第三十話 脳破壊
たとえテスト期間だろうが、土曜日の夜は遅くまでゲームをすることにしている。
俺はPCから通話アプリを開き、ゲーマーお姉さんとつないだ。いつものように「配信始めるけど大丈夫?」と聞かれたので、大丈夫と返す。
「じゃあ、配信始めちゃうね」
「分かりました」
それからすぐ。
「どーーーもーーー!!! ゲームに魂を焼かれた女、ミサでーす!! 今日は毎週土曜日恒例! 私の唯一の男リア友である泰平と遊んでいきまーーす!!」
やはりミサとしてのゲーマーお姉さんはいつもとはぜんぜん違う。配信者として売れるために、勢いと大声だけで押し切るキャラをあえてしているのだ。
「泰平です。よろしくおねがいします。今日もミサさんが雇った凄腕のスナイパーのせいで、レーザーポインターが俺の額で光っているため、こうして泣く泣く参加することになりました」
「ちょいちょいちょーい! そんなことしてへんわー!! 本気にするやつがでてくるんだから、やめれー!!」
「まあ、もちろん嘘ですよ。は、ははっ、ははははは」
「っておいおーい! から笑いすんなー! その反応だとホントっぽくなってしまうでしょうがー!!!」
「さて、いつものつまんない漫才を披露したところで、今日も勝ちますかあ」
「だね。このミサ様が存分に姫プレイしてあげるから、気楽に楽しんでね」
基本的に俺達は一つのゲームを徹底的に極めるタイプのゲーマーなので、今日もいつものゲームだ。
敵とマッチングするまでの時間、ちょっとした雑談に励む。
「ミサさんって配信者生活し始めて一年は経ちますよね?」
「そうなの! いやあ、この歳になると時の流れが日常系アニメを見ている時間くらいあっという間すぎて、マジでエグいね! そんなにやってるのに、視聴者数は全然伸びないし……って、誰が三流配信者じゃー!!」
こういう無理のあるノリツッコミには乗らず、俺は普通に会話することにしている。乗ることもできないことはないが、ずっとやっているとしんどくなるからな。
「配信者ってこの世で一番モテる職業って聞いたことがあるんですけど、どうです?」
配信者とはいわば全世界へ向けて自己アピールしているようなものだ。そんなの、モテないはずないだろう。
ただ、この質問はミサさんにとってタブーだったようだ。俺が質問した途端、空気が重苦しくなったような気がした。
「……それをあなたが聞く? 大学生活に男っ気がなさすぎて、絶望の真っ最中の私に、聞く? クケ、ケケケケケ」
「おーい、傷は深そうですけど、大丈夫ですか?」
「へへっ、全然、全然大丈夫だよ。へ、へへへっ。今若い奴らだって、どうせみんなこうなるんだからな……」
「ミサさーん、素が出てますよー?」
「はっ!? えとあの、気の所為気の所為! 私は木の精! なんつってー! ミサちゃんは今日も元気いっぱいだよ! さあ、がんばろー!」
今の一連の流れを経て、俺の中にいたずら心が芽生えた。
よし、今日はなるべくゲーマーお姉さんの素が出てしまうような話をしよう。だって面白そうだし(愉快犯)。
「そうは言っても、ミサさんってモテそうですよね。優しいし、ゲームは上手いし……えと、可愛いし、優しいしゲームが上手いし優しいし……」
「そうでしょそうでしょ!」
「特に昔の俺は、ミサお姉さんに何だって話したくて、ずっとウズウズしてました。毎日ネット上でゲームのことを話すあの時間は、俺にとってかけがえのないものだったんですよ」
「ほ、ほえぇー。しょうなんだぁ」
俺が褒め殺しを始めると、ゲーマーお姉さんがとろけ始めた。
「あの時からずっと、俺はお姉さんのことが――っと、対戦相手が決まりましたね」
「あ、ぅ、えう。そ、しょうだね。ちょ、ちょっとごめん! 一旦ミュートにするね!」
ゲーマーお姉さんは対戦が始まったのにも関わらず、マイクをオフにした。一応ゲームキャラは動いているので、離席しているわけではないのだろう。
それから約三十秒ほどすると、何事もなく戻ってきた。
「ごめんねー。えと、選挙カーがこの辺りを通ってたから、ミュートにさせてもらったよー。え、えへへ……」
「あれ? 今って別に選挙の時期じゃないような?」
「あぅ、えとあの……ね? そう! 誰かのいたずらだったのかな? あはは……」
「ふぅん。まあいいですけど」
ゲーマーお姉さんへの追撃もいいが、とりあえず今は接敵中だ。しゃがみ歩きで物陰に隠れつつ、敵の隙を待つ。一瞬の隙をつき、ダッシュして近づき、銃を構える。
よし、初撃をズドンと食らわせられた。この時点でこの一対一はかなり有利だ。
そこから何事もなく対面勝利。ここで慌てずすぐに物陰に隠れ、チームで力を合わせ、ゆっくりと前線を押し上げていく。このように、このゲームは序盤中盤はチーム一丸となってこの押し引きを繰り返すのが定石だ。
ただし、俺達のチームはゲーマーお姉さんだけは一人で先走って前線へ出ている。そんなことをすれば、複数の敵に囲まれるのは避けられない。実際、リアルタイムで敵三人に囲まれてしまっている。
「っしゃああ! きたきたきたあ! はいザコ乙!! そんなトロい動きでこのミサ様を止められると思うなよ!」
ただこの通り、ゲーマーお姉さんは全然死なない。尋常ではないプレイスキルにより敵の弾丸を紙一重でかわしながら、ナイフで相手を滅多刺しまでしている。そのプレイスタイルはまさにバーサーカーだ。
