上がる。


「いいじゃないですか、たまには。俺と悪い遊びをしましょうよー」


「ふ、ふん、今日は気分がいいから、少しだけ付き合ってやる。あーしのことしっかりエスコートしろよな」


「うーす」


 握った白ギャル先輩の手の体温は、やけどするくらい熱かった。


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