第五十話 闇落ち
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感謝の二話投稿します。
いつものように娘お姉さんと過ごしたのち、今日もゲーマーお姉さんと一緒に通話しながらゲームに勤しむ。
ただし、明日は白ギャル先輩とデートの予定なので、今日はそこまで遅くまでプレイするつもりはない。
ゲーマーお姉さんにもそう伝えると、少し不服そうな声色で「分かった」と告げられた。
「うへへ。へ、へへへっ。うふ、えへへへへ」
「どうしたんですか? 突然気持ち悪い笑い声を漏らして。とうとう壊れました?」
「へへっ、明日にデートなんてする男が、私のエッチな自撮りにメロメロだと思うとね。へ、へへへっ」
「ちょいちょいちょい。俺は見てませんからね」
「嘘ばっか。画像を送ったらすぐに既読がついたじゃん。それに、十五分後に試しにスタンプを送っても一瞬で既読がついたってことは、その間もずっと見てたってことでしょ? うへへっ、そんなに私の自撮りは使い心地が良かったのかな?」
「え、ええっと、妹が勝手に俺のスマホを使っててですね……」
「その言い訳は流石に無理があるよ。泰平に妹なんていないじゃん」
「ぎゃふん」
「へへっ。やっぱり幼い頃から知り合いの年上のお姉さんの魅力には叶わなかったのかな? 泰平にも可愛いところあるねえ」
「くっそ、調子に乗りやがってよぉ。セクハラで訴えま――」
「この度は男性様に多大なるご迷惑をおかけし、誠に申し訳ありませんでした。弁解の余地もございません。男性様の期待を裏切るような結果となり、万死に値すると痛感しております」
セクハラという単語を出した瞬間、ゲーマーお姉さんは反射的に謝りだした。
男女比が偏っている影響か、セクハラに対する罪の重さは前世より重い。だからといって、もはや型と言っていいほど条件反射的に謝るのはどうかと思うのだが、一度それは置いておこう。なにせ、ようやく強気にでられるチャンスなので。
「そうなんです! 俺がゲーマーお姉さんの命綱を握っているようなものなんですから、強気に出るのやめてくださいね」
「嘘だ。だって泰平はなんだかんだ訴えたりなんてできないもの。それくらいは分かるよ」
「……さっきから俺をぎゃふらせるのやめてもらえます?」
「だって“ぎゃふん”って言わせるの楽しいんだもん。男を征服したみたいで、言い知れない快感がほとばしるの。ああ゛あ゛ああ゛~、滾るぅ~」
「はいセクハラ。訴えます」
「そっかあ。訴えるのかあ。それは残念だなあ」
もはやゲーマーお姉さんは謝りもしなくなった。
それどころか、声は弾み、声色もいつもよりもワントーン明るい。
ゲーマーお姉さんに主導権を握られると、どうしてこんなに対抗心が沸くのだろう。俺のちっぽけなプライドにかけて、このまま引き下がったままでいるわけにはいかない。
……仕方ない。これは言わないつもりだったが、ここで一つ伝えておくか。
「一応言っておきますけど、ゲーマーお姉さんでは一度たりとも性欲を発散してませんからね」
「ほんとにぃ? あれだけ見てたのに?」
「そこは本当だと神に……いや、俺の大切な人に誓います。正直心は揺れましたが、歯を食いしばって我慢しました。それに、最近では俺の一番信頼している人に貞操帯を付けて管理してもらっているんで、物理的にそういうことはできなくなりました」
「……え? 困る」
困るって言われましても。
「同時にですね。もっと質が良くてエロい自撮りを結婚予定の幼馴染が送ってくるようになりました。それこそゲーマーお姉さんの自撮りを上書きするようにです」
「あの……ね? そ、それはチートじゃん。性欲に訴えかけるのは良くないよ」
