第六十六話 それが俺のまいうぇーい
ぱんっぱんっ。
二礼二拍手一礼。
「(今日もこの世界が崩壊しませんように)」
何事もなくテストの全日程が終わり。またしばらくして、採点し終えた全てのテストが帰ってきたんだ。
ようやく一息ついたからさ、昨日ふと思い立って、世界の果てを見に行ってきた。
その果ては、一見するとただ隣町へと続く道路に見える。視界の先にはどこまでも続いていそうな道が伸び、その向こうには街並みまで見えている。
だが、それはただの景色にすぎない。その先には決して進めない。
透明の壁の向こうには隣町が広がっている風なのに、その先は実装されていない。まるでゲームでいう「マップの端」みたいだろ?
俺の本能は、ここが世界の果てだと疑いもしない。なのに、前世の常識が「道路の先には街が続いているはずだ」と囁き続ける。
その食い違いのせいで、なんとも言えない不思議な感覚に襲われる。
例えるなら、まるで人間には計り知れないような偉大で圧倒的な現象に畏怖するような、そんな感覚に近い。
こう言うと嫌なことみたいに感じるかもだが、俺はそんな経験が案外嫌いではない。むしろ、ちょっと好きだ。
畏怖も感じるが、畏敬も確かに感じるからな。
果てに来た俺は、なんとなしに隣町へ続くように見える透明な壁に手を当てて、その向こうに思いをはせてみた。
隣町は実は俺の前世の地球と繋がっていたりしないだろうか。主人公君なら果てを超えられるんじゃないか。隔離されたこの街だけが異常なんじゃないだろうか。それとも隣町には別の妄想世界が広がってたり、なんて。
ボヤーっとそう考えてたんだが、なんか最後の仮説が少しだけしっくりきた。もしかしたら果ての向こうには、本当に違う妄想世界が広がっているのかもな。
「うし、普通っ子、行こうか」
「うん」
さあ、今日はどんな一日が待っているだろうか。
◆◆◆
今日は全ての教科の点数や平均点、学年順位が記された「個人成績表」が配られる日だ。
俺は今回のテスト結果が以前より一回り良かった。普通に地の学力が上がったこともあるが、念入りに勉強した部分がことごとくテストに出たのだ。
だから、この日が来るのを楽しみにしていた。確か以前は学年総合八位だったので、シンプルに考えればこれよりは上のはずだ。
他人に見えないよう、折りたたまれた状態で配られた個人成績表を、一度机に置く。それから、まるでバカラでカードを確認する時のように、恐る恐る紙をめくっていく。
学……年……総……合……ふぅ。一旦休憩。ここからだ。左からめくっているので、この後が大事なはず。
大丈夫だとは思うが、ここで一なんて数字が出てしまったら、二桁順位確定だ。
なにせ一位は主人公君で確定。今回も全教科満点らしいので、その時点で俺より上だということは分かっている。
よし、覚悟を決めるか。
ここから、俺は一気に紙を開いた。
その紙に記されていた数字は、三。つまり学年総合三位だ。
三、三か。
三ってことは、この学年で三番目に成績が良かったってことだよな?
……三!?
うん、嬉しい。単純に嬉しい。いや、待って。
めちゃくちゃ嬉しいぞ、これ。ニヤニヤが止まんねえわ。
高校一年の時は学年総合一桁下位〜二十位を彷徨っていたので、ここまで高いのは人生初。上振れたとはいえ、この結果は俺からすると偉業すぎるな。
それにしても、この学年総合三位という文字列。
これは……
俺は悪い笑みを浮かべながら、即座に個人成績表を持って委員長の席へと向かった。
「なあ、いつも安定して学年総合三位の委員長ちゃ〜ん。今回のテストはどうだったのカナ?」
「……なによ。別にいつもと点数は変わらないわよ」
俺が背後から近づいて声を掛けると、委員長は咄嗟に自らの個人成績表を胸の内に隠した。
その反応がもう今回の成績を物語っている。
「そっかそっかそっかあ。委員長たんは賢いからなぁ。ところで話は変わるんだけど、俺って今回のテストがかなりよかったんだよね〜。ほら、見てみて」
俺は学年総合三位と記された部分を堂々と指さす。爽やかで何の悪意もないような笑顔を貼り付けて。
「………」
「……って、あれれ? おっかしいぞ~??? 俺の個人成績表に学年総合三位って書いてあるなあ〜。“俺の”、個人成績表にな。でも、美人で清楚で文武両道な委員長ちゃんも、いつもと変わらないって言ってたよなあ。これってどういうことだあ?」
「……不思議なこともあるものね」
ここまできても、委員長はあくまで白を切るつもりのようだ。
「なあ。どうしても気になるから、委員長のその紙、俺に見せてくれない?」
「嫌よ」
「あー、なるほどね。今まではうちの学年は上位三位は安定してたから、見せるまでもないって感じか? それとも、もしかして委員長が二位に繰り上がったとか!? なんだよそうならそう言ってくれよ。おっ? おっ?」
