第四十六話 二人乗り
ぱんっぱんっ。
二礼二拍手一礼。
「(今日もこの世界が崩壊しませんように)」
今日、うちのベランダで一羽の雀がぴょんぴょんと歩いていたんだ。すぐに飛び去ってしまったけど、あれは可愛かったなあ。
ただそれだけで今日一日は何かいいことが起きる気がして、嬉しくなった。雀を見た事実と、今日いいことが起こるという期待には、何の因果関係もないのにな。
でもさ、割と珍しいことだったから、自然とほっこりしちゃうじゃん。この気持ちをお前とも共有したくて、今日のランニングも楽しく過ごせたよ。
ああやって、生きているだけで誰かを幸せにできる存在っていいな。そんなことをふと思った朝の一幕だったよ。
「うし、普通っ子、行こうか」
「うん」
さあ、今日はどんな一日が待っているだろうか。
◆◆◆
「止まって止まって~~~!!!」
今日は今朝から宇宙人美少女がせわしなく「いちご柄の布のような逃げる何か」を追いかけていた。
ほう、普段から制服も一切着崩さず、授業だって一切寝ることのない超優等生な彼女にしては珍しい。
宇宙人なんて突飛な存在なのにそんな風に思ってしまうほど、彼女の普段の授業態度は模範的だ。
彼女が模範的でいる理由も聞いたことがある。どうやら宇宙人美少女の親はかなり厳しい人らしく、「もし地球でルールを破ったのが発覚したら、即刻故郷の星に強制送還されるから」とのことだ。
その割には遅刻しそうな日にワープ装置で時間ギリギリに現れたり、充電を忘れたスマホに向かって謎の光線を出して一瞬で充電したり、詰めが甘いことも多いのだがな。
宇宙人美少女はこのクラスでは愛されキャラなので、全員が全員、彼女のそういう部分を見なかったふりをするのが当たり前になっている。
地球の食べ物や娯楽など、宇宙にないものをキラキラとした目で興味を持ってくれる彼女のことを、皆好ましく思っているのだ。
「はいこれ。これがなんだか知らないけど、捕まえておいたよ」
やたらすばしっこく逃げ回る何かを、登校してきたばかりの主人公君がキャッチした。
俺には目で追うことがやっとだったので、チートな反射神経や動体視力、身体能力を持つ彼だからこそできた芸当だろう。
「あっ、翼! ありがとー! ほんとにもう、この子ったらすぐ逃げちゃうんだから……」
「どういたしまして。でも、学校にペットを持ってきちゃいけないから、先生に見つかる前に隠しておいた方が良いよ」
「うん! そうするね。じゃあトイレに行って着替えてくるね! ほんとありがとー!!」
そうして彼女は慌ただしく女子トイレへと駆け込んでいった。
「……もう、地球ではパンツを履くのが常識だって何度も言ってるでしょ? これからは逃げちゃあダメだからね?」
「▲#■&★%ッ!!」
「言い訳しないの! 私は強制送還されたくないんだから、協力してよー」
トイレに向かう途中、宇宙人美少女と「何か」のそんなやり取りが、この教室にまで届いていた。
……あれ、パンツだったのかよ。
「ほんのり温かかったってことは――いや、考えるのはよそう」
どうやら主人公君も俺と同じ思考になったらしい。パンツを捕まえた右手を一度握って閉じたのち、ほんのりと頬を染めながら席へとついたのだった。
それからあっという間に放課後となり、部活が終わった。
そこらじゅうからカエルの大合唱が聞こえてくる。近くから聞こえるのか、遠くから聞こえるのか。カエルの合唱は距離感が全く分からないのが不思議だ。
「ねえ、そろそろ教えてよ。来週の日曜日、どこへ行くの?」
白ギャル先輩の自転車の後ろに乗せてもらい、一緒に帰っていると、突然そわそわとした様子でそう告げられた。
「あー……あっと、それにしても、自転車の二人乗りが犯罪じゃないのはいいですね。白ギャル先輩の背中の体温、俺よりちょっと温かくてなんかエッチです」
「ちょっと泰平? 変なこと言って誤魔化さないで」
とはいいつつ耳がほんのり赤い白ギャル先輩なのであった。
さて、体育祭の日に「来週の日曜日にデートをしよう」と日時を決めたものの、俺はまだ白ギャル先輩にどんな事をするのかを伝えていない。
それは意地悪やサプライズ精神でやっていたのではなく、デートのための下準備が多く、まだ決まっていないことも多かったからだ。
ただ、普通っ子やぶりっ子先輩の協力もあり、ようやく準備が整った。あまりそわそわさせすぎるのも白ギャル先輩に悪いので、そろそろ伝えよう。
「とりあえず岩盤浴に行こうと思っています。だから、替えの下着とか持ってきてくださいね」
