第三十四話 味が出る
ジャンルをローファンタジーから現実世界に変えました。
ぱんっぱんっ。
二礼二拍手一礼。
「(今日もこの世界が崩壊しませんように)」
元気っ子後輩みたいに「何が何でも一位」って考え、俺は嫌いじゃないよ。ある意味でとても健全だし、青春って感じがするし。
俺は他人との勝ち負けはどうでもいいタイプだが、仲間との勝ち負けにおいては結構こだわるタイプだ。本気で勝負して、勝ち負けを繰り返し、挫折したり時には調子に乗ったりしながら、ゆっくり成長していく。これが王道だと俺は思っているからさ。
俺も柔道では王道を目指しているから分かるんだが、王道って奥が深いよ。目指すのが難しい王道もあれば、王道でいいなんて妥協させるような言い方だってある。
ただし、王道であれば絶対に正解というわけでもないってことも俺は知っている。ぶりっ子先輩の柔道なんて、ある意味全然王道じゃないもん。
なんで柔道で「ドア・イン・ザ・フェイス」なんて心理テクニックを使おうとするんですかね、あの人は。それ、いわゆる交渉術だから。柔道には応用できないから。
ただ、それを実行して部内で圧倒的に強い地位をキープしてるもんだから、文句も言えないんだよね。
もしかしたら、人によって王道の形は違うのかもしれない。俺には俺の王道がある、なんてな。
「うし、普通っ子、行こうか」
「うん」
さあ、今日はどんな一日が待っているだろうか。
◆◆◆
「はあーあ、私も副会長みたいになりたいなあ。副会長っていつ性犯罪を犯してもおかしくない雰囲気があるけど、綺麗で強くて賢くて、自分に正直なんだもん」
だとか。
「ルリ先輩、いいよね。ちょっと、いやかなり空気が読めないところがあるけど、将来大成しそうじゃない? 何者にも自分の道は邪魔させない、まさしく本物の天才って感じ」
だとか。
「ねえ、家でのルリ先輩ってどんな人なの? ルリ先輩、ガサツで粗雑で粗野で品がなくて下品でおばさんっぽいけど、あのぶりっ子モードはほんとすごいよね」
だとかさ。
「ぶりっ子先輩、めっちゃ評判いいですね」
「でっしょ? まあ私、天才だから」
部活終わり、ぶりっ子先輩と一緒に帰っている時に、クラスメイトとそんな話をしたことを話すと、彼女は得意げに胸を張った。褒める前にディスを挟み込まないといけないかのような褒め言葉でも嬉しいらしい。
「なんちゃって~。今までの話、全部嘘です。ディスは本当だけど、後半は俺が勝手に付け加えました~」
「嘘おっしゃい。それくらい分かるわよ」
まあぶりっ子先輩の言う通り、嘘なんだが。地味にぶりっ子先輩にはいつだって嘘が通じない。普通っ子みたいに心が読めるわけでもないのに、よく分かったな。
「あっ、そうだった。泰平、ちょっと口開けて?」
「あー」
ぶりっ子先輩は俺の口に何かを入れた。
なんだろうこれ、食べ物ではないな。なにかの金属っぽい香りがする。
「それ、何だと思う?」
「んー? ん……なにこれ? 銅の味する気がしますね」
「うん、いいところまでいってるわ。まあ、クイズしたかったわけじゃないから、もういいわよ。それ、私の手に吐き出してくれる?」
「はーい」
とりあえず言われるがまま吐き出すと、俺の口から出てきたのは十円玉だった。
「……は?」
俺が口に含んだ十円玉を、何のためらいもなく自分の口の中に放り込むぶりっ子先輩。
「……は?」
なにこれ、何が起こっているの? なにがしたいの?
「うふふっ、いいわね。これ。ちょっとだけ性欲が満たされるわ」
十円玉を飴玉を転がすように口の中で転がしながら、ぶりっ子先輩は満足げに笑う。
「いや、そんな目で見られたって、特に理由なんてないわよ? ただなんとなくやってみたかっただけで」
「……そうでっか」
なんなのこの人。その発想はどこから来たんだ。思考回路が意味不明すぎる。
「こういう奇行に答えるのは慣れているとはいえ、今回のはかなり意味分からなかったですね」
「そう? 言ってみれば、ただの間接キッスじゃない。普通よ」
「それを十円玉でやる理由がですね」
「理由ねえ、茶色だったからかな」
こんなのをごく普通に学校でもやるような人だから、褒める前にディスが挟まるんだよ。
「ん、えっ、茶色?」
どういうこと?
