第六十一話 テスト勉強
ぱんっぱんっ。
二礼二拍手一礼。
「(今日もこの世界が崩壊しませんように)」
実は昨日から、しれっとテスト期間に入っている。俺も昨日学校から帰って、みっちり勉強――したかったのだが、思いのほか部屋の片付けと模様替えに時間を取られてしまった。
こういう時に限って掃除や模様替えをしたくなるのは、きっと何か不可解な心理的メカニズムが働いているのだろう。だから俺の意思が弱いわけではない。妖怪が、妖怪が悪いんだよ。
見事スタートダッシュにこそ失敗してしまったが、それも含めて、俺はこの時期を楽しんでいる。人によってはテスト期間を苦痛と感じる人もいるだろうが、部活はないし、母が夜食を作ってくれるし、俺にとっては楽しいことだらけなのだ。
あっ、つっても俺、部活は大好きだし、部活のみんなはもっと大好きだよ。それでもやっぱしんどいから、そう思ってしまうのも自然なわけで……
って、今日の俺は言い訳ばかりしてるな。昔はお前に『愚か者。言い訳の一つも思いつかないのか?』なんてよく詰められたが、それを思えば俺も変わったもんだ。
今の俺なら、言い訳ばかりしていると思った時、こう片付ける。
ま、そういう日もあるさ。
「うし、普通っ子、行こうか」
「うん」
さあ、今日はどんな一日が待っているだろうか。
◆◆◆
「だっさ」「ださい」「泰平、ださいよ」
「うえー。なんでだよー。せっかく昨日夜なべして作ったのにさあ」
クラスメイトのみんなが俺に冷たい。オタクに優しいギャル、ツンデレ美少女、学校では地味な超有名アイドルと、俺とかなり仲の良いメンツなのに、今日の俺の格好にかなり辛辣だ。
「泰平、そんなことに時間使ってないで勉強しなよ」
「今どきそんなガリ勉スタイルは流行んないよ」
「そもそも、いつの時代よ、それ」
「しょんなあー」
肩を落とす。今の俺は相当なで肩になっている気がする。
「鉢巻と瓶底眼鏡スタイル、相当ダメだったってことか?」
「「「うん」」」
「そんなはっきりと……まあ、俺自身も薄々そう思ってたけどさあ」
ここまで評判が悪いのなら、もうやめよ。一度この格好をお披露目できて、ある程度満足できたし。
「あ、そうだ。私室の壁に貼り付ける用に、書道で『絶対合格』とか『努力は裏切らない』とか書いた半紙が余ってるけど、いる?」
「「「いらない」」」
「だよなあ。しゃあないし捨てるかあ」
と、ここで廊下がざわざわと賑やかになってきた。主人公君が登校してきたのだろう。
その時ふと、俺の頭の片隅にイタズラ心が降りてきた。
その欲を叶えるため、いつものように「おはよー」と軽く挨拶したのち、俺は主人公君に話しかけた。
「なあ、翼君。ためしにこの鉢巻を巻いて、瓶底眼鏡をかけてみてくれない?」
「え、ええ……まあいいけど」
俺は持ってきた瓶底眼鏡と鉢巻を渡す。
なぜかそんな俺達を、クラスの女子達は固唾をのんで見守っていた。
「こんな感じかな。どう?」
こてこての受験生スタイルになった主人公君を見て、教室中からゴクリという息を呑む音が聞こえてきた。
……お前らさあ、好きな男だったらどんな格好でもいいのかよ。
俺は無言でスマホを向け「はいチーズ」と写真を撮る。
主人公君は反射的にピースしてくれた。
「えっ、写真はちょっと……」
「大丈夫、すぐ消すから。これは翼君に見せる用ね。はいこんな感じ」
「あはは、似合ってないね」
「あーあ、翼君ならこんなんでも似合う気がしたんだけどなあ」
「そりゃそうだよ」
いくら主人公君とはいえど、なんだって着こなせるわけではないらしい。
「あ、そうだ。翼君、俺が書道で書いた『もう泣かない』って作品、いる? いるよね? はいどうぞ」
「ごめん、いらないかな」
「だよなー、俺もいらねー」
これが今日の朝の一幕であった。
六時間目の授業が終わり、放課後。俺は普通っ子と共にぶりっ子先輩の家へとたどり着いた。
今日はこの部屋で勉強会の予定だ。
「じゃ、泰平、ユウカ。お茶持ってくるから、先に部屋で待っていてくれる?」
「「はーい」」
俺は普通っ子と共にぶりっ子先輩の部屋へ入った。
「ええ……なにこれ?」
「なにこれって、普通の女子高生の部屋だよ」
「これが普通の女子高生の部屋……?」
ぶりっ子先輩の部屋は全体的に妖しい雰囲気だ。よく分からないアダルトグッズをはじめ、やけに多い鏡、エロティックな香りのする御香、紫やピンクに光る間接照明などで溢れている。
この雰囲気に普通っ子はおっかなびっくりなようだが、俺はもう慣れたものだ。
電気を付け、来客用の座布団を敷いて普通っ子を座らせる。それから超直感でぶりっ子先輩の隠しそうな場所からラブレターを拾い、俺のカバンに入れる。同時並行で俺が好んで使っているハート型のクッションを箪笥から持ち出す。
いつもはあまりそうしないが、ここではなんとなく座布団に座りながらクッションを抱くスタイルが落ち着くのだ。
「泰平、こんなラブホテルみたいな部屋なのに、態度がいつも通りすぎない?」
