第二十二話 初めての経験
ぱんっぱんっ。
二礼二拍手一礼。
「(今日もこの世界が崩壊しませんように)」
男女比の関係から、この世界では男は五人の妻を娶る必要がある。それを俺は高校生のうちに終わらせるつもりだ。
一人はぶりっ子先輩。これは確定なのだが、逆に言えば他の四人はまだ決まっていないのだ。
後は白ギャル先輩と、さらに元気っ子後輩も入れ、残り二枠にするのが今の俺の理想だ。彼女達のためなら、俺は迷わず人生を賭けられると断言できる。
それだと柔道部の中で普通っ子だけが仲間はずれみたいになるが、別に彼女のことが嫌いというわけではない。なんなら俺は彼女のことはものすごく魅力的だと思っている。
けど、普通っ子は俺の中で主人公君の彼女候補だから、天地がひっくり返ることでもおきない限りはアタックしちゃあ行けないんだよなあ。
……って思って自制していたのに、「義務告白」とかいって俺を揺さぶるんだから、「ワンチャンあるのでは?」なんて淡い期待をしてしまうんだよ。
あんまり青少年をドキドキさせないでほしいよ、ほんと。
「うし」
さあ、今日はどんな一日が待っているだろうか。
◆◆◆
俺はいつも登校時間が速い。主人公君が来るまでこっそりヒロインどもと交流を深めたり、クラスメイトの男子とテキトーに会話したり、授業の予習をしたりする時間が嫌いじゃないからだ。
こういう何気ない時間こそ、今しかできないって感じがする。
「ういーす、普通じゃない普通っ子、おはー。いつもは遅いのに、今日は速いね」
「うん。おはよう。泰平に用があったから、私も早めに来たの。あんまり目立ちたくもなかったしね」
「用?」
普通っ子とは同じクラスだが、基本的に普通っ子も俺も同性とつるむので、あまり教室で話す機会はない。
そういう関係なのは、不必要に悪目立ちしないためだ。このクラスでは主人公君に夢中な女子と、主人公君に嫉妬する男子というのが普通なので、それ以外のことをすると確実に目立つ。
目立つのは最悪いいとしてもだ。万が一にでも主人公君が俺に嫉妬するみたいなことが起こるのは、絶対に嫌だ。主人公君には最高の青春を送ってもらって、そのうえでこっそり俺は俺の人生を楽しむのが、俺としてはベストだ。
普通っ子はしきりに髪の毛をいじったかと思えば、ポケットから何かの紙を出し、俺に一枚手渡した。
「はいこれ、映画のペアチケット。明日からちょうどテスト期間で部活がないし、一緒にデート行かない?」
「えっ?」
……え?
……マジ?
なんか天地がひっくり返った?
あぅ、ヤバい。こんな真っ向からデートに誘われたのは初めてだ。地味に嬉しい。いや、地味どころじゃなく、飛び上がるくらい嬉しいんだけど。
「泰平、ニヤニヤしすぎ。きっも」
とはいいつつ、普通っ子からはあまり俺を攻める気配を感じない。どちらかと言えば照れ隠しのような、そんな印象を受けた。
「仕方ないだろ。プレイボーイの俺でも、女子からデートのお誘いなんて初めてなんだから」
「ふぅん。やっぱりそうなんだ」
くっそ、嬉しそうにニマニマしやがってよお。可愛いなこいつ。てか、こんな可愛かったっけ、いや可愛かったわ。でもやっぱ可愛さ増してる気しかしない。絶対変わってないはずなのに、くっそ可愛い。なんなのこいつ。
「あっ、でも、普通っ子は翼君の彼女みたいなもん――」
「だから言ったでしょ。もう玉砕したって。泰平はそんなこと気にしないでいいの。ていうか、気にしないで」
「あい」
有無を言わさぬ迫力があったので、つい頷いてしまった。
「じゃ、そういうことだから、よろしくね」
手をひらひらとさせながら普通っ子は自分の席へと戻っていった。
これは流石に、期待しちゃってもいいよなあ。自制、やめていいんだよね。
……それにしても、デート、デートなあ……ふひひ。
「おはよう、泰平。相変わらず速いね。 ……ん? どうしたの? そんなニヤニヤして?」
「おう、不健康、おはー。別になんでもないよ。ただ頭ン中でピーチ姫とクッパ様のエロ同人展開を考えてただけー」
「……ほんと、泰平って変態だよね。まあいいけど」
この日一日俺は、感じたことのないようなふわふわとした幸せの中にいた。
授業中、つい普通っ子を視線で追ってしまったり、過去に俺に向けてくれた笑顔を反芻したりで、頭の中が普通っ子のことでいっぱいだった。
俺にもこんなまっすぐな思春期特有の青臭い部分があるとは思わず、自分のことなのに少し驚く。
元々そういう欲は薄く、達観した視点で物事を見ながら、現実を受け入れつつも、それでも最高に人生をエンジョイできるのが俺という存在だと自負していたんだけどなあ。
