第三十二話 家族
あらすじをちょい加筆しました。
ぱんっぱんっ。
二礼二拍手一礼。
「(今日もこの世界が崩壊しませんように)」
テストの日の後、元気っ子はいかにもいつも通り元気に見えたが、どこか無理をしているようにも見えた。
その日、俺達先輩四人は集合し、ある計画を立てた。
それがうまくいくかは分からないし、どう転ぶのかも分からない。もしかしたら悪い方向に進むかもしれない。
けれど、こうした方がいいと思ったんだ。全ては愛おしい後輩のために。
後輩のために心を砕くなんて俺達にとっては当たり前だ。とっくの昔に元気っ子後輩は俺達の信頼を勝ち取っている。もはやかけがえのない大切な仲間なのだ。
まあ、この計画は二つの意味で心を砕くのだが……きっと後輩なら大丈夫だろう。
「うし、普通っ子、行こうか」
「うん」
さあ、今日はどんな一日が待っているだろうか。
◆◆◆
今日は日曜日。山の方にある「果て」に行き、充分休んだのち、帰っている最中だ。
「ん?」
俺がえっちらおっちらと自転車を漕いで帰っていると、遠くの方で元気っ子後輩と思しき人影が見えた。
その隣にはドーベルマンがいることから、散歩の最中なのだろう。
「ういーす、元気っ子後輩」
「泰平先輩。こんちわっす」
俺は自転車を降り、後輩の元へ向かう。するとドーベルマンが俺の元へ駆け寄り、ブンブンと尻尾を振って俺の身体に倒れ込むように前足を預けた。
「おーおー、可愛いな。この子はなんて名前?」
「ブラッキーという名前の男の子です。人見知りしなくて可愛いでしょ? 何故かこの子、初めて会った人にでも、私の知り合いにだけは警戒心が皆無なんですよ」
「ブラッキー、おっすおっすー。お前は可愛いなあ。元気っ子後輩と同じくらい可愛いわ」
テンション高く寄ってくるブラッキーの首を撫で、胴を撫で、ひっくり返ってしまったお腹を撫でる。
はい可愛い。なにこの全幅の信頼感。はじめましてなのに、ものっすごく信用されてるんだけど。
押しに弱くて死ぬほどチョロい白ギャル先輩でも、初対面の時は俺を警戒してたぞ? そんなんで生きていけるのかこいつ。
「にしてもブラッキーは元気だなー。一方その頃、元気っ子後輩は少し元気がなかったのであった」
「……よく分かりましたね。あはは」
だって、纏う雰囲気がシュンとしてたもん。いつもの目の輝きがくすんでたもん。そしてなにより、俺が大好きないつもの太陽みたいな笑顔がなかった。
俺って前髪を切ったとかそういう違いは分からないけど、それでも分かったぞ。
「ふむ、君がシホの先輩である、泰平君か」
突然背後から大人の男の声がしたので振り返ると、二人の中年男女の姿がそこにはあった。
一人は元気っ子後輩にどこか面影がある、穏やかそうな女性。ほころぶような笑顔がチャーミングで、初対面なのに胸の中がじんわりとほぐれていくようだ。
にしても相変わらずこの世界の女性は中年であろうと可愛い。
もう一人は今さっき声をかけてきたであろう、きっちりとした服を着た、気難しそうな小柄な男性。彼は力強い視線で俺を睨みつけるように立っている。
そんな二人が手を繋いで並んでいる。デート中かな?
「あっ、シホさんのご両親ですか?」
「君にお父様と言われる筋合いはない!」
(質問に答えろよ。めんどくせえな)
とは表に出さず、ニコニコとした笑顔で対応する。
「はじめまして。自分はシホさんの部活の先輩をさせてもらっています。瀬戸泰平と申します」
「ふんっ、シホの父だ」
「私はシホの母をやらせてもらっているわ。普段からシホと仲良くしてくれてありがとうね」
元気っ子後輩の母がのほほんと微笑みながら、手を振ってくれる。つられて俺の顔も崩れてしまった。
途端、元気っ子父があからさまに機嫌が悪くなる。
あー、これ、ラブラブパターンの夫婦か。珍しいっちゃあ珍しいけど、たまにいるんだよな、こういう独占欲丸出しの男。
このパターンの家庭は、父も家に居着くタイプだ。
この世界では五人の妻がいる関係で様々な家族の形があるが、この様子を見る限り、元気っ子は十中八九両親からしっかり愛情を受けて育ったパターンだろう。
「あなた。せっかくのデートなんだから、もう行きましょ? それに、若いお二人を邪魔するのは野暮ですから」
「ふんっ、まあいい。俺達は今から少し出かけてくる。おそらく今日は帰らないから、シホ、妹達に晩ごはんを頼む」
「はい、分かりました」
おお、元気っ子後輩って、家族には敬語の家庭なんだ。そういう家ってなんか厳しそうなイメージあるな。
「そうだ、シホ。今朝言ったことを覚えているな?」
「はい」
「何度でも言うが、勉強でも運動でも柔道でも、全てに勝て。勝って価値を示せ。敗北にはなんの価値もない。勝つのが当然だ。
それさえできるのなら、俺からは何も言わない。柔道部で呑気に遊んでいようが、その男と交際しようが、何をしようと自由だ。分かったな」
