第四話 不健康
ぱんっぱんっ。
二礼二拍手一礼。
「(今日もこの世界が崩壊しませんように)」
あの時の約束の通り、お前は俺がいなくても幸せに過ごすのだろう。だから、俺は俺で幸せになってみせるよ。
そのためには、やっぱ高校生の時期が一番大切なんだよ。特にこの世界では大学生女性の肉食度合いが半端ないから、安全に結婚相手を選ぶのは今しかできないんだ。
大学以降の女性と恋愛するには、どうしたって肉欲、打算、妥協、損得勘定などの濁りが混じり、生々しくなるからさ。
というのも、女子大生達は今まで抑えていた分の性欲が爆発するのにも関わらず、圧倒的に男との出会いがない。そこでようやく彼女達は今までの学生生活がどれだけ恵まれていたのかを身を持って実感し、絶望するのだそうだ。
そうして日を追うごとにどんどん絶望は深まっていき……女性は飢えた哀しき獣と化す。
俺は遠目で女子大生を見たことあるけど、あれはマジでゴブリンとかオークとか、そういう魑魅魍魎だったよ。あの時ばかりは自分の首輪に感謝したよ。
幼馴染のぶりっ子先輩曰く、俺は一応男としては魅力的な部類に入るらしいから、大学生にもなって首輪なしでいるのは自殺行為らしい。
てことで、あんまりちんたらしてられないんだよ。
だから俺、高校生のうちに五人の女性と結婚の約束をして、ちゃんとした幸せを掴み取るつもりだ。
「うし」
さあ、今日はどんな一日が待っているだろうか。
◆◆◆
このクラスの人数は二八人だ。そのうち男子が俺を入れて五名、残りは全て女子。
「なんとなくだけど、確実にこのクラスに転校生が二人来る気がするんだよ」
他のクラスはぴったり三十人なので、いずれこのクラスには転校生が二人くるのだろう。
「……なんとなくだけど、確実に? 何言ってんの?」
俺が昔からの男友達である「不健康」にダル絡みしながら、次の数学の時間まで時間を潰す。
不健康は絶賛スマホゲー中なので少し嫌そうに返事をするが、それでも旧友である俺を蔑ろにはしない。画面に夢中なのは変わらないが、いつもこうやって返事はしてくれる。
俺や不健康など、このクラスの男は基本的に主人公君の引き立て役だ。
とはいえ主人公君の心根が優しいからか、横暴過ぎる男、明らかなクズキャラ、悪役みたいな男などを妄想でも望んでいない。
それはおそらく、主人公君が明確な「悪」を嫌い、その上で「優しい世界」が好きなオタクだからだ。俺達が主人公君に幸せになって欲しいように、主人公君だって最終的にはこの世界の人みんなに幸せになってほしいのだろう。
少し潔癖思考な気もするが、まあそれが主人公君というものだ。
ただし俺達は引き立て役でもあるので、主人公君を食いつぶすほどモテてはほしくないと思われているのも確実。
そういう主人公君の相反する望みを両立しようとした結果、最終的に男は「一癖も二癖もあるせいでモテない」みたいに自然と成長する。
不健康なら、度を超えたネチネチ陰キャだとか、俺ならノンデリ――ノンデリカシーな下品キャラだとか、そういう感じ。
このクラスの他の男である「貴族」や「お福」だって、かなり特徴的だ。嫌われているとまではいかないが、確実に面倒なやつだとは思われているだろう。
主人公君が平凡でもモテるのには、こういう理由が一応あるのだ。
でも、あくまで一応だね。そもそも主人公君は平凡(大嘘)なので、スペックはチートもチート。ぶっちゃけそんな理由がなくともモテるのだから、それっぽい理由が一応用意されているってだけだ。
「はあ……僕、嫌われちゃったのかなあ」
そんな主人公君は今、現在一人の女性について頭を悩ませている。
いつもはツンデレな美少女の反応がおかしい。声をかけても絶対に主人公君に目を合わせないことから、そんな勘違いを起こしてしまったのだろう。
……なるほど。このパターンはあれだな。
「ちがっ、違うの!」
主人公君が変な勘違いを起こしたことに気づいたツンデレ美少女の、大きな声が教室中に響く。昔からツンデレ美少女は声がやたらデカい。小学生の時『私は全裸でトイレするタイプ!』と、何故か自慢するように誇っていたのが懐かしい。
「少し前髪を切りすぎちゃって、恥ずかしかったの!!!」
ツンデレ美少女は顔を真っ赤に紅潮させ、ばっさりいった前髪を晒しだした。
大きな声によって一度静まり返った空気が、どんどん「やれやれ」といった空気に緩んでいく。
……はぁー、ツンデレ美少女さあ。全然可愛いんだけど。なんなのあいつ、めちゃくちゃ可愛いんだけど。過去とか知った上で、膝から崩れ落ちそうになったくらい可愛いんだが。可愛すぎてムカついてきた最高かよ。てか冷静に考えて、この世界の女性可愛すぎない? 主人公君羨ましいんだけど。羨ましいんだけど!
