第二十五話 心が読める
「ほえー、普通っ子って心が読めるんだ」
「うん、そうなんだ」
俺は普通っ子の家にお呼ばれし、明らかに野次馬しにきた普通っ子のお母様(お姉さんにしか見えない)から根掘り葉掘り色々質問されたのち、普通っ子の私室へと来ていた。
どうやら普通っ子の家はお金持ちらしく、家がかなり大きくて最初はちょっとビビっていた。今はようやくこのふかふかの絨毯や品の良い調度品などにも慣れてきたところだ。
「そんなことよりユウカが作ってくれたオムライスがうまい。世界一うまい。今日から俺の主食はユウカの作ってくれたオムライスにしたい」
「でっしょー。って、違う違う。それは嬉しいけどね。心が読めること、きっと泰平なら気にしないんだろうなあって思ってたけど、ほんとに気にしないのね。まさかのそんなこと扱いかあ」
「まあ、俺って基本フルオープンだから。自分が気に入った人には特に」
「ね。泰平って一度気に入った人は、心配になるくらい大事にするもんね。とはいえなあ。そういうパターンも想定していたとはいえ、もうちょっと興味持ってくれない?」
その話を聞いて思ったのは一つ。やっぱり普通っ子は普通じゃなかったってことかな。妙な納得感があったくらいで、特段驚くようなことじゃない。
そもそもこの世界には他国から人外娘とかが来ているくらいだから、超能力者くらいいてもおかしくない。それに、王道が好きな主人公君なら、そういう超能力者みたいな人との恋とかも妄想してそうだと思っていた。
かといって「お堅い委員長が実は死ぬほど淫乱」みたいな王道のやつとか、そういう偏見で人を見ると流石に失礼なので、ありのまま見たものを基本信じることにしていた。
ノンデリと扱われているとはいえ、最低限考えてはいるんだよ? 少しだけ考慮が足りないだけなんです。
「心が読めるってさあ、あんまり幸せじゃないパターンのやつ?」
心が読める系の物語の王道は、心が読めるからこそ虐げられたり、知りたくもない悪意を拾ってしまったりして、傷ついていることからスタートすることが多い。
「そう、そうなの! 人の心を読めるのって、幸せなことじゃないの! いい人もいっぱいいるし、悪意に満ちた人は少数だって知っているけど、割り切るまで結構辛かったんだよ」
「可哀想。俺がよしよししてあげよう。てか、よしよししたい。こっちおいで」
「ダメ、また映画館の時みたいに、なんかエッチなことするかもしれないから」
「たはー、言い返せねえ」
でも、こういうのって性欲旺盛な女が俺みたいに暴走して、男の方が諌めるのが自然じゃなかったっけ? どうしてこうなったのか。
普通っ子が可愛すぎるから悪いだけで、俺が悪いんじゃないよね。
「それ、性犯罪者の言い分だからね。私も泰平を犯罪者にさせないために声を押し殺して頑張ったのに……本当に死ぬ気で耐えたんだから、もっと反省して下さい」
「マジすんませんでした」
コンコン。
ドアのノックの後、部屋のドアが開かれ、普通っ子のお母さんがお盆を持って現れた。
「はーい、二人とも、おやつ持ってきたわよー」
ニタニタと笑いながら、それはもう楽しそうに俺達を見ている。普通っ子が男を連れ込んだことに興味津々なのだろう。
てか、やはり普通っ子のお母様、余裕で可愛いな。スラッとしているし、出るところは出ているし、普通っ子と同じく髪の毛はツヤッツヤだし。ほんとこの世界の女性、みんな可愛いわあ……
「泰平、うちのお母さんをそんな目で見ないでくれる?」
「はい、申し訳ございませんでした」
「きゃー、ウチの娘に初めて嫉妬されたわ。きゃー」
そう騒ぎながら机におやつを乗せたお盆を置くと、「お幸せに~」とごきげんな様子で手を振りながら部屋から出ていった。
「ウチの母があんなのでごめんね。私が心を読めることを知ってるから、心配症なの」
「いやいや、いいお母さんじゃん。それに可愛いし」
「ちょっと?」
まあ、どうせ心が読まれているんだし、隠しても仕方ないかなって。あんまり自分の気持ちに嘘つくのも嫌だしね。
「大丈夫、安心して? 普通っ子の方が百億倍可愛いから」
「泰平のばか。私は可愛いとか、そういう方向性の言葉が欲しいわけじゃないの。泰平の可愛いは信用ならないから」
「ええ~。本気で思ってるのに……」
「本気だからこそだよ。事情は分かっているとはいえ、泰平の可愛いのハードル、低すぎるんだもん」
「そうかなあ?」
それこそこの世界の女性が可愛すぎるのが問題で、俺は悪くな――っと、また犯罪者みたいな他責思考になってしまった。ギリギリセーフ。
「私はね、泰平のその可愛い女性の中の、特別な一人になりたいの。私が柔道部に入ったときからずっとそう思ってた。
それなのに、すでに泰平の心の大事なところはルリ先輩が居座っているし、アタックしようにも泰平はカエデ先輩に夢中すぎて隙がなかったし、やっと好意が伝わり始めた頃、今度は新しく入ってきた愛らしい後輩にすーぐ心奪われるし……
そんな私の気持ち、分かる?」
「お、おう」
普通っ子はぷくーと頬を膨らませながら、俺に抗議するかのようにジトッと見てくる。そうまっすぐ来られると、心臓がぎゅってするからやめてほしい。
俺は座ったまま柔らかいカーペットに両手をついて、後ろに体重を預けながら上を向いた。
