第五話 なんだかんだ俺はぶりっ子先輩が好き
ぱんっぱんっ。
二礼二拍手一礼。
「(今日もこの世界が崩壊しませんように)」
百億回思っていることだけど、柔道部のみんなが愛おしい。あいつらちょっと可愛すぎる。無理なんだけど。助けて。
俺も前世を思い出して、多少身だしなみにも気をつけるようになったとはいえ、イケメンとは決して言えない容姿だと思うんだ。
元々の顔が細い生姜みたいな容姿だった時から比べれば、今は少し顔の整ったじゃがいもくらいには成長したと自負している。筋トレも頑張って、強くなるためにいっぱい食べて、身体自体も前世と比べ物にならないほど大きい。
それでも、確実にあいつらとは魅力が釣り合ってないんだよな。男女比が違うせいで男に価値があることを加味しても、釣り合っているかどうか。
……ま、俺が普通の高校生の思春期男子なら、釣り合っている、いないとかで身を引いてしまっていたかもな。
そういうの、関係ないから。そもそも過剰な気にしすぎは失礼に当たると俺は常々思っている。
俺は俺でいつも通り、主人公君のヒロイン達のハイエナしながら、柔道部の部員に全力で心を通わせに行くよ。
愛だの恋だのの前に、友情を深めることが何よりの基本なのだから。
「うし」
さあ、今日はどんな一日が待っているだろうか。
◆◆◆
「翼君、今日風邪で休んでいるあいつの分のプリント、持っていってくれる?」
「分かりました」
今日はオタクに優しいギャルが休みだ。そういえば、あいつは昔から身体がそんなに強くなかったっけ。
ってことは、きっと主人公君は放課後にオタクに優しいギャルの家に上がって、看病イベントでもやるんだろうな。
はーあ、羨ましいこって。どうせ普段見せないような弱りきった姿で、「手を握っていてくれる?」とか熱っぽい瞳で言われるんだろうなあ。かっー、甘酸っぺえなあ!
なんなら「身体拭いてくれる?」とか、意味の分からないことにまで発展する可能性だってありそうだ。
何だよ身体拭いてくれるって、そんな「ないない」なシチュエーション、この世界じゃ「あるある」なのおかしいだろ。よくやった主人公君、俺もやりたい!
後は主人公君が落とした消しゴムを拾おうとして手と手が触れ合い、スポーツ万能美少女が頬をポッと赤くさせたり、主人公君が弁当のおかずを上げて以降やけに懐いてくるケモミミっ子に手を焼いていたりと、特に何の変哲もない日常だった。
さあ、俺は部活に励みますかあ。
道場へ行くと、お団子の髪型をした女性が一足先に瞑想していた。
後ろ姿だが一目で分かった。あれはぶりっ子先輩だ。
ぶりっ子先輩――去年一年間の立ち回りからそう呼んではいるが、別にあまりぶりっ子ではない。どちらかと言えば、自由人だとか、マイペースだとか、そっちのほうが適切ではある。
彼女は天才だ。四歳の頃に二匹で重なっているトンボを見て、「なるほど、こうやって子供が生まれるのか」と発見したくらい、極めて高い知能を持っている。
目を閉じてじっと座っているであろうぶりっ子先輩には、どこにも不自然なところがない。無でもなく、有でもなく、全てでもなく、中道でもない。ただ自然に。それを背中で体現している。
そんな彼女は目を開き、すくっと立ち上がった。
「よっこらセックス」
……うん、いつも通りだな。
「美しい射精管理……あっ、泰平いたのね。さて、今日はカエデが休みだから、私とペアになりましょう」
ぶりっ子先輩がヘビのように俺に近づき、俺の首筋をねろりと舐めながら声をかけてきた。直後、ゾワッとした感覚が俺の身体を駆け巡る。相変わらず自らの性を満たすことしか考えてねえなこの人は。
「はいはい、分かりまし――」
ぶぶぶぶぶぶ……
ぶりっ子先輩が近づいてきたせいか、彼女の下半身辺りから、かすかに振動音が聞こえてきた。
そのせいでつい口をつぐんでしまったが、こういうのをいちいち気にしてたら話が進まないので、俺はいつも通り普通に話しかける。
「こほん、白ギャル先輩は休みなんですね。風邪ですか?」
「ええそうよ」
「うし」
「……何喜んでるのよ」
「だってですね、弱った白ギャル先輩を合法的に看病できるんですよ? そんなの、最高じゃないですか」
白ギャル先輩には申し訳無い気持ちもあるが、ちょうど今日、看病できる主人公君を羨ましく思ったばかりなので、正直風邪をひいてくれて嬉しい。
とはいえ部活終わりに白ギャル先輩の家に行くとなると、午後六時を超えることになるが……それでも俺は行く。だって看病したいから。誰も俺を止められない。
「あんたが看病になんて行ったら、カエデは余計熱が上がるでしょうが。あの子、むっつりスケベのシャイなんだから」
「でも、寂しがっているかも――」
「大丈夫よ。かえでには過保護な家族がいるもの」
くっそ、風邪引くんなら一人暮らししてろよ(理不尽)。
「あーあ、俺も美少女の汗とか拭きたかったなあ」
「あら、なら部活終わりの私の身体を拭けばいいじゃない。てか、そうしなさい」