「十円玉交換、そんなに変な行動だったかしら?」
ぶりっ子先輩は首をかしげる。
「茶色?」
茶色ってどういうことだろう? 意味が分からない。
「別に大人になればもっとえっぐいことをするんだから、この程度は子供の遊びよ」
「……茶色?」
「もう、その話はもう終わったでしょ?」
うん。考えても分からないので、もういいや。
「ねえ、ぶりっ子先輩って恥ずかしいって気持ちは存在しないんですか?」
「恥ずかしい? ああ、あなたにア◯ルをまじまじと見られた時は、ちょっとだけ恥ずかしかったわね」
「いや、そんな返答は求めてないんですが」
ほんとさあ。ほんと、ほんともうね。うん。
「あとは初めての生理が来た時は、なんか妙に恥ずかしかったわ」
「ああ、あの時ですか。急に『ちょっとこの辺りを手のひらで抑えてくれる?』なんて言うから、どうしたのかと思いました」
当時俺は女性全体が生理的に無理だったので、嫌そうにぶりっ子先輩に触れたことを覚えている。
あの時はぶりっ子先輩がなんか妙にしんどそうだったから、俺の感情よりぶりっ子先輩の感情を優先したんだっけ。嫌そうに手を当てた癖に、ぶりっ子先輩が嬉しそうにしてくれたのがちょっと嬉しかったのは覚えているな。
そうやって下腹部を温め、しばらくすると何かに気づいてトイレに駆け込んでいき、それからは普通に戻った。この世界の小中学生はクラスの中で大声で生理の話とかしちゃうので、「ああ、先輩も大人になったんだ」なんて、ぼんやり思っていた記憶がある。
「なんとなく予兆はあったから準備はしていたんだけど、いざその時があのタイミングで実際に来ると、やっぱりちょっとびっくりしたわ」
「ぶりっ子先輩でもびっくりすることがあるんですね」
「あなた、私のことなんだと思ってるのよ」
都合の悪い話は華麗にスルー。
「いやあ、あの時はお互い若かったですねえ。でもなあ。当時の俺は結構尖ってたから、昔を思い出すのが恥ずかしくて苦手なんですよね」
「あらそう? 別に昔のあなたと今のあなた、そこまで変わりはないけど」
「そんなこと言うの、ぶりっ子先輩くらいですよ」
正直全然違うと思う。結構女性に心無いこと言ってたもん。
例えばさ、思春期の頃に異性から『気持ち悪いので触らないで下さい』とか言われたら、絶対傷つくよな。
中三の頃になってそういう一つ一つの出来事を手紙と面と向かっての両方で謝罪したとはいえ、ほんと申し訳ないことをした。
ぶりっ子先輩は『この世界の女子はたくましいから大丈夫、なんなら傷つけた分以上に餌を与えすぎ』なんて言っていたが、例えそうだとしても、反省しないわけにはいかない。
「だって、私は昔から翼のことなんてどうでもよくて、ずっとあなたのことをロックオンしてたんだもの。ほら、なんとなく分かるじゃない? 『ああ、この人ってこういう風に育つんだろうなあ』って。あなたの場合、『泰平は歳を重ねるに連れ、どんどん魅力的になっていくタイプだわ』って、幼い頃から確信してたわ」
「普通の人はそんな感覚を持ち合わせていないんですよ」
少なくとも俺にはぶりっ子先輩がどういう大人になるのかなんて、想像もつかない。
「そうなのかしら? 大小あれど、多少は分かると思うんだけど……」
納得していないようだが、無理矢理にでも納得してもろて。
「にしても、尖っていた頃から俺をロックオンしてたんですね」
「そうね。だって、周りの男の中で、あなたが明らかに一番魅力的だったもの」
「お、おう」
真っ向から褒められて、ちょっとだけ頬がくすぐったくなる。不意打ちはやめてよ、あなたって可愛いし、嘘をつかないことを知っているんだからさ。
「で、でもですね、やっぱり昔の俺って、ちょっとあれじゃないですか?」
「泰平は自己評価が低いみたいだけど、私は全くそう思っていないわよ。一見女性に当たりが強すぎる勝手な男に見えるけど、それはただ女性という存在にうんざりしてただけ。それに、その時ですら行動の節々にあなたの人柄が出てたわ」
大きな真面目さと優しさ、小さな憂いと余白と泥臭さ。俺の行動にはそれらがにじみ出ていたらしい。うーん、抽象的すぎてよく分からん。
「そうなんですか?」
「ええ、そうなの。泰平は過去のことを黒歴史みたいに話すけど、私からしたら全然黒歴史じゃないわ。昔からあなた、ただの優しいクソ真面目よ」
いやいや、それは流石に。そう返答しようとするより早く、即座に返された。
「あれ覚えてる? ほら、あなたのクラスのミドリちゃんが運動会の練習中に、隅っこで吐いちゃったときのこと」
「ああ、あれね。俺が小学校五年生の時かな?」
「その時だってあなた、全くミドリちゃんのことバカにしなかったじゃない。それどころか真っ先に先生を呼びに行って対処しようとしたでしょ? しかも、こっそりと」
「あー、そういうこともあったような……?」
まあ、俺にできるのはそれくらいかなって。それに、本当に困っている人がいれば助けろって母に教育されていたし、当然だろう。
「そういうの、案外できることじゃないのよ。しかも、嫌いな女子のためによ。ほら、あなたって昔から優しいクソ真面目じゃない」
「いやいや、それくらい普通ですって」
「いーや、あの年齢の男子や女子なら、真っ先に囃し立てるわ」
「いやいや――」「いーや――」
ゆっくり歩いたのだが、家につくまで会話は途切れず、楽しい下校の時間を過ごせた。案外ぶりっ子先輩は、コミュニケーション能力が高い。
……茶色だからってなんだったんだろう。