いや、やはりその自己評価は間違っていないと思う。その上でこれだけ嬉しいんだ。普通っ子が俺に心を割いて、さらに行動までしてくれたことが、ただただ嬉しいんだ。
今まで俺はモテたいと常日頃言いつつも、別に本気でモテたいわけじゃなかった。テレビの外にいる有名女優に「あー、この人と付き合いてぇ」みたいな、大きな諦めと小さな羨望が入り混じった、その程度の気持ちだった。
それでもこうなっちゃうんだから、やっぱこの世界の女子って魅力的すぎるわ。少なくとも今日一日は、ずっと浸っている気がする。
俺でもこんなに嬉しいのに、主人公君はよく誰とも付き合う気がないとか言えるよなあ。ある意味すげえわ。
そして放課後。タイミングがいいことに、今日は普通っ子とペアだ。
「ねえ、俺、今日一日中舞い上がっているんだけど、キモくない? まあキモいって言われても、どうにもできやしないけど。 ……いや、やっぱりキモいって言わないで。今普通っ子にそう言われると、死にたくなるから」
「人生で初めてデートに誘われたのなら、多少舞い上がるのも普通ってものじゃないかな。ほら、普通っていいでしょ?」
「なるほど。普通って素晴らしいな」
そっか、これって普通なのか。そう言われるとなんだか許されているような気分になるな。
普通という言葉には、そういう人を肯定する力があるみたいだ。
「にしても、思った以上に喜んでくれてるみたいだね。軽い気持ちで誘っただけなのに、意外」
「嘘つけ。あれは軽い気持ちじゃなかった。だから俺は嬉しいんだよ」
「……そう」
普通っ子はそっぽを向きながら、手ぐしで髪の毛を流す。はい可愛い。
もしかしたら普通っ子って、この世で一番可愛いんじゃないか? そうに違いない。間違いないわ。たはー、くっそ可愛い。
「でもだよ。私的にはそうやってあんまり浮かれられると、デートのハードルが上がって失敗しそうじゃない? だから、舞い上がるのも程々にしてくれると嬉しいな」
「いやまあ、この時点でもうデートは成功しているようなもんだろ。だって俺今、多幸感でいっぱいだもん。明日のデートが死ぬほど盛り下がっても、もはやどうでもいいかも」
「泰平は極端だなあ。ならいいけど」
普通っ子は楚々として控えめに笑う。今は普通っ子が何をしても、心臓が跳ねるように喜びやがる。はー、人生楽しいなあ。
「ねえ泰平、カエデ先輩がこっちを羨ましそうに見てるから、そのポワポワ、そろそろやめられない?」
「えー、無でもなく、有でもなく、全てでもなく、中道でもない。ただ自然に。そうしてるだけなんだけど……まあ、白ギャル先輩を悲しませたくないし、もう少しシャキッとするかあ」
流石に幸せオーラを垂れ流しすぎた。少しだけ意識して表には出さないようにしよう。その程度ならまあ自然の範疇だ。
「そうだよ。私だけじゃなく、みんな平等にね。どうせ将来この柔道部の私達四人は泰平と結婚することになるんだろうしね」
この世界では男女比が1:5だからか、男は五人の女性と結婚するのが普通だ。
とはいえだ。
「ん? 将来が確定したみたいに言うね。普通っ子の未来予想図ではそうなってるの?」
確かに俺は柔道部のみんなのことを特別に思っているが、別に今のところ誰とも交際関係はないし、将来どうなるかなんて分からない。確定だと言えるのはぶりっ子先輩くらいだろう。
「少なくともルリ先輩と私はそう考えているし、そうするように動くつもりだよ。泰平を逃がすつもりもないし、私達以外に心を奪わせるつもりはないの。シホとカエデ先輩については……まあ、泰平次第?」
まあ、ぶりっ子先輩は分かる。で、普通っ子もぎりぎり分かる。なんか今日、割と本気で好意を向けてくれたし。
でも、白ギャル先輩と元気っ子後輩はどうだろう? 白ギャル先輩にはかなり本気でアプローチしてはいるが、あと一歩が届いていない感覚がある。元気っ子後輩は言わずもがな。
だから俺次第と言われましても、「あの二人のハートを絶対にゲットする!」みたいな自信は流石にないな。
「その未来は素敵だけど、前途多難だなあ……」
「泰平の男の見せ所だよ! 頑張って!」
「そもそも、明日のデートで大失敗して、普通っ子が俺に愛想を尽くすことだってあるかもしれないのにな」
「大丈夫、もし泰平が緊張しすぎて脱糞したとしても、私はなんとも思わないから。聖母のような顔で対処してあげる」
「ちょ、具体例出すのやめてよ」
なんかそういう失敗を意識しちゃって、ほんとにそうなる気がしてきた。
一応替えの下着とズボンは持っていっておこう。十中八九大丈夫だろうけど、一応ね。