「どの口が言ってるんだよ」
「私はいいの! だって大学生だもん! ゲーマーだもん!」
「ゲーマーがチート使うな」
「ゲームでは使うことはないけど、現実ではいいじゃん! そもそもさあ、泰平の性癖を知っている私しか使えないはずの、泰平の攻略情報ってだけじゃん! 幼馴染の方が全然チートだよ! 完全な上位互換だもん! 勝てないもん!」
ふむ、俺の方が正論を突きつけていたつもりだったが、相手の言い分も通っていないことはないか。
「それは……ちょっと一理ありますね」
「そうでしょ! だから幼馴染が出てくるのは禁止! 分かった?」
「分かりません」
「なんでよおお゛お゛お゛お゛お゛!! 引き立て役はやだぁ!!」
分かってないなあ。チートをせざるを得ないくらい俺の心が乱されたってことでもあるんだぞ。
まあ、その事実は決して伝えないがな。調子に乗ってあの攻め方をされ続けると困るので。
「ふん、だ。もう知らない。そんなこと言うなら、私だってもっと際どいエロ自撮りとかエロ動画を送っちゃうもんね」
「だから、貞操帯があるし、ぶりっ子先輩で上書きされるって言ってるじゃないですか」
「別にいいもーん。よくよく考えれば、それでも泰平が画像や動画を見ないってことはないだろうし。泰平が悶々としてる様子を想像して、私が勝手に気持ちよくなればいいんだもーん」
「やめてよ」
ゲーマーお姉さんは「上書き」という言葉のマジックでふてくされているが、本来男の性欲は綺麗に上書きできるようなものではない。
男の性欲というものへの理解が薄いゲーマーお姉さんだからこそ綺麗に騙せたのだが、今回はそれが逆に悪い方向へと行ってしまったようだ。
「へへへっ、もういいもんね。泰平が将来五人と結婚してからも、自分勝手に続けてやるもん。正直最近自撮りが楽しくなってきたから、全然これを私の趣味にするもん」
「もうちょっと真っ当にやりましょうよ? ね? 俺はゲーマーお姉さんの優しい部分をたくさん知ってますから、そういうのを全面に押し出していくのとかおすすめですよ」
「だって、今までの人生で優しくても全然モテなかったんだもん。誰も私の性欲を満たしてくれないんだもん。寂しいんだもん。全然寂しいんだもん。眠る時に惨めな気持ちになるんだもん。それなら私は優しさなんていらない」
「ああ、ゲーマーお姉さんが闇落ちしてしまった……」
通話越しではあるが、今、大学生の目の光が濁っていく実例を目の前で見てしまった。
分かっていたことではあるが、この世界の大学生はこうなることが本当に多い。やはり純粋に恋愛したい俺と大学生の相性は悪いようだ。
それでもゲーマーお姉さんとの縁を切るつもりはないのだから、本当に困る。困るわあ。
「はあ……ゲーマーお姉さんにこそ青春療法が必要そうですねぇ」
「青春療法? なにそれ? エッチなやつ?」
少し呆れながらも、俺は部活の元気っ子後輩のことや、青春療法についての説明をした。
「それ! それいいじゃん! ねえ泰平? 私も青春療法が必要だと思う! だから試しに付き合ってみない?」
試しに付き合う、ねえ……
ふぅん。
そういうこと、言っちゃうんだ。
「ごめんなさい。俺って試しに付き合うとか、付き合っているフリとか、そういうのがあんまり好きじゃないんですよ」
反射的にいつものトーンでそう返すと、少しの間不自然な間が開いた。
断られてショックを受けているのとはまた違う、妙な沈黙だ。
かちっ、かちっ、かちっ……
いつもは気にならない時計の針の無機質な音が、妙に響いていた。
「あっ、ごめんね黙りこんじゃって。今なんというか、ちょっと違和感が……」
「ゲーマーお姉さんは何を言ってるんですか?」
