第十二話 寝る前の電話
ぱんっぱんっ。
二礼二拍手一礼。
「(今日もこの世界が崩壊しませんように)」
はあー、この首輪、いらねえ。いらねえわマジで。
俺はこの首輪をもらうために、存在するのかもよく分からない見知らぬ枯れた五人のおばあさんと、けっこう無茶な契約を交わしてしまった。
五人とは俺が高校卒業まで正式な交際関係というのを国へ申請してしまったので、高校の間は彼女をつくることができない。しかも、正式な交際関係を結んだ男性には、多少ながらの補助金も出るのだが、そのお金ですら全て相手の女性へ渡す契約となっている。
あの当時は「安全と女性よけ、メリットしかない」と安易にこんな契約を結んだが、ほんと、昔の俺はバカだなあ。この世界の女性はこんなに可愛いことに、あの時点で気づいてさえいれば。
そんなわけで、これ以上彼女を作ったり、その五人以外と身体の関係を持ってしまうと、正式に犯罪行為となる。それを破るペナルティは自分も相手も受けることになるので、モテねえわおこづかいもねえわで、見事にデメリットしかねえでやんの。
着用義務があるとはいえ、一日くらい付けるのを忘れたフリとかもできるが、俺って根が真面目だからさ。しかもぶりっ子先輩は、俺が首輪なしの状態で呑気に歩いていれば、年上のお姉様方に蹂躙されて心に消えない傷ができるって脅すし……
現状を受け入れたうえで、日々を全力で生きるしかないんだよな。結局。
「うし」
さあ、今日はどんな一日が待っているだろうか。
◆◆◆
「二人っきりのときくらい、カエデって呼んでくれてもいいじゃない」
果てを見ていたあの日にデートしてから、白ギャル先輩は少しだけ口調が柔らかくなり、同時に声に甘えが混じるようになった。
あくまで先輩と後輩の関係だったものが、男女の関係へと変わってきたようで死ぬほど嬉しい。
「白ギャル先輩、もう許して下さい。これ以上そんな可愛いこと言われたら、どうにかなっちゃいそうです」
「な、なによもう」
以前海でカエデ先輩と名前で呼んでから、俺達は自然と寝る前に通話をするようになった。
寝る前に白ギャル先輩の美しい声が聞けることの、なんと幸せなことか。多分天国より天国だと思う。
「俺が名前を言わないのには、くっそしょうもない、けれど俺にとっては極めてやんごとない事情があるんです」
「いつもそうやって誤魔化すけど、やんごとない事情ってなによ?」
「秘密です。特に白ギャル先輩には、絶対に秘密です。なにせエッチな理由ですから」
「またそうやってさあ。いかがわしいことを含ませれば有耶無耶にできるって思ってるんでしょ。バカ、泰平のバカバカ」
「ありがとうございます!!」
「罵倒したらそうやって喜ぶの、やめたほうがいいわよ」
だってね、白ギャル先輩の罵倒には愛が含まれてるから、つい「ありがとうございます」って言っちゃうんよ。
一見けなしているようで、声に甘えが混じっているような気がして、勝手に嬉しくなってしまう。
こんなの、一年前の白ギャル先輩なら考えられなかった。
「柔道部に入った当初は、白ギャル先輩はもっと荒れてたのになあ……」
あの当時は髪も黒色だったっけ。俺が勝手に白ギャル先輩って呼ぶようになってから、茶髪に染め出したんだよな。
「急になによ?」
「だって、あの当時は俺への当たりがかなり強かったんですもん。それがいつの間にか夜に電話をする関係になるとは。いやあ、感慨深い」
「しょうがないじゃない。あの時は……色々あったのよ」
白ギャル先輩は俺とぶりっ子先輩で柔道部を立ち上げた当初からすぐに入ってくれた。それから半年ほどして同級生の普通っ子が柔道部に入り、俺が二年生になった頃に元気っ子後輩が入ってくれた。
ちなみにこの柔道部、この学校の正式な部活ではなかったりする。俺が勝手に部活と名乗っているだけなので、俺達柔道部は正式には帰宅部扱いだ。
なぜそんなことにしているのかというと、まずこの高校に柔道部がないこと、俺だって青春したいこと、この二つの理由がある。
