第二十一話 副道場長
なんとなく今日は二話投稿。
ぱんっぱんっ。
二礼二拍手一礼。
「(今日もこの世界が崩壊しませんように)」
なんかさ、俺、今までより明らかに柔道が強くなっているんだ。別に何を変えたわけでも、特殊な練習をしたわけでもないのにだよ。
その原因は多分、元気っ子後輩や、白ギャル先輩、もっと言えば柔道部のみんなが、俺のことをただひたすらに期待してくれているからなんだよ。それこそ、前世の俺がお前をひたすらに信じていたように。
そう考えると、前世の俺だって少しはお前の役に立てていたのかもな。
「うし」
さあ、今日はどんな一日が待っているだろうか。
◆◆◆
ここは十中八九妄想から生まれた世界だが、このクラスに居る美少女達は妄想によって都合よく作られた存在ではない。
その根拠として、みんな幼い頃から一緒に成長してきたからだと以前言ったが、あれは一部嘘だ。
高校生になってからこの世界の外からきた外部生――彼女達はこの街で生まれた人間ではないので、その法則に当てはまらない。
ただ、誰かを「作られた存在」だと疑うこと自体、俺にはナンセンスに思える。その法則が当てはまらないとしても、俺は彼女達をちゃんと街の外で生きている人として扱う。それが俺の当たり前だ。
で、そんな外部生の一人、「主人公君にだけ心を開く外国人美少女」が、今朝翼君が委員長と手を繋いで登校していた場面を見て、「浮気だ」と詰め寄っていた。
「ツバサッ! ワタシのこと、あんなに熱くラブしてくれたのに!」
「うぇ! ち、違うよ! ただあの時は君が泣いていたから、抱きしめただけで……」
「ワタシの国では、抱きしめる、イコール、ラブです。ツバサ、責任とってね?」
「えええ! そんな、困るよ」
「どうして? あなたとワタシ、お互いラブでしょ?」
外国人美少女はいつだって情熱的に主人公君に好意を伝える。日本の侘び寂びの心や、奥ゆかしさなど関係ない、我が国のやり方で恋愛するという強い決意が見える。
「ごめんね、もう一限目は移動教室だから移動しなきゃ。委員長と一緒に行こうって約束してるんだ」
「ツバサ、待って!」
外国人美少女が主人公君の袖をキュッと掴んだ。
「お願い、一人にしないで。ワタシ、寂しい」
外国人美少女は男心をくすぐる甘えを見せた。
だが、案外主人公君は約束を守る男だ。そうやすやすと横入りを許したりはしない。
「本当にごめんね。また今度一緒に移動しよう」
そう言い残すと、翼君は委員長と手を繋いで移動し始めてしまった。
「………」
あーららー。
明確な敗北者となってしまった外国人美少女から、周囲を寄せ付けないようなオーラが漂っている。そのせいで教室の空気が悪い。
でも、これってただの移動教室に一緒に行くってだけなんだよなあ。
大げさだと内心で呆れつつも、明らかに不機嫌な外国人美少女に俺はあえて声を掛ける。
「うぃーっす、敗北者ちゃん。不機嫌そうにどうしたんだ? 生理痛か? ったく、しゃあねえから俺が一緒に移動してやろうか? お?」
「ちっ、ファッキンジャップ。翼以外の腰抜け日本人男性なんて眼中にねえんだよ。キモいから消えろ。ほんと、これだから島国の農耕民族は……」
外国人美少女はさっきまでのカタコト日本語をやめ、流暢かつ汚い言葉で話し始めた。つまりさっきまでの話し方は演技だということだ。
この通り、基本的に外国人美少女はあまり性格がよろしくない。割とわがまま放題で、癇癪持ちの姫様のような性格をしている。
なので……
「大和魂チョーップ!!」
「痛い!」
こういう時は鉄拳制裁に限る。
「ほら、お前がこの教室の空気を悪くしてるんだから、さっさと行くぞ」
俺は強引に外国人美少女の手を引いて移動を始める。それに対して彼女は何も抵抗せず、されるがまま。
「………」
「おんやぁ? あんだけバカにしてた男に手を繋がれて、緊張してだんまりになっちゃいまちたかぁ~~???」
「~~~ッ!!」
外国人美少女は涙目になりながら、赤くなって俺を睨む。俺達とは人種が違うからか、白い肌に赤く血色した頬がやけに映える。
ツンと不満そうにとんがらせた唇や、翡翠のような深いグリーンの瞳。日本人のような柔らかな可愛らしさではなく、鋭く尖った力強い美が見た目から溢れている。
「ったく、お前さあ。やっぱり黙ってるとくっそ可愛いな。だから、これまで通りいっぱい話すのがおすすめだぞ」
人によっては「だから」の意味が繋がっていないと思うだろうが、俺としては割と普通のことを言っていると思っている。
だってさ、黙っていると可愛い系の女性が、本当に黙ってしまうのってなんか違うだろ? 話して素が出ると残念になる部分も含めて魅力的っていうかさ。
こんなふわっとした説明を外国人美少女にはすでに何度も伝えているので、最低限、彼女には俺の言いたいことは伝わっているだろう。
「うるせえブス。ぶっ死ね」
「はいはい、日本語おかしいぞー」
言葉だけは強気でも、やはり俺に手を引かれることに抵抗したりしない。