「岩盤浴かあ。あーし、岩盤浴って行ったことないかも。混浴のサウナみたいな感じ? それこそちょっとエッチじゃない?」
「ああ、それは少し認識が違いますね。ちゃんと上下の岩盤浴着をもらえるんですよ。割とちゃんとした服なんで、そういう心配はいらないですよ。あ、でも、一応混浴ではありますね。あと、メイクとかはどうせ落ちちゃうんでやめておいたほうがいいらしいです」
そう説明しつつ、俺は行く予定の岩盤浴場のサイトを見せる。一度自転車を止め、二人でゆっくり眺めることに。
「あー。なるほど。上下セパレートタイプのパジャマみたいな服を着るんだ。いいじゃん」
「ちなみに、朝から行って、お昼は岩盤浴内に併設されている店舗でテキトーに食べて、夕飯前には帰る予定です」
「そんな長いこと楽しめるの? あーし、家族全員で銭湯に行っても、一時間くらいで帰っちゃう家庭だったけど」
「ええ、お風呂もありますし、漫画とかたくさん置いてあるし、テレビまであるんで、もはや無限にいられますよ。ほら、こんな感じです」
「おおー、漫画の量すごいね。たしかにこれは無限だね」
俺達は視線を交差させ、小さく笑いあった。
それから、また俺は白ギャル先輩の自転車の後ろに乗り、背中をギュッと抱きしめる。
「で、なんで岩盤浴に誘ったの? デートにしては変わり種な気がするけど……」
「ふへへっ、実はこのデートはですね、岩盤浴は前座なんですよ。その後のメインイベントの成功率を少しでもあげるための準備? みたいなイメージです」
「ええー、なにそれ。メインイベントって何?」
「ふふっ、秘密です。でも、先輩を誘った時、『かなり本気のデート』って言ったじゃないですか。だからまあ、その名に恥じぬことはするつもりです。げへへへへ」
「ぅえ!? それってどういう……?」
白ギャル先輩が期待感を滲ませた甘い声色で小さく呟く。その反応が可愛くて、自然と先輩を抱きしめる力も強くなる。
本当に可愛い。どうにかなってしまいそうだ。
「へへへっ、別に先輩が想像しているようなエッチなことはありませんよ。やーい、むっつりスケベー」
「もう、そんなこと考えてないわよ!」
「本当に? 少しも、頭の片隅にも、ほんの僅かにでもそういう事を思い浮かべませんでしたか?」
「……泰平の意地悪。なによー。変な笑い方と、普段からセクハラしてくる泰平が悪いんでしょ! 思わせぶりなことばっか言う泰平が悪いんだから、あーしは悪くない!」
おっと危ない。二人乗りの時はあんまりからかわないほうがいいな。
「はいはい、もちろんラブホとかではないんで安心してください。まあ、流石にそれだと不安かもしれないんで、行き先だけ伝えておきますね。場所自体は普通に俺の家です。ただ、そこでちょっとしたイベントをやろうと思ってます」
「ふぅん。分かった。期待して待ってるね」
素直な白ギャル先輩のなんと可愛いことか。いや素直じゃないときから可愛かったんだけども。それはそれとして、素直だと破壊力がとんでもない。どれだけ白ギャル先輩は俺の脳を溶かせば気が済むのか。
「白ギャル先輩! デートの日にはラブホとかは行きませんが……今から行っちゃいましょう! さあ、さあ早く! レッツラゴー」
「……泰平のバカ」
お? 微妙に間が開いたってことは、一瞬でも本当にそうしてやろうかと頭によぎったな。ほんと白ギャル先輩はむっつりなんだからー。
俺を非難しつつも、白ギャル先輩の自転車の漕ぐスピードがいつもよりゆっくりだ。そんなこと実に気づいただけで、どうしようもなく嬉しくなってしまう。
ああ、夕日が綺麗だ。夕日に染まる白ギャル先輩の頬は、もっと……ふふふっ。
その後、俺達は不思議と一言も喋らず、この幸せな時間を噛みしめるようにお互いの体温を感じていた。この時間が永遠に続くのではないか。俺も先輩もそう思っていた。
ただし、もちろん現実ではそんなことは起こらない。自転車は無慈悲にも俺達を俺の家まで運びきってしまった。
自転車から降りる間際、先輩の背中に指文字で「大好き」と大きく書いてから、お別れする。こんな時だけは素直に「好き」と告白できないこんな世界が嫌になる。
でも、文句を言ったとて、なにも始まらない。こうやって態度で示すことはできるのだから、全力でできることをやろう。
指文字なので、俺の気持ちが伝わったのかは分からない。ただ、白ギャル先輩はとても嬉しそうな笑みを浮かべていたことは確かだ。とろけるような表情のまま、珍しく立ちこぎなんてして家まで帰っていってしまった。
そんな愛おしい背中を見送りながら、デートについて物思いにふける。
さて、と。日曜日の疑似結婚式はうまくいくといいなあ。




