第三話 委員決め
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ぱんっぱんっ。
二礼二拍手一礼。
「(今日もこの世界が崩壊しませんように)」
俺の中の青春は、学生時代なんかじゃない。大学を卒業して社会人になってからの、前世のお前と過ごした日々なんだよ。
大人になってからの一風変わった青春しか知らない俺だけど、今はなんと現役の高校生だ。
ここで俺は主人公君が嫌な気持ちにならない範囲で、真っ当な青春をしてみせるよ。
この世界の男子は、高校までなら割と不自由なく平和に暮らせる。なので、青春しながら死ぬほど努力するという欲張りセットは、今しかできない。
とりあえず、今はとにかく母に憧れているから、あんな人になれるように頑張っている最中だ。
そうやって今を楽しんでいるから、お前はお前で俺のいない人生を楽しんでくれ。
お前はその方が喜ぶだろ?
まあ、お前なら言われなくてもそうするか。なにせお前は『侮るな。私はお前がいなくとも勝手に幸せになる』って、何度も言ってたもんなあ。
「うし」
さあ、今日はどんな一日が待っているだろうか。
◆◆◆
「じゃ、じゃあ、今日はクラス委員を決めていくね。ええと、みんなにやってほしいのは……あれ? プリントプリント……」
二年A組の担任であるドジっ子先生が、授業終わりにホームルームをしている。
そのはち切れんばかりのお胸を揺らしながら、プリントを探しにあっちに行ったりこっちに行ったり。
いくらスーツのような格好をしているとはいえ、あれだけパッツンパッツンだと思春期の男には毒じゃないかな。
……いや、案外そうでもないか。ここは男女比が1:5の主人公君に都合の良い世界。男は十八歳になるまで、あまり性欲は強くならない。
はずなのだけど、俺はある事情があり、性欲がビンビンだ。
これも全て幼馴染であるあいつのせいだ。ほんと、あの色欲魔神め……
「あっ、そうだ。教卓の下に置いておいたんだ」
ドジっ子先生が嬉しそうに教卓の下に潜り込み、プリントを手に取る。
それから立ち上がろうとすると……
ガンッ!
見事に頭を打った。
「痛ったーい! いたたたたたっ……えへへ、失敗失敗」
少し頬を赤らめながら、何事もなくクラス委員決めを進めようとすると、
「って、うわわわわ!!」
ドンガラガッシャーン。ぱらぱらぱら……
教壇の段差に見事に足を踏み外し、教卓を巻き込み、プリントを空に舞わせながら、尻もちをついた。
ドジっ子先生は、M字開脚のような体勢になりながら、涙目で「ううっ」と小さく唸っている。
あの先生、相変わらず意味分からないくらいドジっ子だなあ。パンツスタイルだからよかったものの、あれでスカートだったらパンツが丸見えだったぞ。
「じゃ、じゃあ、クラス委員を決めますからね!!」
そんな微妙な空気の中、クラス委員決めが始まった。
「ねえ、翼くん。翼くんは何委員にするの?」
「うーん、迷ってるんだよね、美化委員にするか、図書委員にするか……」
「翼くんなら学級委員がいいんじゃないかな?」
「いやいや、僕みたいな平凡な男がクラスの代表になるなんて、流石におこがましいよ」
クラスの女子達がキャイキャイと楽しそうに騒いでいる。
さてと、俺は体育委員になるつもりだから、パパっと黒板に書いてしまってと。一応男ということで優遇はされているから、勝手に書いても文句は出ないだろう。
おっ、同じ柔道部の普通っ子も体育委員に立候補するのか。いいね。はい決定と。
「………」
暇だ。
翼君と同じ委員争奪戦、早く決着しないかなあ。
そんな風にぼんやりと考えながら、俺はこの学校について頭を巡らせていた。
都立毛利総合高校。ここが俺の通う学校であり、この世界で通える唯一の高校であり、多分この妄想世界の中心だ。
唯一と言いつつ、他にもたくさんの高校は存在する。
ただそれはあくまで「設定上」のもので、もはやないと断言してしまってもいいだろう。
そう言い切ったのは、俺達はこの街から出ることができないからだ。
他の街へ行く駅やバスなどの交通手段がなかったり、そもそも道がなかったり、「今は情勢が悪いから」という魔法の言葉で強引に辻褄が合わされていたり。
俺が軽く調べた範囲ではこんな理由が用意されていた。
空港や海から輸入された商品は普通に届くのに、人だけはどうしても行き来できないのだ。
その割には不思議なことに、この高校に他国から生徒が来たりしている。
彼女達は寮で暮らしながら、この学校生活を満喫している。獣人や人外娘などはそれに当たるだろう。
それらを踏まえると――きっと、この学校を通すことが、この世界に人を招く唯一の方法なのだろう。
この学校だけが特別なのか、はたまた主人公君がいるからそういうルールを無視できるのか。
