二十話 転校生は波乱の幕開け
ぱんっぱんっ。
二礼二拍手一礼。
「(今日もこの世界が崩壊しませんように)」
俺はさあ、テストを解いている時、どれだけ分からなくても空欄は絶対に埋めるし、終わったら最後まで見直すタイプだった。前世のときからそうだったから、俺って果てしなく天才体質じゃないんだよ。
ただひたすらにちまちま努力して、表には出さなくてもいつも全力を出して、一個ずつ積み上げていく。それしかできなかったし、それでも平均程度の自分があまり好きじゃなかった。
でも、これでいいんだよ。天才のお前ですらそうしてたんだから、やり方が間違っていたわけじゃないはずなんだ。
俺とお前の違いは、ただひたすら自分を信じたかどうか。多分その程度の差で、それがとても大事だったのだろう。
俺もここではそうやって生きているつもりだよ。できているかどうかは知らないけどね。
「うし」
さあ、今日はどんな一日が待っているだろうか。
◆◆◆
イキリ天才モードだった主人公君は一日で鳴りを潜め、また嘘みたいな平和な日常が戻ってきた。
「今日は転校生を紹介しますね。どうぞ、入ってきて」
「九条都と申します。どうぞよろしくおねがいします」
「みんな、仲良くしてあげてね。じゃあ、一限目の授業していくよ」
はあー、これまた古風な美女が転校してきたものだなあ。
サラリと長い黒髪がたなびく姿は美しいし、姿勢がいいからか、ただそこにいるだけで映える。
そんな彼女が主人公君の席のそばに歩いていき、美しく頭を下げて一礼した。
「親の名により、今日から同じ部屋に住むことになりました。よろしくお願いします。旦那様」
「……え? えええええ!!」
たはー、そういう。
一つ屋根の下系ラブコメパターンだ。しかも、とにかく健気に好意を寄せられるパターンのやつ。
はー、涙が出るほど羨ましい。どうせこれから、毎日お弁当を作ってもらったり、彼女の表には決して見せないような秘密とか垣間見えたり、時には同じ家に住むからこそ起こるちょっとエッチなイベントとか、そんなんで盛りだくさんなんだろうな。
「ちょっと! いきなり来て早々、どういうことにゃ! 翼はにゃーの夫となるニンゲンなんだからにゃ!」
「その通りです。翼様はわたくし達、人外娘達の希望。最強の精子を持つ彼を、そうやすやすと渡しませんよ」
この世界では男が少ないからか、それとも主人公君がモテる理由のためかは不明だが、男には精子のランク付けが義務づけられている。もちろん俺達のような普通の男は平均ランクだが、主人公君だけはちょっとありえないくらい精子の質がいい。
精子の質ってなんだよとは思わなくもないが、そういう世界なんで。
「……ふっ」
「なんなの、この女! にゃー達を見て勝ち誇ったみたいに鼻で笑いやがった! ムキーッ!」
「まあまあ、落ち着いてよ、みんな。あと、何度も言っているけど、学生の間は恋愛禁止だから、僕は誰とも付き合う気はないんだ。もちろんみんなの気持ちは嬉しいけどね」
出た。主人公君の十八番、現状維持からの未来に先延ばし。これって主人公君は永遠に高校二年生なので、断っているのと大差ないんだよなあ。
主人公君はただひたすらにモテたいだけで、女性と交際したいわけじゃない。けど、きっぱりと告白を断りたいわけでもないから、こうなっているんだろうが……やっぱりこれ普通じゃないよなあ。
まあ、そういうもんなんで深くは考えないがな。
今の俺のクラスは、転校生という起爆剤が来たからか、空気が少しだけピリピリしている。なので、俺はスマホで白ギャル先輩を屋上に誘い、二人でお弁当を食べることにした。
「――てことがあったんですよ、白ギャル先輩」
弁当箱を開けると、お弁当特有の複数のおかずが混じった匂いがふんわりと空中に広がった。
鶏むね肉の唐揚げをもぐもぐしながら、屋上からグラウンドを見渡す。野球部の女子が練習していたり、陸上部が走っていたりと、運動部が熱心に頑張っているようだ。
にしても生徒が屋上に行けるなんて、あんまりよろしくないよなあ。こんないい場所なのに、何故か人はいないし、人が寄りつかない。とことん主人公君に都合がいいようにできている。
まあ、そういうおこぼれをもらっている俺がそんなこと言うなって話か。
「あー、転校生が来ると、また色々起こるのよね。あーしの時もそうだったもん」
風がたなびいて白ギャル先輩の髪が揺れた。少しだけ俺の心臓の鼓動が早くなった。
「やっぱそうなんですか。ところで先輩の卵焼き、美味しそうですね、ウチのと交換しませんか」
「いいわよ、はいどうぞ」
「あざぁーす」
うん、うまい。甘めの味付けがいいね。我が家のやさしい和風味の卵焼きが一番好きだが、他の家庭の味の卵焼きもそれはそれでおいしい。
「泰平の卵焼き、ものっすごいおいしいわね。流石師範だわ」
「でっしょ! ウチの母は裁縫と掃除と音楽と美術以外、ほんとに何でもできるんですよ!」
逆に言えばその四つだけは壊滅的に下手くそだが、そんなの、もはやチャームポイントだ。裁縫や掃除なんて俺がやればいいし、音楽や美術は俺もそんなに得意じゃないし。
「はいはい、マザコンマザコン」
「テキトーに俺をあしらわないでください! もっと構って!」
「やめなさい! 頭をグリグリするな!」
といいつつ、頬が少しだけ赤くなっている。ちょっと嬉しかったんじゃないかな?
