第十八話 二郎系ラーメン
ぱんっぱんっ。
二礼二拍手一礼。
「(今日もこの世界が崩壊しませんように)」
この世界にはさ、主人公君が明確に嫌いなものが存在しないんだよ。
ゴキブリとか蚊とか怖い人とか、猛暑とかさ。なかなか平和な世界で、俺としては案外主人公君と気が合う気がしている。
で、主人公君がそこまで興味のないものは、流行りこそしていないけどマイナーなものとして存在はするんだよ。
柔道とかプロレスとか盆栽とか宝塚とかモータースポーツとか、これらは主人公君の興味がないものだろう。
それを考えると、お前ってレッドローチっていうゴキブリと、プロレスの二つが何より大好きな女だったから、この世界に来たら怒り狂いそうだよな。
「うし」
さあ、今日はどんな一日が待っているだろうか。
◆◆◆
今日は日曜日。今は俺の部屋のベッドの上でぶりっ子先輩がくつろぎながら、俺にマッサージを強いていた。
「純真なPC筋強化トレーニング……あっ、泰平いたんだったわね」
マッサージしてって言ったのはあなたでしょうが。
「ねえ泰平、これが終わったら、二郎系ラーメン作ってー。もちろん全マシでね」
「はいよー」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛気持ぢい゛い゛」
俺に完全に身を任せながら身体を揉まれているぶりっ子先輩には、一年前の洗練されたぶりっ子さは欠片もない。
ほら、今なんてポリポリと無造作にケツを掻いているくらいだ。
「うし、全身コース終わり。じゃあパパッと作ってくるわ」
「いつもありがとー」
この世界に二郎系ラーメンは存在しない。存在しないということは、主人公君が明確に嫌いということだ。
おそらく二郎系ラーメン関連でなにか嫌な思い出でもあったのだろう。ジロリアンに嫌な思いをさせられたとか、残すのが禁止なのに食べきれずに辛い思いしたとか、シンプルに苦手すぎるとか。きっとそのような背景があるのだろうが、それが具体的に何かまでは流石に分からない。
ただ、存在しないと言えど、料理なら再現することができる。というわけで、一度食べさせてハマってしまったぶりっ子先輩には、こうしてしょっちゅう振る舞っている。
……とはいえ、俺の作る二郎系ラーメンは、手作りも手作りだ。そこまで料理が得意ではない俺は、あくまでそれっぽいものでしか作れない。
「とりあえず、いつも通りたっぷりの生にんにくに、ついでに振らイドガーリックも用意して、後はウェイパーに豆乳と醤油とラードを混ぜて、太麺ともやしとキャベツと、食べるラー油と天かすととろけるチーズと、追い鶏油もいっぱいかけて――」
ここまでで分かるように、これは決して二郎系ラーメンと名乗れるものではない。それっぽくなるように試行錯誤しているうちに、一番美味しくなったものを提供しているだけだ。
とはいえこれは俺の中では立派な二郎系ラーメンだ。
もともとこの世界に二郎系ラーメンがないのだから、俺がこれを二郎系と言い張れば、それはもう立派な二郎系ラーメンとなる。文句は言わせない。
「はい、どうぞ」
なぜか俺が料理を持ってきた時から、さっきまでは聞こえなかったかすかな振動音がぶりっ子先輩の下半身辺りから聞こえてくるが、まあよくあることなので気にしない。
「これこれ、これが食べたかったのよ。いただきまーす」
ずぞぞぞぞと、ぶりっ子先輩はものすごい勢いで麺を飲み込んでいく。
さてと、俺も食べますか。
「あんたは相変わらず細麺で、しかも油も少なめなのね」
「まあね。俺は細麺の方が好きだからさ。それに、油が少ないといっても、これでも結構使ってるんだよ」
「ふぅん」
少し納得できなさそうに相槌を打ったのち、ぶりっ子先輩は再度ずぞぞぞぞぞと、どんどん食べていく。相変わらずものすごいスピードだ。
さて、じゃあ俺も食べるか。
「いただきまーす」
うん、味は濃いけどうまい。どこか不健康な香りと油のダブルパンチが最高だ。ぶりっ子先輩ほどは突き抜けられないけれど、これならたまになら食べたくなるな。
「いつかぶりっ子先輩には本物の二郎系を味わってほしいな」
「別に私はこれで満足よ?」
「いや、なんか前世のジロリアンに申し訳なくてさ」
「ふぅん」
興味なさそうに相槌を打ったのち、また麺を猛スピードですすり始める。その額にはうっすらと汗が見えた。
あっさりと前世のことを話したように、ぶりっ子先輩には俺が前世のようなものがあることを話している。色んな意味でこの人に世話になってきたので、彼女には少しも隠し事をしたくなかったのだ。
今でこそぶりっ子先輩はめちゃくちゃな立ち振る舞いをすることも多いが、昔は逆に俺の方が迷惑をかけていた。幼馴染ということもあり、本当にたくさん尻拭いをしてもらった。
……昔の俺、女性が苦手すぎて結構なことをやらかしてたからなあ。この世界では男がわがまま放題なのは「あるある」とはいえ、前世が記憶として蘇った身としては流石に申し訳なさ過ぎるんだよ。
