第二十九話 子守唄
今日は二話投稿
俺はいつものように娘お姉さんの部屋でくつろいでいた。二十五歳で引きこもり、俺のことを「パパ」と呼ぶことでおなじみ、娘お姉さんだ。
すると、割とすぐにツンデレ美少女が俺の料理を持ってきてくれた。
「ナポリタンプレートとプリンは扉の外に置いておくからねー」
「はーい、ツンデレ美少女、ありがとさん」
「ふんっ、別に泰平がいると勉強に集中できないってだけだから。じゃあね」
しばらくして、ツンデレ美少女が娘お姉さんの部屋の前から去ったのを確認すると、俺は扉を開けて置いてくれていた料理を持ってきた。
「にしても家族なんだから、そんなに息をひそめなくてもいいのに」
布団の中にうずくまり、小さくなっている娘お姉さんに声を掛ける。すると布団からぴょこっと頭だけ出した娘お姉さんが、ウジウジと言い訳を始めた。
「だってぇ。ママも妹も優しいのは分かってるけど、申し訳ないんだもん」
俺としては、娘お姉さんは引きこもっているだけの認識だ。だが、彼女自身はまるで自分が犯罪者となってしまったかのように思い詰めてしまっている。
「なら、俺と一緒に外に出てみる?」
「いーや! パパの言うことでもそれだけはできないのー!」
「はいはい。分かった分かった。ジタバタしないの」
そんな風に暴れられると、ジャージの下に着ているキャミソールからお胸が飛び出してしまいそうで、ドキドキしてしまう。
「パパ、頭撫でて」
「へいへい、ほんとウチの娘は甘えん坊だなあ」
「えへへー」
しばらく撫でると娘お姉さんは満足したようだ。
まったり雑談しながら、モグモグとナポリタンプレートを食べる。相変わらずここの料理はおいしい。ナポリタンを食べたら、カフェオレを飲む。これを交互に繰り返すことの、なんと幸せなことか。
「はー、うっま」
「……ねえ、私も一口もらっていい?」
「え? マスターさんの娘だから、ここの料理はいつでも食べられるんじゃないの?」
「ううん。お金を払わないと食べられないよ。お母さんってそういうところは厳しいから」
「ほえー。じゃあ普段は何を食べてるの?」
「お母さんが作る試作品か、買ってきた市販品か、妹が作った料理を食べるかだね」
「へえ、そんなもんなんだねえ」
雛鳥のように口を開ける娘お姉さんに、一口ナポリタンをあげる。ついでにカフェオレも差し出し、最後にプリンも一口差し出した。
ツンデレ美少女は健啖家だが、娘お姉さんは少食だ。とにかく一口が小さく、咀嚼する時間も長い。
すべて食べ終わると、娘お姉さんはほころぶように笑った。
「えへへっ。パパ、ありがとー。パパは私を思いっきり甘やかしてくれるから、だーいすき!」
「そうかなあ。俺ってそんなに甘やかしてるか?」
「うん。パパは私に甘々だよ? アメリカのお菓子くらい甘いもん」
「はははっ、そりゃあ甘いな」
そんな風にリラックスしながら雑談しているうちに、全て食べ終わった。
「ごちそうさまでした」
「じゃあ、食べたところで、いつもみたいに一眠りしない?」
「んー……今日は柔道がなかったから、別に疲れてないんだよ。それに、食べてすぐ寝ると牛になるし、別にいいかな」
「いや、パパは知らず知らずのうちに疲れているタイプだから、一緒に寝るべきだと思う。だからほら、こっちに来て?」
娘お姉さんは俺の手を引いて、ベッドに寝かせた。少し強引だったことから、どうしても俺を寝かせたいようだ。
引っ張る力はかなり弱いが、抵抗はしない。腕や足が細く、筋肉が全然ないので、抵抗すると折れてしまいそうで気が引けるのだ。
にしても娘お姉さんの肌は陶器みたいに白いなあ。俺の小麦色の肌と比べると、違いは一目瞭然だ。
「そんなに言うなら、ちょっとだけお昼寝するかあ」
「そうそう。それがいいよ。えへへ」
「でも、実際今はあんまり眠気を感じていないんだよね。寝られるかなあ」
「大丈夫、いつもみたいに私が子守唄を歌ってあげるから」
「おいおい。俺を舐めてもらっちゃあ困る。俺も今や立派な青少年だから、赤子みたいに子守唄なんかで眠れるのかどうか……」
「まあまあ、じゃあ歌うね」
強引に布団を被せ、その隣に腰掛けた。とにかく娘お姉さんは俺を寝かせたいという意志が垣間見える。
ただ、一方で俺はいつもより元気なせいか、娘お姉さんの女性としての柔らかな香りを強く感じてしまう。花やお香などにはない、とにかく人間的な異性の香り。それが俺をそわそわとさせる。
はたしてこんな状態で眠れるのだろうか。
「ルールールルルルールールルルールルルルルールー♪」
少し物悲しい、独特の抑揚のメロディが娘お姉さんの口から紡がれる。
不思議だ。
目を瞑って娘お姉さんの歌声を聞き惚れていると、本当に眠気が襲ってきた。
