第二十三話 デート当日
ぱんっぱんっ。
二礼二拍手一礼。
「(今日もこの世界が崩壊しませんように)」
もし本当に世界が崩壊するとしても、今日だけは我慢してほしい。だって今日は記念すべき普通っ子との初デートなんだから。
というかやっぱり、今日だけとは言わず、永遠に続いてほしいな。俺は案外この世界をエンジョイしているんだから、邪魔しないでほしい。
「うし」
さあ、今日はどんな一日が待っているだろうか。
◆◆◆
集合時間は朝の九時だったので、俺は三十分前に待ち合わせ場所についた。
待ち合わせには早すぎても遅すぎても失礼で、ちょうど五分前くらいに着くのがいいとする価値観を持っているのだが、ソワソワしすぎてこんな早くに来てしまった。なんだか我慢ができなかった。
少し早かったかと後悔しかけていたところ、ちょうど反対側から普通っ子が歩いてくるのが見えた。
「おいーす、普通っ子、速いね」
いかにも通常運転ですよと言った態度で俺は手を振るが、内心はお祭り騒ぎだ。
春だ。春が近づいてきた。
私服姿の普通っ子が近づくほど、幸福感がじわじわとせり上がってくる。全体的に少し甘めにコーデされた服装は、いつも制服をきっちりと着ている普段の普通っ子の持つイメージとは全然違った。
そのギャップが俺の脳を揺らす。ふわふわと揺れるスカートにも心惹かれるし、普段とは違う少し気合の入った髪型も最高だ。ギュンって、心がギュンって握りしめられたみたいだ。
「泰平ならこの時間に来るんじゃないかなって思ってたよ」
聞き慣れた声のはずなのに、どうしてこうも俺は舞い上がっているのだろうか。
「ほう、俺のことは全てお見通しってわけか。普通っ子は勘がいいからなあ」
「ふふっ、これは勘じゃなくて、『泰平も私と同じでソワソワして早く来てたのなら嬉しいな』っていう、ただの願望だよ」
なにこいつ可愛いんだけど。普通っ子の周りだけ色鮮やかに見えるんだけど。
「にしても、普通っ子の今日の感じ、最高に可愛いな」
ぎこちなく後頭部をポリポリとかきながら、なんでもないことのように言う。
「ふふふっ。あっ、泰平。今日のデートでだけは、私のことユウカって下の名前で呼ぶように。分かった?」
「分かりました! さー!」
でも、下の名前呼びかあ……
俺、異性を下の名前で呼ぶと、本気になりすぎちゃうんだよなあ。どうしても俺の中の違うスイッチが入ってしまうというかね。
まっすぐ言ってしまうと、俺の場合はどうしてもセ◯クスにまで発展したくなる。邪な気持ちになってしまうことも申し訳ないけど、どちらかというと、ピュアじゃなさすぎて気が引けるというか。
みんながピュアッピュアのラブコメしている中で、こういう純じゃない欲を出すのって、なんかね。
しかも俺の場合、すでに五人の妻が形式上でもいるもんだからさらに厄介だ。五人以上の彼女を作ることは犯罪になるし、その相手にも小さな罰を受けさせることになる。
そうなるともう、誰も幸せにならない。過去の俺マジ許すまじ。
「ということで、もう一回やり直し。どう、今日の服、可愛い? 泰平に可愛いって思われたくて、頑張ったんだよ」
普通っ子が可愛くて辛い。今日はマジで気合入れなきゃ、みすみす犯罪者となってしまう。人生を楽しむのはいいが、超えちゃいけないラインはあるからね。しっかりしろよ、俺。
「ユウカさん、今日の服装、最高に可愛いです。はい」
「なんで敬語? まあ、仕方ないから今日のところはこれで許しておいてあげる。それで、泰平も今日のためにかなり気合入れてきてくれたんだよね。その服も似合ってるよ」
普段はカジュアルな服装を好む俺は、ジーパンとシャツでいることが多い。けれど今日はクローゼットをひっくり返して物色し、ジャケットを羽織ってきた。
髪型も普段は自然のままなことが多いが、しっかりセットしてきた。ファッションには疎いのだが、思いつく限りは頑張ったつもりだ。
「よし! じゃあ、映画館へ出発進行!」
二人で並んで歩き始める。ほんのりと温かい風がほっぺたをくすぐる。
道中では、水族館、ショッピングモール、公園、大きめなお寺などがところ狭しと並んでいた。
相変わらずこの街には王道のデートスポットがたくさんある。それはきっと、主人公君が様々なヒロインとデートを楽しむために、近くにあるのだろう。
映画館もその一つだ。まさか俺が同級生の女子と二人でデートスポットへ行くことになるなんて、思いもしなかった。
「ねえ、泰平。時間が来るまで、カフェで時間つぶししない?」
「うん、いいね」
待ち合わせからお互い三十分も早く来ているので、合計して一時間ほど時間の余裕がある。
俺達は映画館の近くのカフェに入り、注文を済ませる。今日は映画を見終わった後、普通っ子の家で昼食を振る舞ってくれるらしいので、軽めにしておいた。
「おまたせしました。ビターチョコケーキと、フローズンベリースムージーです。ふふふっ、末永くごゆっくりどうぞ~」
ごきげんな雰囲気をまとったお姉さんが含み笑いをしながら持ってきたのは、まさに注文通りではある。
あるのだが……
「なんでラブコメストローが?」
ラブコメストロー――正式名称は知らないが、ハート型で飲み口が二股になっている、変形ストローだ。これで飲むと強制的に二人の顔が至近距離になる、ラブコメでは定番のやつ。
「泰平は知らなかったの? ここのカフェ、カップル専用の店なんだよ」
「マジか」
なるほど、とことんラブコメ仕様ってわけか。これも主人公君のせいなのか、はたまたここの店長がおかしいだけなのか。
「ちなみにカップルと偽っているのがバレると、値段が倍になるからね。だから、泰平もちゃんとこのストローで飲んでね?」
「いや、嬉しいんだけど、いいのかなあ」
俺、彼女を作るわけにはいかないんだけど。店員さんを騙しているみたいにならない?
