第五十四話 疑似結婚式
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岩盤浴を終え、最後に大浴場でさっぱりしたのち、俺達は岩盤浴場を出た。
白ギャル先輩を後ろに乗せながら、自転車で俺の家へと帰る。もう夕方の時間だが、この時期は太陽が沈むのが遅いので、まだまだ昼間のように明るい。
あまり人通りの少ない裏道を通って、ゆっくり、ゆっくりと自転車を漕いでいく。
「ねえ、泰平のせいで、岩盤浴にいたおばちゃん達に微笑ましい目で見られたんだけど」
「それはもう仕方のないことです。俺の気持ちが自然と態度に出てしまうんですもん」
この岩盤浴場は穴場とはいえ、人がいないというわけではない。それに、珍しい若い男ということで、割とどこに行っても注目を浴びていた。
そんなことは分かっていたのに、気にしないことにして、二人の世界に酔ってしまった。
本来もっとこっそりイチャイチャする予定だったので、反省しなきゃな。
「それにしても、泰平って人気なんだね」
「ん? どういうことですか?」
「周りの人に微笑ましい目でいっぱい見られたけど、遠巻きに嫉妬の視線もたくさん浴びたの。みんなあーしのことが羨ましかったみたい」
「まあ、若い男が女性に情熱的なのって、この世界の男じゃそうそう経験できないですからねえ……」
前世の世界と比べると、この世界の男はそこまで積極性がない。もちろんその度合いは人によるのだが、ここでの男は積極性などなくとも女性は寄ってくることが多いので、自然とそういう生き方を覚えるのだろう。
「ねえ、なんで泰平は他の男と違うの?」
「そうですねえ。それはまさに愛の力ですよ」
「なによそれ。変なの」
ここまで積極的になったのは、確実に先輩への愛のおかげだ。
――この人とは俺から死ぬほど積極的にいかないと、仲良くなれない。
初対面の時から、不思議とそんな予感を感じていた。そんな俺に、恥ずかしいとか、勇気が出ないとか、言い訳なんてしている暇はなかった。白ギャル先輩がどこか違う男のものになるのだけは、絶対に嫌だった。
だから、まさしく俺が他の男と違う理由なんて、愛の力でしかないのだ。
「見栄っ張りで打算的。プライドも誇りも高いから扱いにくい。そのくせ、詰めが甘かったり、変にかっこつけたり。俺は男という生き物をそう見ています。そういう面では俺だって他の男と一緒ですよ。少し違うことといえば、ただ俺には頑張る理由があって、頑張りたくて頑張っただけです」
「そんなもんかしら」
「ええ、そんなもんです」
その頑張る理由の一つがあなたなんです。大好きです。
咄嗟にそんなセリフが言えればいいのだが、俺の口はそこまで器用じゃない。
それでも先輩は、俺がうちに秘めた気持ちまである程度察してくれる。事実、背中に感じる先輩の体温が少し上がった。きっと俺の声にならなかった言葉を喜んでくれているのだろう。
その事実が嬉しいとともに、それに甘えてはいけないという情けなさも感じる。
白ギャル先輩に対しては、もっと情熱的に、もっと積極的に、もっと直接的に。
それができない男には、白ギャル先輩の心を得る資格はない。そう自分に言い聞かせ、拳をギュッと握りしめた。
「ねえ、泰平。今、すっごく緊張してるでしょ? どうして?」
そりゃ、この後の一世一代の勝負が目前まで迫ってきているんだから、緊張もしますよ。
「えーっと。そういうのは見ないフリしてくれると助かります。なにせカエデの前ではカッコつけたいので」
「ふぅん、そっか」
「あ、あとですね。さっき言えなかったことがあるんで、今言いますね」
「ん?」
「何回でも何十回でも言いますけど、俺が頑張れるのはカエデのおかげなんです。カエデ。生まれてきてくれてありがとうございます。俺を拒まないでくれてありがとうございます。俺に目をかけてくれてありがとうございます。そんなカエデのことが――」
流れで好きだと伝えたかったのだが、やはり口に出そうとすると、喉で引っかかってしまう。右を向きながら左を向くことができないのと同じで、この世界ではやはり本気の「好き」は高校を卒業するまでは伝えることができない。