「……すぅーーーー。いち、に、さん、よん、ご、ろく」
委員長は怒りをこらえたような声でカウントダウンしだした。
そんなことに構わず、俺は屈伸煽りをしながら続ける。
「ほら、早くぅ見せてぇ。その紙に記された“学年総合四位”って文字を見せてくれよ。なあ、なあなあなあ!」
「……うるさい」
「んん? どうしたのかにゃ? そんなボソボソつぶやいても、耳と頭の悪い俺には聞こえないにゃあ〜」
限界まで顔を近づけ、全身を舐めるように言葉を連ねていたその時――ついに委員長が爆発した。
「うるさいわね! そうよ! 私は今回学年総合四位よ! でも、でもっ、よく見たら総合点数は私と一点しか変わらないじゃない!」
「あらー。そうだったのかあ。なんだなんだ。委員長って俺よりも下だったのかあ。へぇー、ふぅん。そう。そっかそっか。なんかぁ、嫌なこと聞いちゃって、ごめーんね♡」
「う゛あああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ムカつく!!! あの凡ミスさえなければっ!! あのミスさえなければこんなに煽られずに済んだのに!!!」
うへへ、あの委員長が慟哭する声を聞いたのなんて初めてだ。
なにせ委員長はいつもいつでもみんなの委員長だ。誰にでも優しくて、頼りがいがあって、みんなの意見をまとめるのがうまい。
そんな彼女がこうまで感情を露わにするというのは、それだけ悔しかったのだろう。
まあ、だからといって煽るのはやめないがな。煽れる時に煽る。それが俺のまいうぇーい。
「まあ、一点でも一点だからな。どんまい! 元気出せよ! 今度“俺が”勉強を教えてあげるからさっ☆
それに、前のテストの時も言ってたもんな。『泰平なんてテキトーにあしらっておけばいい』ってさ。
いやあ、あの時古風転校生を助けた委員長はかっこよかったなあ。
でも、あれあれ〜? なんか当事者になるとガチ効きしてるぅ?
あの時の冷静さはどこにいったのカナ? にょほほほほ〜」
「お、おい。それ以上は……」
委員長のうめき声を聞いて、隣に座る古風転校生が俺を諌めに来た。
以前、俺が古風転校生を煽った時、委員長が助けてくれたように、今回は彼女が助太刀に来たようだ。
「それで、古風転校生は今回のテスト結果はどうだったんだ?」
「あっ、やめ――」
俺はひょいと古風転校生の個人成績表を取り上げ、ざっと読み込んだ。
「……ほぅほぅほぅ。おお!? 古風転校生よ」
「何だその目は、何が言いたい。そうだ。私はお前より成績が圧倒的に下なのは認めよう。だが、人という存在は成績で価値が測れるものでは――」
俺は言い訳するように紡がれる古風転校生の言葉を遮り、正面から両肩に手を置いた。
それから俺はまっすぐ古風転校生の両目を見て、こう伝えた。
「偉い! 偉いぞ! 前よりもかなり順位が上がってるじゃん! これはすごい!!!」
煽られると思いこんでいた古風転校生は、まさかの事態に目を見開いた。
少し話は前後するが、アンダードック効果というのを知っているだろうか。
劣勢や不利な立場にある者に対して同情や共感を抱き、つい応援したくなる心理現象のことだ。
俺は典型的なその効果にハマりやすいタイプの人間だ。
つまり、いつも点数の良い委員長には厳しいが、あまり成績の良くない古風転校生には素直に褒めたくなるってことだ。
ということで、構わず俺は褒め続ける。
「正直さ、古風転校生って勉強がかなり苦手だろ? それなのによくこの点数を取ったなあ。これ、相当頑張らないと無理だろ? 偉い偉い。偉いぞー」
俺は自然と優しい目で古風転校生の頭を撫でていた。
「〜〜ッ! お、お前ッ! 男が女の命である髪に触れるなど――」
頭を撫でたからか、古風転校生は下を向いて何かモゴモゴと呟きだした。
チラチラとその潤んだ瞳で俺の目を覗いて、また下を向く。それでも俺が気になるのか、またチラリと俺の目を見る。
なにこいつ。コイツも可愛いとこあんじゃん。てか可愛いんだけど。くっそ可愛いんだけど。
とりあえずこんな状態の古風転校生は相当珍しいから、写真撮っとこ。ついでに世界の終わりってくらい落ち込んでいる委員長も撮っておこう。記念にね。
パシャリ。それからもういっちょ、パシャリ。
「……おい、今何をした?」
その視線には俺を非難する意味が含まれていた。勝手に写真を撮ったことを咎めているのは明白だ。
「ん? え、えっと……なんだろな? 外でパセリでも鳴いたんじゃない?」
我ながらひどい言い訳だ。
「消せ」
「やだね! こんな可愛い古風転校生の姿はそうそう見られないからな! 俺の家宝にするんだ!」
「消せったら消せ! 斬るぞ!」
「キャー、襲われるー」
結局俺は逃げ切って、無慈悲にもクラスのグループラインに二枚の写真を載せた。
今日のまとめ。
やはりこういうことがあるから、勉強はできたほうがいい。




