第六十七話 三者面談
ぱんっぱんっ。
二礼二拍手一礼。
「(今日もこの世界が崩壊しませんように)」
いやあ、気分がいい。テスト結果がいいと気分がいいわ。
母やぶりっ子先輩にも褒められたし、白ギャル先輩にぎりぎり順位でマウント取れたし、いいことばっかりだ。ここ最近はずっと気分がいい。
この調子で二位の座を狙いたいのだけど、残念ながら現状の俺の学力では、どんなに上振れても届かないだろう。
三位から二位、二位から一位の壁はかなり高い。
だから、今の俺にできることは、三位という素晴らしい座の死守だな。
正直相当難しいことではあるが、一度やれたことは二回も三回も理論上はできるはずだ。
できるかなあ。いやあ、無理かもなあ。ぶっちゃけ上振れただけだしなあ。俺って自分のこと、そんなに賢いと思ってないからなあ。
……いやいや、弱気になるのはダメだ。
そもそもの話、俺は前世で大学を卒業しているというアドバンテージがある。その分、他のクラスメイトよりも少しは有利なはずなんだ。
自分のスペック不足とか嘆かずに、やれることを淡々と全力でやっていこう。
「うし、普通っ子、行こうか」
「うん」
さあ、今日はどんな一日が待っているだろうか。
◆◆◆
さて、今日は俺の三者面談の日だ。
俺は廊下に用意された椅子に座り、母と共に前の組が終わるのを待っていた。
今教室では四位さん――もとい委員長が三者面談中だ。俺はこの次、時間的にももうすぐだろう。
教室から出てきた四位さんとそのお母様に軽く挨拶をしたのち、俺達が教室に入る。
去り際に委員長から非難がましい視線を感じた。
最近では委員長からこんな風に見られることが多い。クラスメイトの中でも、委員長とはそこそこ仲の良い関係を築けていたんだけどなあ。
まあ、自業自得か。俺が調子に乗って「四位さん」と呼び続けたからだもんな。
委員長は心優しいので、本気でああいう目をしているのではないと分かってはいる。だが、一割くらいは本気で俺を恨めしく思っているのだろう。
その分以上に古風転校生と仲良くなれたから、トントンと思っておこう。
ただ、最近俺が古風転校生と仲良く話していると、主人公にだけ心を開く外国人美少女が割り込んでくることが多々ある。それも、少し苛ついたような表情を浮かべて。
……あれはなんなんだろう。人間関係って難しいな。
「「失礼します」」
「あ、どうぞ。そちらの椅子にお掛けください。お母様、本日はお忙しい中お時間をいただき、ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ、いつも息子がお世話になっております」
二人並んで翼君と担任のドジっ子先生の向かいの椅子に座った。
ドジっ子先生は「これじゃなくて、これでもなくて……あっ、これだ」と手元の資料を探し当て、トンと揃えたのち、母に見えやすいように差し出した。
「それでは、泰平くんの三者面談を始めさせていただきますね。まずは学校での様子と、進路希望についてですが……」
そこから、俺の授業態度や成績、進路希望など、先生視点から見える俺の評価を下していく。
基本的に俺は真面目で成績優秀なので、褒められることが多い。なんなら今のところお褒めの言葉しかいただいていない。さすが俺だ。
「――ですが、泰平君に関しては、少し特殊な懸念点もあってですね」
と、ここで少し風向きが変わった。
「と、いいますと?」
「泰平君は女性への関わり方が気安すぎるんです。高校生の間はそれでも大丈夫です。ですが、大学生にもなると、それでは少し問題があります」
「ああ、やはりそうですか」
母上よ、やはりとはなんだ。
「しかも、泰平君は中央キャンパスを志望しています。男性が中央キャンパスへ挑戦し、合格する。それ自体は前人未到とも言えるほどの素晴らしいことです。
ですが、あそこはどこに行っても女性しかいません。
今のままの泰平君がそこへ行けば……お母様ならもうおわかりですね?」
「ええ、女性の果てしない性欲の渦に飲み込まれて、無事では済まないというわけですね。今の泰平なら、ボロ雑巾のように事切れるのは間違いないでしょう」
あのー、一応ここって現代ですよね? 日本ではあるんですよね? ここって割と優しい世界ですよね? 大学だってスラム街というわけではないはずだよね?
「あっ、あのー、泰平君、あまりショックを受けないでね? あくまで泰平君は一対一とか、少人数の女性を相手にコミュニケーションする時が一番らしさが出てて輝いているってことではあるからっ!
