第百五話 マイゴッドたんと狂犬
昼ごはんを食べ終わり、三十分ほど休憩時間を挟んだ後。
俺達は柔道場に集まり、師範の前で横一列になって正座していた。
「今日からこの柔道部に新たな仲間が増える。では順番に一言で自己紹介を」
「愛でーす! みんな、よろしくねー!」
愛はまるでアイドルになったかのように、愛くるしい笑顔でみんなに手を振った。
にしても、腰はしなやかで細いし、手足にもごつさが一切ない。
あれで男って、冗談だろ。
「妾は一年B組、神代九じゃ。元々神様見習いをやっていて、色々あって今は普通の人間じゃ。将来の夢はこの世界で神様になること。そのため――」
「キューちゃん。喋りすぎだよー」
元気っ子後輩が途中で止める。
「おっと、自分語りが過ぎた。とにかく、よろしく頼む」
のじゃロリケモミミっ子は、少しぶすっとした表情を浮かべながらも、丁寧にお辞儀をした。
薄い金色のケモミミがピンと立ち、柔らかそうなケモ尻尾がふりふりと揺れている。
隣で自己紹介した愛も小柄だが、のじゃロリケモミミっ子はもっと小さい。身長は140センチくらいだろうか。
ちんまくて可愛いので、小学生にしか見えない。
そんな二人はパチパチと拍手で迎えられたのだった。
実は俺は、練習が始まる前にも、二人には挨拶されている。
普段、師範と俺は練習前にその日のメニューを決める。その時間に二人も来てもらい、軽く挨拶を交わした。
二人はまるっきり素人とのこと。なので、道着の着方、髪の毛の結び方のルールなど、柔道する前の準備から教える必要があった。
二人のうち、愛はまあ面倒だった。
師範の基本の教えである、無でもなく、有でもなく、全てでもなく、中道でもない。ただ自然に。
これを聞き、『僕の哲学とはまるっきり違います』なんて、即座に生意気言う始末。
どうも愛は【矛盾を孕んだ感情を併せ持つ時、人間は一番力を発揮できる】なんて考えているらしい。
それに対して、師範は『ああ、好きにするといい』と、獰猛に笑うだけだしさあ。
もっと怒ってやってもいいのに……
髪型に関しても、愛は面倒だった。
どうやらハーフアップに強いこだわりがあるようで、髪をきつく縛ることに少し駄々をこねた。
結局ハーフアップは残しつつ、残った後ろ髪でポニテにすることで解決したが……あー疲れた。
「二人には一ヶ月で柔道の基本の考え方と、柔道の知識、礼儀、基本動作の初歩、怪我しない受け身のやり方を学んでもらうつもりだ」
「「はい」」
師範は軽く言ったが、初心者にたった一ヶ月でそれらを身につけるのは、なかなかに厳しい道のりだ。これはスパルタ確定だな。
「では、今日から柔道部は私を含め、七人体制となる。各々精進するように」
と、ここで師範から俺へと視線が受け渡された。
ここからは俺の仕事だ。
「うし! じゃあ早速、練習を始めていきますか! ウチの柔道部の練習は結構ハードだから、頑張ってついてきてくれ。二人とも、できるな?」
俺は愛と、のじゃロリケモミミ神に挑発的に笑ってみせた。
「誰にもの言ってるのよ。あなたこそ、私に置いてかれないように震え上がってなさい」
「もちろんじゃ! 妾は誰よりも強くなる!」
「いい心がけだ! じゃ、投げ込みが始まるまでは初心者でもできるから、俺の近くで真似してみてくれ」
さて、やる気充分なのは伝わったが、果たしてついてこられるかな。
◆
「ぜえ……ぜえ……」
「……あー、しんど。なにこれ。泰平って毎日こんなハードなことしてんの? バカじゃん」
随所に筋トレを挟みつつ、受け身、打ち込みと終わった辺りで、新入部員二人は音を上げた。
のじゃロリケモミミ神は立っているのがやっとといった様子だし、愛に関しては「もう無理!」と寝転んでいる始末。
そう、我が柔道部の練習は、かなりハードなのだ。
「ふひひ、俺は新入部員が苦しむその顔が見たかったんだよ」
「だっる。わざとハードにしたっていうの?」
「ぜぇ……ぜぇ……」
二人から非難の視線を感じる。
「いや、もちろんそんな意地悪なことはしないぞ。ただ、二人が来たからといって、お客様モードに練習メニューを変えなかっただけ。つまり、これが普段の練習ってことだ」
「マジかよ」
「………」
二人から信じられないようなものを見る目で見られた。愛に関しては、キャラを作ることを忘れている。
「まあ、安心してくれ。こっからは初心者が俺達と同じメニューをこなすのは危ないから、軽めになるから」
受け身や筋トレならまだしも、投げ込みや寝技を俺達と同じ練度でやらせるのは、流石に危ないからな。
「さて、こっからは二人ペアになるが、どうしよっかな……」