ぐごごごご、一度落ち着こう。こういう美少女おこぼれに預かれるだけでも、ラッキーだと思うのがいいだろう。そうでも考えないと、また歯ぎしりで歯がかけてしまう。
そんなよくある日常の中、俺達は教室の隅っこでこっそり男子トークを続ける。誰も俺達のことなんて気にしていないのだが、それでもこっそりと。なぜならこういうのが一番楽しいから。
「あーあーあー、まーた翼君の周りには姦しい女子共がたむろってるよ。ほんと下品。あんなにガツガツしてたら、僕には女性がタタリ神にしか見えないよ」
「なー、ほんと、羨ましいわぁ。誰か一人でいいからあのタタリ神、俺に分けてくれねえかなあ……」
あんな可愛いタタリ神になら、俺は呪われたっていい。
「泰平はほんと変わったね。昔は僕と同じで、女子のことゴキブリみたいに思ってたくせに」
「なー、俺もここまで綺麗に反転するとは思わなんだ。思春期って恐ろしいわ」
「思春期って……まあ、そういうこともあるのかな」
思春期のせいにしたが、正確な理由は少し違う。中二の時に突然前世を思い出し、その時の人格が融合したからだ。
前世の自分と融合したことについては、何の違和感もなく自然にスルッと融合して一人の人格になったので、少しも驚きはなかった。
……ほんと、俺をこの妄想世界に証拠隠滅するように強引に転生させた(?)あの精霊みたいなやつは、一体どういう存在なんだろうな。
答えのないものについて思考を巡らせるタイプじゃないので、どうでもいいっちゃあどうでもいいんだがな。
「心のままに日々を全力で生きようとしただけで、この世界の女性の可愛さに気づいてしまった件。ふっ……不健康にもいつか分かる日がくるさ」
昔は女子のことを「怖いし下品だし最低」だと思っていたが、性欲が目覚め、女子が可愛すぎることに気づいた今となっては、もはや俺は飢えた女子と同類だ。
性欲ゆえに異性に空回りしてしまう気持ちに大共感。するといつの間にか嫌いが反転し、大好きになっていた。
「それ、泰平はいっつも言ってるよね。僕にはその気持ちは分からないな。女の子って怖いだけで、そんな可愛いかなあ」
「可愛い。マジでアイツら意味分からんくらい可愛い。正式に法律で女という存在を禁止すべきだと思う。いやマジで。でもそうなったら俺はデモをおこすけどな。はー、女可愛すぎるだろ! モテたい!!」
「……はあ、でも泰平ってそうは言っても、本気でモテたいわけじゃないじゃん。こっそり婚活したいだけで」
「それはそうなんだけどさあ。男心は複雑なんよ」
だって俺、恋愛は表でするものじゃないって思ってるからさ。
とはいえいざああやってキラキラした青春を目の前で見せられると、羨ましくなっちゃうわけで。
「ほんと、泰平はなにがしたいのやら……」
「なにがしたいって? 言わせんなよ恥ずかしくない。セ◯クス!!」
「………」
「ねえ不健康、無視しないでよ。ねえねえねえ」
「いや、同類だと思われたくないなって」
「ひどっ!」
とはいうが、気持ちは分かる。だってこの世界の男の中でこんな下ネタを言うの、俺くらいだもん。
男が少ない影響か、おしとやかな男が多いんだよな。こんな風にあけっぴろげに下品なことを言うから、女性から「ないわー」って目で見られるんだよ。
分かってるよそんな事。でもさ、母の教えである「無でもなく、有でもなく、全てでもなく、中道でもない。ただ自然に」とか、柔道の教えである「精力善用、自他共栄」とかをやろうとしているうちに、自然とこうなっちゃったんだ。
前世では意志薄弱、今世はマイペース。そんな二つが合わさった結果、なぜかノンデリになってしまった。前世も今世も、どちらかと言えば陰キャよりだったんだけどなあ……
おっと、今の下ネタ発言がツンデレ美少女に聞こえてしまったようで、蔑んだ目で見られてしまった。
そんな彼女にあえて俺は話しかける。
「ねえ、ツンデレ美少女? その前髪、最高に似合ってるね!」
「ぶっ殺すわよ」
あるぇ? 本気で言ったんだけどなあ……
「おっふ、ツンデレ美少女の罵倒助かる」
「助かるな」
学校での彼女たちはみんな主人公君のヒロインなので、こんな風に取り付く島もない事が多い。昔はもうちょい仲良かったのだが、お互い変わったなあ。
でも、甘いな。そもそも俺は、こんな美少女と会話が成立するだけで少し嬉しくなってしまうんだよ。
主人公君、美少女のおこぼれ、ごちです! あざぁーす!
「もう、あなたって人は、昔はもうちょっとこう……なんでもないわ」
「ん? なんて?」
「なんでもない! べーっだ」
「ぐはっ!」
おい流石にそれは可愛いすぎるのでやめてくれ。五臓六腑に美少女が染み渡ってきやがる。決して手が届かない存在って分かったうえで、これだけ心臓が痛いんだからな。ほんと、美少女ってチートだわ。




