第四十三話 遠距離ラブコール
ぱんっぱんっ。
二礼二拍手一礼。
「(今日もこの世界が崩壊しませんように)」
なんかさ、急に元気っ子後輩がすっごく楽しそうに柔道するようになったんだ。するとどうだ、まだ強さにムラがあるとはいえ、めっちゃ強いでやんの。
だってさ、あのぶりっ子先輩に一本取ったんだよ? 部内断トツ最強のあの天才に勝つって、偶然でも意味分かんなくね?
なんか元気っ子後輩は、『勝ち負けへの強いこだわりの対象を、相手から自分に向けることにした』らしい。今の元気っ子後輩は昨日の自分を超えるのが楽しくて仕方ないのだそうだ。
一応総合成績で言えば、俺や普通っ子はまだギリギリのギリッギリで勝ててはいるが、もうすぐ追い抜かれそうでヒヤヒヤしている。あのまま成長を続けられると、おそらく次のランク戦では負けてしまうだろうな。
もうちょっと元気っ子後輩の先輩ヅラしたかった気持ちもあるが、ここは素直に俺達の愛おしい後輩の成長を喜ぼう。それにきっと、実力で負けたとしても、先輩としてできることはあるはずだから。
「うし、普通っ子、行こうか」
「うん」
さあ、今日はどんな一日が待っているだろうか。
◆◆◆
俺はここの数学教師との相性が悪いのか、授業がとことん頭に入ってこない。
「えー、ここでエックスに1を代入するとゼロになるからして、この式はエックスマイナス一で因数分解できて――」
確か今年で三十歳となる細身で神経質そうな数学教師の男が、小さめの字で黒板に数式を書きながら、意味不明な呪文を唱えている。
あー、数学つまんねー。なんだよ虚数って。もはや哲学じゃねえか。二乗するとマイナス一になるとか意味分かんなすぎるだろ。
とか脳内でぶーたれながらも、ちまちまと教科書を見て計算問題を勝手に解いていく。
俺にとってこの時間は自習みたいなものだ。授業のペースに合わせる気はさらさらない。ただ、露骨に授業を無視するわけにはいかないので、あくまで教科書のページだけは指定のページに合わせてはいる。
周りの評判からして彼の授業の質は悪いものではないはずだ。それどころか、男性の教師というのは珍しいものではあるので、そこそこ人気は高い。
ただやはり、どうにも俺のペースととことん合わないのだ。
(俺って男の先生ととことん相性が悪いんだよなあ……)
これは小学校時代からそうだった。理由は分からないが、俺にとって男性教師というのは例外なく「はずれ」であった。女性という存在に一番抵抗感があった中学の時期でさえそうだったので、もはやこれは個性と言えるかもしれない。
(面倒な性質だよ。ほんと……)
そういう理由があり、俺は数学の時間があまり好きではない。
(おっ、ツンデレ美少女が寝てる。ほんと、惚れ惚れするほど綺麗な寝顔だなあ。前からは教科書で隠しているけど、こっからはよく見えるな)
ツンデレ美少女なあ。普段はキリッとした目と眉の印象で気が強そうな美少女だが、無防備の時は時で本当に可愛いな。表情、ゆるっゆるじゃん。ギャップで脳が焼かれそうだ。
そういえばツンデレ美少女は体育祭の組決めデスゲームで最後まで生き残ったのにも関わらず、赤組になれなくて泣いてしまった金髪ドリルお嬢様に赤組になる権利を譲ったらしい。
どうも金髪ドリルお嬢様は、体育祭で勝ったら告白すると以前から決めていたそうだ。ツンデレ美少女はその気概を買ったとかなんとか。
はあー。だからといって、ツンデレ美少女が譲らなくてもいいと思うんだけどなあ。俺は誰よりも一番お前に幸せになってもらいたいってのに。そんなことしたって、俺の好感度が上がるだけだぞ。
あーくそ、もどかしいったりゃありゃしない。
(で、そんな金髪ドリルお嬢様は、見事に玉砕して落ち込んでいる真っ最中と)
彼女は机に突っ伏して、人生の終わりってくらいの雰囲気を垂れ流しながら、抜け殻になってしまったかのように動かない。いつもの輝くような金髪も今日はボサボサだ。
少し話は変わるが、世のラブコメって体育祭が終わった辺りから本格的にラブコメ濃度が上がるイメージがあるんだ。
だからかどうかは知らないが、ここ最近になって、ちょくちょく翼君に告白して、現状維持という名の玉砕をしてしまった子が数人ほど出てきた。
金髪ドリルお嬢様もその一人だ。
別に実質振られたようなものなだけで、振られたわけじゃないのだから、そこまで落ち込まなくても……とも思うが、まあ女子だってそんなバカではない。一生高校二年生のままの主人公君が「僕が卒業するまで待っていて」というのがお決まりの断り文句というのは、ちゃんと分かっているのだ。
(……暇だ)
もうこの教科書に載っている問題は全て三周は解いたし、それを元に俺が考えたオリジナル問題も解き終わった。
なんとなくもうこれ以上頭を使いたくないので、後はぼーっとしていよう。
はあ、残り十分か。なげえなあ。
(おーい、普通っ子ー。好きだぞー。一刻も早く俺と結婚してくれー。ユウカー。愛してるぞー)
ふと目に入った普通っ子に向かって、心の中でラブコールを送る。
(ユウカー。YUKA。好き。大好き。狂おしいほど好き。もうユウカなしでは生きていけない。身を焦がすほど好きだ。マジで好き。どうしようもないくらい好き)
最初はちょっとしたスキンシップのような、その程度の気持ちで始めたことだが、次第に楽しくなってきた。
(ヤバいどうしよう! 普通っ子のことが好き過ぎる件について。なんでこんなにユウカのことが愛おしいんだろう。俺って絶対ユウカと出会うために生まれてきたわ。マジ生まれてきてくれてありがとう)
よーく普通っ子の方を見ると、ほんの少し耳が赤くなっている。
……ほほう、なるほど。これはいいな。
(なあ、普通っ子よ。『ふっ、心を読んでるのは分かってるんだぜ。 ……よしこれで本当に心を読んでいる人がいたとしても牽制できたな。さてと、エロい妄想続けよーっと』
とか考えている人、絶対今までいただろ?)
