第十四話 攻め攻め普通っ子
ぱんっぱんっ。
二礼二拍手一礼。
「(今日もこの世界が崩壊しませんように)」
挫折からの超絶パワーアップとか、そういうのに憧れた時期もあったんだよ。
でも、俺はそういうタイプじゃない。ごく普通の成長曲線通りにしか成長しない、骨の髄まで凡人タイプだ。才能あふれる柔道部のみんなとは違う。
とはいえ、センスがからっきしってわけじゃあない。それなら才能がないとか文句言わずに、努力を続けるべきだ。たとえ成長が止まったり、昨日の自分より退化したりしても、それはごく普通のこと。右肩上がりに成長するのではなく、そういうブレがあるのが普通なんだ。
だからいつも通り、無でもなく、有でもなく、全てでもなく、中道でもない。ただ自然に。そして、精力善用、自他共栄。それに加え、少し楽しく賑やかな日々を。
目の前のことに、とにかく全力で。日々を淡々と生きればいい。
「うし」
さあ、今日はどんな一日が待っているだろうか。
◆◆◆
「私、もう陸上部やめようかな……」
お昼休み、主人公君のそばでくノ一が弱音をこぼした。
このクラスに所属するくノ一や武闘派メイド、女騎士などは、学校指定の制服を着ず、明らかにくノ一ならくノ一と分かる衣装を着て登校している。
こういうコスプレ組はこの街の外からやってきた人であり、特殊な技能を持つ女性達だ。くノ一ならくノ一検定一級、メイドならメイド検定一級など、彼女達はそうした専門資格を持っている。
学校に資格証明書を提示すれば、「これが私なりの制服」ということが認められ、そういう衣装を着ることが特例で許される。学校が提示するのはなかなか厳しいハードルらしいので、彼女達は相当な努力の上でああした衣装を着ているのだ。
とはいえ彼女達コスプレ組だって、ただの一高校生でもある。誰もが通るような普通の悩みを持つ、普通のヒロイン達だ。
「あんなに走るのが好きって言ってたのに、どうしたの? それに、怪我が治ったばかりじゃない。あっ、もしかして、それが関係あるの?」
「………」
「そっか、以前のように気持ちよく走れなくなっちゃったんだね」
主人公君の超速理解能力が発揮され、やめようとしていた原因が特定された。なんで主人公君は基本的に死ぬほど鈍感なのに、こういう時だけ察しが良すぎるんだろうか。
「分かった。ならこれからしばらくの間、僕が部活に付き合うことにするよ。それから部活終わりにも特訓しようか」
「えっ?」
「僕にはそれくらいしかできないけど、一緒に頑張ろう」
「うん! 翼君! ありがと!」
なるほど。これからしばらくの間は主人公君は陸上部に通うのか。きっと見ているだけで小っ恥ずかしいような青春をして、くノ一のスランプも解消されるんだろうな。かー、羨ましい。羨ましいのう。
てことで。
「いやあ~、めっちゃスランプだわ~、辛いわぁ~」
部活で今日のペアとなった普通っ子に、あからさまにアピールする。こうすれば「全然いつも通りじゃん」とでもツッコんでくれるだろう。
まあ、相手が普通っ子じゃなければ、なのだが。
「ふふっ、じゃあ私達も、放課後に秘密の特訓、する?」
「ぁうえ!?」
ペアで柔軟中に、普通っ子が明らかに俺の背中に胸を押し付けながら、耳元で囁いてきた。普通っ子から漂う魅惑的な香りにやられ、気づけば俺の瞳はじっとりと潤っていた。
え? いいの? そんなことされたら、行くとこまでいっちゃうよ?
「なんてね。冗談だよ、本気にした?」
「いえ普通っ子のさっきの冗談じゃありません。冗談にしてほしくありません。今すぐ冗談というのを撤回して下さい」
「あーあ、泰平が首輪持ちでなければ冗談じゃなかったかもしれないのになあ」
「ふぁ!?」
俺の胸に腕を絡ませながら、どんどん嬉しいことを囁いてくる。やべえ、今日はやたらと普通っ子の攻撃力が高い。てか、義務告白事件の後から、常に普通っ子の火力は高いままだ。
「ほほーん。なるほどね。こうやって攻めれば、泰平にも柔道で一本取れそうだね」
「それはズルいので禁止です。その盤外戦術はチートなので、運営からBANされます」
BANとはゲーム用語で、運営からアカウントやアクセスを強制的に停止されることをさす。主人公君がゲームが好きということで、この世界では全ての女子がゲームを通っていると言っても過言じゃないので、こういう専門用語が通じないということはほぼない。
「BANされちゃうかー。なら控えようかな」
「いえ控えないで下さいお願いします。普通っ子となら見たこともない世界へ行ける! どこまでもいっちゃおう!」
「もう、泰平はわがままだなあ。ほら、シホが泰平のこと蔑んだ目で見てるから、そろそろちゃんとして」
うむ、ならちゃんとしなきゃ。別に普段が真面目じゃないというわけではないけど、俺は柔道の時くらいは真面目にやるって決めてるからな。
それに、あんまり情けないところを元気っ子後輩に見せて、「私も部活やめようかな」なんてくノ一のような事を言われたら、俺は耐えられない。まだそこまで一緒に時を過ごしたわけではないが、それくらい元気っ子のことは可愛がっているのだ。
「大丈夫だよ。シホは絶対この部活をやめないから」
妙に確信めいたように普通っ子はそう言い切った。
……あれ? 俺ってさっきの考え、声に出してたっけ?
