第百二話 二学期スタート
ぱんっぱんっ。
二礼二拍手一礼。
「(今日もこの世界が崩壊しませんように)」
終わったんだけど。
夏休み、終わっちゃったんだけど。
勉強に部活に遊びに忙しくしているうちに、あっという間に終わったんだけど。
足りない。全然夏休みが足りない。もっとやりたいことはいっぱいあったのに。
あー、全然夏休み気分が抜けていないわー。
まあ、そういう切り替えは得意な方なので、これはただの言い訳なのだが。
「うし、普通っ子、行こうか」
「うん」
さあ、今日はどんな一日が待っているだろうか。
◆◆◆
今日から新学期。おそらく愛が外部生として来る日だ。
愛関連でこの世界の秘密にたくさん触れ、今や俺は誰よりもこの世界を深く知る者となった!
……とは、全くなっていない。
愛の無意識の世界へ行った時だってそうだ。完全に人任せにしているうちに、どうにかなっていた。
具体的にはこうだ。
ぶりっ子先輩にやりたいことを頼み、待つこと数日。突然、「主人公君の母」を名乗る人物から、最低限の情報と指示メールが送られてきた。
しかも、そのメッセージは読み終えた瞬間にスマホから消えるという徹底ぶりだ。
あとは言われるがままに、指定された場所で眠りについただけ。
目を覚ました時には自宅のベッドの上で、すべてが終わっていた。
後日、無意識の世界で聞いた話をノートに書き留め、先輩に渡してミッション終了。
……な? 本当に俺、何も理解してないだろ?
「なんなら、あれだけ色々やったのに、もっとこの世界に疑問を持つようになったくらいなんだけど」
「まあまあ、少し分かったこともあるし、いいじゃん」
朝の登下校中。昨夜俺の家に泊まった普通っ子と、肩を並べて歩く。
どこか歌うような足取りで進む道中。
会話も心も弾んで、二人の時間はあっという間に過ぎ去った。
教室に着き、一度荷物を置く。テキトーにクラスメイトと話したり、必死の形相で宿題を写しているツンデレ美少女の妨害をしたりして過ごす。
うむ、愛はまだ教室に来ていないようだ。職員室にでもいるのかな。
そんなことを考えているうちに、廊下からクラスメイト達の華やかな声が聞こえてきた。
ああ、もはや懐かしいなあ。
「みんな、おはよう」
「「「「おはよう、翼君!!!」」」」
俺も一応手を上げて挨拶したのだが、女子達の声にかき消された。
ただ、翼君は俺の声に気づき、一瞬だけ視線を向けると、ニコリと笑ってくれたのだった。
なんか、芸能人から認知してもらえたみたいで嬉しい。
「おーっほっほっほ! 翼、私の別荘はとても素敵でしたでしょう? また来たくなったら、いつでも言ってくださいね」
「翼君! 会えなくて寂しかったよー!」
「相変わらず翼みたいなオタクがモテすぎててウケるー。ま、まあそんなあーしもゴニョゴニョ……」
ワイワイ、ガヤガヤ。
ああ、いつも通りだ。
「ふふっ」
気づけば小さな笑みがこぼれていた。
それからすぐ「全校集会をするので体育館へ集合」と放送があったので、クラスみんなで移動していく。
体育館に集まると、校長による短い挨拶が始まり、終わった。
……にしても短い。
そういえば、小学生の頃も、中学でも校長の挨拶は短かった。
もしかして、主人公君が長い校長の挨拶が嫌いだから、この世界ではこうなのかな。
あっ、そうだ。それを思えば、もう一個ないものがあるじゃん。
この世界では、全校集会で校歌を歌わされることがない。校歌自体はあるのに、入学式とか卒業式とか、イベントでしか歌わないな。
前世の主人公君も、全校集会で歌わされるあのかったるいやつが嫌いだったんだろうな。
俺は前世でどうしてたっけ。口パクでもなく、ハミングでもなく、小さい声で歌ってたっけかなあ。
いやあ、ほんと、あの頃は意志薄弱だったわ。
そんなことをつらつら考えているうちに、気づけば全校集会は終わっていた。
教室に戻り、ロングホームルームが始まる。
「あたっ、痛てててて……もう、私のバカ。どれだけ教卓の段差に躓けば気が済むのよー」
うむ、ドジっ子先生のもはや芸術的なドジも、もはや懐かしい。
他のクラスメイト達もそう思ったのか、ドジっ子先生を見る目が生暖かい。どこか教室の空気がほっこりしている。
「――コホン。じゃ、じゃあまず、転校生を紹介するからね! どうぞ」
おっ、きたきた。
教室の前扉がガラリと開く。
廊下から、ツカツカと教卓の前、黒板の中心あたりに歩いてきた。
「愛です。みんな、よろしくねー」
転校生として愛が来るのは予想していた。
だから俺は、どこか余裕を気取りながら「うんうん」と深く頷いて見せるはずだったのだ。
だが、教室に入ってきた愛の姿を目にした瞬間、俺はその場に固まることになった。
(見た目が全然違うんだけど!?)