前者の高校に柔道部がないことに関しては、おそらく主人公君の中で柔道というものが馴染みのないものなのだろう。主人公君に馴染みのないものは、この世界では存在感が薄くなりがちだ。
後者の青春したいという理由に関しては、主人公君の目の届かないところでなら、俺でも青春を謳歌できるからだ。ヒロインになりきれなかったり、なぜかヒロインになるのに興味がない女性達を集め、あくまでこっそりとだけどね。
そんな女性なんてそうそういないことは分かっていたが、俺の周りにはぶりっ子先輩という「例外」がいたので、ゼロパーセントではないってことは分かっていた。
もしかしたらぶりっ子先輩のような例外が学年には一人くらい居るんじゃないかと、淡い希望で始めた部活動もどきだが、俺を除き四人も集まってくれて本当に嬉しい。
「色々あったって、何があったんですか?」
「秘密よ」
「ええ~、おせーておせーて!」
「わがまま言わないの。それに、あなただってなんで名前で呼んでくれないのか教えてくれないんだから、おあいこよ」
「くっそー、俺は白ギャル先輩のことは頭の先から足のつま先まで、なんなら毛穴から細胞一つ一つまで、何でも知りたいのに……」
「なんかそれ、ちょっと変態っぽいわよ」
「ふへへっ」
ふぃー、もう夜の十一時前か、時が経つのが速い、そろそろ寝る時間だな。
……電話切りたくねえ。
でも俺の信条として、快食、快便、快眠は大事にするって決めているから、そろそろ寝ないとなあ。
「「……」」
白ギャル先輩も俺がもう寝る時間だと分かっているのだろう。お互いに何も話さない、無言の時間が流れる。
先輩も俺と同じで、電話を切ることを切り出したくなくて黙ってしまったのなら嬉しいな。都合のいい妄想だけど、それくらい許して。
「……白ギャル先輩、ピザって十回言って下さい」
「いいの?」
「まだもうちょっとだけ大丈夫です。ほら、ピザって十回お願いします」
「いいけど、そういうのは電話でやるものじゃないでしょ?」
「とにかく! じゃあ、いきますよ。せーの――」
「「ピザピザピザピザ――突然ハモらないでくれる?」」
「ふふふっ、楽しいなあ」
「なによ、もう。電話を切るのが名残惜しいって思ってたあーしの気持ちを返しなさいよ、バカ」
「――ッ!」
ヤバい、ニヤケが止まらない。嬉しいんだけど。嬉しいんだけど!! なんなのこいつ、俺のこと殺しに来てる? 白ギャル先輩になら殺されてもいいよ。いやマジで。
「ねえ、大丈夫? 急にうめき声が聞こえたけど……」
「いえいえ、大丈夫です。ただ単に、俺も電話を切るのが名残惜しいって思っていたので、嬉しくなっちゃっただけです」
「――ッ、そ、そう、そうなのね、ふぅん……」
「「………」」
「ふふふっ、なんちゃって~、ただのホントでした~」
「本当なのね。ふぅん、そう。そっか」
はあ、楽しいけど、流石にもう電話を切らなきゃな。
……電話を切らなきゃ。
……うん。
「白ギャル先輩、次は愛してるって十回言って下さい」
しまった、口が勝手に。
「嫌よ。恥ずかしいじゃない」
「おねげえします! ただ白ギャル先輩の声を録音して、ループ再生しながら寝るだけですから! 愛してるって言うだけですから!!」
「いーや! それより、あなたはもう寝る時間でしょ?」
「嫌だあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!! 時よ止まれ!! 止まれよクソが!!」
「もう、急に大きい声出さないでよ。じゃあ切るわよ」
「待って待って待って! 準備オッケーですから、愛してるって百億回言って下さい!」
「おやすみー」
「待っ――」
無慈悲にも電話は切られ、ポロンと電子音が小さく鳴り響く。
「……寝るか」
俺は白ギャル先輩に「おやすみなさい」とさっき言えなかったメッセージを送る。
電気を消して目をつむり、さっきまでの会話を頭の中で反芻しながら、ニマニマしながら眠りについた。




