第三十六話 着物未亡人
本日二話投稿。次は16時頃予定。
ぱんっぱんっ。
二礼二拍手一礼。
「(今日もこの世界が崩壊しませんように)」
前世では運動会や体育祭は休日に行う学校に通っていたが、ここでは大抵平日に行われる。どちらも経験した身から言わせてもらうと、個人的には平日にやるほうがありがたいかな。
俺は学生にとって土曜日と日曜日は大切なものだと思っている。
つっても俺の土曜日の流れなんて、柔道して昼寝してゲームして、くらいしかしていない。一方、日曜は柔道も休みなので、ここで俺は果てを見に行ったり、友達と遊んだりすることが多い。
そうして今一度振り返ってみて気づいたが、俺って休みらしい休みはそんなに取ってないな。それでも特に苦じゃないんだから、俺も活動的になったもんだ。
さて今日は金曜日だ。つまり明日は土曜日。今日を乗り越えれば休みだ。学校は好きだし、土曜日も本格的に休むわけでもないのだが、なんだかんだ毎回土日が来ると嬉しくなっちゃうもんだなあ。
「うし、普通っ子、行こうか」
「うん」
さあ、今日はどんな一日が待っているだろうか。
◆◆◆
お昼休みのこと。
「翼君、寒くない?」
「翼先輩! お足元気をつけてください!」
「翼、荷物持ってあげるね?」
「翼様に歩かせるとは何事か! さあ皆の衆! 神輿を担げ!!」
「えっ、ちょ」
「「「「わー!!!」」」」
「うわわわわ!! 赤組のみんな、危ないよ!!」
主人公君の叫びも虚しく、女子により肉体神輿に担がれ、さらわれていったのだった。
ああ恐ろしき群集心理。
「………」
教室でのんびりしていた主人公君が赤組の生徒達に連れ去られたことで、このクラスは嵐が過ぎ去った後のように静まり返った。羨ましそうに見る者。とにかく嫉妬の目で見る者。人によってはガチ泣きしている者もいる。赤組になれなかったことがそれほど悔しいのだろう。
このように、最近の主人公君は、暇さえあればどこかへ連れ去られて練習しに行くので、教室にいない日々が続いている。
そんな中、俺と不健康とオタクに優しいギャルで集まって弁当を食べ終えた俺達は、教室の隅っこで仲良くゲームをしていた。
「ちっ」
オタクに優しいギャルが赤組の浮かれっぷりを見て、露骨に舌打ちをした。ある事情により、彼女のような白組女子は、赤組になれなかったことを嘆くのではなく、こうして少し攻撃的になっている。
「おーこわ。ギャルが舌打ちすると圧力があって怖いから、やめたほうがいいよ」
「しゃあねえじゃん。ムカつくもんはムカつくんだからさ。あ、ほら泰平、そっちに鬼セン行ってる」
「おけ。じゃあ俺が引きつけてるから、ハッキングは頼んだ」
俺達が今やっているゲームは、簡単に言えば鬼ごっこだ。鬼教師と三人の生徒に別れ、生徒側がテストの成績を改ざんできれば勝ち。鬼教師側はそれを止めれば勝ちのシンプルなゲームとなっている。
「うし、不健康、ナイスサポート」
「やっぱこのゲームの煙幕ってぶっ壊れだね」
「おーし! いいねいいね! このまま最後までハッキングを終えちゃおう!」
俺達三人の見事な連携もあり、このゲームは俺達生徒側の勝利となった。
それからまた次の試合へ。ゲームをしながら、三人でダラダラと雑談を繰り広げていく。
「はぁ、あーしも柔道部に入ろっかな……」
「うぇ!? マジ? 超ウェルカーム!」
「どうしたの? ダンス部一筋の広瀬がそんなこと言うなんて、気が狂った? あっ、分かった。やっぱり広瀬はあんな陽キャばっかの部活に馴染めなかったんだ。広瀬って俺達と同じ、隠れ陰キャだから」
広瀬とはオタクに優しいギャルの名字だ。
「ちげーよ。ダンス部のみんなとは仲よくさせてもらってるし、嫌なことがあったわけでもない。それに陰キャでもねーよ」
「ふぅん。じゃあ広瀬はなんでそんなこと言ったの? 翼君のことが大好きな広瀬が本気でそう言ったわけじゃないことは理解してるけど、弱音としても珍しいからさ」
「あー……別になんでもねえよ。ただ、ちょっとだけ泰平やカエデ先輩のいる柔道部で過ごすのも悪くねえなって頭をよぎっただけだ。忘れてくれ」
「俺はともかく、白ギャル先輩?」
「なんで泰平はともかくなんだよ。どっちかってと、カエデ先輩がいるからそう思ったって気持ちの方がでかいっつーの」
「オタクに優しいギャルって、白ギャル先輩との関わりなんてあったっけ?」
「ねーよ。ねーけど、こっちが一方的に慕ってたっていいだろ? だってあーし、カエデ先輩に憧れてギャルになったんだから」
「「へえー」」
オタクに優しいギャルとは付き合いが長いが、きっかけは知らなかった。中学の頃からキャラ変してギャルをやっていた気がするから、その頃から憧れてたんだな。
「あー、やめやめ! この話やめ! なんか恥ずい!」
「そっかそっかあ。にしても、白ギャル先輩に憧れるとは見る目あるよ。ようこそ白ギャル先輩ファンクラブへ。ファンクラブ会員第一号である俺から、“会員番号一万五千三”をプレゼントしよう」
「は? あーしの方が先に目を付けてたんですけど? 泰平なんて最近出てきた新規じゃん。だからあーしの方が会員番号は若くあるべきですー」
「はあ? 俺の方が関係値が深いので、絶対に俺が第一号ですー」
「はいはい、しょうもない言い合いなんてしてないで、さっさとハッキングしてよ。さっきからずっと鬼を引きつけてるんだからね」
