第四十一話 ランク戦
ぱんっぱんっ。
二礼二拍手一礼。
「(今日もこの世界が崩壊しませんように)」
柔道には明確な実力が出るけど、勝ち負けや上手い下手が付けにくいものだってこの世にはたくさんあるよな。完全実力ゲームの将棋とかじゃなく、麻雀とか、人狼ゲームとか、そういうの。
俺も前世でカードゲームを、大会に出るほど本気でやっていたから、「環境トップ同士の戦いになると、もうぶっちゃけ運じゃん」みたいな場面には何度も遭遇した。
だからといってプレイングスキルや構築力を磨かないわけじゃない。少しでも勝率をあげるために、日々奮闘してたっけ。明確に強さを示しにくいからこそ、一つの明確でない最強を目指すのはなかなか楽しいもんだ。
その点、柔道はそれとは違う。なまじ実力が勝ち負けで決まるので、負けに言い訳の余地が残りにくい。その分「負けは価値のないもの」という思考になるのも、自然といえば自然だ。
そんなことは分かった上で、あえて今日のランク戦で俺達は元気っ子後輩を明確にビリにさせるつもりだ。全ては愛おしい後輩の成長のため。一度たりとも負けてやるつもりはないからこそ、まあ実力的には下の元気っ子後輩対策をしっかりと練っている。
「うし、普通っ子、行こうか」
「うん」
さあ、今日はどんな一日が待っているだろうか。
◆◆◆
「なあ、翼君」
「ん、泰平君、どうしたの?」
俺はお昼休みに入る前の中休みに、主人公君に話しかけた。
最近は主人公君と距離を取って過ごすのではなく、つかず離れずの、程々仲の良い距離で過ごすことに方針転換している。
実はこれ、次の体育祭で勝つための小細工でもあるのだが……別にそれだけが理由ではない。今までの主人公君を近くで見て、案外主人公君の中身が大人だということに気づいたのだ。
高校生くらいの子供が、男と男の友情を育むのを、大人な主人公君は微笑ましいことと思ってくれている。なので、そこまで引き立て役に徹しなくても大丈夫だと判断した。
ああ、もちろん主人公君の前でモテたり、ヒロインを寝取ったりだけは絶対にだめだよ。そこまですると、非モテだった現実の主人公君の心を削ってしまうからね。
「今日のお昼休みさあ、購買部であの限定パンを買うつもりなんだよ」
「ああ、泰平君はあのデラックスエビカツサンド争奪戦に参加するんだ」
デラックスエビカツサンド争奪戦――毎週木曜のみ販売、限定十個のパンを巡り、生徒同士で血肉を注ぎ、奪い合う戦いだ。
この戦いには苛烈だからこそ、明確なルールがあり、ルールを破って手に入れた者は一生爪弾きにされる。手に入れるには結局のところ実力行使しかない。
「あれをプレゼントしたい人がいてさ、どうしても一個は欲しいんだよ。だから、保険として主人公君もあのバトルに参加してくれない?」
「うーん、僕があれに参加して、勝てるかどうか……」
いやいや、何をおっしゃるのやら。あなたが参加さえすれば、勝ち確でしょうが。
「まあ、保険としてでいいのなら参加するよ。でもね、きっとこういうのって、自分の手で掴み取ったものだからこそ価値があるはず。だから、あくまで泰平君が勝ち取ることが大事だよ」
「うい、ありがと、翼君」
首を縦に振ってくれた主人公君にグータッチし、席に戻る。これでちょっとでも主人公君応援バフがかかってくれると嬉しいのだが、まあ期待しすぎないようにしよう。
さてさて、愛しい後輩のために、ひと肌脱ぎますか。
それから争奪戦、授業と時は進み、あっという間に放課後となった。
「ランク戦を始める……のだが、泰平、戦う前からボロボロだが、大丈夫か?」
「大丈夫です、師範! ただ準備運動ではしゃぎすぎただけなので」
「そうか、ならいい。分かっていると思うが、熱くなりすぎて怪我だけはしないように」
「「「「「はい!!」」」」」
ランク戦では柔道部内の全員がライバルだ。今日一日中、何度も何度も総当りで試合形式の立ち会いをする。しかも、珍しく師範も今日はライバルの一人となり試合する。精神的にも肉体的にもかなり疲れる、ハードな日となるのは間違いないだろう。
「おっ、俺の相手は……まずはぶりっ子先輩か」
ぶりっ子先輩は師範を除き、この部内で断トツの実力者だ。
「遊んでやるわ。かかってきなさい」
「おし! ぶりっ子先輩は絶対泣かす。決ーめた」
相変わらず強者ヅラしやがってよお、ムカつくわあ。俺も結構強くなってるから、今日で絶対吠え面かかせてやるからな。
「ふふふっ」
一本。
えー。小内刈りのフェイントで俺の体重が前に移動した瞬間、その力を利用して大外刈で一本取られ、あっという間に俺の負け、と。
くっそー、フェイントがうますぎる。で、フェイントと決め打ちしても多分一撃で倒されていた。俺の得意な寝技に持ち込む隙もなかったなあ。