「あー、俺はもう慣れちゃったからなあ」
「泰平が染まっちゃってる……」
ぶりっ子先輩とは付き合いも長い。長くて深い。だから、理解不能な感性をそのまま丸ごと受け入れるのは、もはや癖となっている。
すぐにぶりっ子先輩がお茶を持ってきてくれたので、早速勉強に入る。やり方はぶりっ子先輩が作ってくれたテストを元に進めていく形式だ。
「ルリ先輩は自分のテスト勉強に専念しなくとも大丈夫なんですか?」
「ええ、私はすでにテスト対策はバッチリだもの。それに、人に教えるのって相当いい復習方法なの。だから、このテストの後はあなた達にもお互いに教え合ってもらうつもりよ。そのつもりでいてね」
「「はあーい」」
それから俺達はぶりっ子先輩が作ってくれた問題をカリカリと解いていく。今日は国語と数学の二教科だ。どちらもこの学校の定期テストと同程度の難易度なので、少し難しい。
ただ、逆に考えれば、この問題を完璧にできるようになれば成績優秀者となるのは間違いないのだ。テスト→復習→後日また同じテスト、という流れを数回繰り返せば、テスト対策はばっちりだろう。
国語を終わらせ、満足いくまで見直す。その回答をぶりっ子先輩に提出したのち、少し休憩し、すぐに数学に取り掛かる。
うむ、にしても今回のテスト範囲の問題は割とスラスラと解けるな。もちろん応用や少し引っかかるような難しい問題には苦戦するが、全く手が出ないということがない。
俺は普通っ子よりひと足早く数学のテストを終えたので、ぶりっ子先輩に提出した。ぶりっ子先輩が俺の答案を見て、楽しげに採点する音が聞こえてきた。
普通っ子が終わるのを待っている間、時間を持て余すことは確実だ。なので俺は採点してくれているぶりっ子先輩の背中からふわりと抱きつきに行き、スキンシップを楽しむことにする。
俺が抱きつくと、ぶりっ子先輩のテンションが上がったのが目に見えて分かった。その事実に嬉しくなった俺は、耳元に口を寄せてこう囁く。
「ルリ。いつも本当にありがとう。俺にルリがいてくれて良かったよ」
「ふふっ」
思いつく限りの甘い言葉を垂れ流していると、ふと普通っ子から恨めしげな視線を感じた。
はいはい、こんなところでいちゃついて悪かったよ。でも、これはテストの採点してもらっている時、いつもやっていることで――
あれ、違う? じゃあ、これか。
数学が終わったら次はユウカの番だからな。
心の中で呟くと、普通っ子の機嫌が目に見えて良くなった。可愛い奴め。
それから五分ほどしてテスト時間が終わった。
ぶりっ子先輩が数学の採点をしてくれている間に、普通っ子は俺の肩にちょこんとしなだれてきた。それから俺の太ももに手をちょこんと置く。
どきんと俺の鼓動が高鳴る。肩越しに上目遣いで見上げてくる普通っ子の破壊力たるや、もうね。
「……ん?」
その時、俺の足に重なるように、ぶりっ子先輩の足が伸びてきた。それから俺の足や太もも辺りを念入りになぞるように、さすさすと動かしてくる
「ふふっ、泰平、どうしたのぉ~?」
まさに極上の蜜のような声。久しぶりのぶりっ子モードだ。
この時のぶりっ子先輩の声は、普段の抑揚ではなく、甘く脳にこびりつくような粘度があった。
大きく形の良い目をパチリと開け、瞳をほのかにうるませながら、トロンとした目で俺を見つめる。明確に目が合うと「えへへっ」と恥ずかしそうに頬を赤らめ、心から嬉しそうに顔をほころばせている。
窓から柔らかな風が吹き、カーテンが膨らむ。カーテンから漏れた夕焼けがぶりっ子先輩の横顔を赤く染め上げる。
綺麗だ。純粋にそう思った。
「もう、ぶりっ子先輩、ちょっとくらい泰平を譲ってくれてもいいじゃないですか」
不平そうな声色でぶりっ子先輩に抗議しながら、普通っ子は俺の頭を抱え、胸に抱いた。
普通っ子の柔らかい感触に包まれ、体中に幸せが染み渡っていく。
太ももに絡みつくように、普通っ子の可愛らしい手が添えられている。その手がゆっくりと上下に動く。さす、さすと、まるで俺の体を焦らしているかのようだ。
つい、「んあ〜」などと、情けない声が漏れた。
「ふふっ、ちょっとした冗談よ」
冗談とは? 俺としては全然冗談になってないが? さっきのぶりっ子モードで、俺は何千回目かの恋に落ちたが?
「さてユウカ。あともうちょっと採点に時間がかかるから、その間は存分に泰平とじゃれ合いを続けてなさい」
「はーい。ねえ泰平、私のお胸の匂いはどんな感じだった?」
「………」
「……ふぅん。そんな風に思ってくれたんだ。ふふふっ、泰平はえっちだなあ」
こういう時ばかりは空気を読んで心を読むな。
あのですね。さっきからあなた達の火力が高いせいで、右心房が痛いんですけど。爆発しそうなんですけど。
あんまり俺を弄ぶのはやめてくれませんかね。
こんなこと言いたくはないが、もうちょっと手加減して。マジ頼むから。
「あれ? そういや昔見たあの作品って、タイトルなんだっけ? 読み返したいんだけど……」
そうならないためにも! 評価! ブックマーク! おなしゃす!!




