第三十八話 関係性再構築
土曜日の夜はゲーマーお姉さんとゲームの日だ。
「じっじゃじじじじじじゃあ、配信始めちゃうごごごごご」
「分かりましたけど……大丈夫ですか?」
ゼンマイが壊れた機械人形みたいになっているけど、どうしたんだろう。
「へへっ、全然、全然だいだい大丈夫大丈夫、ダイジョブだから、へ、へへっ。私なら上手くやれるもん」
先週の土曜日は小悪魔男子高校生のロールプレイをして、ゲーマーお姉さんをからかいすぎた。だが、俺達はあえてそのことに触れず、いつも通りを装って通話を始めていた。
といっても俺の方は本当にいつも通りなのだが、彼女の方は明らかに様子がおかしい。おそらくこれは先週やりすぎたことがまだ尾を引いているのだろう。
「いや、一旦落ち着くまで話し合いましょうか。だから、まだ配信はダメってことで」
「へへっ、ダイジョブだよ? ほら、服だって脱いだし、下着も可愛いのにしたし、大丈夫。たたた泰平は天井のシミを数えているだけでいいからっ!」
「……何言ってんだこの女?」
こんな素っ頓狂な事を言われたのなら、思わず口が悪くなるのも仕方がないよな。
「へへっ、た、泰平! あの……ね? 今夜は私の身体でゲームを――」
「しないよ」
即答。一ミリでも期待を抱かせないために、わざわざ遮ったうえで、あえて強い語気で否定した。
「……おかしいな? しないって聞こえた気が……いやいや、そんなわけ。へ、へへへへっ」
「しないですよー」
「あれ? これは……夢? そっか夢かあ。ほっぺたをつねっても痛いし、乳首をつねっても気持ちいいし……うん、これは夢だ」
「おーい。そろそろ現実を見てくださーい」
どうしてこんなに会話のキャッチボールが成立しないのだろうか。一方通行の会話って虚しいから、早く正気に戻ってくれ。
「おかしい。おかしいよ泰平! だって恋愛マスターのカオリが『その様子じゃ泰平君って男は限りなくビッチだね! 押せば絶対やれるよ』って言ってたのに……」
「ほぉん。その恋愛マスターさんとちょっとお話させてもらえます?」
誰だよ俺のことをビッチ扱いするやつは。とりあえず一発ぶん殴らせろ。こちとらできる限り清純派やらせてもらっとるわ。
「……えっ、じゃあ今日は私の身体でゲームしないってこと? ちょ、一旦落ち着いて。ね?」
本当に、本当に何を言っているのだろうこの人は。落ち着くのはあなたですよ。
「そうですよ。そりゃそうでしょ。俺達が今からやるのはごく普通のPCゲームです」
「やだ」
「文句言わない!」
「やだもん! やだやだやだあ! 泰平! やなの!」
この女、しまいには幼児化しやがった。めんどくせえな。
「さあ、そろそろほんとにゲーム始めましょ。もちろん健全なね」
「……しょんなあ。今日のために体をピッカピカにしてきたのに。やだやだやだぁ! 新品の体やだあ! 早く貫通されたい! 中古になりたいの!」
「はあ、ほんともう、あなたはさあ……」
昔のゲーマーお姉さんは、それはもう頼りになるかっこいい人だったのになあ。
ここまでこじらせてはいなかったはずなのに、大学へ通うだけでこんなに目も当てられないほど……ああ、大学って恐ろしい。
「ほら、大学生の間じゃ、男子高校生とゲームできるってだけで勝ち組ではあるんでしょ? なら、この状況で満足してくださいよ」
「そう! そうなの! 私って恋愛マスターのカオリからも羨ましいと思うほどの女なのっ! 本来もっとすごいはずなのっ! チャンスはあるはずなのっ!」
「こんなこと言うのもあれですけど、その恋愛マスターさんとは縁を切ったほうがいいですよ」
ある一定層の女性は、自分が限りなくモテないからといって、他人まで巻き込むように足を引っ張るタイプがいる。恋愛マスターさんもそういう性質の人ではないだろうか。
「そう、私は恵まれているはず……でも、寂しいよお゛! 誰か私の心に空いた穴を埋めてよ! ほら、泰平にはちょうどいい棒が――」
「それ以上言ったらセクハラで訴えますよ?」
「この度は男性様に多大なるご迷惑をおかけし、誠に申し訳ありませんでした。弁解の余地もございません。男性様の期待を裏切るような結果となり、万死に値すると痛感しております」
「ねえ、そのコピペみたいな謝り方をスラスラ言えるの、やめてもらえます? 謝り慣れてきた人生ってのが透けて見えて、悲しくなるので」
「へへっ、どうせ私なんてそんなもんですよ。やっぱり私を救ってくれるのはミソギ様だけなんだ。へへ、へへへへへっ」
「ったく、大学生ってめんどくせー。しゃあないなあ。ちょっとだけサービスしてあげます」
「……サービス」
ゴクリっ、と通話越しにゲーマーお姉さんの喉が鳴った。
多分想像するようなサービスではないだろうが、それでも言わないよりは言ってあげたほうがいいはずだ。
「俺は今、絶賛婚活中です。そして、婚活にそんなに時間を掛けるつもりはないんです」
「ほえ?」
俺は高校生の内に五人の女性を見繕う予定なので、婚活に残された時間は約一年半くらいだ。
