第四十五話 にへら笑い
ぱんっぱんっ。
二礼二拍手一礼。
「(今日もこの世界が崩壊しませんように)」
なんとなく今朝、この世界のルールについてまとめてみようという気になったんだ。実際一枚の紙に箇条書きで並べてみたのだが、そうして見てみると、案外曖昧なままで納得しているルールが多いことに改めて気づいたよ。
例えば【この妄想世界と現実の主人公君は、主人公君を通して相互に影響し合う関係だ】なんて雑に結論づけていたが、どう相互に影響を与えるのか、今の俺には上手く言語化する術を持たない。
その原因は簡単。このルールは第六感なんていう説明不可能の超感覚から導き出したからだ。
現実の主人公君が暗い気持ちだと天気も曇り空になることや、この世界で主人公君がいい気分になれば現実の主人公君の気分も少し晴れること。それが当然の摂理であると直感的に分かるからこそ、説明できなくても真実だと勝手に認識していたんだ。
まあ、だからといってこのルールが間違っているのかと言うと、そうでもない気もするんだよな。水が百度を超えると沸騰するのと同じくらい、主人公君の気持ちと空模様が連動するのは当たり前のこと。前世の感覚で言えば変でも、ここではその事実を疑うことはナンセンスだ。
きっとこういう前世との違いからくる引っかかりについて深く考えていけば、この世界の知られざるルールなどにもいつかたどり着けるのかもしれないが……
やはりそういうのは俺よりも賢い人におまかせだな。一度やってみたけど、やっぱりこういう事を考え続けるのは俺らしくないや。脳みその端っこがむず痒くて仕方ないから、やーめた。
「うし、普通っ子、行こうか」
「うん」
さあ、今日はどんな一日が待っているだろうか。
◆◆◆
最近のこのクラスでは、少し前よりラブコメ濃度が上がっている。それはきっと、体育祭を通して翼君との心の距離が少しずつ近づいてきたからだろう。
ただ、ここで先走って翼君に力の入った本気の告白をしてしまうと、金髪ドリルお嬢様の二の舞になってしまうだろう。どうせ振られるにしても、二年や三年の卒業式の日に全力で告白したほうがいいのではないだろうか。
今の時期なら、目の前で繰り広げられている内気小動物系美少女の「実質的な告白」くらいがちょうどいい。
「あ、あわわわわ! ごめんなさいごめんなさい! 私なんかと目が合ってしまって、さぞ嫌な思いをしたよね? いくら目が合ったのが嬉しいからって、やりすぎちゃった!」
「ふふ、それは流石に自分のことを卑下しすぎだよ。それに、僕も君と目が合って嬉しかったよ」
「ほんとに!? じゃ、じゃあさ、次の日曜日、私とデートでも……あわわ。嘘嘘嘘! ごめんね私なんかが調子に乗って。わ、私なんかじゃ翼君と釣り合わないもんね……」
「そんなことないよ。僕は君のいいところをいくらでも知ってるんだ。例えばいつも教室に置いてある花瓶に水を入れ替えているところや、苦手な体育でも必死に最後まで食らいつくところ、他にも――」
それから翼君は内気小動物系美少女のいいところを何個も何個も上げていった。一つ一つ伝えられる度、どんどん彼女の顔が真っ赤になっていく。
「だから、そんなに自分を否定してあげないで?」
「翼君……」
ここで内気小動物系美少女が最高に素敵なトロ顔を披露。美少女にそんな顔されたら、男なら誰だって落ちそうなものだ。
ふむ、ここまで行くともう内気小動物系美少女は日曜日にデートに行くことが決まったようなものだろう。そして案外現実的な性格を併せ持つ内気小動物系美少女のことだし、そのデートでもそのまた次のデートでも彼女は告白などせず、暗に好意を伝え続ける手段を取るはず。
そしてこれは勝手な想像だが、卒業式など何かの区切りに全力で告白し、きっぱり振られ、その失恋を励みに次の恋愛に精を出す人生を送るのだろう。
「それじゃあ、一緒にお昼でも食べに行こっか」
「うん!」
それから二人は仲良さそうに並びながら教室の外へと消えていった。
さて、内気小動物系美少女はそれでいいとして、だ。
「おーい、金髪ドリルお嬢様ー。クラスの雰囲気が悪くなるから、そろそろ立ち直れー。あとついでに、スカートが乱れてるせいで、パンツが見えそうでエロいぞ。このまま直さなかったら太もも触るからなー」
俺は机に突っ伏している金髪ドリルお嬢様の肩をポンと叩いた。その軽い衝撃で、ふわりと上品な香りが漂った。香水は付けていないはずなので、地でいい匂いがするのだろう。
「……何よ、辛いんだから、ちょっと沈んじゃうくらい許してよ。もうわたくしは振られてしまった分際なんだから、できることなんて何もない。うぅっ……それでも! それでも彼が好きなのっ! どうしようもないのよっ!」
なるほど。彼女は少し勘違いをしているようだ。
「バカだなあ」
「……え?」
「誰が告白は一回までって決めたんだよ」
「………」