「なんかさ、今の泰平の言葉には泰平らしくない冷たさ? 棘? みたいな感じがあった気がしてさ。ごめんね? こんな事言われても困るよね?」
あら、ゲーマーお姉さんって意外と鋭いのな。なるべく普段通り話したつもりでいたのに、よく分かったなあ。流石に付き合いが長いだけある。
「それは多分、俺の個人的なトラウマのせいですね。すみません、過敏になりすぎました」
「トラウマ? 泰平にトラウマなんてあるの? そんなのがあれば私に話してそうだけど……」
「ああ、まあなんというか……これに関してはちょっと説明が難しいんですよね。トラウマっていう言葉は少し表現が強すぎました。後悔とか、そんな感じです」
これは前世由来の話なので、気安く話すつもりはない。別に俺の前世のことなんて大した話ではないのだが、なんとなく本当の本当に心の底から信頼している人にしか話したくないのだ。
「でも、泰平の性格からして試しに付き合うみたいなことは絶対しないでしょ? 根はクソ真面目で、恋愛に対してはやけに潔癖ってことはよーく知ってるもの。それなのに後悔? うーん……」
「まあ、俺にも色々あるんですよ。でも心配しないでください。母や俺の幼馴染には、この後悔についても相談済みですから」
「その口ぶりだと、それはホントっぽいね。ならよかった。でも、ごめんね。変なこと言っちゃって。モテなさ過ぎる大学生の妄言だと切り捨てちゃっていいからね」
その言葉は俺の心に寄り添っていて、じんわりと染み込んでくるような温かさがあった。
本来彼女はこういう気遣いの人だ。今は少し闇の世界に片足を突っ込んでいるので、それが表に出ないだけで。
過去の俺はこの優しさに何度も救われてきた。だからこそ、今の闇落ち間際のゲーマーお姉さんを心から救ってやりたいと素直に思える。
「ははっ、ふふふふふふっ」
「……? どうしたの? 突然そんなに嬉しそうに笑って」
「いや、やっぱりゲーマーお姉さんは優しいなあって再認識しただけです。闇落ちしてこれなら、そんなに心配しなくてもよさそうかな?」
「まっ、待って待って待って! それとこれとは話が全然別! もう私は優しさなんて捨てたの! だから、ね? へ、へへへっ」
「……ふっ、まあいいです。さて、ゲーマーお姉さん。さっき気を使ってもらってちょっと、いや、かなり嬉しかったので、今度リアルで一緒にお出かけしませんか?」
「ぇ!? う、うん……ありがと。でも泰平は知ってるでしょ? 私、リアルでは全然上手く話せないの。特に男の子相手だともうダメ。体が固まっちゃって、なんにもできなくなる。それで昔泰平を傷つけたのに、本当にいいの?」
「えぇ……まだそんなこと気にしてたんですか?」
「だ、だってぇ」
「男って存在はですね。案外そういう風にされるのは慣れているんですよ。それに、別にあの時だって傷ついてないですよ? ゲーマーお姉さんこそちょっと気にしすぎです」
「そうかなあ」
「そうですよ。それに、あの件はぶっちゃけ俺の方が悪いんですから」
俺は当時のことを思い出していた。
初めてリアルで会ったあの日、「あんな頼れる人がリアルではこうなのか」と落胆を隠せなかったのは確かだ。
ただし、それは俺がネットで性別を女と偽っていたことに原因がある。百パーセント俺が悪いのであって、ゲーマーお姉さんには何の落ち度もない。
「ああ、なんかあの時の事を思い出して申し訳なくなってきました。ということで、ゲーマーお姉さん浄化計画を勝手にスタートさせますからね」
「うん。私も泰平へのエロ自撮り爆撃作戦を勝手に頑張るね」
「……クソがよお」
その後、いつもなら配信を開始するのだが、ゲーマーお姉さんは『今日はやめておこう』と俺に伝えたのち、SNSにて『いっぱいいっぱいなため今日は配信を中止します』と呟いていた。