俺の放った言葉が想像とは全く違ったからか、ゲーマーお姉さんは素っ頓狂な声を上げた。
「一応ですけど、俺の将来の結婚相手候補にゲーマーお姉さんは入ってはいます。今はこんな風になってしまいましたが、昔はめちゃくちゃ優しくしてくれましたし、尊敬している部分もたくさんありますから」
「……へへっ、やっぱり泰平は私のことが好き――」
「ですが!!!」
「……ですが?」
「最近は将来の結婚相手候補に入っていた、と、過去形に変わりかけ一歩手前です」
「……え、それって」
「今のゲーマーお姉さんは、俺の中では異性じゃなくて、“友人枠”なんですよ。そして、俺が高校を卒業して五人の奥さんができたら、ゲーマーお姉さんを今後一切異性としては見なくなると思います」
「………」
「都合の良い体の関係とか、恋愛関係とか、今のままがいいのか、とか。ゲーマーお姉さんが俺とどうなりたいのかは俺には分かりません。ただ、俺は幸せになるために絶対にそうします。いずれにせよ、そこまで時間は残されていないってことだけでも理解しておいて下さい」
……ほんと、あんまりこんな真面目な事を言わせないでほしいよ。こういう事をぶっちゃけてしまうのって、なんか偉そうで気が進まないんだから。
それでも今、ちゃんと現実を伝えないといけない気がした。そうしないと、ただずるずると遊んでいるうちに、時だけが過ぎ、いずれこの縁も自然消滅してしまいそうな気がしたのだ。
「そっ、かぁ」
長い沈黙を破ったのは、小さな一言だった。
「………」
それから、また少しの沈黙。
「泰平だってもうそんなに子供じゃないんだったね。そっかそっかあ」
ゲーマーお姉さんは何かを噛みしめるように小さく呟いた。今の彼女は何を思い、どんな未来を想像しているのだろうか。声だけではそこまでは読み取ることができない。
「私さ、このままの関係が一生続けばいいやって思ってたの。でも、さっき『今後一切異性としては見なくなる』って突きつけられて、思った以上にショックを受けちゃった」
「………」
「そう、いつだって泰平はこんなゲームの腕しかないような私のことを女性として見ててくれてたもんね。それが当たり前じゃないってこと、今更気づいたよ」
「そりゃあそうでしょ。俺って結構薄情なんで、あんまり関わりたくない人とは関わらないって知ってるでしょ?」
実際に俺は同級生の男であるお福や貴族とは同級生以上の関係を求めていない。それは俺が明確に仲良くなりたい人を選んでいるからだ。
誰しもがそういう部分はあると思うが、日々を全力で生きたい俺にとって、人を選ぶというのは重要で大切なことなのだ。
「そうだね。でも、知っていただけで、身を持って実感をしてなかったんだ。だから、これからはもっと女性として見られるように努力するよ!」
「おお! いいですね! やっぱ男と女の関係はそうでなくっちゃ!」
「へへっ、それでね。私は一生このままの関係でいられるように頑張ってみるね!」
「おお、そっちの方に舵を切ることにしたんですね。どう転ぶかは分かりませんけど、とにかく思い切りがいいですね」
「へへへっ、泰平とは付き合いだけは長いから、性癖から弱点まで何だって知ってるんだからね! 本気になった私は強いよ! 覚悟しておいてね!」
「そうそう! その意気です!」
今までの俺達はお互いもう一歩関係を進めたくても、微妙に方向性がすれ違っていたため、ずっと足踏みしていた。だが、今日でようやくこの停滞が終わりそうだ。
よしよし、これでやっとこさ一歩前進かな。
「じゃあねえ。へへへっ、まずは泰平にエロ写真を毎日送ることから始めてみるねっ!」
「そうそ……ん?」
今、なんて言った?
……えっと。
おい、どうしてこうなった?
「だって、泰平って薄情といいつつ、一度懐に入ってしまった人と縁を切るのは苦手でしょ?」
「まあそうですけど」
今だってこのままゲーマーお姉さんと縁が切れるのが嫌だから、こういう話をしたことは確かだ。
「その優しさを利用して、ボロボロに泣きながら『抱いて』ってお願いすれば、なんだかんだ泰平は私に情が湧いてくれると思うんだよ」
「……は?」
「そして、一度でも過ちを犯してしまえば、ずるずるとその罪悪感を引きずってしまって、結婚だろうがセフレだろうが、何だって思いのままになるはず!」
「クソがよお」
うん、もう俺達、ダメかも分からんね。
長いトンネルを抜けたと思ったら、その先には真っ暗な景色が広がっていた。今の俺はそんな気分だ。
「へへへっ、じゃあ、新たな目標もできたところで、配信始めちゃうよーん」
「へいへい。もう勝手にして下さい」
この時はゲーマーお姉さんに落胆を隠せなかったのだが――
近い将来、俺は思い知る事となる。
毎日のように送られてくるエロ自撮りや、性に開き直った彼女の言動などが、ボディーブローのように後々に効いてきて、思った以上に心を乱されることになるのは、また別の話。




