第十九話 主人公君イキリ天才モード
ぱんっぱんっ。
二礼二拍手一礼。
「(今日もこの世界が崩壊しませんように)」
……昨日はあの後、すっごく大変だったよ。
たまにはこっちでとぶりっ子先輩に誘われて彼女の部屋へ。それから目出し帽を被せられて、鎖に繋がれて、急に動画まで撮りだして。
処女さえ守っていれば清純じゃなくてもいい、とか、貫通さえしなければ大丈夫だとかなんとか言って、もうめちゃくちゃにされたよ。
誰が研究対象君だよ。逆転するなよ。ちょっと泣いちゃったじゃん。俺の身体であんな実験しないでくれ。俺は攻めるのは好きだが攻められるのには弱いんだ。
でも、そういう強引なところは、お前と似ているのかもしれないなあ。
「うし」
さあ、今日はどんな一日が待っているだろうか。
◆◆◆
「翼!! この問題を答えてみろ。俺の授業を寝ていたってことは、解けるってことだよな?」
数学の先生が意地悪そうな表情で、かなり難しい応用問題を指さす。
主人公君は目をゴシゴシさせたのち、余裕の表情で黒板の前へ行き、一瞬で問題を解いた。
「正解だっ、くそっ。だが、途中式がないぞ!」
「……そんなの、頭の中で計算すれば誰でも分かるじゃないですか」
ああ、なるほど。今日の主人公君は、イキリ天才モードの日なんだな。
優しくて、何もしなくてもただ抜群にモテるというのが理想の主人公君には、あまり自らの天才さを誇示するイベントは今まで起こらなかった。
とはいえ、人というのは常に一貫しているようなものではない。主人公君にだってそんな日はあるのだろう。
時にはこういう味変だっていいんじゃないかな。
そんな主人公君に対して、男はみんな主人公君を嫉妬の眼差しで見ている。だが、クラスメイトの女子からの受けは抜群にいい。
……あっ、よく見たら、普通っ子だけは下を向いて勉強に集中している。横顔を見るに、少し冷めた目をしている気もしなくもない。いえーい、気持ちがおそろいだな。
でも、俺ですら嫉妬する演技をしてるんだから、そういう露骨なのはいくら主人公君が気づいてないとはいえ、やめたほうがいいよ。
……ん? 別にもう普通っ子は振られたんだから、いいのか? というか、俺だって率先して主人公君のために演技しているだけだから、強制する必要はないのか。
なんか混乱してきた。考えるのやーめた。
今日のイキリ天才モードの主人公君は、ずっと止まることはなかった。
「You still have lots more to work on. 」「エクセレント。素晴らしい発音でした」
「おいおい、主人公だけで十点も決めちゃってるよ。これじゃあサッカーの試合にならないな」
「ファのシャープ」「正解! 翼くん、すごーい!」
ペラッペラに英語を話したり、体育で大活躍したり、絶対音感を披露したり……それはもう力の限り、自らのチートっぷりを披露してくれた。
第六感によりなんとなく分かるのだが、きっと主人公君は、現実で何か無力感を感じる出来事があったのだろう。
だから、こういう主人公君が見られるのは、おそらく今日だけ。また過酷な現実で戦うためには、たまにはこういう日があってもいいんじゃないかな、うん。
「ういーす、元気っ子後輩」
「先輩! ちっすちっす!」
放課後の部活でペアでストレッチをしながら、雑談に励む。
「先輩、教室から見てましたよ。今日サッカーの授業で、それはもうこてんぱんにされてましたね。プークスクス」
「いやいや、今日はちょっとだけお腹の調子が悪かっただけだから。あんなのまあ、俺が本気を出せばワンパンかなって」
「いやいや、あんなダーティープレイする人が、調子悪いわけないでしょ」
「ま、まあ、今日だけは花を持たせてやったってとこかな」
常に主人公君をマークして、ボールを回さないように意識して、絶対に点を取られないように徹底的にやった。
それでも、もうね、完膚なきまでに負けたよ。うん。
「でも、先輩が翼さんに対してあんなに熱くなるなんて珍しいですね。普段は割と遠巻きにしてるくせに、どんな風の吹き回しですか?」
「いや、なんか楽しくなっちゃってさ」
俺がポリポリと頬をかいていると、元気っ子後輩が背中をパンパンと強く叩く。
「もう、せっかく宇宙一可愛いシホちゃんが応援してあげてたのに、もうちょっと頑張ってくださいよ!」
「くそっ、古傷さえ傷まなければ、もっとやれたのにっ!」
もちろん古傷なんてない。
……ていうか元気っ子後輩、応援してくれてたんだ。
俺が明らかに理不尽に突っかかっていったせいで、ぶっちゃけすっごいアウェイだったからさ。ちょっと嬉しい。