まあいい、悔しいが切り替えよう。まだまだ下剋上のチャンスはあるので、負けの気持ちを引きずりすぎてはいけない。
「次の相手が……うっわ、ラスボス二連戦じゃん」
次の対戦相手は俺の大尊敬する師範。ぶりっ子先輩より強い化物だ。
まあでも、俺の方が体格は圧倒的にいい。体重差もある。実力差はあれど、俺の得意なフィールドに持っていけば、勝てる可能性だってゼロじゃないはずだ。
「よろしくお願いします!」
一本。
で、結果は俺の敗北と。なんかよく分からないまま襟を取られ、よく分からないまま綺麗に一本背負いされていた件。なんで負けたのかすら分かりませんでしたとさ。
「くっそー、手加減してよ!」
いや、手加減されたらそれはそれで拗ねるけども。
気を取り直して、次の試合のためにしっかり休憩を取る。
壁にもたれながら水分補給をしていると、目の前では普通っ子と元気っ子後輩の対戦が繰り広げられていた。
実力的に普通っ子は一番後輩に抜かされうる可能性が高いので、この「元気っ子後輩にビリを取らせよう計画」で一番の要はここだろう。
でも、俺はとにかく普通っ子を信じる。
普通っ子の心を読む技術と組み合わせた柔道は、かなりのポテンシャルがある。柔道の実力が追いついていないので道半ばとはいえ、現状でもなかなか厄介な柔道となっていることは体験済みだ。
普通っ子は獲物が罠にかかるのをじっと待つスタイルを好む。
さっきからずっと元気っ子からの素早く苛烈な攻めを焦らしていなしているのは、強引に攻めてきたり、油断するチャンスをじっと伺っているからだろう。同時にこちらが罠を張っているとバレないよう、時折本気の攻めを混ぜながら、相手にプレッシャーを与え続ける。
普通っ子のチャンスはすぐに訪れた。元気っ子後輩がほんの少し強引に攻めてきたところで、相手のバランスを崩し、元気っ子後輩は畳に崩れ落ちた。
その瞬間、普通っ子は流れるようにしがみつき、寝技を繰り広げる。そこから普通っ子はしっかり二十秒抑え込み続け、見事一本となった。
……ふぅ、ヒヤヒヤした。ほんと元気っ子後輩、まだ柔道を始めてそこまで経っていないのに、センスが凄まじいわ。こりゃ俺も油断できないな。
さて、次は俺の番、相手は元気っ子後輩。先輩としての意地を見せないとな。
「うし! 完膚なきまでにボロボロにしてやろう」
「すぅー……はぁー……。泰平先輩、よろしくお願いします」
うむ、闘志がメラメラで俺まで燃やし尽くさん勢いがあるな。流石は元気っ子後輩、熱い女だ。
俺はいつも通り、無でもなく、有でもなく、全てでもなく、中道でもない。ただ自然に。
さあ、やろうか――
何度も何度も総当りを繰り返し、俺達はみんなヘトヘトだ。余裕があるのは師範くらい。流石は俺の母だ、やっぱ次元が違うわ。
そんな師範が今日の締めくくりを発表する。
一位:師範
二位:ぶりっ子先輩
三位:白ギャル先輩
流石の先輩方だ。柔道歴でいえば白ギャル先輩のほうが後輩なんだが、そこはもう気にしない。
ちなみに戦績は、師範は無敗、ぶりっ子先輩も師範以外に無敗。白ギャル先輩も下位のみんなにはほぼ無敗だった。
俺も白ギャル先輩やぶりっ子先輩に本気で勝つつもりだったのだが、下剋上ならず。あの二人はやはり強い。
とはいえぶりっ子先輩には最後の一度だけ技ありを奪えたし、白ギャル先輩には一度だけ一本を取れた。そこだけ切り取ればまあよくできたほうだろう。
で、ここからが下位。
四位:俺
五位:普通っ子
六位:元気っ子後輩
四位、五位はまあ、ものすごく競った。これは反省しなきゃな。なんとか四位を勝ち取れたが、正直危なかったもん。
でもまあ、とりあえず「元気っ子後輩にビリを取らせよう計画」は完遂できてよかった。あいつマジでセンスの塊だから、何度ヒヤヒヤさせられたか……
「そうそう、これは部長のルリにだけ伝えているのだが、明日もランク戦を行う予定だ」
……は?
「どうも今は基礎を固めるよりも、本気のぶつかり合いによる稽古が効果的だと判断した。お前達は今、切磋琢磨しながら成長するのに機が熟している。いつ普通の稽古に戻るかなどはこちらで判断するので、思う存分力をぶつけ合え。ただし、くれぐれも怪我だけはしないように」
確かにこのランク戦を通して、俺達はかなり成長した自覚はあるが、このきっついのをまたやるのか。
しかも、愛しい後輩のためにも俺は一度だって負けるわけにはいかない。これが結構ひりつくんだよなあ。
「では、今日は解散。一同、礼!」
「「「「「ありがとうございました!」」」」」」
結局このランク戦は一週間も続くことになるのだが、それはまた別の話。
とにかく今はすぐにでも泣き出しそうな元気っ子後輩のアフターケアをしないとな。




