第四十話 大泣き
百メートルリレーや大玉ころがしなどを終え、午前の部は終了した。
現時点で我等白組は大差とまではいかないが、明確に点数をリード。それを追う赤組、最後尾に青組と、その順番だ。
「では、お昼休憩に入ります。保護者の皆様は――」
放送委員がお弁当を食べる指示をする中、俺達柔道部は全員が集まっていた。基本的にこの時間は自由なので、俺達は柔道部とその保護者を含めたみんなでお昼を過ごすつもりだ。
「泰平先輩! よく頑張りました!」
「痛い痛い、力が強い!」
「あははははっ!」
元気っ子後輩がテンション高く俺の背中をバシバシと叩く。
今日の元気っ子はずっとこの調子だ。とにかく燃えていて、常にエネルギッシュ。まさにお祭り女といった様子からして、元気っ子はこういうイベントが大好きなようだ。
それからしばらくして、続々とここに保護者達が集まってきた。俺やぶりっ子先輩、普通っ子は家族が母親だけなので一人だが、元気っ子後輩は家族が多い。父母、それに元気っ子後輩を含め、妹が五人もいる。
妹達は元気っ子後輩と軽く話しながら、チラチラと俺の肉体を横目で見ている。その視線は俺の露出した足や腕や首筋、人によっては股間あたりや胸などだ。うん、まあ……明確にセクハラしてこないあたり、人ができてるね。
「シホ。午前はよく頑張った。その調子で全てに勝て。分かったな」
「はい!」
元気っ子のお父さんも、元気っ子後輩の生き生きとした様子に満足げだ。
「カエデー、見てたわよー」
「お姉ちゃん!」
白ギャル先輩の家族は母が一人だが、黒ギャルの姉が二人いるようだ。来てそうそうものっすごく白ギャル先輩を可愛がっている。というか、愛されすぎてもみくちゃにされているけど……まあ、気持ちは分かる。白ギャル先輩は愛される天才なんで。
そんな賑やかなメンツで俺達はお弁当を一緒に食べ始めた。メニューは糖質が多め、脂質は少なめだ。なにせ我等白組は、体育祭ガチ勢なので。
デザートにオレンジとバナナを食べ、食事終了。ちょっと物足りないくらいがいいらしいので、いつもより量は少なめだ。
食事と家族からの応援により、気合充分。さあ、体育祭の本番はここからだ。
「白組ー、この調子で、敵を蹂躙せよ!!」
「おおおおおお!!!」
再度集まって声出しし、闘志を滾らせたのち、午後の部が始まる。
午後の部は最初から俺の出番だ。しかも、ここで俺は主人公君と直接対決する気満々だ。
「午後の部第一競技、騎馬戦の開幕です!」
「白組! 陣形を組め!」
白組リーダーの指示にしたがって、俺達は事前の準備通りに動く。この陣形で常に白組複数対一に動けるように死ぬほど練習済みだ。
やりすぎかって? いやいや、どれだけやってもやりすぎはないんだよ。なぜなら、一人で千人の騎馬を相手にできる、最強の騎馬が赤組にいるからな。
「「「「きゃーーーーー!!!」」」」
主人公君を見て、観覧席から華やかな歓声が聞こえてくる。
まさに一騎当千の活躍ぶり。誰も彼を止められない。
保護者や騎馬戦に出ていない女子生徒、先生達まで、主人公君の騎馬に夢中だ。足止めすら叶わないあまりに速い手さばきに、主人公君の周りの騎馬達がどんどん解体されていく。
「白組! 泰平の騎馬以外は離れろ! まずは雑魚から片付けるんだ。あの騎馬に決して近づくな!」
さて、リーダーの言う通り、ここでの俺の出番は主人公君の足止めだ。挑発し、逃げまくり、白組に被害ができる限り少なく済むようにする。
うし、いっちょやりますかあ。
「ふへへへへっ、翼君よお。逃げたほうがいいんじゃねえか? 俺の狙いは翼君ではなく、その下の騎馬だ。この重戦車軍団に突撃されれば、ひとたまりもないんじゃないか?」
まさにダーティプレイ。鉢巻を取るのではなく、騎馬を崩して勝ちを狙うせせこましい戦法を、あえて敵にバラす。
俺の下の騎馬は白組の中でもフィジカルが最強の三人だ。これが突撃してきたら、流石の相手もひとたまりもないだろう。
「大丈夫、その前に僕が君の鉢巻を奪えばいいんだろう?」
「そんなことできるのかにゃ? かにゃかにゃかにゃ???」
「ふっ」
俺と主人公君はじっと見つめ合う。まさに西部劇の早打ち勝負のような、緊張感が漂っていた。
ジリジリとじれるような無言の時間が流れ、二つの騎馬は同時に動き出す。
「「いざ、勝負!!」」
「……え?」
俺の騎馬はスタコラサッサと逃げた。
「へへーんだ。誰が翼君なんて相手にするか! さあ、翼キュン? ここまでおいで、ベロベロばぁ~」
逃げながら、全力で主人公君を煽る。手の指をウネウネと揺らし、舌をこれでもかと出し、見下すように。温厚な主人公君でも、少しでもピキッと来るように。