覚えはないとはいえそういう会話の流れになっているってことは、口に出てたんだろうな。
「ほんと? 『あなたとはこれ以上やっていけません。実家に帰らせてもらいます』みたいな感じで、俺に愛想を尽かして出ていったりしない?」
「大丈夫。シホはシホでこの場所のこと、呼吸がしやすい場所って思ってくれているから」
「でもさ、元気っ子後輩が二年生になって、翼君と本格的に関わりだしたら、分からなくない? あの元気っ子でも、突然恋に目覚めちゃったりなんてしない?」
「それも含めて大丈夫って言ってるの。シホのこと信じてあげて」
「……そっか。普通っ子がそこまで言うのなら、信じるか」
基本的に俺は人を見る目がない。別にそれでいいと思っているし、分からないなら時間をかけて心を通わせていけばいいだけ。ないならないで、やりようはあるし、俺はそうしてきた。
「よし! それじゃあ引き続き、元気っ子後輩には俺にメロメロになってもらうかあ。それこそ白ギャル先輩のようにな」
おっと、俺の宣言が白ギャル先輩にも聞こえてたのか睨まれてしまった。そんな表情も素敵です。んで、とりあえず手振っとこ。白ギャル先輩ー、応援ありがとー。
白ギャル先輩はチョロいし優しいので、こうすればだいたい許してくれる。ほら、小さくため息を吐いただけで、元気っ子後輩と柔軟に戻ってくれた。
押しに弱くてチョロいのって、ピュアで人を信じる力が強いってことでもあるから、とてつもない才能だと思うんだよ。
そんな人柄だから、白ギャル先輩は柔道部の全員からめちゃくちゃ愛されている。
「泰平は現状だとシホに薄っすら好意を伝えてるけど、毎回薄っすら断られてるもんね」
薄っすら、薄っすらか。まあそうだな。元気っ子後輩が素直で可愛すぎるせいで彼女への好感度はカンストしているとはいえ、まだ出会ったばかりでもある。焦らず去年の白ギャル先輩にやったことと同じように、ちょっとずつ心を通わせながら信頼を築いていこう。
「そうなんだよ。俺の重い愛が元気っ子に伝わらなくてさ。やれやれ、困った後輩だよ」
「ねー、泰平はほんとに困った人だよ」
「そうそう……あれ?」
いつの間にか俺が困った奴になっていた。自然な流れ過ぎて、気づかなかったぜ。
「そんな困った泰平でも、私にならガンガン愛を伝えていいよ。なぜなら、私は優しい上に、義務告白終了済みだから」
「……くっそー、そのことについては考えないようにしてたのに。ねえ義務告白ってどういう意味? そもそも俺の普通に興味があるってなに? ねえねえねえ!」
「ふふふっ、教えなーい。けど、別にそう難しいこと言っているわけじゃないんだから、察することはできるはずだよ。なんせ言葉のままのことしか言ってないし」
あれから何回も聞いてるから、教えてくれないのは分かってた。
「違うんだよ。表面的には分かっても、その言葉に暗に含まれる意味とか、どうしてそんなことをしたのかとか、そういうのが分からないんだよ」
「なら、泰平は頑張って私の心の中を読んでね」
「無茶言うなよ」
「ふふふっ」
ほんと普通っ子はよお。これのどこが普通なんだよ。ただのミステリアスで可愛すぎて火力の高い同級生じゃん。最高かよ辛いんだけど。
「心を読んだ結果分かったぞ! 普通っ子は俺をからかって遊んでるな!」
「それ、表情を読んだだけだよね」
「うぐっ。俺のことはお見通しってわけか。くっそ、こうなったらもう、柔道で分からせるしかないようだな。ゲヘヘ」
「んぅ、泰平、優しくしてね」
「ッ! おまっ、さっきからカウンター強いのやめろよ!」
「あっ、泰平、照れてる~。案外泰平って攻められるのに弱いよね。ふふふっ」
「やめれー、俺の心を読むんじゃない! そんな魅力的な目で見透かさないで! 吸い込まれるぅー」
最近の普通っ子とのやり取りでは、何故かこうして追い詰められることが多い。やはり普通っ子はどう考えても普通じゃないわ。




