第五十五話 疑似結婚式
「うん、こんなもんかしら。流石私ね」
「ありがとうございます。じゃ、この後も頼みますね」
「あなたもね」
バッチリタキシード姿を決めた俺と、牧師姿となったぶりっ子先輩で、グータッチ。
五分ほど前に「用意ができた」と普通っ子からすでに連絡が来ているので、「こちらも準備オッケー」と返し、今日のために飾り付けたチャペルを模した部屋へと向かう。
部屋には、キャンドルを模したLEDの光が大量に並び、天井からは白いチュールカーテンをふんわりと床に垂らしている。床の中心にはバージンロードを模した赤い花がらの絨毯、その奥にはチャペルの祭壇を模した十字架が壁に飾ってある。窓際には白と緑で彩られたお花を添えている。
左側の壁には風船で「Marry me」とカラフルに飾り付けてある。つまり、これが俺の気持ちだ。
その部屋で待ちかまえていると、白ギャル先輩はすぐにやってきた。
扉を開けた音に反応して振り向くと、純白のドレスを軽やかに着こなした白ギャル先輩が、普通っ子に連れられながら恥ずかしそうに微笑んでいた。
白ギャル先輩の姿を見た瞬間、胸の内から激流のように湧き上がってくる感激。
胸いっぱいで、喉の奥がぎゅっとなって、一言たりとも言葉が出てこない。こらえていないと涙が出てしまいそうだ。
それでも俺は進む。最後までしっかりかっこつけ続けると決めたから――
「カエデ。最高に綺麗だよ」
「泰平もカッコいいじゃん」
白ギャル先輩は言葉こそ普段通りに見えるが、瞳が赤く緩んでいる。どこか熱にうかされたような瞳がLEDの光を反射し、キラキラと美しい。
「さて、今日何をするのか、ここまで来れば流石に察しましたか?」
「ええ。でも……」
白ギャル先輩が言い淀む。そんなことできっこないと思っているのだろう。
そう思うのも当然。この世界じゃ高校を卒業しない限り、翼君以外の異性に告白することができないという強力なルールがある。俺も白ギャル先輩もこの世界に生きる以上、そのルールを破ることはできない。
「そうです。残念ながら本物の結婚式なんてできません。そもそも俺はプロポーズだってしていませんし、先輩の合意も得ていません。ドレスやタキシードだって簡易的なものです。本物には到底及ばないでしょう」
「そう、よね」
「でも、俺だけはここで一方的に愛を宣言しようと思っています。それが俺の覚悟であり、俺の気持ちです。俺なりの方法で一方的に偽物の結婚式をするので、申し訳ないですがもうしばらく付き合ってください。もちろん返事はしなくていいので、俺がそういう気持ちってことだけでも受け取ってくれると嬉しいです」
「うん、分かった。期待、してるからね」
ええ、期待していてください。あえて言葉にはせず、挑戦的に笑うことでそう伝えた。
それから俺達二人は普通っ子とぶりっ子先輩の指示のもと、色んなポーズで写真を撮ってもらった。
これはいわば「前撮りの前撮り」みたいなものだ。
この日が大切な一日となるように。後々見ても楽しかったと思えるように。確かなものがここにあったと刻むように。
「カエデ先輩のスマホでも撮るので、スマホ借りますね」
「ええ、よろしくね」
身を寄せ合った姿や、満面の笑みの姿。背中合わせで座る姿や、俺が膝を着いて先輩の指を撮る姿。
様々なパターンを写真に収めていく。
「じゃ、泰平。ユウカ。そろそろ本番行きましょうか」
「分かった! カエデ先輩はこっちです」
「えっ、うん」
普通っ子に手を引かれて、白ギャル先輩は部屋の左側へと移動する。
パタリ。俺はこの部屋の中心にあるふすまを閉じ、部屋を左右二つに分けた。
実はこの部屋はもともと一つの開放的な大部屋なのだが、ふすまを使うことで二部屋となる作りになっている。これで俺と白ギャル先輩は、隣り合った二つの部屋に分離された。
この作りが今回の疑似結婚式の肝だ。この部屋の仕組みのおかげで、愛する人に好意を伝えられないルールを上手くかいくぐれるのだ。
俺は事前に用意していた耳栓を、両耳にしっかりとはめた。これでもう、俺にはなにも聞こえない。
「カエデ先輩! 私は右側の部屋に行ってテレビ通話で泰平の姿を撮っておきますから、ここで座って見ていてください」
「あーしは何もしなくていいの?」
「ええ、これは泰平による一方的な儀式みたいなものですから。カエデ先輩はこんなバカなことしちゃう泰平を見守っていてください」
「うん、分かった」