トントンと一定のリズムで優しく背中を叩いてくれる娘お姉さんに身を任せると、一瞬でまどろみの中へと溶けていったのだった――
三十分ほどで自然と目を覚ました。
目を開くと娘お姉さんが隣に潜っており、いつものように俺の寝顔をじっと見ていた。
やはり俺の寝顔を見て手をつないでいるくらいで、それ以外に何もしていなさそうだ。二十五歳ということはまだまだ性欲旺盛なはずだが、そんなことよりもこの関係を壊してしまうことの方が恐怖に感じるのだろう。
「おはよー」
「パパ、おはよ、今日はちょっと早いね」
「うん、勉強で頭は疲れてても、身体は疲れてないからかな?」
それでも頭自体はしゃっきりしている。休みの日の昼寝はやっぱり最高だ。
「ねえパパ? いつもより三十分早く起きたことだし、後三十分こうして添い寝しない?」
「うーん、あんまり年頃の異性同士で同じベッドっていうのもなあ……」
今更何を言っているのかとも思うが、俺の中にもそういう貞操観念くらいはあるのだ。
「パパと娘だから大丈夫だよ!」
「そっかあ。そうだなあ……」
「パパ、お願い」
さて、どうしようか。もう今更だしなあ。
うーん……ま、いっか。別に何にも起こらないだろうし、誰も見てないしな。
やはり俺は頭では分かっていても娘お姉さんに警戒心を持つことができない。パパと言われると、まあ父親なら大丈夫かあという気持ちになってしまう。
「しゃあない。ラジオの時間まで、このままうだうだとしてるかあ」
「えへへっ。実はちょっとだけ寂しかったから、パパのそばにいっぱい居られて嬉しいなっ」
「ぐはっ! もうウチの娘は誰にもやりません! 大切な娘をどこの魚の骨とも……あれ? 馬の骨だっけ? それとも人骨? あの定型文ってどんなのだっけなあ」
それからしっかり三十分ほど、娘お姉さんは俺の腕枕を楽しみながら、うだうだと雑談に励んだ。
四時になった頃、俺達はラジオごっこを始めた。
「「父と娘のほのぼのラジオ」」
娘お姉さんがオリジナルのジングルを流す。
「さあ始まりました。毎週四時から六時に放送している、父と娘のほのぼのラジオ。さて我が娘よ。今日で第何回だっけ?」
「うーん、分かんないから、一万五百回目としておこっか」
「はははっ、流石にそんなにやってないでしょ」
今日も軽快にトークをしながら、コーナーも進めていく。
最初のコーナーの十の質問では、いつものように俺は敗北した。家電カテゴリーでの勝負だったが、答えが体重計とはなかなか絶妙なところすぎて難しかった。
「では次のコーナーに参りましょう。お便りのコーナー!」
もちろんこのラジオは世に出していないので、お便りなんてこない。それなので、テキトーにネットから拾ってきた悩み事を読んで、解決するコーナーとなっている。
「ラジオネーム、……ええっと、ピーマンの小指詰めさんからいただきました。『最近、見栄えばかり気にしているものって多くないですか? 私はデカすぎる映え重視のハンバーガーを見て、少しモヤモヤします。普通に食べにくくないですか? そういうものがどんどん増えていっていることに、どうも憂いを感じてしまうのです』」
「ああ、俺もそう思うわ。コンビニのサンドイッチとかの、具材を偏らせて見栄えをよくしているやつ、マジでノンストレスレス」
「ストレスってこと? パパー、わざと分かりにくい言い方しないでよ」
「ほんと、いくら見栄えがよかろうが、あれはやめたほうがいいと思う。俺も何百回もサンドイッチを買ってるけど、偏りのせいであんまり満足感がなくて残念に思ってるもん」
「……パパみたいな人がいっぱいいるから、こういうのがなくならないんだろうね」
「はっ!? 俺はまんまと企業の術中にハマっていた!?」
「あははっ、気づいてなかったんだ。軽いオチもついたところで、そろそろ曲にいきましょう。OTOMEで麒麟児」
ここで娘お姉さんが曲のイントロを流す。ただしこの曲の歌詞までは流すわけではない、いわばカラオケ音声のようなものだ。
何故直接歌詞入りの曲を流さないのか。理由は簡単、ここで実際に娘お姉さんが歌うからだ。
「つまんねえ世界を駆け抜けろ~♪」
娘お姉さんが歌う歌は、どこか妙に心に響く。その原因はきっと娘お姉さんの声が素晴らしいからだろう。
それに、歌唱力自体もとんでもない。この歌のうまさなら、ネットに「歌ってみた動画」とか上げればたちまち人気となってしまいそうだ。
ただ、娘お姉さんが歌う歌は、どんな曲であろうが共通してどこか物悲しく聞こえてきてしまう。どんな曲でも自分色に染め上げてしまう。それがいいのか悪いのかはよく分からないが、とにかくそれが娘お姉さんの特徴なのだ。
(耳が幸せだなあ……)
そんな娘お姉さんの歌を、今日も俺は独り占めしたのだった。