なんだかんだ言っても、外国人美少女だってただの女子高生だ。あれだけ強がっていようが、普通に男にはモテたいし、異性にいいカッコを見せたい。要は思春期をこじらせているだけなのだ。
コイツはたとえ翼君でなくとも、異性に構われることを内心では嬉しく思っている。そういう部分が透けて見えてくる脇の甘さも、俺は気に入っている。
結局今日放課後になるまで、俺は外国人美少女の機嫌を取り続けることとなった。
不思議なことに、俺は外部生の中ではこの性格の悪いわがままな外国人美少女と一番仲がいい。一年前に高校に入学してきたときから、こんな関係がずっと続いている。
そして放課後。
柔道場の更衣室で一人呟く。
「そうだった。今日は師範がいない日か」
今日は母の都合により、顧問ができないと昨日言われていた。
そういう時は、この道場を建てたことを全面的に支援してくれた、副道場長の「着物未亡人さん」が見てくれることになっている。
ただし着物未亡人さんは柔道がからっきしなので、あくまで責任者として見てくれているだけだ。投げなどは師範がいる時以外は禁止されているので、今日は筋トレだけの日となっている。
俺達は道場に入り、すでに来てくれていた着物未亡人さんに挨拶する。
「「「「よろしくお願いします!!!」」」」
「ええ。よろしくお願いします。ふふっ、差し入れを持ってきているので、終わった後に食べてね」
彼女は着物姿で楚々として微笑みながら、ちょこんと道場の端に座った。
細く白い首筋からチラリと見えるうなじが艶めかしい。着物未亡人さんからふわりと香る沈香の香りがほんのりと漂い、柔道場はいつもとは違う雰囲気を見せている。
ほんと、いつ見ても上品で可愛らしい人だ。あれで四十代らしいが……この世界の女性は歳を重ねようが本当に魅力的だ。
ふと彼女の後ろに所狭しと置いてある大量の差し入れが目に入った。手作りであるレモンの蜂蜜漬けや肉巻きおにぎり、市販品ではプロテインドリンク、プロテインバー、バナナなどが山のように並べてある姿はなかなか壮観だ。
着物未亡人さんはお金だけは有り余っているので、こうして若者のために使うことが好きらしい。常にお腹を空かせているような俺達若者にとっては、ものすごくありがたい人だ。
ただし、着物未亡人さんはいい人というだけではない。ここに着物で来てしまうような独特の世界観を持った人ではある。言い方は悪いが、しっかり変な人でもあることには注意しなければならない。
「いーち、にー、……」
ぶりっ子先輩の合図とともに筋トレを進めていく。まずはバービージャンプだ。これがなかなかキツイ。
「にじゅうきゅー。さんじゅー。はい。一分休憩」
はー、しんど。最初はこれを後五セットか。きっついなあ。
俺が息を整えている間、着物未亡人さんから熱烈な視線を感じた。
顔を上げてチラリと見ると、どうやら彼女は俺の汗のかいた姿を目をひん剥くのではないかというくらい凝視していた。同時に、持ってきたであろう山盛りのご飯をお茶碗でガツガツと食べている。
俺と目が合うと、彼女は頬をポッと赤らめながら、口に手を当てて上品に微笑む。それでも俺へのロックオンは決して外れない。
もはやこれは明確なセクハラに当たるのではないだろうか?
うーん、でもなあ……どうも着物未亡人さんには「やめて下さい」とか言いづらいんだよなあ……
着物未亡人さんは夫を病気でなくしてから、拒食症となってしまった。そんな彼女は、何故か俺が柔道をしている姿を見ている時のみ、食が進むらしい。
頑張る男をおかずにすると、ご飯が進むんだってさ。
その事実を証明するかのように、実際に彼女は折れてしまいそうなほど身体が細い。普通に心配になるレベルなので、「まあこれくらいならいいかあ……」という気になるのだ。
「休憩終わり。いくよー。いーち」
その後もあの視線に晒されながら、筋トレを続けていった。
「「「「「ありがとうございました」」」」」
「いえいえ、こちらこそ」
こちらこそって……まあ、ツッコまないけども。
部活が終わると、女性陣は着物未亡人さんの周りに集まりに行った。
着物未亡人さんは部員みんなの胃袋を掴んでいることや、成功者であること、所作が美しいことから、女性陣に憧れられている。
俺はその輪には入らず、離れた場所で差し入れを食べることにする。
もぐもぐ。うん。肉巻きおにぎりうめえ。しかもこの肉、多分A5ランクとかそういう奴じゃないかな。脂が乗りまくっていやがる。
「え? ノーブラノーパンなんですか!?」
「はい、着物の下には何も着ておりません」
俺が差し入れに舌鼓を打っていると、少し離れた場所から元気っ子後輩の驚きの声が聞こえてきた。
部活の女性陣の中でも、元気っ子後輩が一番着物未亡人さんに憧れている。だから彼女が来る日は、こうして興味津々な様子で質問攻めにする声が柔道場によく響く。
「ほうほう、そうなんですね! 着物ってそれが普通なんですか?」
「本当は和装下着を着用した方がいいのですが……」
そこで着物未亡人さんは俺をチラリと見て、続ける。
「ドキドキ……したくてですね」
そう言って着物未亡人さんは、ポッと頬を赤らめた。
……ポッじゃねえよ。