リーダーシップやカリスマ性が足りていない泰平君には、大多数との付き合い方が下手くそってだけだからねっ! あんまり気にしすぎないように……ね?」
「先生、それ、フォローになってません」
それどころか、トドメを刺された気分なんだが。
そっかあ。俺ってカリスマ性とかリーダーシップがないのかあ。気づいていなかった欠点を突きつけられて、少し肩を落とす。
「あ、あの、そういう事を伝えたかったんじゃないの。
わ、私はただ、泰平君の気安い女性への接し方や、一見分かりにくい優しさは、誰にでもできることではないって言いたかっただけで……
ほら、泰平君は提出物とかの隙間に『お疲れ様です! 髪を切りましたね。可愛い!』とか、ちょっとした一言を書いてくれるでしょ? ポケモンのミニキャラクターを添えてさ。ああいうの、すっごくいいと思う!」
「ああ、確かによくやりますね」
「つまりはさ、そういうことなんだよ!」
「……?」
どういうことだってばよ。
フォローしてくれようとした意気込みは伝わったが、あくまで熱意が伝わっただけ。それじゃあ俺の下がった肩は上がらない。しょぼーん。
「えっと……泰平君、なんか、ごめんね。えへへ」
そして最後には謝られると。
もうフォローは無理ってか。
そんな意味を込めて、ドジっ子先生をジトーっと見続ける。
「あ、あっ、それじゃあ、翼君からは何かあるかな? 何かあるよね!?」
おい生徒に尻拭いさせるなよ。
「あはは。えっとねえ。 ……コホン。実は僕、泰平君に感謝してるんだよね」
「感謝?」
思わぬ人物、思わぬ角度から、思わぬ言葉が飛んできた。
「うん。このクラスのみんながすっごく魅力的なのは、泰平君がいたからなんじゃないかって思うことがあるんだよ。
このクラスのみんなは、僕の前だけじゃなく、いつだってすっごく生き生きしている。だから、僕は歴代で一番この二年A組が楽しいんだ。
それはきっと泰平君のおかげだよ」
「おいおい、それは買いかぶりすぎだって。俺なんてみんなの頑張りを『よくやるなあ』って、後ろから眺めてただけだよ」
「うん、きっとそれがよかったんだよ。これは僕の個人的な考えだけど、思春期の女の子ってね、男の子に努力を肯定されていると、人一倍輝く気がするんだ。それをずっとしてきてくれたのが泰平君だと思ってるんだ」
「……そっかなあ」
「今の泰平君には、先頭に立ってみんなを導いてしまうカリスマ性やリーダーシップはないかもしれない。でも、内側からみんなを輝かせるサポート能力は、とっても秀でている。そう僕は評価してるんだ。
そんな泰平君が、これからリーダーシップまで身につけられたのなら、まさに鬼に金棒だね」
うーむ、そこまで真っ直ぐな目で褒められると、流石に照れるな。流石数多のヒロインを落としてきた主人公君、俺も落とされそうだ。
「あとはねえ。あっ、そうだ。大学でのことは僕には分からないから、アドバイスできないけど。このクラス内のことで言えば、アドバイスできることがあるよ」
そう前置きをしたのち、主人公君は続ける。
「泰平君はもっと気安く、なんならもう一歩踏み込んでクラスメイトと仲良くなってもいい気がするかな」
「ん? それなら結構できてない?」
俺って精力善用、 自他共栄を心がけているから、他者との関わりは結構大事にしている方なのだが。
「うーん。人によってはできているって評価が正しい、かな」
ここで一度区切った主人公君が、ゆっくり自分の考えをなぞるように続ける。
「なんというか、泰平君って自分が一定以上気に入っている人には、すっごく優しい目をするんだよ。真に心の奥深くまで許した人にだけ、温かくてとろんとした目で、じっと目を合わせるんだ。
雛森さんとか、小林さんとか、高橋君とかには常にそういう目を向けてるよ」
「ツンデレ美少女と、普通っ子と、不健康かあ。まあ、特別仲いいもんなあ」
どうやら俺は特に大切な人には自然とそうしているらしい。
「逆に、僕と高橋君以外の男性を見る目が結構冷たかったり、個人的に泰平君が苦手にしている春日さんとかには、ほぼ目を合わせないでしょ?」
「あー……まあ、男連中は真面目に生きていないからいいとしても、気だるげへの態度はあんまりだったかもなあ」
気だるげ。気だるげなあ。うーん。
気だるげは過去の俺が女性が苦手になったきっかけの人でもあるから、心を通わすのが億劫でなあ。あまり積極的に関わろうとしてこなかったんだよなあ。
でも、そうだな、もう高校生だし、そういうのはよくないか。別に癖の強い人ってだけで、悪いやつではないし、もうちょい接したほうがいいか。
……いやあ、でも、まだちょっと怖いなあ。
「大切な人にそういう目をすることを知っているから、つい自分もそうされてみたくなる。もう一歩、深く仲良くなりたくなる。それが泰平君の魅力なんだ。
周りにもそう思っている人はたくさんいるから、視野を広げて、もっと深く仲良くなってほしいな」
「ほうほうほう」
その話を聞いて、一人の顔が頭によぎった。
もしかしたら、主人公君にだけ心を開く外国人美少女は、俺ともっと深く仲良くなりたかったのではないだろうか。
古風転校生と仲良くしていると割り込んで来たのは、そういう気持ちを不器用ながらアピールしていたのではないか。
その仮説が合っているのかは分からない。でも、とにかく、もう少し主人公君にだけ心を開く外国人美少女と仲良くなってもいいかもしれない。
よし、今日から“主人公君にだけ心を開く”という部分を消そう。その呼び名のせいで、知らず知らずのうちに壁を作っていたかもしれない。
これからはただの外国人美少女として、もっと心を通わせにいこうか。
「もちろん、僕も泰平君にそんな目を向けられるように、もっと頑張るからね」
「キュン!」
主人公君が優しい目を向けてくるので、不覚にもときめいてしまったぜ。罪な男だぜ……
「さて、そろそろ時間ですね。今日は以上になります。今のところ成績も安定していますし、この調子で第一志望を目指して頑張りましょう」
「先生、翼君。色々とご指導いただき、ありがとうございました」
「ありがとうございました」
「ではお気をつけて」
「「失礼しました」」
母と俺が教室から出ると、廊下で外国人美少女とその母が待っていた。どうやら俺の次は彼女達だったらしい。
外国人美少女の母を初めて拝見したが、なかなかキツそうな顔立ちの美女だ。そこまで大きなわけではないのに、目つきや顔つきでかなり迫力があるように見える。
そんな外国人美少女の母に軽く挨拶したのち、外国人美少女の頭をおもむろに撫でた。
「……なによ」
「ううん、なんでもないよ」
「……ふん」
そっぽを向いた外国人美少女の横顔は、少し満足そうに見えた。




