第二話 白ギャル先輩
ぱんっぱんっ。
二礼二拍手一礼。
「(今日もこの世界が崩壊しませんように)」
目をつむり、いつものように前世に置いてきてしまった大切なあいつに語りかける。
そっちでの俺は、ずっと「自分がない」ことがコンプレックスだったんだ。
夢もない。趣味もない。特段好きと言えることもない。嫌いなものすらほとんどない。そんな自分がまともでない人間みたいで、嫌で嫌で仕方なかった。
そういうコンプレックスが拗れに拗れて、インドに一人で旅行して、自分探しの旅に出かけたこともあったっけ。まあその時はとにかく水が合わなくて、ずっとお腹を壊してただけで、収穫はなかったけどな。
そんな俺を変えてくれたのがお前だったな。
お前に無理やり色んなところへ連れ回されて「あれ? 案外俺ってどんなことでも楽しめるな」って、ようやく自分の好きになれるところを見つけて、それからすぐ、よく分からない謎の精霊みたいなのにここに強引に連れてこられて……懐かしいなあ。
「うし」
さあ、今日はどんな一日が待っているだろうか。
◆◆◆
「翼ー。この音楽、バチクソに上がるから、聞いてみてよ。はい、イヤホンの片方貸してあげる」
とかさあ。
「その指の絆創膏、どうしたの?」
「これ、昨日のお礼と思って、翼くんにお弁当作ってきたの。でも、ちょっと失敗しちゃって……ごめんね、私みたいな陰キャ(実は超有名アイドル)が出しゃばって。ありがた迷惑だよね」
「僕、すっごくお腹が空いてたんだ。うん、すっごく美味しい!」
とかさあ。
「翼くん、コイツが調子悪そうだから、保健室に連れてってやってくれ」
「はーい」
「ちょ、ちょっと!? これくらい……って、なんでお姫様抱っこなのよバカぁ!」
とかさあ。
「羨ましいんだけど!!!!!」
放課後、このように俺が心の叫びを嘆きながら柔道に取り組むのはいつものことだ。
「泰平! うるせえぞ! 黙って投げ込みに集中しろ!!」
俺は大好きな白ギャルの先輩に怒られていた。
この白ギャル先輩もまた、とんでもなく可愛い。整った顔、白くてきめ細かい肌、艶のある茶髪、モチモチで柔らかそうなほっぺた、俺と組み合うことでほんのりと赤く染まる耳など、どこをとっても可愛すぎる。
なんなの? おでこを出していて顔が大きく見えてもおかしくないはずなのに、めっちゃ小顔なんだけど。かー、意味分かんな過ぎて狂いそう。可愛すぎだろこいつ。
「モテてえなあ……」
「……」
「モテてえなあ!!!」
「聞こえた上で無視してんの! うるさい!」
いやいや、無でもなく、有でもなく、全てでもなく、中道でもない。ただ自然に。それを忠実に再現しているだけでですね。
ほら、師範(お母さん)だってこんなに忠実に教えを守る弟子のこと、誇りに思っているはず――
あれ? 息子を見る目ではない冷たさがある気がするんですが……? 稽古はこんなに激しくも真面目にやっているから怒られこそしていないが、そんな目で見られるくらいなら怒られた方がマシだ。
流石我が母、俺に一番効く指導方法を分かっているようだ。
「あんたがモテないのなんて、自業自得……でしょ!」
白ギャル先輩に綺麗に一本背負いされたので、俺は受け身を取る。畳からい草の清々しい匂いがかすかに立ち込める。
いつも思うが、不思議と先輩の投げ方は受ける方も痛くない。強引に力で投げられているわけじゃないからだろうか?
俺はフィジカルで強引に投げ込もうとする悪い癖があるので、参考にしないとな。
「はあーあ、俺、ネットの世界でならモテモテなのになあ……なにせ俺の裏の顔は、ミソギ様ですからね」
「嘘つけ。ミソギ様はあーし達女子の気持ちに寄り添ってくれる神様みたいな存在じゃん。あんたみたいなデリカシーのない人間が、あんなとろけるような優しい声を出せるわけないでしょ。そもそも、声質だってぜんぜん違うし、何より――」
あーあーあー、裏垢の俺に対する熱量の高い褒め言葉をこうも恥ずかしげもなく。かなりエチエチな内容のシチュエーションボイスも投稿しているというのに、白ギャル先輩もやっぱり思春期ですなあ。
ミソギ様を崇拝レベルで推してくれているのは分かったが、残念、俺でしたー。
これは前世からの特技なんだけど、俺はイケボを作るのだけはマジで上手い。素の声とあまりに違うからバレるわけがないとは思っていたが、俺と関わりの深い白ギャル先輩ですらこうも気づかないのなら、絶対大丈夫だな。
「――とにかく彼ないし彼女は、突然現れて全女子の心を掴んで離さない、カリスマ中のカリスマなんだよ。無茶な嘘でモテない言い訳しないの」
長いミソギ様語りかつお説教が終わったので、いかにも「反省してませーん」といった態度で返す。
「そんなこと言ったって姉さん、それは思春期の時の昔の俺が悪いだけですやん」
「急なエセ関西弁やめて」