「へーい」
とはいえやめないと怒られてしまう。ほんと、わがままな白ギャル先輩だ。
「あっ、そうだ。そういやあんた、翼に柔道で勝つのよね?」
「ホワアイ?」
先輩がものっすごく挑発的な目で楽しそうに笑いながらそう言ったけど、どういうこと……?
あっ、あれか。元気っ子後輩がその話をしたのか。
でも、頑張ってみるって言っただけで、実際に勝つなんて一言も口に出してないんだけどなあ……まあ、色々悪巧みや裏工作など、存分に準備してから、どうにかして勝つつもりではいるんだが。
勝つって明言していないのは、勝てなかった時に恥ずかしいから。要はカッコつけだったんだけど、いつの間にか退路が絶たれてしまっている。
「あいつに勝つなら、これからはもっとみっちり教えてやらないとね」
「おぉう、白ギャル先輩も乗り気なんですね」
普通に考えて、勝てるわけないって考えるのが自然だ。それに、この学校の女子はほぼ全員が主人公君の味方だから、俺が勝つのを応援するなんて、実は相当なことだ。
「ほんと、白ギャル先輩は俺のこと、大好きですねえ……」
「ち、ちょっと!? 今の話でどうしてそうなるのよ! その話は関係ないでしょ!」
白ギャル先輩の耳が赤い。スカートから露出している健康的な太ももが眩しい。しどろもどろになりながら両手で頬を押さえる仕草がとにかく可愛い。
ここで俺のことなんて嫌いって嘘でも言わない白ギャル先輩のこと、愛してるぜ。
「こんなにヒロイン適性の高い白ギャル先輩を、柔道部なんていう脱獄兵が集まるような場所に誘って、なんか申し訳なくなってきました」
どう考えてもイカれたやつしか俺の作った柔道部になんて入らないはずだったんだが、去年のあの時、白ギャル先輩をひと目見て、「いけそう」って思ったんだよな。
押しに弱いってだけじゃなくて、どこか他の人と違って見えたんだよ。ほんとにただの直感の話で、根拠はないんだけど。
「脱獄兵って……みんな素直で可愛いい子ばっかじゃない。少なくとも、ルリ以外は」
まあ、確かにそうだなあ。俺の想像以上にいい子ばかりが集まった。その中でも白ギャル先輩は、度を越していい人だ。
「あー。ぶりっ子先輩は流石に白ギャル先輩から見ても、いい子扱いじゃないんですね」
「そりゃそうでしょ。あれはほぼ犯罪者みたいなものなんだから」
「昔はそこまでじゃなかったんですけどねえ……」
思春期を終えた辺りから、どんどん性の獣へとなっていったんだよ。
「そっか、あんたはルリと幼馴染だったのね。可哀想に」
「うーん、まあ、案外楽しいもんですよ」
「そうね、あんたも結構変だもんねえ」
おお、言うねえ。
「白ギャル先輩だってきっとどこか変ですよ、絶対。俺には今んところまともな人にしか見えないですけど、なにせ柔道部に入るくらいですからね」
「それと似たようなこと、ルリにも意地悪な表情でこんな風に言われたわ。『あんたみたいなまともなやつが柔道部に入るってことは……きっとものっすごい変態の素質が眠っているのね。開花を楽しみにしているわ』だって。ほんっっと、失礼だわ。
私が柔道部に入ったのなんて、すっごく単純な理由なのに」
「え? やっぱり何か理由があるんですか? おせーてくだせえ!」
「嫌よ。恥ずかしいもの」
「ええー。ほら、ちゅーしてあげますから、おなしゃす!」
「ちゅ、ちゅー? ………………いーや! これは誰にも言わないって決めてるの!」
俺の唇をじっと見た後、俺の首輪を見て少し冷静になった白ギャル先輩は、頑なに口を閉ざした。
くっそ、むっつりスケベの部分をついてもだめなら、もうダメだな。
……ほんと、なんで入ってくれたんだろう。謎だわ。




