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多分非モテ男の妄想世界に転生してしまった 〜【男1:女5】の自分が主人公ではない貞操逆転世界〜  作者: ながつき おつ


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番外編6 幼いぶりっ子先輩の話

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 ぶりっ子先輩視点



『あなたの熱い眼差しに射抜かれるだけで、私は灰になってしまいそうだわ』


 違う。


『あなたをひと目見た時から、私の心は燃え上がっているの』


 これも違う。


 今現在流行っている人気恋愛ドラマ。その女性主人公の、どの心情にも私の気持ちは当てはまらない。



――ただ泰平の心臓の一部でありたい。


 私はそれだけの、どこにでもいる女の子だ。



◆



「頭隠して尻隠さず。流石にエロすぎることわざよねえ」


 限界ギリギリでベンチプレスを持ち上げるカエデを補助しながら、私は小さく呟いた。


 カエデの腕はプルプルと生まれたての子鹿のように震えている。それでもしっかり肘まで伸ばしているのは大したものだ。


「ルリは急にっ……何、言ってるのよ」


 カエデは一度なんとか持ち上げたバーベルを胸の位置にまで戻すと「ヘルプ」とかすれた声で私に伝えた。私はすぐにバーを掴み、ラックへと戻す。


 カン、と高い金属音が響いた。


「ねえカエデ、私ってとことん、どこにでもいる女の子だと思わない?」


「ふぅー。また急に何よ。ルリみたいなのがどこにでもいるわけないでしょ。それに、普通の女子高生はそもそも、ベンチプレスを100キロも上げられないわ」


「そう? そういうカエデだって、ここ最近は85キロも上げてるじゃない。上出来よ」


 私の母はジムを経営している。そのジムで、私とカエデは放課後、ひっそりと筋トレに励んでいた。


『フィジカルだけは絶対に泰平や後輩に負けない』


 これが、私とカエデが交わしている秘密のテーマだ。


 結局のところ、柔道においてもフィジカルはかなり重要だ。そう結論づけた私達は、部活終わりや朝に、短時間で全身の筋肉を限界まで酷使することを日課としている。



 少し休憩しながら、私と泰平の関係について思いを馳せてみた。


 物語のような熱く燃え盛るような恋愛なんて、私達はしていない。


 おだやかで、ひどく心地よくて、淡々とした。それでいて、誰よりも自由な愛。


 劇的な展開も、慟哭を交えた想いのぶつけ合いも、決して交わらない身分差も、因縁、すれ違い、別れ、約束、宿命……ドラマチックな特別さが全くない、陳腐な関係。


 なのに――いや違う。だからこそ、誰も私達を引き裂けない。


 それでいいのだ。


 それでも、私達は誰よりも自由で、誰よりも幸せなのだから。


 私は世界一幸せ者だ。


 泰平がいるだけで、私はこれを自信を持って言える。



 そろそろバーベルスクワットに入ろう。


 重厚なプレートが何枚も重ねられたバーベルの下に潜り込み、固いシャフトを担ぎ直す。


「よしっ」


 胸を張り、息を深く吸い込んで、ラックから重量を持ち上げた。


 腰から下全体に、巨大な岩石に押し潰されるような圧力がズシリとのしかかる。


 息を止め、腹圧をパンパンに高めてから、ゆっくりと腰を下ろしていく。ハムストリングを意識し、ゆっくり体を持ち上げる。


 一回、二回、三回……八回。もう限界だ。


「カエデ」


「はーい。ラスト二回」


 カエデに補助に入ってもらいながら、最後の追い込みをかける。


 歯ぎしりするほどぐっと力を入れ、ゆっくり腰を下ろす。


 一回…………二回っ。


「っはあぁ」


 金属同士がぶつかるガチャンという重い音とともに、バーベルをラックに戻した。


 さて、私達は一日二種目のみと決めているので、私のトレーニングはこれで終了だ。あとはカエデの補助に付き合うのみ。


「よし、あーしも用意できたから、ちゃんと見ておいてね」


「はーい」


 ……それにしても、カエデの後ろ姿、特に下半身はいいな。


 カエデは下半身が強い。


 特に、少し太めながら、引き締まりつつ、吸い付くようなハリまである太もも。あれはもはや芸術だ。


 あの太ももが、泰平の視線を捉えて離さない。 


「ふぅむ……」


 あれだけしなやかで強靭な下半身は、夜の営みにおいても大きな強みだろう。


 軸のぶれない体幹と鍛え上げられた骨盤、締め付ける力。きっとカエデは、どれほど激しい上下運動をしても、決して音を上げない。 


 もし泰平がベッドの上で、あの太ももでガッチリ掴まれたらと思うと――


「……うん、想像するだけで恐ろしいわ。私も負けないように、もう少し下半身を鍛えなきゃね」


「ルリ! 変なこと考えてないで、お願い!」


「はーい、ラスト二回、いくわよ」