「あ゛あ゛ー、ごっそさん」
「お粗末様でした」
おっさんのようなごちそうさまを聞いた直後、俺も食べ終わる。
ぶりっ子先輩がカーペットに寝転びながら、ぽんぽんと自分の隣をタップして呼んでいるので、俺もその隣に寝転ぶ。
「ほんと今の泰平、素直で可愛いわねえ。私になんの警戒もしてないじゃない」
「そうかなあ。でも、それはぶりっ子先輩もじゃん」
「二人っきりなんだからぶりっ子先輩ってやめなさい。敬語は抜けてても、そっちは抜けてないわよ。名前呼び、私になら良いでしょ?」
「……だねえ。別に気を張る必要も頑張る必要もないし、そうしますかあ。あ、ルリ、あれどこにあるっけ?」
「リモコンのこと? はい、ここにあるわよ」
「ありがと」
ぶりっ子先輩とのやり取りはロマンチックなドキドキ感こそないが、絶対的な安心感がある。
なんとなく嬉しさが胸に満ちたので、俺はぶりっ子先輩にもう少し密着するように寄り添った。
その状態で渡されたリモコンでテレビの電源を付け、ぼーっとお昼のワイドショーを見ながら、食休めをする。
肉を300グラムに切るだけなのに、ちょっと結果を引っ張りすぎじゃないかな。まあそれでもつい見ちゃうんだけど。
「ルリ、さっきあんなににんにくを食べたのに、あんまり臭くないね」
「なに泰平? キスしたいの?」
「いやあ、どうだろ? お腹いっぱいだからいいや」
「あら、振られちゃった」
会話になっていないようなやり取りをしつつ、ぶりっ子先輩は俺の手を取り、指をチュパチュパとしゃぶり始めた。こういうのはよくあることなので、抵抗せず、されるがままになる。
「もしルリが俺を捨てて違う男に走ったら、地味に一番傷つくだろうなあ」
「あら、最近じゃあ他の柔道部の部員にばかりお熱なのに、どうしたのかしら」
「たまにはルリに甘えてもいいじゃん。俺がこんな風に安心できるのは、ルリのことをすでに手に入れているって心づもりだからなんだし」
裏取引のようにラブレターを何度もやり取りしているので、付き合ったり結婚こそしていないが、もう俺はぶりっ子先輩と結婚しているつもりでいる。そしてそれはぶりっ子先輩もそう思っているはずだ。
「私だってそうよ。今更泰平が他の女に夢中になって、私を捨てるようなことがあれば……うん、どうしてやろうかしら」
「こっわ。まあ、俺からはそんなことはないだろうけど」
「私だってそうよ。だから、絶対私を捨てないでね。泰平は私にとって、一番お気に入りの大人のおもちゃなんだから」
「……おい」
「この淫棒だけは誰にも渡さないわ」
「おい」
「そもそもこれだけ私好みに開発してきた泰平を、今更奪われたら溜まったものではないわ」
「おーい」
「ぶふっ、そっ、そもそも、なんで男って興奮するとアレが大きくなって硬くなるのかしら? ふっ、ふふふふふっ、たけのこみたいに、ニョキって……自分の身体の一部なのに、挙手するみたいに、ぶふっ、ふふふふふっ。しかも、剥け、剥けるとか剥けないとか、なんであははははっ。
……ふぅー、ほんと、意味が分かんなさすぎて愛おしいわ」
「そうでっか」
呆れてものも言えないとはこのことだ。しばらく放っておこう。
本当にしばらく放っておいた。
それから本当に色々あり、二時間ほど経っている。
何をしていたのかは言わないし言えないが、とりあえず今のぶりっ子先輩はすっきりとした顔をしているとだけ言っておこう。
「ねえ泰平、今日もミソギ様の収録するの?」
ミソギとは俺の裏垢の名前だ。シチュボを投稿していて、アダルトコンテンツではないという体だが、明確に性的興奮を煽る内容となっている。
俺は色々あったせいでちょっとヒリヒリしている左乳首を擦りながら、平坦に返事をする。
「そうだなあ。そのつもりだけど」
「なら、また自由研究シリーズやらない? 台本は書いてきたから。あっ、泰平、耳の後ろ、さっき色々あった時に全身に塗りたくったオリーブオイルがまだ残っているわよ。洗い残しね」
自由研究シリーズとは、俺がエスっけのある無邪気なショタっ子として、ある一人の「研究対象ちゃん」に、たくさんの性的ないたずらをする動画だ。
流石にこれくらいは我慢できるよね? とか、研究対象なんだから抵抗しちゃダメだよ、とか言いながら、とにかく俺が満足行くまで遊ぶというもので、これがまあ人気なのだ。
ティッシュで耳の後ろを拭きながら、俺はソファーに深く腰掛けた。
「んじゃ、そうするかあ」
収録を撮るのには別に実際に研究対象ちゃんがいなくてもいいのだが、やってくれるというのなら話は別だ。そっちの方が俺も興が乗るので、いいものが撮れるし。
この後はもう少し休憩し、実際に録音したのだが……
「ちょっと……やりすぎたわね」
「うん、そうだね」
流石にこれはアダルトコンテンツ過ぎるということで、今回の作品は見事に没となった。きっと大量に食べたにんにくのせいで、精がつきすぎたんだろう。
ま、たまにはこういうこともあるか。