ぶりっ子先輩のいつもの半目がぎらつく。同時に濃厚なメスの匂いがプンプン漂った。
ほんと、よくここまで性をオープンにできるよなあ。流石性の獣だわ。
「……しゃあない。ぶりっ子先輩で我慢するかあ」
ぶりっ子先輩とは幼馴染なので付き合いも長い。身体の関係こそないものの、今まであんなことやこんなことをしているので、身体を拭く程度なら挨拶程度のものだ。
「ちょっと、こんな宇宙一の美少女を滑り止めみたいに扱うなんて、超絶失礼よ」
俺が本気で言っていないことは明白なので、ぶりっ子先輩もそこまで本気で非難してこない。
ぶりっ子先輩は自分が間違いなく可愛いことを知っているし、俺に死ぬほど可愛いと思われていることもよく知っている。
今でこそただの下ネタ好きの変な人に見えるが、本気のぶりっ子先輩はヤバい。ぶりっ子モードの時の密のような声、うるうると潤みながらトロンとする瞳、ふわふわと纏う甘い香り、どこか濡れ感のある表情、その全てが俺のツボだ。
あれを見ると一秒で俺の理性は溶かし尽くされ、自分が自分でなくなってしまう。中身はただの性に奔放なおっさんってこと、幼馴染の俺はよーく知っているのに、その上で魅力で塗りつぶされる。
ぶりっ子を演じて本当に魅力的なの、ダメだと思います。
「ってことで、泰平は今日の部活終わり、女子更衣室で着替えなさい」
「ういーす。まあ、白ギャル先輩がいないなら、そっち行っても大丈夫か」
男女比が偏った影響か、女性の裸に価値が薄く、男性の身体に価値が高くなっている。故にこの世界の女子は裸なんて見られても動じない事が多い。そして俺も前世と融合した影響か、裸を見られても恥ずかしくない。
だから、部活のみんなと一緒の更衣室で着替えたほうが楽しいのだが……白ギャル先輩がいるとそうはいかない。
白ギャル先輩は今どき珍しく、天然記念物と言っていいほどのピュアだ。彼女からしたら男の裸なんて凶器だろう。多分だけど俺の裸なんて見てしまったら、頭の血管が切れてしまうんじゃないかな。
随所にハードな筋トレを挟みつつ、受け身、打ち込みと進めていく。今は寝技の練習中だ。
「全力で逃げなさい。封殺してあげるから」
「はーい」
うぐぐ、俺の方が身体がデカいのに、ぶりっ子先輩の抑え込みはどうやっても抜け出せない。人が一人で一人を完璧に抑え込むってのはそんなに簡単じゃないはずなのに、どうなっているのだろうか。
「はい、私の一本ね。前に教えたことを忘れてるわよ。力任せじゃだめでしょ。さあ、もう一度ぶっといの、どんどん行くわよ」
「うい」
きっつ、きっついわあ。汗で身体がびっちょびちょだ。
「そうそう、そういう感じ。空間を意識して、一瞬だけ力を抜いて、そこでゼロから百に一気に力を入れる! そう! はいよくできました」
ぶりっ子先輩はアメとムチが上手い。頭を撫でられているだけなのに、くっそ嬉しい。そしてちょっとだけ恥ずかしい。ここまで嬉しいのは、きっとぶりっ子先輩のあの目のせいだ。
俺に向ける眼差しはひたすらにどこまでも優しく、温かい。今までもこれからも、あの目が俺を肯定してくれる限り、俺は自信を持って前に進むことができる。
「あっ、そうそう。少し話は変わるけど、私が大学に行ったら、酒池肉林サークルを作ろうと思っているから、あなたも入ってね。大学生になったらそこで死ぬほど処女を捨てるつもりだから」
俺の中の恥ずかしさがシュンと消えていった。
あれは本気の目だ。本気でそんないかつい部を作ろうと思っている。
そもそもぶりっ子先輩は、将来俺と地面が揺れるくらいのセックスをするために柔道を始めて、それをモチベーションにバカみたいに強くなったやべえ人だから、絶対にやる。
ちなみに、主人公君が「処女性」を大事にしている厄介オタクタイプだからか、この世界の高校までの女子は全員が処女だ。それが普通だし、みんなそういうもんだと納得している。
もっというと主人公君はおそらく、一見清楚だが、自分にだけは性欲が強い女性が好きなので、高校時代には性欲を表であけっぴろげにする人はいない。
そんな世界で、ぶりっ子先輩のあの目のギラつき具合といったらもう……
一年前だって思っていたけど、主人公君と話す時だけあからさまなぶりっ子をすればいいってものじゃないからな。少しは本性隠せよ。去年そのせいで、あからさまなギャグキャラになってたぞ。
この学校の中で、去年のぶりっ子先輩の主人公君への告白は悪い意味で伝説になっている。
『あなたの凶悪なお◯んちんを私に下さい!』
求めたのは都合の良い身体だけの関係の申し込み。いつもは答えを濁す主人公君も、あの時ばかりは明確に断ってたっけ。これ、地味にすごいことなんだからな。
「ジュルリ。どうせ私の夫となるあなたなら、遠慮なく嬲れるからね。さあ私の本命君、私のために強くなりなさい」
「うし! もう一本お願いします!」
こんなやつだけど、相当なことがない限り俺はこの人と結婚するだろう。俺もぶりっ子先輩も、お互いのことが死ぬほど大好きなのだから。