左側の部屋から普通っ子がやってきて、部屋の前側に陣取り、スマホのカメラを俺に向ける。それからぶりっ子先輩が、事前に用意していたスピーカーから、パイプオルガンの音を響かせた。
ぶりっ子先輩の合図を受け、音に合わせ、一人で右側のバージンロードを歩く。もちろん耳栓をしているため、音楽は聞こえていない。でも、何度も練習したので、歩くタイミング、歩幅、ペースは体に染み付いている。ぶりっ子先輩の目を見る限り、ちゃんとできているはずだ。
祭壇の前にたどり着くと、牧師を模したぶりっ子先輩が俺にこう語りかけてきた。
「新郎泰平。あなたは高校を卒業したら、カエデにプロポーズすることを誓いますか?」
もちろんこの声は聞こえていない。けれど、何度も練習したことだ。それに、ぶりっ子先輩のアイコンタクトを読み取るのなんて、俺にとって簡単だ。
「はい。一方的に誓います」
お腹にぎゅっと力を入れて、力いっぱい宣言した。
うん、タイミングはバッチリ。問題は俺がはっきり白ギャル先輩にも聞き取れるくらいの大きな声で話せているか、だ。やはり何も聞こえない状態で話すと、声の大小や話し方に少し違和感がある。だが、何度も反復して練習したのだから大丈夫と信じよう。
「新郎泰平。あなたはこの先どんなことが起ころうと、ここにいるカエデを、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、妻として愛し、敬い、慈しむ覚悟があることを誓いますか?」
「はい。一方的に誓います」
「では、指輪を」
俺はぶりっ子先輩に今日のために買っておいた指輪を預ける。今はまだ宝石のついていない、銀色のシンプルなリングだ。
「では、結婚証明書にサインを」
俺は祭壇近くの小さなサイン台に移動し、俺の手作りである結婚証明書にフルネームでサインする。そして同時に事前に用意していたある「届け出の紙」も手に持つ。
ぶりっ子先輩も、結婚証明書に証人としてのサインを記した。
ぶりっ子先輩から結婚証明書を一度受け取り、高く掲げた。そののち、もう一枚の紙と一緒にぶりっ子先輩へ渡した。
――この世界では高校生を卒業するまで、主人公君以外には決して「デート」「好きです」「付き合ってください」などの言葉を本気で使ってはいけない。そんな透明なルールがあるのは、主人公君がそれを望んでいるからだ。
ここで生きている限り、俺達はそのルールを破ることは決してできない。
けれど、それがもし襖越しだったら? 一方的に誓うだけだったら? 耳栓をつけていたのなら?
このルールには案外抜け道があることを、俺は知っている。
様々な条件を普通っ子と何度も検証した結果、ギリギリできると判明したのがこの方法だ。
(これなら俺の言葉で、先輩に直接思いを届けることができる。俺の気持ち。俺の覚悟。受け取ってください)
それから俺は部屋の中心へと向かい、ふすまに手を当てて、お腹にギュッと力を入れて宣言する。
「何があろうと、決して誓いを破りません。俺の気持ち、伝わりましたか?」
もちろん返事は聞こえない。ただ、ふすまの奥で、一人の女性が小さくうなずいた気がした。
「じゃあ、後は二人に任せました」
後はぶりっ子先輩があの二枚の書類と指輪を渡してくれれば、今日俺がやりたかったことの全てが終わる。
――カエデ。カエデほど魅力的な女性なら、俺があなたを幸せにしなくとも、あっという間に彼氏を作れるはずです。
でも、誰よりも、俺があなたを幸せにしたいんです。
嫌いになれたら、どれだけ楽だっただろう。好きです。喉がからからになるくらい、狂おしいほど、好きなんです。
この気持ちは誰にも負けません。あなたが嫌というほど幸せにします。
だから、一緒に幸せになってくれませんか?
俺と将来、結婚してくれませんか?
本気で俺との将来を考えてくれませんか?
今日のこの出来事と、三つのプレゼントに、俺の心からの気持ちを込めました。指輪と、手作りの結婚証明書と、本物の婚姻届です。
婚姻届には受理の欄に俺が卒業する日の日付が書いてあります。他にも俺のフルネームや証人、俺のハンコまで、全て埋めています。
空欄はカエデの名前だけです。
返事はいらないし、できないでしょうが、ゆっくり考えてみてください。
(卒業式の次の日、今度は正真正銘、まっすぐに思いを伝えに行きます。それまで俺の覚悟を預かっていてくださいね)
今日の答えは、その日に聞かせてもらいますから。