「ほら、いつもバカみたいに言ってるだろ? 『西園寺家のお嬢様たるもの、一度や二度の失敗ではへこたれないのですわ~。あてくしは不死鳥ですわぁ~、おーほっほっほ~』って。そのマインドはどうしたよ」
俺が少し大げさにモノマネをすると、金髪ドリルお嬢様は目を見開いた。
正直からかい半分でモノマネしたので、そんな真面目な反応をされると困るのだが。
「……そうね。西園寺家は幾度も困難を乗り越えてきた不死身の存在だったわ。そのことをすっかり忘れていたわ。ありがとうね」
「おう! また何度でも玉砕してこい。骨は拾ってやらないからな」
「ふん、あなたの助けなんて今後一切必要ありませんわ! 泰平はただ指を咥えて、わたくしの目覚ましい活躍を見てなさい! おっほっほっほ!」
うん、やはり本物のお嬢様の高笑いはよく響くな。そう思うと、いつの間にか俺の口角は上がっていた。
にしても、人間の感情というのは不思議なものだ。
俺はどちらを応援しているというわけではないのに、現実的な内気小動物系美少女よりも、気持ちが先走ってしまうちょっとお馬鹿な金髪ドリルお嬢様の方が好ましく感じているのだ。
もちろんだが、俺が少し背中を押した程度で、事態が好転するようなことは起こらないだろう。なんなら、案外繊細な金髪ドリルお嬢様のことだ。ただ傷つく回数が増えるだけかもしれない。
でも、俺はそんな体当たりで生きようとする姿こそ魅力的に思えてしまう。
それに優秀な彼女のことだ。どうせ俺の指図などなくても、遅かれ早かれ一人で立ち上がって、今と同じ結論に至るだろう。彼女が西園寺家を誇りに思っている気持ちがある限り、本当に彼女は不死身なのだ。
金髪ドリルお嬢様が主人公君を追いかけていった後、隣で今までのやり取りを傍観していたツンデレ美少女を見て、したり顔で笑う。
「……泰平、何よ」
「べっつにー。なんもないよ」
「あっそ」
ぶっちゃけて言おう。俺がこんな事をしたのは、ツンデレ美少女が俺と同じようなことをしようとしたからだ。
またこいつのことだし、金髪ドリルお嬢様の背中を押しに行き、その癖に恋のライバルを応援してしまったことを自己嫌悪し、傷つくのだろう。
それならば、俺がおせっかいを焼いた方がまだマシだ。
「何よその目は。あのねえ。最近のあなたこそ……いや、なんでもないわ」
「え、なんだよ。気になるから何でも言ってくれ」
「それこそただのおせっかいなのよ。それに、私が言ったところで、どうにもなんないでしょ」
「そんなの分かんないだろ。俺はツンデレ美少女の話なら割となんでも聞くぞ?」
「……はあ。そう、なら言っちゃうけど、最近のあなたももう少し――」
「せんぱーい!」
と、ここで俺を呼ぶ声の介入によってツンデレ美少女は口を閉ざし、俺はその声の主の方向へと首を向けた。
声の主は元気っ子後輩だ。彼女が俺にデラックスエビカツサンドを見せびらかしながら、にへらと笑いかけてくれていた。
そんな後輩を見て、自然と俺の口角も緩む。
「おい、教室まで来るなって言ってるだろ?」
わざわざ来てくれた嬉しさを誤魔化すように、大げさに肩をすくませながらそう告げた。ただ、俺の顔はだらしなく緩んでいる自覚はあるので、誤魔化しきれてはいないだろう。
「えー、いいじゃないですか。こんな可愛い後輩ちゃんがお昼を食べようと誘ってくれてるんですから、嬉しいですよね?」
ランク戦でボロ負けした直後から、後輩はこんな風に毎回俺をお昼に誘うようになった。それも、以前の無邪気な笑い方とは少し違う、とろけるような笑みを俺に向けながら。
俺の全てを受け入れてくれるような包容感に満たされながら、そんな笑みを浮かべる後輩にしばし見惚れる。
「……? どうしたんですか?」
「いや、なんでもないよ」
首をかしげた元気っ子後輩は、本気で不思議そうに目を丸くしている。何も変わったことをしていないのに、俺にそんな反応をされるのが違和感なのだろう。
「まあ、先輩が変なのはある意味通常運転ですもんね。ふふっ、で、泰平先輩? 私に誘われて嬉しいですか?」
「おう、嬉しくないといえば嘘になるな!」
「えへへ、照れくさいからってややこしい言葉遣いしないで下さい。そんなんじゃモテませんよ! へへっ、ほんとに先輩は仕方がないなあ。じゃ、今日も一緒にお昼を食べに行きましょう!」
「だが断らない! 行くかあ」
「うっすうっす!」
俺は話を遮ってしまったツンデレ美少女に一言告げてから、教室を出ようとする。
「ってことだ。話の途中ですまんな」
「別にいいわ。最近ではいつものことでしょ」
手をひらひらとさせながら、さっさと行ってこいと暗に告げた。
「すみません、泰平先輩をお借りしますね」
「じゃ、話の続きはまた今度な」
俺は最近の可愛すぎる後輩に心の中で悶絶しながら、教室を去った。
教室に残ったツンデレ美少女は、大きくため息を吐いた。
「はあー。ったく、もう少しその締まりのない表情をどうにかしろっての」
それから彼女は、普段は決して飲まないブラックコーヒーを自販機で買いに行き、一気に飲んだ。