 その後、カエデも私と一緒のメニューをやり終え、プロテインを補給したのち、私達は一緒に帰るのであった。



 帰り道。カエデの自転車の後ろに乗せてもらい、ゆっくりと家へ帰る。


「恋愛ドラマ的な観点から見たら、私よりもカエデのほうが、どう考えても特別よね」


 私の言ったことをすぐに理解できなかったのか、カエデが返答するまでには少しの間があった。


「……ああ、だからあの時、ルリは自分のことを『どこにでもいる女の子』って言ったのね」


「そうね。私と泰平との間に、劇的なドラマは存在しないもの。だから、私はどこにでもいる女の子なのよ」


「ごめん。ルリが普通の女の子って考え、脳が理解するのを拒否してるわ。ポケモンでいうと、サワムラーがパンチメインで戦うってくらいイメージしにくいのよ」


「でも、サワムラーはメガトンパンチを覚えるわよ?」


 こういう時、思いついたことをすぐに言ってしまうのが、私の悪い癖だ。


 そこは本質ではないと分かっていても、反射で口をついてしまう。


「……そうだけど、そうじゃないのよ。天才のルリと、“どこにでもいる”という言葉。二つの相性が悪すぎるって話」


 確かに世間一般からしたら、私は天才とカテゴライズされるのかもしれない。


 だが、私自身は私のことを天才だとは思っていない。


 性欲に正直で、泰平のことが大好きな、どこにでもいる女の子だ。


 しいて違うところを挙げるとすれば、人より五感が優れていることくらいだろう。



 幼い頃に「自分は五感が優れている」と気づいてから、ずっと自身の五感を磨き上げることに注力してきた。


 たった一呼吸の間にも、人間は生きているだけで、膨大な情報を五感で処理している。


 光のゆらぎ、空気の振動音、人や道路から漂う匂い、皮膚と服の摩擦、舌の残味など。


 私はこれらを常に客観視し、全て拾い上げる。


 そうして磨き上げられた五感は、やがて別の能力にも繋がっていった。


 人より優れた観察力。二択を間違えない判断力。


 そういう部分を見て、人は私のことを「天才」と呼ぶのだろう。



「まあいいわ。それで、今日はここで降りる? それともあーしの家に来て、一緒に金曜ロードショーでも見る? 確か今日は……なんだっけ?」


「借りぐらしのアリエッティよ」


「それそれ。あーしはまだ見たことないのよねえ……んで、結局どうする?」


「私は何度も見てることだし、今日は大人しく家に帰るわ」


 それに……いや、これは恥ずかしいから言う必要はないか。


「そう、じゃ、ここでお別れね」


「ええ、送ってくれてありがとう。また明日」


「じゃあねー」


 カエデが遠ざかっていくのを見送り、家に入る。


 晩ごはんを食べ、風呂に入り、部屋でテレビを付ける。


 いつものようにDVDプレイヤーからジブリ映画を再生し、世界で一番好きなシーンを再生した。


『アリエッティ。君は僕の心臓の一部だ』


 このシーンを見る度、中学一年生のあの夜を鮮明に思い出す。


 泰平と一緒にこの映画を見た、あの夜を――


 テレビの光に照らされた、泰平の横顔。

 隣から聞こえる、泰平の小さな咀嚼音。

 部屋にわずかに残っていた、泰平のシャンプーの匂い。

 飲み物を差し出された時に一瞬触れた、泰平の指先の体温。

 泰平と一緒に食べた、ポテトチップスの塩辛い味。


 時間が経った今でも、それらは昨日のことのように感覚として残っている。



 当時の私は、夜中にしょっちゅう泰平の部屋に押しかけていた。


 突然のことなのに、泰平は少し困った表情を浮かべながら、私を家に招き入れてくれる。


 それから、何をするでもなく、テレビでやっていた金曜ロードショーをなんとなく一緒に見ていた。


 当時の泰平はまだ女性に苦手意識があったため、私はいつものようにある程度距離を開けた場所に座る。


 そこでぽつりぽつりと会話しながら、だらりと過ごす。


 たとえ女性が生理的に無理でも、私のことを否定しないでいてくれることが嬉しかった。



 エンディングロールが流れる中、私は切り出した。


『じゃ、そろそろ帰るわ』


『うん、分かった』


 泰平の家の玄関のドアがパタリと閉まり、六歩くらい歩いた、その時。


『俺にとってルリも、もはや心臓の一部かもなあ』


 扉の裏側で何気なく小さな声で呟いたのを、私の耳がしっかり捉えた時。



 五感の感覚器官の全てが、弾けるように歓喜していた。



 私はこれを、プロポーズの言葉と勝手に受け取っている。


 ただ呟いただけの言葉をずっとずっと大切に思っているなんて、私だけの秘密だ。


「むふっ」


 ああ、五感を鍛えていて、本当に良かった。


 私は擦り切れるほど再生したこのシーンを、もう一度再生するのだった。



 こんな昔のことを、宝物のように一生大事に思い、赤くなる。


 やっぱり私は、どこにでもいる女の子でしかない。



次回(※番外編8):幼稚園年中、ぶりっ子先輩初めての横恋慕


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