ふぅむ……デートまでなら無理をすればギリギリ伝えられたのだが、告白は絶対に許してくれない、と。このルールは案外強く俺達を縛っているみたいだな。
「……残念。やっぱり真正面からは言えないようです。なので、その続きはこの後言いますね。一方的に覚悟を示すので、しっかり俺を見て、俺の言葉を聞いててくれると助かります」
「……うん」
俺はこれから、また性懲りもなくシステムの穴をついたズルをする。ぶりっ子先輩との渡せなかったラブレターを通した告白や、普通っ子との心の中での告白のような、回り道をした方法だ。
ただしその一方で、白ギャル先輩にはどうしてもまっすぐ「好き」だと伝えたい気持ちも強い。そのためのメインイベントだ。
さあ、気合入れろ、俺。一分の隙もなく「俺があなたを愛している」ということを示すために、今日はここまできたのだ。
「さて、ようやく俺の家に着きました。中に普通っ子とぶりっ子先輩がいるはずなので、雑談でもしながら待っていてください。俺はちょっとだけ準備があるんで」
「うん、分かった」
後はもうやるだけだ。
……うん。
「あー、先輩。ちゃんと岩盤浴で心はユルユルになりました? 眠くなってたりしません? 後は――」
「もう、何を日和ってるのよ。緊張しすぎよ」
「あはは……ごめんなさい」
「ほんと泰平は仕方ないわね……」
足がすくみ、家の前で立ち尽くした俺の背中を、白ギャル先輩はバシンと強く叩いた。
それから俺の頭を包み込むように抱え、まるで母が息子を抱きしめるように優しく抱きしめた。
先輩からほんのりといい香りがする。女性らしさを象徴する柔らかな感触を頬に感じるが、今は不思議と性的な興奮を感じない。
大きな安心感と勇気。ひたすらにそれだけだ。
「ほら、何をするのかは知らないけど、あともうちょっとだけ頑張りなさい。きっと泰平はあーしを誰よりも女の子にしてくれるんでしょ? あーしだって最高に楽しみにしてたんだから、最後まで男らしくエスコートしてよ」
どうやら白ギャル先輩は今日俺がやりたいことをなんとなく察していたみたいだ。その上で今日のデートに来てくれた。そのことに胸がじんわりと温かくなった。
キラキラとした熱が心臓から頭に周り、全身を駆け巡っていく。全身に力が滾り、エネルギーに満ち、それでも頭の芯だけは冷静だ。
俺は一度ギュッと目をつぶって、ふわりと開いた。
「うし! カエデ。俺の背中を押してくれてありがとうございます。でも、ここからは俺が頑張りますから、最後までエスコートさせてくださいね」
情けないところはここまでだ。未熟な俺でも決める時は決めないと。
俺は抱きしめてくれた白ギャル先輩から離れ、先輩の瞳をじっと見て微笑む。
「うん、泰平もようやくいつもの“その目”に戻ったわね。もう大丈夫そうね」
「その目?」
「泰平があーしを見る瞳はいつだって燃えるように情熱的だったの。今日なんてあーしごとを焼き尽くすみたいに灼熱だったわ。でもね、さっきの泰平はか細く揺れてたの」
「ほえー、そうなんですね」
自分ではそんなの意識したことなかったが……
そうか、俺が白ギャル先輩を見る目はそんな風になっていたのか。
「その目に魅入られると、あーしはどうしても期待してしまうの。だから――ね?」
「はい。その期待に応えられるように頑張ってみます」
それから俺は先輩の手を引いて、すでに家に居る二人に連絡し、玄関まで迎えに来てもらう。
俺からの連絡を受け取った瞬間、すぐに普通っ子が駆け寄ってきた。
「もう、泰平! 五分遅刻だよ。あっ、カエデ先輩! カエデ先輩はこっちです」
「ユウカも今日の協力者ってこと?」
「まあまあ、すぐに分かりますよ。ほら、こっちです! えへへっ、私もカエデ先輩をお姫様にするの、楽しみにしてたんですからね!」
「え、ちょ!?」
普通っ子が楽しげな笑みを浮かべながら、強引に白ギャル先輩を家の中へ引っ張っていった。
さて、俺も準備するか。
俺は待ってくれているぶりっ子先輩がいる部屋へと向かう。
部屋へ入り軽くアイコンタクトをしたのち、無言でぶりっ子先輩に身を任せ、ヘアセットをしてもらう。
ふと目の前に大切そうにかかっているタキシードが目に入った。俺は今からアレを着るという事実に胸がドキドキする。
さあ、今回の疑似結婚式、上手く行ってくれよ。