なんとなく後者な気がする。外からこの学校に通ってる子、美少女ばかりだし。
(ここは妄想世界でもあるが、世界としても自律してもいるから、こういうややこしいことが起こっているんだろうな)
この世界はかなり高い確率で主人公君の妄想から作られた世界だ。ただし、主人公君関連以外なら、案外まともな世界でもある。
要するに、主人公君の妄想だからこその無茶苦茶な部分と、世界として成立するための真っ当な部分が、同時に存在しているのだ。
例えば歴史を調べてみても、妙なところはいくつもある。
主人公君の好きな戦国時代だけ妙に詳しい一方で、それ以外の時代は妙にざっくりしている。
だが、だからといって歴史そのものが破綻しているわけではない。細かく調べていけば、それなりに筋の通った出来事や因果関係が見つかる。
つまり、適当に作られているように見える部分にも、この世界なりのルールがあるのだ。
そういう日常の違和感を丁寧に調べていけば、いつかこの世界の全ての謎を解き明かせるかもしれない。
でもまあ、そういうのはパスで。
俺はそういうのにあまり興味のないタイプだ。大雑把に考えていても、生きる上で特に問題ないもん。
そんなテキトー思考な俺でも、見つけ出せたルールがある。
ここでの出来事は現実の主人公君に影響を与える。逆に、現実の主人公君の想いも、この世界に影響を与える。
この事実に気づけたのは、ここが妄想世界だと気づいてからだ。
だって、常に頭の中に主人公君の感情や趣味嗜好などが漠然と存在するのとか、生まれた瞬間から出会ってもないのに主人公君のことをぼんやりと知っているのとかって、おかしいもん。
だが、他のみんなは明確に「自分達が特殊な第六感を持っている」ことになんて気づかない。
そりゃそうだ、それがここでは当たり前過ぎるんだから。
そういう違和感から逆算していった結果――この世界と主人公君の現実は、この世界に存在する主人公君を通して、相互に影響を与える関係であると導き出したのだ。
今までの話を全てまとめるとだ。
ここは、一人の妄想から始まった世界だ。そして世界として成立した瞬間、元の世界とは切り離された。
それでも、妄想から生まれた世界だからなのか、今もなお妄想主の影響を受け続けている。
そんな風に雑に考えながら、俺は生きているというわけだ。
「じゃあ僕は美化委員会になることにするよ」
「じゃあ私も」「私も」
「「「「「私も」」」」」
「じゃあくじ引きで決めましょうか」
いつの間にか教室では、主人公君と同じ委員会になるために、ヒロイン達の壮絶なくじ引きが始まっていた。
ものすごい緊張感だ。教室は静まり返り、時計の針の音しか聞こえない。
……女子達の今に掛ける気持ち、すっごく分かるんだよなあ。
彼女達は高校で主人公君を狩ろうとすることだけを目的に生まれた肉食獣だ。
いや、流石に獣扱いは失礼なので言い換えるか。
この世界の女子高校生は、オリンピックのアスリートみたいなものだ。
いわば今は本番の舞台。全員この高校生活で主人公君の彼女という金メダルを掴み取るために、ここまで自分磨きなどの努力をしてきた。
人生を賭けて仕上げてきた魅力を、今ここで思う存分発揮しているのだ。
全ては王子様に見初めてもらうために。幸せを勝ち取り、幸せになってもらうために。本気も本気だから、きっと彼女達はこんなにも魅力的なのだ。
俺は同級生の影の努力を今まで見てきたからこそ、どうしても彼女達の恋を応援してしまう。どれだけ彼女達が魅力的であろうと、少なくとも、彼女達が高校生の間は恋人にしたいとはこれっぽっちも思えない。
……まあ、それも偽らざる本音だ。本音なんだ。本音なんだけども。
(かっー、やっぱ主人公君、死ぬほど羨ましいわ。くっそ、俺にも一人くらい分けてくれねえかな。ぐぎぎぎぎ)
どう考えても彼女達は可愛すぎる。えっぐいくらい可愛い。マジ可愛い。もはや人外ってくらい可愛い。なんなのあいつら、全員サキュバスの末裔かなにか? この人達のうち一人でも俺の前世の世界へ行けば、あっという間に傾国完了しちゃうってくらい可愛いわ、うん。
全員主人公君の彼女みたいなものってことは頭では分かっているんだ。それでも目の前で青春を見せられると、つい羨ましくて歯ぎしりしてしまう。それが人間というものだ。
(はあーあ、早くくじ引き、終わんねえかな。柔道部のみんなが恋しい)
口の中の鉄の味をじんわり感じつつ、柔道部の四人に思いを馳せる。
主人公君のヒロイン達しかいない中、おそらく柔道部の四人だけは例外だ。どこの世界にも案外逸脱した存在はいるらしい。
「あっ、そうだった。泰平とかユウカちゃんとか、もう決まってる人は帰っていいよー」
「あざーす!」
さてと、俺は俺で淡々と全力で生きるつもりなので、こっそり主人公君に隠れて、柔道部のメンバーと小さな青春をさせてもらいますかね。




