第三十五話 アイドル
ぱんっぱんっ。
二礼二拍手一礼。
「(今日もこの世界が崩壊しませんように)」
昨日ぶりっ子先輩との雑談で、お前の話題も出たんだ。ほら、俺の感覚では、この世界で一番お前と似ているのが、ぶりっ子先輩だからさ。天才だったり可愛かったり独特なところだったりな。
つい褒め言葉のように、「お前と似てるなあ」と口に出すことがある。
ただ、そう言われたぶりっ子先輩は、いつもあまり喜ばない。同族嫌悪なのか、ぶりっ子先輩はお前のことがあんまり好きじゃないみたいなんだよな。
なんか、お前の都合のいいように使われているようにしか見えないとか、俺達の関係は全然対等じゃない、とかだって。
お前は俺の意思なんて関係なく、ひたすらわがままに振り回してたから、確かにそうかもな。
でも、俺だってそれでも楽しんでたんだぜ。めちゃくちゃに振り回されたけど、俺って案外強引な女性が好きだったみたいだわ。
ただまあ、こっちに来てからは、俺のそういうところはぶりっ子先輩や母に矯正されている。状況に流されるまま楽しめるのは長所だと思っていたけど、傍から見たら危なっかしくもあるんだって。
まあ、てなわけだ。もし俺が今そっちの世界に戻ったとしたら、あのいびつな関係は終わりにしようと思う。お前は烈火のごとく怒るだろうけど、また一からやり直せばいい。今までがおかしかったんだから。
「うし、普通っ子、行こうか」
「うん」
さあ、今日はどんな一日が待っているだろうか。
◆◆◆
この学校の体育祭では、赤組、白組、青組それぞれ、一つの大きなオリジナルの旗を作る。それぞれの組のクリエイティブの得意な人が集まりデザインする旗は、毎年なかなかのクオリティーだ。
そしてこの準備のほとんどには、主人公君が関わることになる。ただし別に主人公君が絵を書いたりデザインをしたりなどではなく、あくまで手伝いのみだ。
今だってほら、主人公君にだけ心を開く外国人美少女と一緒に、ホームセンターに買い物に行ったばかりだ。きっと今頃イチャイチャとラブコメしている最中じゃないかな。
一方その頃、俺はというと。
「泰平、そのビニールシートと新聞紙とガムテ、こっちに置いておいて」
「ういーす」
俺もみんなと同様に、体育祭の準備の雑用に明け暮れていた。白組の体育祭実行委員を中心に、各自できることを進めている最中だ。
俺はデザインやペンキ塗りなどがすこぶる苦手なので、こうした雑用を率先してやっている。
ちなみに俺のクラスの他の男子の貴族とお福は、なんの手伝いもせず、家に帰っている。男って勝手が許されがちだけど、そういうのはよくないぞー。
「手が空いている人ー。もうすぐラフが終わるから、本番用の布を買ってきてもらえる?」
「はいはいはーい。俺が行ってきますよ」
「泰平君だっけ。なら任せたよ。近くのホームセンターで、生地の素材はサテン生地、大きさは――」
「??? なるほど完璧に理解しました! で、店員さんになんて言って聞けばいいですか?」
「……心配だから、誰か分かっている人も付き添ってあげて」
だよねー。正直よく分かりませんでした。
「じゃあ、手が空いているので、私が行きます」
「うん、ミドリちゃん、頼んだよ」
ということで、俺は学校では地味な超有名アイドルと一緒にホームセンターにまで買い出しに行くことになった。
学校の外でアイドル様と並んで歩く。
「なあ、学校では地味な超有名アイドル様?」
「その呼び名、長くない? あと、私がアイドルとバレているのは翼君とあなただけなんだから、今後はその呼び方はやめてくれると嬉しいな」
あと普通っ子ね。あの子、心が読めちゃうので。
「うーん、そうだよなあ。でも、地味っ子だとちょっと違うんだよなあ。俺の中では全然地味じゃないから、全然地味じゃない地味っ子って呼ぶことになるかなあ」
でも、これだと普通っ子と被るか。普通っ子も普通じゃない普通っ子だし。
「普通にミドリって呼んでよ。昔みたいにさ」
「きゃー、名前呼びを強要するなんて、セクハラよー」
「どこがよ、ほんと泰平は仕方ない人だなあ」
メガネの奥で憂いを帯びた瞳が揺れる。一つ一つの仕草が妙に洗練されていて、つい見惚れてしまいそうになる。なんでこれで超有名アイドルだってバレないんだろう。一目瞭然じゃん。
「ねえ、覚えてるかな? 小学五年生の運動会の準備の時、泰平が助けてくれたよね」
「うごごごごっ、俺に昔の話をするなあー! 黒歴史ががががががっ」
昔の話をすると、背中の内側がむず痒くなる。
「ふふっ、なんでよ、いいじゃない。あの時の泰平はヒーローみたいだったよ」
「うわあああああ! やめろおおお!! そんないいもんじゃないからああああ!!! あと距離が近い! 首をコテンとかしげるな可愛いだろ!! 俺の心を弄ぶなよ!」
くっそ、学校の外だからっていいように翻弄しやがってよぉ。あっ、ウインクしないで下さい死んでしまいます。俺のこと好きなのかなって錯覚させるのやめちくり。