これができるのならもはや定石など不要。ここからは一気に行こう。
俺達のチームはゲーマーお姉さんにヘイトが集中している隙を付き、大胆に前線を押し上げた。これでもう一気に終盤戦だ。
それからは何事もなく敵のリスポーン地点を破壊したことで、このゲームは俺達のチームの勝利となった。
それからまた俺達は次の試合のマッチングを待つ。
「ほんとミサさんはめちゃくちゃしますね」
「あっはっは! 流石私! マジ最強!! うえーい!」
「あんなのを見せられたら、流石にキュンと来ちゃいました」
「あっはっは……うぇーい?」
「いやあ、なんだろうこの気持ち。自分でも自分の気持ちがよく分からないんですけど、ミサさんを見ていると、どこか胸の奥がむずむずするんですよね。これ、病気ですかね?」
「ぅ、そ、そうなんだ。ほぇー……全然一旦ミュート!」
全然一旦ミュート? 日本語がおかしいぞ。それに、今度はゲーマーお姉さんのキャラがピクリとも動いていない。完全にマウスから手を話しているようだ。
それからまた同じように三十秒ほどして戻ってきた。
「ごめんごめん。持病の発作がちょっとね!」
「大丈夫ですか?」
「うん。大丈夫大丈夫! これはただ私がモテなさすぎるのが原因だから。大学生なら誰でも患うんだよ」
「ならよかったです。でも、俺はミサさんがモテなくてよかったと思ってますよ」
「え? そ、それはどういう……」
「ふふっ、どういう意味でしょうね? あっ、次の対戦始まりますよ?」
「……っミュート! ああ゛あ゛」
なんかミュートする直前、変な叫び声が聞こえたのだが、一体何をしているのだろう。
それからまた三十秒ほどでゲーマーお姉さんは帰ってきた。
その次の対戦もなんなく勝利。また待機画面でお姉さんの素がでてしまうように追撃する。
「ミサさん。今日は俺の恋愛相談に乗ってもらえます?」
「え、ええ、いいけど……」
俺がこう切り出すと、ミサさんの元気がしぼんでいくようになくなっていった。
それでも構わず続ける。
「実は俺には、昔っからずっと片思いしている相手がいるんですよ」
「ほ、ほえぇ……いいなぁ……」
「その相手は、年上の大学生で、ゲームが上手くて、生意気だった昔の俺にも優しくしてくれて……ふふふっ」
「あ、う、うぇ!? えっと……えっ、それってわた……いや、全然なんでもない! なんでもないったらない!」
「でもですね、どうしても怖くて気持ちを伝えられないんですよ。俺、もうどうしたらいいのか分かんないんです」
「うみゃ!? そ、そそそそそそ、しょうだね。それならもう、ガンガンアタックしたほうがいいんじゃにゃいかにゃ。しょ、処女の私が言うんだから間違いない確定演出きたどうしよう私心の準備がヤバい泣きそう」
ゲーマーお姉さんの脳内は大混乱を極めているのだろう。もはや何を言っているのか分からない。
それでも構わず俺は続ける。
「じゃ、じゃあミサさん。ちょっと話がありまして……コホン。あっと、今言わないほうがいいですね、えへへ。だから、今日配信が終わったら、ちょっとだけ時間もらえます?」
「ミュ、みゅ、みゅ――」
ここでゲーマーお姉さんはまたミュートにしたかったのだろう。だが、何かが弾けてしまった彼女にはそんな余裕はなかったようだ。
「(あああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!! 好きだよおおおおおおお!!!!!)」
彼女は枕に顔を埋めながら、とんでもない声量で叫びだした。幸いと言っていいのか、枕のせいか何を言っているのかは聞き取れない。
やべえ、やりすぎてゲーマーお姉さんを壊しちゃった。
「(あへ、あへへえへへ、どうしようぶち◯したい。めちゃくちゃのとろとろにして、ピーーして、ピーーーーしてから、それから死ぬほど逆転されて、ピーーされて、ピーーーーー)」
正直枕に顔を埋めているせいでほとんど聞き取れないのだが、どこか放送禁止用語を垂れ流しているというのは分かる。
「ミサさん! ミサさんったら!!!」
「!? あ、う、え? ミュートにしたはずじゃ……?」
「ミュートになってませんでしたよ? でも、ほとんど聞き取れませんでした」
「そう、なら大丈夫……かな?」
「さて、そろそろネタバラシしますね」
「え?」
「テッテレー、ドッキリでしたー!」
「………………は?」
ようやく「は」と一言発するまで、不自然なほど長い時が流れた。
「今日の俺はかなり小悪魔でしたでしょ? あれは全部演技です。どうです? なかなかドキドキできたんじゃないですか? それに、配信のネタとしてもなかなかよかったんじゃないですか?」
「あ、はは、ははははは、ウン、ソウダネ」
「ならよかったです。さて、どんどん対戦やりましょう」
「……ソウダネ」
うん、自分でも分かっているが、今日の俺は正直やりすぎた。まあ、たまにはこういう失敗もあるということで、どうか許して。
その後この配信は「小悪魔男子高校生に脳を破壊される干物女」として、小さな界隈でちょっとだけバズりそうになった。
ただし黒歴史を晒されたくないゲーマーお姉さんがすぐさまアーカイブを非公開としたので、実際そうなることはなかった。




