第二十八話 ご褒美はビンタで
ぱんっぱんっ。
二礼二拍手一礼。
「(今日もこの世界が崩壊しませんように)」
俺が頑張りさえすればという前提はあるが、多分だけど白ギャル先輩とは素敵な未来が歩めると思うんだ。大きな手応えこそないが、小さな手応えは感じているからさ。
でも、あと一歩何かが足りない気もしている。このままの関係を続けた場合、俺の元からするりと離れてしまうような、そんな不安感も同時に感じているんだ。
きっと白ギャル先輩に対して何か思い切った事をしなければ、ベストエンドは狙えないのだろう。そこまで分かっていても、具体的に何をすればいいのか分からないのだがな。
もう一個言うなら、とにかくこの首輪が厄介だ。ほんと過去の俺って、バカだよなあ。
こういう問題にさし当たった時、主人公君なら周りの力を借りたりして、パパっと最適解を導き出すんだろう。もしかしたらこの国の法律ごと変えて、強引に問題解決だってやってのけるくらいの力はあるかもしれない。
そう考えると、少し羨ましいと思うときもある。
でもやっぱり、俺は俺でしかない。近道なんてないし、できることしかできない。
白ギャル先輩と縁が切れて、死ぬほど後悔するような未来を迎えないためにも、今日も全力で淡々と生きますかね。
「うし、普通っ子、行こうか」
「うん」
さあ、今日はどんな一日が待っているだろうか。
◆◆◆
今日は土曜日だが、テスト期間ということを考慮して、柔道の練習はない。いつもなら柔道している時間にも、俺は猛勉強をしていた。
お昼になり、母から「私は今日も喫茶店へ行くけど、泰平はどうする?」と問われた。もちろん俺は笑顔で首を縦に振った。勉強も大事だが、母とのデートはもっと大事だ。
ということで、土曜日にいつも行く喫茶ロゼルで昼食を食べることに。
カランコロンカラン。
扉を開けた瞬間、コーヒーを挽いたほろ苦い香りが胸いっぱいに広がった。
「いらっしゃいませー。あら、二人ともお疲れ様。じゃあこっちのカウンター席に座って。いっぱい喋りましょ?」
人の良い笑顔を浮かべたマスターに出迎えられ、いつもの席へ。
「そうそう、泰平君。今日はあなたのクラスメイト達もここへ勉強しに来てるわよ?」
マスターの指を差す方を見ると、主人公君、委員長、無口読書美少女、発明家美少女、ツンデレ美少女が一つの席に集まり、熱心に勉強していた。
「ういーす。みんな真面目だねえ。ツンデレ美少女以外は」
ただし、この集まりの中でツンデレ美少女だけが一人、こっくりこっくりと船を漕いでいる。
ツンデレ美少女はあまり勉強が得意ではない。授業中は寝ていることも多いし、テストではいつも赤点回避のためにヒーヒー言っている。
それなのにこの秀才だらけのメンバーの中で一緒に勉強するとは、なかなか無謀なやつだ。
「おーい、ツンデレ美少女、起きろー。勉強の時間だぞー」
「うーん、やだやだぁ。お母さん、もうちょっとだけ……」
「俺はあなたを産んだ覚えはありませんよ。おーい」
ダメだな。起きる気配がない。
……しゃあねえなあ。
「あっ! 目の前で翼君が生着替えしてる!」
「はっ!? 大胸筋!?」
ガバリと体を起こしたツンデレ美少女の予想以上の勢いに、少しだけびっくりした。
そんなツンデレ美少女の口元には、よだれの跡がついている。間抜け面なのに目だけはギラついているのが、ちょっと面白い。
「「「………」」」
何故か周りに座るみんなは誰も喋らない。
なんだ? どこか気まずそうな空気が漂っている気が……?
ああ、あれか。ツンデレ美少女ってクラスでは謎に一目置かれた立ち位置だから、そんな彼女のちょっとした失態にどう反応していいのか困ってるのか。何故このメンバーになったのかは知らないが、普段から仲良く過ごしているメンバーでないだけ、余計反応に困るんだろうな。
でも、ツンデレ美少女ってそんな繊細な女じゃないんだから、笑ってやればいいのに。みんな不必要な気を使いすぎだぞ。
「よし、ちゃんと起きたな。じゃあ引き続き勉強頑張ってな」
俺は手をひらひらさせて母の隣へ帰ろうとすると、機敏な動きでツンデレ美少女に止められた。
「ちょっと泰平! この地獄の空気をどうしてくれるのよ!!」
袖で口元を乱雑に拭きながら俺に詰め寄る。
「そんなのは色欲にまみれた自分を恨むんだな」
「? よく分かんない言葉でごまかさないで!」
お馬鹿なツンデレ美少女には「色欲にまみれた」という表現が分からなかったようだ。
「……まっ、いいや。とりあえず勉強を頑張れ。今回のテストで赤点が一個もなかったら、主人公君からご褒美があるってさっき言ってたぞ」
「……え? ご褒美? 僕はそんなこと一言も言ってな――」
「それならそうと早く言いなさいよ! うっしゃ! 本気の私にかかれば勉強なんてチョロいわ! かかってきなさい!」
「ねえ翼君。私にはご褒美――」
「「私も――」」
ワイワイ、ガヤガヤ。
……ふいー。いい仕事したぜぇ。
なんか主人公君から助けを求める視線が注がれているが、俺はニヤッとだけ笑い、無慈悲にも背を向けた。
主人公君よ。どうしてもご褒美に困ったのなら、テキトーにビンタでもしてやればいいぞ。この世界の女子高生にはそんなのでもご褒美になるからな。
主人公君に後は任せ、俺は母の隣に座る。
「あら? 泰平君はあっちの席に混ざらなくてもいいの?」