「あっ、もしかして先輩、照れてます? わー、可愛い。ほら、今日はよくがんばったでちゅね~。可愛い後輩ちゃんがよしよししてあげまちゅよ~」
「ば、バブ!?」
くっそー、後輩のくせに、そんな母性的な表情を浮かべやがって。恋愛のれの字も知らないようなおこちゃまの癖によお。思わずおぎゃりそうになったじゃねえか。
「あはは、先輩ってもっと大人なんだと思ってました。案外子供っぽいところもあるんですね」
「いやいや、俺はアダルティな大人よ。仕事終わりに馴染みのバーで一杯ひっかけながら、マスターに政治批判したり、推しの野球チームに文句言ったりしてストレス発散するくらい大人だよ」
「先輩、さっきからテキトー過ぎます。もっと脳を介して喋って下さい」
ストレッチが終わったので、基礎体力訓練に入る。ウチの道場では毎回何をするのかメニューが変わるが、今日は手押し車をやるようだ。
まずは俺が後輩の足首を持つ。うつ伏せになった元気っ子後輩の足首をしっかり腰の高さまで上げる。
これ、もちろん手だけで進む方がしんどいのは当たり前だが、案外持つ方もしんどい。
「で、なんであんな風に小物ムーブして突っかかっていったんですか? しかもあの様子じゃ、勝てないのなんて分かりきった上でやってましたよね?」
「ガチで答えると、そっちの方が楽しそうだったからかな」
俺はあんまり主人公君の役に立っていないから、たまには俺の小物ムーブで自尊心を満たしてもらおうかなって。役に立った上で、俺も楽しめる。完全にウィンウィンだ。
今日みたいな主人公君のイキリ天才モードより、普段の平凡で優しい主人公君の方が好きとはいえ、無理なく役に立つという面においては、俺にとってそのモードの方がいいのかもな。
「あー、先輩、無双している翼さんより楽しそうでしたもんね」
「まじ? 楽しんでるのは隠してたつもりなんだけどなあ」
「みんなは翼さんに夢中なせいで気づいてはいなそうでしたけどね」
サッカーしてる時の主人公君は、股抜き、超ロングシュート、オーバーヘッドキック、その他よく分からないスゴ技のオンパレードでほんとヤバかったから、そりゃあみんな夢中になるわな。
主人公君はどんな競技だろうが、オリンピック級の身体能力を発揮するんだから、ほんとチートだよなあ。
「でも、私はちゃんと見てましたよ!」
「ぉう、そっか」
「あっ、また照れてる! かんわいい! ……えっ、えっ、えっあわわわわわ!!」
こうなってはもう言葉では勝てないので、俺は後輩の足首を強く掴んでジャイアントスイングしてやった。
師範に「真面目にやれ」と怒られたのち、また手押し車に戻る。
「でも先輩。負けっぱなしはダメですよ。サッカーならまだいいですけど、せめて柔道でだけは絶対に負けちゃあだめですからね!」
「無茶言いやがって」
おそらくだが、主人公君ならやったことのない柔道をやっても無双するだろう。なにせあの人、めちゃくちゃチートだから。
だってさ、主人公君と試しに百回じゃんけんしてみたら、百連続で負けたんだよ? ほらこんなの超常現象でしかないじゃん。
だが、そんな俺の思いなど、後輩には関係ないようで。
元気っ子後輩は立ち上がり、手押し車の役割を交代する流れで、俺の目をじっと見た。
「私、本気で言ってますからね。分かりましたか?」
うわあ。混じりっ気のない真剣な目だ。後輩からの果てしない信頼が重い。
でも、どこか胸の内がくすぐったくて温かい。勝てるわけねえだろって淀んだ気持ちから、主人公君に勝って後輩の信頼に答えたいってキラキラした気持ちに変えられちゃった。
これだから美少女はヤバいんだよ。愛おしい後輩のためなら、どんな無茶でもやってやるって気持ちにさせてくるんだから。
はあー。ったく、こうまでされると、勝てるわけねえだろなんて言えないな。
男っていうのは、可愛い後輩のためにカッコつけたくなる生き物なんだぜ? ホント元気っ子後輩は悪い女だ。
「……しゃあねえなあ。可愛い後輩の頼みだし、できるだけ頑張ってみるか。もっと強くならないとなあ」
主人公君に柔道で勝つ、かあ。そんなこと考えたこともなかったなあ……
とはいえ普通にやっても勝てないだろうから、作戦を練らないとな。それから、普通にもっと地力を付けなきゃ。あとは――
「そう! 今の泰平先輩はちょっとだけかっこいいです! その意気ですよ!」
「うおおおおお!!! 後輩が可愛すぎるパワー!!!!」
「おお! 泰平先輩の手押し車、めちゃ速いっすね! かっけえ!!」
その後、ただ気持ちの持ちようが変わっただけなのに、より一層練習に身が入った。ウチの唯一の後輩は、とことん可愛いやつだ。