「……あれ? ずっとふわふわしててあんまり意識してなかったけど、普通っ子の部屋にお呼ばれしてるじゃん」
それも二人っきりで。
「そうだよ、今更何言ってるの?」
やっば、遅れてドキドキしてきた、どうしようどうにかなりそう。なんかいい香りがする気がする。俺の臭い部屋とは全然違うんだけど、どうなってるんだよ。
やっぱアレかな。あんまり驚かなかったとかいいつつ、ちょっとは混乱してたのかな。くっそ、かっこつかねえ。
ふぅー。落ち着くために、なんとなしにおやつのシルベーヌをひとつまみ。ついでにロイヤルミルクティーも。
うん、うまいし、ちょっと冷静になれた。
「ふふふっ」
あっ、そうだ。こういう思考の流れとかも全部バレてるんだった。いやはやお恥ずかしい。
「……こほんっ、さて、そろそろ真面目な話をしますか」
「あ、誤魔化した」
やっぱ普通っ子、強すぎない? 色恋が勝ち負けだとしたら、全敗なんだけど。
「ユウカはさ、心が読めるから翼君のヒロインになることに乗り気じゃなかったの?」
「うーん……うん、まあそうかな。約三年前に前世の記憶と融合してここが妄想世界だと気づいた泰平の心を読んでしまって、私の方でもいろいろな気づきがあったんだ。
あの時は自分の中のものさしが当たり前じゃないと知って、なかなか衝撃的だったなあ。
でもね、それはただのきっかけで大きな理由じゃないの。
泰平の考え方に影響されたせいで、翼君にそこまで興味が持てなかったんだ」
「俺の考え?」
「うん、泰平にはさ、まずは自分が幸せになって、その道中で自分がもっと幸せになるために、身内や大事な人にも幸せになってもらう、みたいな、そういう考えが根本的にあるじゃん」
「うん、そうだね。それが俺の行動原理」
それこそ、あいつが幸せそうな姿を見て、俺も幸せになったように。今度は俺がそっちになりたかったんだ。
「それ、当時の翼君を幸せにすることばかり考えていた私にすごく刺さってね。いいなあって素直に思ったんだ。それから私もそういう風に考えるようになったの」
「そっか。それなら嬉しいな」
「で、私が最高に幸せになるためには、まずは泰平の心を手に入れないとって思ったの」
「うん」
……うん? なんか話が飛んだ?
「その後は、柔道部のみんなと泰平、全員に結びついてもらって、将来一緒に暮らす。柔道部の女性四人と、泰平の心の中にいる大切な女性一人、これで満五人。この五人で結婚生活を送る」
「………」
展開が早くて理解が追いつかないんだけど……
ええっと、確かにそのようなことを以前にも言っていたな。
ってか、そうか。普通っ子はあいつのことも知っているのか。
「それが私の考える一番の幸せかなって。だから、私は最高に幸せになるために、その未来を目指すよ」
「なかなか強欲だなあ。でも、そういうの嫌いじゃないよ」
「でしょ?」
普通っ子は花開くように笑う。ずっと見ていたいくらい、魅力的な笑顔だ。
……そっかあ、何度も思っていたけど、普通っ子、やっぱり俺に好意があるってことだよなあ。俺も普通っ子がいない生活なんてもう考えられないし、それくらい大切だ。
ふと俺の首輪を撫でる。
申し訳ないなあ。過去の俺のバカな行動のせいで、俺にはこれがある。首輪を付けている限り、正式に付き合うことができないんだよ。
「大丈夫だよ、泰平。そんな泣きそうな顔しないで。私に考えがあるから」
「考え?」
「泰平がやっている“いつも”と同じだよ。あくまでこっそり、こっそり楽しめばいいの」
「うーん……」
それって、今日みたいにヒソヒソ隠れながら、あくまで仲の良い友達って体で遊ぶってことだよな。
でも、これだけ真摯に好意を向けてくれる普通っ子に、誠実に向き合えないのがちょっと辛いんだよね。そんなことをしてしまったら、いつか大事な時に普通っ子を傷つけてしまうかもしれない。
ぶりっ子先輩とのように、偶然見つけた体を装ってラブレターを交換するっていう裏技もあるが、あれは幼馴染でお互いのことを知り尽くしているからこそできる芸当だ。
心が読める普通っ子なら俺の隠したラブレターを見つけ出せるかもしれないが、俺は普通っ子の隠したラブレターを当たり前のように見つけられないだろう。
「違うよ。そうじゃない。私達は私達なりの方法で付き合うの。心が読める私だけの方法で、正式にね」
普通っ子は俺の手を取って、ウインクした。はい可愛い好きです大好きです。
「ふふっ、ありがと。今みたいなのを、心の中で正式にやるの。それなら、正式に付き合ったことにはならないもん」
……あっ。
なるほど、普通っ子の言いたいことを察した。
そっか、声に出さなくても、普通っ子には聞こえるんだ。声に出さないのなら、あの厄介な透明なルールに抵触することはない。堂々と好きになった人に好きと叫べる。
「えと、ちょっと待ってね」
今までリードされっぱなしだったが、これはしっかり俺から言いたい。言わせてくれ。
俺は普通っ子の手を取って、しっかりと目を見る。俺の胸の中にある熱を全部込めて、全身全霊、全力で。
(ユウカのことが好きです。付き合って下さい)
普通っ子の黒い瞳が大きく揺れた。
「はい、私も同じ気持ちです」
この日から、俺の朝のランニングに普通っ子が加わるようになった。
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