「はい、マスターさん。なにせ今は母とのデート中ですからね」
俺はあんな鬼気迫る様子で勉強する人達の仲間になりたくないんで。そう言いながら、俺は母の腕をギュッと掴んだ。
「あらぁ~、いいわねえ……。泰平君、やっぱりうちの息子にならないかしら?」
「マスター、バカなこと言ってないで、私はいつものだ。泰平はどうする?」
「じゃあ、今日は母と同じものを頼もうかな。あっ、でも飲み物はカフェオレでお願いします」
「はーい、ちょっと待っててねー」
それから、母とマスターのテンポの速い会話にちょくちょく参加させてもらいながら、料理が来るのを待つ。
同時に主人公君達の席から、ツンデレ美少女のうめき声も聞こえてくる。あいつは基本的に常に声が大きくよく通るので、押し殺した声ですらしっかりと聞こえてくる。
「はい、めぐみにはコーヒー。泰平君にはカフェオレね。サービスでプリンを付けておくわね」
「あざぁーす! でもこのプリン、れっきとした人気商品なのにいいんですか?」
マスターはいつも俺にサービスをくれるが、今日のはいつもより明らかに豪華だ。ここの手作りプリン、ほろ苦さと甘さがちょうどよくて、絶品なんだよなあ。
「あははっ、だって、さっき泰平君もうちの娘のことを贔屓にしてくれたじゃない? そのお礼よ」
「あー、バレてましたか。俺、娘さんには特に幸せになってほしいんですよね」
というのも、さっき俺が他のクラスメイトには何もしなかったのに、ツンデレ美少女には少しでもいい思いができるように恋のアシストをしたことだろう。
俺は身内びいきなところがある。仲の良い人には特に幸せになってほしいという気持ちが強い。
そう聞くといいことのように思えるが、それは一面だけを切り取った場合だ。俺は明確に人によって態度を変えるし、人を平等に扱わない。だから、多分そこまでいいことではない気がしている。
でも、そういうのが俺という人間の性質なので、これはもう直す気はない。
「あははっ、なら泰平君が幸せにしてあげればいいじゃない?」
「いやあ、娘さんには俺がいくら“好き好きちゅっちゅビーム”を送っても、全然応えてくれないんですよ。およよよよ、モテない男は辛いですねえ……」
残念ながら高校生という時間は貴重なので、いくら俺がツンデレ美少女を気に入っていようが、絶対に俺に振り向かない人相手にラブコメをしている暇はない。主人公君のことが好きな女性は、いくら魅力的であろうと取り入る隙がないのだから。
そういう時は縁がなかったと諦めるしかない。
ただ、その事実を必要以上に悲観する必要はない。なぜなら、恋愛や結婚だけが異性との繋がりではないからだ。友情だって恋愛と同じくらい大事というのを、前世を持つ俺はよく知っている。
そんな事を頭に浮かべつつ、おちゃらけた泣き真似をして答えると、マスターは朗らかに笑った。
「ほんと、あなた達ってタイミングがとことん悪いわねえ。うちに娘だって幼稚園の頃は……」
「お母さん! その話はダメ!」
マスターの声を遮るように、この喫茶店にツンデレ美少女の大きな声が響き渡った。
「あらあら、うちの娘は地獄耳ねえ。おほほほほ~」
それから、マスターはひらりと身を翻し、奥の方へ料理を作りに行ってしまった。
「おーい。ツンデレ美少女は話を盗み聞きなんてしてないで、もっと集中して勉強しろよ。そんなんじゃ主人公君にビンタしてもらえないぞ?」
翼君から「ビンタ……?」という困惑した呟きが聞こえてきたが、もちろんスルー。
「ふんっ、うるさいわね。あなた達が私の話なんてするから、集中できなかっただけよ。見てなさい、翼のビンタは絶対にもらうわ!!」
言い訳しながら、ツンデレ美少女がわざわざ俺の席にまでやってきた。それから、俺が大事に手に持っていたプリンを奪い取り、ヤケ食いするように食べきってしまった。
「ああー!!! 俺のプリン!!!」
「ふんっ、勉強の邪魔した泰平が悪いのよ。あんたがいると集中できないから、さっさと二階でお姉ちゃんと遊んできなさい。どうせ今日も遊びに来たんでしょ」
「そうだけど……俺のプリン……それに、俺はお腹ペコペコのペコリンチョなんですけど……」
俺が真面目に落ち込んでいるのを見て、ツンデレ美少女は少し眉を下げてうろたえた。
「わ、分かったわよ。プリンは奢ってあげるわ。それに、料理が来たら私が持っていって外に置いておくから、今日はお姉ちゃんの部屋で食べなさい」
「んー、奢ってくれるのならいいや。ならそうすっか」
俺はマスターへ遊んでいいか許可を取ったのち、ツンデレ美少女が言ったようにすることにした。
すると、ツンデレ美少女はひと仕事終えたかのように、満足そうに胸を張った。たったそれだけの仕草が妙に可愛い。
ツンデレ美少女は普段がツリ目気味で意志の強そうな印象がある分、柔らかく笑った時のインパクトがすごい。周りの景色までまとめて明るくなったようにすら錯覚してしまう。流石美少女。
「にしても……」
そんなツンデレ美少女の平坦な胸元を見て、マスターの豊かなお胸を見て、それから娘お姉さんの豊満なお胸を思い出してから、俺は小さくため息を吐いた。
「何がとは言わないけど、あるところにはあるけど、ないとこにはとことんないんだなあ……」
「死ね」
俺はツンデレ美少女により、お盆の角で強めに頭を殴られたのであった。