「私はトップアイドルだから、ファンの心を掴んで離さないのは得意なの。泰平ももっと私の沼に溺れてくれると嬉しいな。それで、私にいっぱいお金を落としてね」
そしてその俺から搾取した金は、主人公君のために使われると。なんだかキャバ嬢が貢がれた金でホストに行くような、そんなやりきれなさを感じる。
アイドルはこれだからたちが悪いんだ。スマホで次のライブのチケットを予約しちゃったし、グッズもいっぱい買っちゃったよ。くっそ。
そんな風にカモられながらも、命からがら買い出しを終え、学校に戻ってきた。
「じゃ、ここからはもう俺に手伝えることはなさそうだし、柔道部に行ってくるわ」
体育祭が終わってすぐに部内でランク戦があるので、最近の練習はいつもより気合が入っている。特に俺と普通っ子は絶対に元気っ子後輩に負けないように今から必死だ。ほんとは先輩達のように、余裕の強者面したいんだけど、俺達の実力だとそうもいかない。
それに、元気っ子後輩は本気で俺達全員に勝つつもりだから、余計にひりつくんだよな。
めっちゃ俺達の動きの癖などを見て研究してるし、練習も激しいし、みるみるうまくなるし……
とはいえ俺達には俺達のやり方があるので、無理はするが無茶はしない。
柔道場でペアとなった普通っ子と激しい打ち込みをしながら、あくまでいつも通りに練習する。
「泰平? ミドリちゃんに浮気はだめだよ? あの子は翼君に本気も本気だから、邪魔しちゃだめ」
「分かってるよ。でも、ファンなんだから多少は仕方ないだろ」
俺がアイドルだという秘密を知っているということは、どうせバラすことなんてないのでなんのメリットにもならない。なんならファンということをアイドル様に利用されているので、デメリットしかないと言っていいだろう。
「大丈夫、ミドリちゃんだってミソギ様のファンだから。あなただって超有名アイドルみたいなものでしょ。規模で言えばあなたのほうが圧倒的にすごいんだからね」
「ええー、まあそうなるか。そうだよなあ」
なにせこの街の女子高生の九割以上は聞いてるはずだし、そりゃあそうと言えなくもない。あのファンクラブは詳しい個人情報はちゃんと秘匿されているが、そういうデータは見られるのだ。
「もう一度言うけど、ミドリちゃんはダメだからね? 柔道部の四人を結婚相手と考えるのはいいけど、残り一枠をミドリちゃんにするとか、そういうのはダメだよ」
「いや、分かってるって。大丈夫だよ。流石にわきまえてるから」
なんかやけに念押しするなあ。
「ほんとかなあ。だって泰平、あの子のファンだからなあ。それに、アイドルってやっぱり強いじゃん」
「いやいや、確かにそうではあるけど、俺にとってはこの学校の女子、全員がアイドルみたいなもんだからさ。あんまりアイドルだからってどうということはないよ」
他のみんなだって同じくらい可愛いから、アイドルだから特別可愛いとかそういうのはない。
だから俺の中でアイドルというのは、ただ動きや心をつかむパフォーマンスなどが洗練されているというだけなんだよ。
「そっか、そういや泰平って、可愛いのハードルが低いんだったね」
「みんなが高すぎるだけだって。俺からしたら普通っ子がトップアイドルって言われても、なんにも違和感ないよ」
「ええ、それはないよ――って、本気で言ってるじゃん」
そりゃそうじゃ。こんなことで嘘はつかない。
「なるほどねえ。じゃあ、今日ミドリちゃんにされたファンサ、私で上書きしてあげる。今日の帰りは楽しみにしててね」
「うはー、アイドルごっこきたこれ。なんならアイドルのコスプレ衣装も買っちゃうから、それを着て本格的にやってよ」
「ええー。そこまでは流石になあ」
「お願いお願い!」
「もう、泰平はしょうがないなあ。でも、ミドリちゃんと比べないでね」
しょうがないといいつつ、まんざらでもなさそうだ。もしかしたら普通っ子はアイドルに憧れがあるのかもしれない。
「違うよ。どちらかと言えば、ライバル心、かな。私はただ、クラスメイトにだけは泰平の結婚相手になってほしくないってだけ。ミドリちゃんだって悪い子じゃないって知っているけど、それとこれとは話が別なの」
「ほえー、そうなんだ」
「うん、十年後の同窓会とかで、みんなが翼君にかまけて、泰平にアプローチしなかったことを後悔する顔が見たいの」
「おおー、なかなか黒いね」
普通っ子は人並みにこういうところがある。
「ふふっ、『翼君が無理だったら、モテたいって騒いでる泰平をもらってあげてもいいかな。チョロそうだし押せばいけるでしょ』みたいな考えの奴らの絶望する顔が楽しみだなあ。あっ、心配しなくても、ミドリちゃんみたいないい子はそんなこと思ってないからね。あくまで一部の人だから」
きっと心が読めるせいで、どうしてもストレスになることもあるから、自然とこうなったんだろう。それでも人並み程度にしか黒い部分がないのは、逆にすごいのかもしれない。
よし、とりあえず今日はいっぱい普通っ子を甘やかそう。




