第六十四話 雑告白
ぱんっぱんっ。
二礼二拍手一礼。
「(今日もこの世界が崩壊しませんように)」
普通っ子は朝が似合う。元気っ子後輩は昼が似合う。白ギャル先輩は夕焼けが似合う。ぶりっ子先輩は夜が似合う。
勉強のちょっとした息抜きに柔道部のみんなをこんな風に分けてみたが、どうもしっくりこないな。
ぶりっ子先輩は誰よりも月明かりが似合うので、夜というのはすぐに決まった。普通っ子は最近俺と一緒にランニングしているので、朝のイメージがある。
それはすぐに決まったんだが、残り二人がしっくりこない。
無理やり当てはめるとすれば、白ギャル先輩はオールシーズン、元気っ子後輩は涼風ってところかな。
それでいうとお前は……暴風雨って感じかなあ。あっ、でも、悪い意味じゃないからな。壮大で暴力的な美しさがあるって意味だから。
「うし、普通っ子、行こうか」
「うん」
さあ、今日はどんな一日が待っているだろうか。
◆◆◆
今日は土曜日。いつもなら柔道部の練習の後、母との喫茶店デートの日だ。だが、あいにく今はテスト期間中。俺は今朝から淡々と勉強を進めていた。
そして、お昼に母から「喫茶店に行くけど、一緒に来る?」と誘われたので、即答して喫茶ロゼルへと向かうことに。
カランコロンカラン。
扉を開けた瞬間、コーヒーを挽いたほろ苦い香りが胸いっぱいに広がった。
「いらっしゃいませー。あら、二人ともお疲れ様。じゃあこっちのカウンター席に座って。いっぱい喋りましょ?」
いつものように人の良い笑顔を浮かべたマスターに出迎えられ、いつもの席へ。
「そうそう、泰平君。今日は娘の友達も来てるわよ」
マスターが指を指した方を見ると、ツンデレ美少女、学校では地味な超有名アイドル、オタクに優しいギャルと、翼君が集まって勉強していた。
ふむ、俺と比較的仲の良いメンバーばかりだ。あそこに混じっても楽しそうだが……
いや、やはりやめておこう。いくら仲の良いメンバーでも、今の彼女達はまさに絶賛青春中。あそこだけひたすらに清浄で、とにかくエモい空気に包まれている。なので、俺があそこに入ったところで、馴染むのは無理だろう。
気を利かせた俺は、彼女達に軽く手を上げて会釈したのち、母の隣に座った。
「ふふふっ、相変わらず泰平君はお母さんを選ぶのね。ほんと大好きねえ」
「ええ、世界で一番愛しているといっても過言じゃありません」
俺は母のほっぺたをツンとつついた。もう中年だと言うのに、肌が若々しい。
ほう。ほうほうほう。
地味に母の頬なんて初めてレベルで触ったが、これはいい。これはいいぞ。指が楽しい。なんだかハマりそうだ。
「あらー。あらあらあらー。あららららっ。あらー」
「マスター、その鬱陶しい顔をやめろ。そしてさっさと注文を取れ。私はいつものだ」
「はいはい。じゃあ泰平君は何にする? 今日は良いパンが入ったから、サンドイッチがおすすめよ?」
「じゃあそれで。つんつんつーん。ほっぺた、つんつーん」
「ふふふっ、ほんと仲いいわねえ。泰平君、欲しいわあ……おっといけない。じゃあ、作ってくるからちょっと待っててねー」
料理が来る間にも、母とマスターの他愛もない会話が繰り広げられている。会話は美容の話から始まり、最近ハマっているアイドルの話、ちょっとした自虐を交えた些細な日常の話、将来の話など、目まぐるしく移る。
同時に背後の方ではカリカリとペンを進める音も聞こえてくる。時たま「この問題はどういう意味?」などと聞こえてくることから、真面目に勉強に取り組んでいるのだろう。
……ああ、なんかこの空間、いいなあ。
薄っすらと小さく流れるレトロな店内BGM、マスターの弾むような声、若者達が勉強に取り組む音、肩越しに感じる母の温かさ。
それら全てが調和し、一体となっている。
俺はみんなでこの素敵な空間を作っているような錯覚さえ覚えていた。
「ねえ翼、そういえば伝えてなかったのだけど」
その時、ふと背後からツンデレ美少女のよく通る声が聞こえてきた。どこにも緊張が入っていない、心の奥からリラックスしたような声だった。
「んー? どうしたの?」
主人公君もリラックスしながら返す。おそらくだがノートにペンを走らせたまま返事をしているのではないだろうか。そんな情景が見なくとも目に浮かんだ。
「私、翼の事が好きよ。それもかなり本気で」
「うん……うん!?」
(!?)