「あーあ、なんで昔の俺はテキトーに見知らぬ枯れたおばあさん五人と交際関係を結んだんでしょうかねえ。こんな首輪なんでいらねえのに」
俺は国から満五人の伴侶を持つものに着用を義務付けられている細い牛革製の首輪を撫でる。首輪と言うよりチョーカーなのだが、俺は首輪と呼んでいる。
これがあるから安全が保証されているとはいえなあ……
過去の俺がやったことは犯罪って訳では無いが、これはただの法律の穴をついたルールのハックだ。あんまり国的にも社会的にもよろしいことじゃない。いい大人(前世込み)がやることじゃないよなあ。
「知らねえよ」
白ギャル先輩は俺の首輪に恨めしげな視線を向ける。どこかスネているような、そんな感情を孕んでいるように見えた。
「くっそー、これがなけりゃあ、今頃柔道部は俺のハーレムだったのになー。特に白ギャル先輩なんて、俺にメロメロだしなー」
「ち、違う! 調子のんな!」
綺麗に大外刈をくらいながら、俺の過去に犯した愚かな行動について思いを馳せる。
……あの当時は「女なんて大嫌い」なんてスタンスだったので、どんな手段を使おうと、とにかくこの首輪が欲しかった。なので昔の俺は、この首輪を手に入れるために色々な契約を結んだ。
ただ、前世の俺がこの身体に溶け込んで、二つの人格が自然に融合された今となっては、後悔しかない。
「別に泰平ってモテないってわけじゃないでしょ? 首輪のせいですでに五人彼女いるってことが一目瞭然だから、アタックしても無駄ってだけで」
「なら、高校卒業と同時に契約は解消されるんで、俺が卒業したら先輩が俺のこともらってくれます? ほれ、一応こちとら貴重なうら若き少年ですよ? お買い得ですよ?」
即座に返すと、白ギャル先輩は少し頬を紅潮させ、照れ隠しのように逆一本背負いを決める。
「けっ、身体の関係までなら考えてやる……よっ!」
バォォォン! と、道場中に爽快な音が響き渡る。これほど綺麗なら誰からの文句も出ないだろう。
師範もどこか満足気に口角を上げている。俺にはあんな笑みを見せたことはないのに。くそう、もっと柔道がうまくなりたい。
俺は何事もなかったかのように立ち上がり、少し乱れた柔道着を直す。アンダーウェアが大量の汗を吸い、身体にピタッと張り付いている。
「へえー、でも、さっきから俺の胸板をチラチラ見て、タジタジな先輩にそんなことできるのかにゃ?」
「なっ、見てない!」
「にゃはははは! やーい、処女ー。雑魚マ◯コー。白ギャル先輩みたいなおこちゃまに、身体の関係なんてできるのかにゃ? かにゃかにゃあ???」
「う、うるしゃい!」
白ギャル先輩はもう一度逆一本背負いを行おうとしたが……
ぺちゃん。道場にあまり気持ちの良くない音が響いた。
さっきが百点満点だとしたら、今回のは十点くらいだろう。
「キレが悪い! そして、投げた後すぐに引き手を離さない! 残心を忘れてるぞ」
「はい!」
師範にピシャリと怒られて、白ギャル先輩は襟を正す。
さあもう一度だ。
「やーい、怒られてやんのー」
「……お前が卒業したら、ボロボロのめっためたにヤリ捨てしてやるから……な!」
バォォォン! と、道場中に爽快な音が響き渡る。受けた側でも分かる、見事な逆一本背負いだった。
それから俺の耳元に近づいて、こう囁いた。
「覚えてろよ」
「あ、今のどすの利いた声、キュンと来ました。もう一度やって下さい」
「……泰平、Mっけまであるのかよ。はあー」
この後も練習はつつがなく続き、礼をして終わる。
更衣室で着替え終わった後、あまりに主人公君が羨ましかったので、白ギャル先輩にお願いして、一つのイヤホンで一つの曲を聞くやつをやってもらった。
俺達男はいわば主人公君の引き立て役だ。こういう青春っぽいことをするのは、本来あまりよろしいことではない。
……でも、ここは学校の敷地外にある柔道場だし、柔道部のみんなとだけはいいよね。あの学校では女性はみんな主人公君のヒロインでも、ここではただの一人の女性だもん。
という言い訳も用意したので、こっそり、こっそりね。
「……なるほど、こういう感じなのね。ふぅん」
「………」
白ギャル先輩は強がって余裕そうにしていたが、正直俺は強がる余裕もなかった。
密着するし、白ギャル先輩から甘いフローラル系の香りがするし、誰もいない暗くて狭い更衣室で二人きりだし……
控えめに言って最高だった。控えめに言わない場合は白ギャル先輩のためなら世界だって滅ぼせるって本気で思えた。
「先輩、またこれ、こっそりやりましょう」
「ま、まあ。どうしてもって言うならやってあげてもいいわ。可愛い後輩の頼みだしね」
耳をやけどしそうなほど真っ赤にして強がる白ギャル先輩には触れず、あえて軽口で返す。
「へへへっ、あざまーす」
ふいー、今日も全力で淡々と生きてやったぜ。後悔のない大満足な一日だった。
明日はそうだな、白ギャル先輩のために弁当を作って渡そうかな。