「「はーい」」
この調子で、ゲーマー仲間である俺達は昔からずっと仲がいい。
授業が終わり、部活に入る。
今日は母が来られないということで、副道場長である着物未亡人さんが来てくれている。着物を着て道場に来るちょっと変な人かつ、死ぬほどお金持ちでおなじみ、着物未亡人さんだ。
着物未亡人さんが道場にいるからか、普段の柔道場の人間の熱気が入り混じったような匂いとは違う、上品な香りが柔道場に漂っている。
「「「「「よろしくおねがいします」」」」」
「はい、元気にありがとう。今日も差し入れをいっぱい持ってきているので、終わった後に食べてね」
着物未亡人さんの“いっぱい”は、普通の基準よりもスケールが大きい。差し入れは本当に山のように積んで置いてある。
ただ、ウチの部の欠食女子高生共はみんな大食らいだ。差し入れなんてあればあるほど食べてしまうだろう。そんな奴らばかりなので、現金な部員達は着物未亡人さんのことが大好きなのだ。
俺も着物未亡人さんのことは嫌いではない。なんなら、綺麗だし色気もあるしで、好きなんだけど……
かっかっかっか――
縄登りトレーニング中、道場では本来聞こえるはずのない、箸と丼のすれる音が鳴り響いていた。
音のする方をちらりと確認する。すると想像通り、着物未亡人さんが俺を見ながら山盛りのご飯を食べていた。
それから、俺と目が合うと、ポッと頬を赤らめる。いや、可愛い。可愛いけども。
やっぱり俺をおかずに山盛りの白ごはんを食べるのはやめてほしいなあ。まあ、拒食症でこんな時くらいしかご飯を食べることができないから、多めに見るけどさあ。
「泰平! ぼやっとしない! ほら次。さっさとしなさい」
「オッス!!」
ダメダメ。こんなのに心を乱されても、いいことなんてない。俺に実害はないことだし、これくらい別にいいじゃないか。そう割り切って筋トレに励もう。
無でもなく、有でもなく、全てでもなく、中道でもない。ただ自然に。精力善用、自他共栄。それに加え、少し楽しく賑やかな日々を。それらは全て、後悔しないために。
おまじないのように何度もこれを意識することで、今日の部活もなんとかいつも通りやり遂げることができたのだった。
「「「「「ありがとうございました!!!」」」」」
「いえいえ。こちらこそ」
いつも思うが、その「こちらこそ」ってやめてもらえないですかね。
部活が終わると、女性陣は着物未亡人さんの元へ我先にと集まりに行った。俺も差し入れを食べてから会話に入らせてもらおう。
モグモグ。うわ、なんだこのサラダチキン。やけにしっとりしてて、噛むとトリュフの香りが口の中で広がって、くっそ美味い。多分これも高級なんだろうな。
「ええ! 一切自炊しないんですか?」
「ええそうよ。一応自宅に高級料亭の板前が常駐しているけれど、最近はすっかり手持ち無沙汰にさせてしまっているわね」
白ギャル先輩の驚く声が道場に響く。
「ほえー、お金持ちってそんなところまでスケールがすごいんですねえ」
「ふふふっ、大抵のことは金で解決できるし、困ったことも金で黙らせられるのよ」
おーい、あんまり夢のないことを白ギャル先輩に教えないでくれ。
……いや、ある意味夢のある話ではあるのかな? よく分からなくなってきた。
「特に情報収集において金は役に立ちますよ。この前も金で雇った優秀なリサーチャー達のおかげで、小悪魔な泰平さんを見逃さずにチェックできたんです」
彼女は人を呼ぶ時、年下であろうが基本的にさん付けで呼ぶ。急に自分の名前が話題に出てきたからか、俺の肩が反射的に少し揺れた。
「え? どういうことです?」
呑気に二袋目のサラダチキンを食べていた俺に急に視線が集まる。
「あー。俺って土曜日の夜、知り合いの配信者さんとゲームすることが多いんだよ。その時の流れのことですよね?」
まだまだゲーマーお姉さんはマイナー配信者なので、この事実を知る人は数少ない。知り合いで知っているのはぶりっ子先輩と母と普通っ子くらいだろう。
「はい、そうです。あの時の小悪魔っぷりはなかなかのお点前でしたよ。ごちそうさまです」
丁寧にお辞儀してごちそうさまですじゃねえよ。綺麗な所作をムダ遣いしないでくれ。
「あ、これですね……けど、アーカイブは消されちゃってるみたいです。あーあ、あーしも見たかったなあ」
スマホで検索して白ギャル先輩がつまらなさそうにため息を吐いた。
「ふふふっ、大丈夫です。こういうときこそ金の出番です。私の雇っている優秀なハッカーさん達に復元してもらったデータを持っていますから、この後送りますね」
「いいんですか! ありがとうございます!」
「あ、はいはいはーい! 私も欲しいです!」
「おーい、白ギャル先輩と元気っ子後輩よ。なんか恥ずかしいからやめて。ほら散った散った。てか、こういうのはリアルタイムで見られた人の特権だから、ズルするのは禁止です」
「「えー」」
俺が説得すると、渋々彼女達は更衣室へ着替えに行った。
女子全員が更衣室へ向かったことを確認した着物未亡人さんは、俺をチラリと見た。
「ふふふっ、あの時の泰平さんの小悪魔っぷりは本当に激しくて……少し、濡れてしまいました」
そう言って着物未亡人さんは、ポッと頬を赤らめたのだった。
……ポッじゃねえよ。