思わずおしぼりを地面に落とした。
ツンデレ美少女の告白は、まるで親しい友人に挨拶するかのような、平然とした口調だった。主人公君の返事に多量の驚きが含まれていたのも無理はないだろう。
俺はリラックスから一転、目が覚めたような思いで背後を振り返る。
学校では地味な超有名アイドル、オタクに優しいギャル、翼君。誰もが目を見開いてツンデレ美少女を見ていた。
普段通りなのはツンデレ美少女だけだ。告白をしたと言うのにもかかわらず、彼女はノートに問題を解きながら、何事もなかったかのように答え合わせをしている。
「それだけ伝えたかったの。ねえ、翼は私のことは嫌い?」
「もちろん嫌いじゃないけど……」
「なら、私の想いに応えてくれると嬉しいわ」
「うん、分かった。でも今は恋愛禁止だから、お互い高校を卒業して、気持ちがそのままだったら、僕から今の答えを返事するね。それまでにどうするのか、いっぱい考えておくよ」
「そう」
主人公君が現状維持に努めるテンプレの返事を返す。その事実に少しもどかしく感じつつも、「ツンデレ美少女のあのおざなりな告白はなんだ」なんて、腑に落ちない思いもくすぶっている。
お前、どうしたんだよ。俺はツンデレ美少女には最高に幸せになってもらいたいんだ。それなのにそんないいかげんな告白なんてして、どういうつもりなんだよ。俺はそんな“雑告白”、認めないからな。
「おまたせー。あら? なんだか空気が少しおかしいわね? 喧嘩でもあったのかしら?」
マスターが料理を持ってきてくれた。あいにく料理中だったため、ツンデレ美少女のあの告白は聞こえていなかったようだ。
「あ、あはは」
おたくの娘さんがとんだ爆弾発言をしたせいだとは言えず、誤魔化すように笑うことしか俺にはできなかった。
マスターの美味しい食事を食べ終え、俺は娘お姉さんの部屋へ。
「――っていうことがあったんだよ」
「あー、それは……」
俺がツンデレ美少女の雑告白のことを話すと、娘お姉さんは気まずそうに頬をポリポリとかいた。
「ん? なんでそんな反応をするんだ?」
「ごめんね、パパ。多分だけど、私のせいでそんなことしたんだと思う」
「というと?」
「今朝ね、妹とちょっと口論になったんだ。『玉砕覚悟でもいいから告白しなさい』って言う妹に反抗して『私は玉砕覚悟って言葉は無責任で嫌いだな』って反論したの。それがきっかけで喧嘩にまで発展しちゃって……」
「なんだよそれ……あいつはほんとさあ」
何故そんなことで喧嘩になったのかなど、あまり深くまで状況を理解できていない。ただ、とにかく腑に落ちない。
つまりツンデレ美少女は、玉砕覚悟で告白をしたわけだ。しかも、まるでなにかに反抗するかのような“純じゃない”告白を、だ。
そんな自暴自棄のような告白には、された方もした方も幸せにはなれない気がする。たとえそこに込められた想いが本気でもだ。
「別に玉砕覚悟の告白とかは若者らしくていいんだけど……たとえそれでも、告白には人生を掛けるような本気度は必要じゃないかなあ」
心の内側から、するりと言葉が出た。
俺自身も気づいていなかったが、どうやら俺は告白というものにこんな美学を持っているらしい。
「はあー。ったく、あいつって、なんでこう不器用なんだろうなあ」
主人公君へ向ける想いは本物なのに、やり方が下手くそすぎる。しかも、そのことについて俺が説教したところで、大抵は逆効果になってしまう。
あいつ、プライドが高くて頑固だからなあ。
……仕方ない、俺の方で何か上手いリカバリーの方法を考えておこう。柔道部のみんなにも相談する案件だな、これは。
どうにかしてもう一度、本気も本気の告白をさせてやるからな。
ったく、世話の焼けるやつだわ、ほんと。
頭の中で呆れつつも、不思議と俺の頬はほんのりと緩んでいた。
「……むぅ。なんか今のパパのため息、優しくて、温かかった。それ、他の女への愛情が滲んでるようにしか見えないから、あんまり私の前でしないでほしい」
「ふっ、お前ら姉妹、二人ともめんどくせえ。ほんと、うちの娘はめんどくせえなあ。よーしよしよし」
もう一度ため息を吐きつつ、俺は差し出された頭を優しく撫でた。
「えへへっ、今だけはパパに私だけを見てほしいの? ダメ?」
「はいはい。パパは我が娘のことが大好きだからなー」
「……むぅ、その言い方もおざなりで嫌。告白するときは本気度がいるんじゃなかったの?」
「まあ、これは告白じゃないから。娘に本気で告白するパパなんていないからな」
「むぅー!」
頬を膨らませつつも、撫でられていることに嬉しさは隠しきれていないように見える。不満そうに膨らんだ頬を指で突くと、プスッとまぬけな音がした。
コメント、評価、ブックマークをしてくれると嬉しいです。お願いします!