「はい」
元気っ子後輩が緊張感を漂わせた表情で頷いたのを確認すると、お父さんはわずかに口角を上げた。それからもう用はないとスタスタと歩いていく。
……ほんほんほん、なるほどなるほど。
「あっ、すみませーん。最後にちょっとだけ俺からいいですか?」
「なんだ?」
元気っ子後輩の両親が振り向いたのを確認すると、俺は元気っ子後輩の頭をくしゃくしゃっと撫でた。
「た、泰平先輩。な、なんですか急にもう」
「知ってました? シホさんはこうやって頭を撫でると、すっごくいい顔をするんです。ほら」
「……ふっ」
元気っ子のお父さんとお母さんが顔を見合わせて楽しげに笑ったのち、両親二人は何も言わず歩いて行ってしまった。
「ほんほんほん、なるほどなるほど。なるほどなあ」
あれが元気っ子後輩の両親か。なるほどなあ。
「……泰平先輩、なんですか?」
「いや、別になんでもないよ。でも、元気っ子後輩が落ち込んでた理由は分かったぞ」
「そうなんですよ。今度柔道部でランク戦があるじゃないですか。どう考えてもルリ先輩にもカエデ先輩にも勝てる気がしないんですよね。それで落ち込んでいたんです」
ランク戦とはいわゆる柔道部内での格付けだ。約一ヶ月後に俺達が総当りで何試合もすることになっている。
「っておい、俺わい」
「泰平先輩なら、まあワンチャン勝てるかなって」
「ふっ、いつから俺が普段から本気を出していたと錯覚していた?」
まあ、もちろん常に本気なんだが。
まあいいや。そういう事情があるのは分かった。
今までの付き合いで、元気っ子後輩は勝ち負けにやたらこだわるところがあると思っていたが、それはきっとあの父からの教えが影響しているのだろう。
ただなあ……
「うし! 元気っ子後輩を思う存分こてんぱんにして、負けの味を分からせてやろう。こんな優しい先輩がいてよかったな」
「ちょっと。どうしてそうなるんですか? あんな出来事があったばかりなのに、ちょっとくらい手加減しようとは思わないんですか? まあ手加減なんてしてほしくないですけども」
「だって、ねえ……」
そうか。元気っ子後輩って、意外と生きるのが下手くそなんだな。運動神経も勉強もできる天才タイプだと認識を修正したが、同じ天才のぶりっ子先輩とはそこが違うのか。新たな発見だ。
「ま、肩の力抜けよ。あの両親なら、元気っ子後輩がテストで零点を取ろうが、柔道部で最弱になろうが、大丈夫だから」
「もう、そんなわけないでしょ? 先輩ってそういう機微が分からないんですか?」
「はははっ、分かってないのは元気っ子後輩の方だ。元気っ子は俺に完膚なきまでに負け、ついでにつよーい俺にメロメロになる!」
「……まあいいです。私はいつも通り、本気で一位を勝ち取りにいきますからね。本気の私、結構すごいですよ? 泰平先輩も覚悟しておいてください」
「ひえー、元気っ子後輩の闘志がメラメラで、こわーい。なあ、ブラッキー? ほら、ブラッキーもこう言ってるぞ。『僕みたいにもっと人生を楽しむワン』ってさ。なー」
ブラッキーが「そんなこと言っていないよ?」とでも言うように首をかしげた。どちらかと言えば「そんなことよりもっと俺と遊べ」とでも言っているような目の輝きだ。
「私、人が犬にキャラ付けして会話させているテレビとか動画、大嫌いなんですよね。飼い主の思想が垣間見えるのが嫌というか……」
「わっかるー。ほれブラッキー、こっちおいで」
うん、ブラッキーが可愛い。呼ぶと嬉しそうに駆け寄ってくる。
ほれほれ、両手で撫で尽くしてやろう。それにしてもお前は香ばしい革製品みたいな匂いがするなあ。ほれここがええんか? それともここか? おしりのあたりがいいのか。よーしよしよし。
「ってことで、一緒に散歩に付き合っていい?」
「何が『てことで』ですか。まあいいですけど……うーん、なんか釈然としない」
とにかく元気っ子後輩の気合が充分なのは分かった。こういう時、頑張りすぎて怪我をするなんてことが経験上よくある。この気合が空回りしないように気をつけておこう。
さて、うちの柔道部のみんなは可愛い後輩のために何かしたいおせっかいばかりなので、俺がこの情報を独占して抜け駆けすると怒られてしまう。今日あった出来事や、俺が察した後輩の家の事情などを、先輩方、普通っ子、母にも共有しておこう。
みんなそういう元気っ子の事情にはとっくに気がついている気がしないでもないが、一応ね。
「私は先輩方にも、師範にも、翼さんにだって負けませんよ!」
「はははっ。まあ頑張れ」
俺は元気っ子後輩の髪をぐしゃぐしゃっと雑に撫でると、後輩はにぱっと得意げに笑う。
やっぱり元気っ子後輩には笑顔が似合う。
近い将来、おそらくこの笑顔は曇ることになるだろうが、とりあえず人生の先輩として元気っ子後輩の成長を見守っていよう。