「ぐっ、追うよ!」
「「「はい!!!」」」
ものすごい勢いで追ってくる主人公君。あちらの騎馬は機動性重視なので、こちらのフィジカル重視の騎馬だとすぐに追いつかれてしまう。
それでも、ギリギリまで惹きつける。あくまで俺の仕事は時間稼ぎ、ここまでやれば仕事としては充分だ。
……でも、騎馬戦の前に、元気っ子後輩に『別に俺が主人公君の騎馬を倒してしまってもかまわんのだろう?』って、かっこつけちゃったからな。
愛おしい後輩のためにも、簡単に負けてやる気なんてさらさらない。
さあ主人公君よ、もっと俺と遊んでくれ。
事前に伝えていた俺の合図と共に、俺は空へと投げ出される。俺自身もジャンプしたので、かなりの高さが出た。
空中で上手く体を制御しながら、一点に視線を集中する。あくまで狙うのは主人公君の赤い鉢巻だ。空中からなんとしてでも掴み取ってやる。
そして同時に俺のデカい身体を活かし、騎馬の破壊も狙うつもりだ。
「くらえ!」
無でもなく、有でもなく、全てでもなく、中道でもない。ただ自然に。精力善用、 自他共栄。俺の培ってきた全てをここに使う。
流石の主人公君もこんなことをされたことなかったのか、この攻撃は完全に虚をついていたと思う。
ただ……
「「「きゃーーー!!!」」」
まあ、この反応でどうなったのかはバレバレか。
俺の手はするりと紙一重で避けられ、さらに俺の反応できない速度で鉢巻を奪われたのち、俺の安全を配慮して主人公君にお姫様抱っこで受け止められてしまった。
うむ、清々しいまでの完全敗北だ。
「いい勝負だったよ」
「ぢくしょーーー!!! 負けた!!!」
俺は地面に降ろされ、大の字に寝転がって叫ぶ。口の中に砂が入ったのか、渋い味がする。
これが敗北の味か。ああ、カッコつかないなあ。
この後はもう、ただの主人公君による蹂躙だ。最終的に白組は五対一で彼に挑むも、何もできず敗北を喫し、結果は赤組の圧勝。
その後俺は危険な行為をしたことを先生に怒られ、ついでに母からも怒られ、白ギャル先輩にもかなり怒られた。後悔はしていないが、辛いもんは辛いんです。
傷ついた心を癒すために、元気っ子後輩に慰めてもらいに行きつつ、ついでに激励を飛ばす。
「シホえもんー。真っ向勝負したのに、翼君がいじめてきたんだ。仇をとってよー」
後は部活対抗リレーや少しの個人競技を残すのみなので、俺の出番はもうない。部活対抗リレーは正式な部でない柔道部が出られないのが悔やまれる。
ただし元気っ子後輩は、一番最後のリレーのアンカーだ。後輩はなぜ陸上部に行かなかったのか不思議なくらい、めちゃくちゃ足が速い。主人公君も赤組のアンカーなので、もう直接対決は元気っ子後輩しかできない。
「真っ向勝負……?」
後輩が首を傾げるが、あれはどう見ても真っ向勝負でしょ。
「まあ、任せて下さい! 私は相手が翼さんであろうが、真っ向から全力で一位を取りに行きますよ!」
ふんすと両手を握って気合充分。その勇姿をしっかり見てあげなきゃな。
(さあ元気っ子後輩、存分に負けておいで)
◆◆◆
「只今の結果をもちまして、体育祭を終了します。優勝、赤組!」
「「「わあああああ!!!」」」
最後のリレー、赤組の一人がコケるというアクシデントもあり、序盤中盤は圧倒的に白組が優勢だった。
ただ、そこで立ちはだかるのが主人公君という男だ。
アンカーとしてみるみる距離を詰め、すぐに青組を抜かし、ゴールテープギリギリで白組を追い抜き、見事一位をかっさらう。
その結果、点数は見事逆転、赤組の優勝というわけだ。
抜かされた元気っ子後輩は、それからずっと無表情だった。
ただ、閉会式が終わり、後片付けを手伝っている最中。元気っ子後輩は堰が切れたように泣いた。校舎の影に隠れて、俺の胸の中で子どものように全力で大泣きした。
「また来年頑張ろう。な?」
「はいぃぃ。うううう。うわああああん」
俺は元気っ子後輩を抱きしめながら、頭を撫でる。
みんな主人公君の活躍を騒ぎ立てるのに夢中で、俺達になんて気づいていない。
いや違う。後輩のことが大好きな俺や、柔道部のみんな、後輩の両親だけは、泣いている後輩に気づいている。
「うううううう。先輩、頭を撫でればいいと思ってませんか?」
「じゃあ、やめる?」
「そんなこと言ってないじゃないですか、バカぁ。ううう、勝たなきゃ意味ないのに、う、うわああああん!」
(愛おしいなあ元気っ子後輩は。そんなことないのに)
子どものように泣きじゃくる元気っ子後輩のことを、彼女の両親を含めたみんなが、優しげな瞳で見ていた。
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