「大丈夫、私が『まだ私の一方通行の気持ちでしかない関係ですし、あの人はこの店のルールを知らないんですが……それでもここで食べても大丈夫ですか?』って事前に聞いておいたから」
おぉう、それ、片思いしてますって言ってるようなものじゃん。嬉しすぎて勝手に俺の口角が上がりやがる。
「へ、ほ、ほえー、そういうのもいいんだね」
「うん、なんなら喜んでたよ。あのお姉さん、付き合う前の初々しい感じを見る方が好きみたい」
ま、いいなら気にしなくていいか。根が真面目だから、こういうところ気にしちゃうんだよ。
「……ていうかさ、泰平もこのストローで飲むの、嬉しいんだ」
普通っ子がいたずらっぽく笑う。それだけでいとも容易く俺の心臓が跳ねる。
「そりゃあ嬉しいよ。なんたって普通っ子……ユウカとこんなことができるんだから」
普通っ子と言いかけたところでジトッとした目で見られたので、すぐに修正。ユウカと呼ぶと、途端に花開くような笑顔を見せてきた。
こいつ、完全にこちらを殺そうとしてきやがる。こちら瀬戸泰平、ただいま瀕死です。
「泰平、無意識かもしれないけど、それ以上やると首輪が壊れちゃうよ?」
「え? あ、うん、ほんとだ。ありがと」
俺の身体が無自覚のまま動き、俺を苦しめる元凶である首輪を引きちぎろうとしていた。
ふぅー、一旦落ち着こう。舞い上がるのも自然だけど、舞い上がりすぎて何もできないと、後悔することになる。
こういうときこそ、無でもなく、有でもなく、全てでもなく、中道でもない。ただ自然に。カッコつけたい気持ちや甘酸っぱい気持ちを否定せず、それを推進力として、やりたいようにやろう。
「ほら泰平、あのお姉さんの期待するような視線が気になるのかもしれないけど、そういうのは無視してやるよ」
「まあ関節キスくらいなら正直余裕だから、期待するような展開にはならないと思うけどねー」
軽口を叩きながら、お互いに顔を近づけ、ストローを咥える。ふわりとした純白の花束のような普通っ子の甘い香りが頭の奥にまで届く。
チュー。
ゆっくり吸う。ストローを吸う普通っ子の唇が目に入る。なんだか見てはいけないものを見ているようで、すぐに視線をそらす。
普通っ子がこちらを見て、目と目が合う。時が止まったみたいにお互いの視線が絡む。
視線をそらしたくない。心臓の音がうるさい。身体の内側が焦げ付くように熱い。
それからしばらくして、普通っ子はニコッと控えめに微笑んだ。
「えへへっ、こういうのもいいね」
「甘酸っぱい」
思った以上に余裕がなかった俺は、そう小さく呟くことしかできなかった。
そんな限界間近な俺に向かって、普通っ子は追い打ちをかけるように俺の目を見てこう言った。
「泰平っていいよね。他の男の子と違って心を通わせることに抵抗しないし、受けた好意を宝物のように大事にしてくれるし、ノリもいいし、優しいし、色気もあるし、勉強も運動もできるし。そんな泰平のこと……」
ここで普通っ子は言葉を区切り、口をつぐんでしまった。
え、続きは? 続きが聞きたいんですが! そんなところで寸止めされると、期待感でおかしくなってしまいます!
そうやってしばらくソワソワする様子を充分に堪能した普通っ子は、なんでもないように俺にこう提案してきた。
「じゃ、もう一回飲もっか」
「ぐぅう。うぁああ゛あ゛あ゛あ゛小悪魔すぎるよおおおお。しんどいぃいい゛い゛」
「ふふふっ、あっ」
俺が机に倒れながら唸り、普通っ子が微笑んでいる時、店員さんの方から人が倒れる音が聞こえてきた。
何事かとそちらに目を向けると、幸せそうに鼻血を出しながら店員さんが地に伏していた。
……え? なんでよ?