脳内でちょっとした小芝居をしながらそう問いかけると、普通っ子の肩が小刻みに揺れた。怒ったような表情を浮かべつつ、その口元は確かに緩んでいる。
いかにも前世の男が考えていそうなあるあるを披露しただけで、あの反応。ということは、実際そんな女子は多いのだろう。やはりこの世界の女性は前世のバカな男とそこまで違いはないってことだな。
(なあ普通っ子、愛してるゲームしようぜ。ユウカ、愛してる。じゃあ次はまた俺の番な? 愛してるぜっ☆ そっちの番なのに全然動きがないから、また俺の番。愛してるでゲスー。またまた俺のターン! アイラビュー。月が綺麗でちゅねえ~。俺の人生全部あげるから、お前の人生半分くれ! 一日でもいいから俺より長生きして下さい! おーい、ちなみにこれ、授業が終わるまで永遠に続けるからなー)
ここで普通っ子は俺の方を見て、キッと睨んだ。いい加減にしろということだろう。
ただその瞳はほんのり湿り気を帯びており、頬も少し紅潮していてどこか色っぽい。
(くっそ、何その反応、可愛いんだけど。可愛いんだけど!! あー好き! マジで好き! ゾッコン街道まっしぐら! ホント普通っ子が俺のことを好きでいてくれてよかった! もう絶対離さないからな!)
と、ここで普通っ子は俺の相手をすることをやめてしまった。黒板の方へ視線を向け、授業に集中することにしたようだ。俺の相手をするだけ無駄だと認識されたのだろう。
俺がダル絡みをしたのが悪いのは分かっているが、ちょっと寂しい。
(あれ? そういや俺は高校を卒業した後、すぐに普通っ子と結婚するつもりでいたけど、普通っ子の思いは聞いてないな。俺と結婚してくれるのかな? それともまさか、彼氏としてはいいけど、結婚相手としてはうーん……みたいなパターン? 遊ばれるだけ遊ばれて、無惨にも捨てられるパターン?)
ふと、自分の驕りに気づいてしまった。
どうしよう、なんかどんどん不安になってきた。今更普通っ子に捨てられたら、俺は一ヶ月は立ち直れないぞ。
これは至急結婚の意思について確認しなきゃな。それでもし結婚する気はないなんて言うのなら、考えを変えるために死ぬ気で頑張らないと。
キーンコーンカーンコーン。
「今日の授業はここまで。渡したテキストは次までにしっかり解いておくように」
授業が終わると一直線に普通っ子の元へ向かい、お昼を一緒に食べることにした。
「泰平、これからもあんなことするようなら、一生この関係止まりだからね」
「うそうそうそうそ! 冗談やん! だから、な? な? な??」
「もう、泰平、圧が強いよ。分かった、分かったから。壁ドンしないでって。私も冗談だから」
「ほんと? ほんとにほんと?」
「なんで泰平はそんなところで自信がないのかなあ。ちょっとやり返しただけなのに、泣きそうな顔しないでよ」
それから俺達は旧校舎の怪談の裏という、徹底的に人気のない場所に場所を移す。
そこで心の中での会話を通し、結婚についての認識を聞いた俺は、ひとまず安心したのだった。
「いやあ、よかったよかった。さてと、それならこれからも思う存分暇な時に愛してるゲームができるな」
「あっ、思い出してまたムカついてきた。バカ。泰平のバカ。バカバカバカ。あんなので授業が集中できるわけないでしょ!」
「はははっ、ごめんって! ちょっとイチャイチャしたかっただけじゃん」
最高に気分もいいし、喜んで普通っ子によるポカポカとした殴りを受け止めよう。
あー、イチャイチャ楽しいなあ。