「泰平先輩! 私がキューちゃんとペアになりたいです! もっと可愛がりたいです!」
「シホは遠慮がないから嫌じゃ! 妾はあの優しそうな先輩がいい!!」
「おっ、普通っ子をご指名か。なかなか見る目あるな。確かに指導という面では、一番優しく教えてくれるかもな」
ただ、普通っ子ものじゃロリケモミミ神のことをかなり微笑ましい目で見ていたので、めちゃくちゃ可愛がられる可能性は高いけどな。
「えー! キューちゃん、私とやろうよ!」
「嫌じゃ!」
のじゃロリケモミミ神は尻尾をピンと立てて元気っ子後輩に警戒を示す。
どうやらあの尻尾、感情によって動くようだ。
「じゃ、キューちゃん。こっちおいで。教えるのは初めてだからうまくできるかは分からないけど、私なりに分かりやすく教えてあげるから」
「はいなのじゃ!」
のじゃロリケモミミ神は、てちてちと普通っ子の元へ歩いていった。
「ねえ泰平。僕はルリ先輩とがいいな! だってあの人、泰平の一番大切な人でしょ? それなら……っふふふ」
愛は舌なめずりしながら、ぶりっ子先輩をロックオンした。
「こいつ……まあいいや。ぶりっ子先輩。この人生舐めてる男に、現実ってやつを教えてあげてください」
こいつが人として妙に魅力的なのは認める。だが、ぶりっ子先輩ならある意味で一番安心だ。
それほど俺はぶりっ子先輩に全幅の信頼を置いている。
「分かったわ。楽しくやりましょう」
「僕をその気にさせてみてね。おねーさん♡」
愛とぶりっ子先輩はやけに黒く妖しげなオーラを漂わせながら、道場の隅の方へ移動していった。
「うし! じゃ、二人とも任せた。ってことで、しゃあねえから余り物の元気っ子とやりますか」
「なにおー! 先輩の方が余り物でしょ! まあいいですけども」
「早速投げ込みを始めていくぞー。あ、新入生二人、礼だけは教えた通り、ちゃんとやるようになー」
さて、やるかあ。
俺と元気っ子は向かい合い、礼をしたのち、投げ込みに入る。
まずは背負投げ十本から。
「泰平先輩、キューちゃんってすっごく可愛いですよ……ねっ!」
「なー、ちっこくて可愛いから、愛玩動物みたいだわ。どうも厳しくするのが大変そうだなあ」
それに、のじゃロリケモミミ神は、俺達の信仰する神様でもある。愛着がある分、余計可愛いんだよなあ。
パシンと受け身を取り、すぐに立ち上がる。
「ですです。つい甘やかしたくなりますよ……ねっ! ふぅ。クラスでも大人気で――あっ、ユウカ先輩も一回一回、キューちゃんの頭をなでりなでりしてますね。いいなあ……」
どうやらのじゃロリケモミミ神は、白ギャル先輩とも違う愛され力を持つ人間のようだ。
「でも、なんでこの世界で人間になったんだろう」
「あー、なんか神様の世界的にダメなことをした罰として、神様の力を奪われ、この世界に来たらしいです……よっ!」
「ほえー」
「でも、この罰はものっすごく優しい罰らしいです。本来なら存在を抹消されるのが普通だとか……なんとか!」
「ほえー」
スケールがデカすぎて、ほえー、しか感想が出てこない。
「でもキューちゃんは神様への未練はたらたらです。この世界で最終的に神様になるのが目標なんですっ……てっ! ふぅ。だから、神様扱いすると、すっごく喜びますよ。クラスではすでにそうやってキューちゃんをおだて、崇める遊びが流行っています」
「ほうほうほう、なら、俺はマイゴッドたんとでも呼ぼうかな」
ちょうどどう呼ぼうか迷ってたんだよな。
「あー、そういや、泰平先輩と愛先輩が作り出した神様なんでしたっけ」
「そうそう。本当に神様になるとかは全く思ってなかったんだけどな。でも、俺達の唯一神であったことは間違いないよ」
「オリジナル神様ですか……いいですね! 楽しそうなので、私もなにか考えてみます!」
「おう! 案外楽しいもんだぞ!」
さて、交代だ。
礼をして、俺も背負投げ十本を始める。
「ついでに愛をなんと呼ぶかも決めるか。ちょうど白ギャル先輩に名前呼びの件で嫉妬されたしな。さて、愛は……」
地雷。暴風雨。覇王。男の娘。自由人。破天荒。
色々な言葉が頭をよぎる。
「うん、もう狂犬とかでいいか……おりゃ!」
ドジっ子先生もそんな感じのことを漏らしていたし、もうそれでいいや。
正直、愛と呼ぶのが一番しっくりきてしまうからなあ。
基本は愛と呼ぶことにして、たまーに狂犬と呼ぶ感じにしよう。
その時、熱気こもる柔道場に、秋の始まりを告げるような涼しげな風が吹いた。
狂犬とマイゴッドたんが新しく加入した柔道部は、これからどうなっていくだろう。
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