元々愛はモデルのようなスラリと背の高いかっこいい女性だった。身長が180近くあると言えば分かりやすいのではないだろうか。
それが今や、身長が推定150センチほどで、中性的で、あざと可愛い見た目に変わっていたのだ。
(うえー、愛って自分の容姿を気に入っていたはずじゃん)
だから、あの姿で来るものだとてっきり思い込んでいたのだが……
てか、容姿ってそう簡単に変えられるの? そんなのあり?
俺の驚いた姿を見て、口の端をにぃと吊り上げる愛。
「ふふっ、健太郎……じゃなかった。泰平、あなたって男にはとことんギャップがないのよ。私……じゃなくて、僕みたいに夏休みデビューするくらいの意外性がなきゃね。ほんと、つまんない男ね」
夏休みデビューで片付けられないほど変わってるんですが。
あと、キャラが固まっていないのか? ボクっ娘でいきたいというのは伝わったが、それならそれでもっと仕上げてこいよ。
「うるせー。俺をけなしてないで、さっさと自己紹介しろ」
「はいはーい。みんな、僕のことは気安く愛って呼んでねー!」
愛がおもむろに二本の平行線を黒板に書いた。
「上の長い線が、僕がいた世界。下の短い線が、この世界だと思ってね」
愛は二本の線を指差しながら、楽しそうに続ける。
「この二つの世界は、本来なら交わることはない。でも僕は、ここから――」
愛は指を立て、二本の線を縦に繋ぐような仕草をした。
「ぴょーん、と飛び越えて、この世界まで来ました!」
翼君と繋がっている、妄想主がいる世界。
愛が言いたいことを、クラスメイトたちもなんとなく理解したらしい。
ゴクリと、教室に息を呑む音が響いた。
そんなみんなの反応を見渡して、愛はニヤニヤと笑っていた。
「うーん、改めて見て思うけれど、この世界の女性みんな、むせ返るほど可愛いね! ったく、泰平はよくこんな可愛い女子に囲まれて平気でいるわねえ。やっぱり男として終わってるんじゃないの?」
「だーかーらー! 俺をけなしてないで、自分の自己紹介しろ! もっと言うことあるだろ!」
「この通り、泰平とは古くからのただならぬ仲なの。将来を誓い合ったりなんてこともしたりね。っふふふ」
一瞬俺に視線が集まったが、あまり気にしないことにする。
「後はねー、僕、ちょっとだけ神様入ってるんだ」
……そういや、そんなことも言ってたっけ。
愛は、パラレルワールドを作る精霊の力を宿してしまった特殊な人間だとか。
その影響で、人間にはない多次元的な視点から世界を俯瞰できるようになったとかなんとか。
説明されたのにふわっとしているのは、俺の理解度が低いからだ。
愛の一言一言に、教室がざわめく。
俺はその件についてはすでに知っていたので、物知り顔で聞いていた。
「ちなみに僕、こんなに可愛いけど、正真正銘股間に棒をぶら下げています。つまり、男です」
「は?」
得意げな表情が崩れ、思わず声が漏れた。
クラスメイトの誰かが「男の娘……」と、妙に熱を帯びた声で呟いた。
男の娘――それはこれまで、この世界に存在しなかった。
その理由は至って単純、主人公君が「男の娘」という概念が、あまり好きではないからだ。
俺達の持つ第六感は、そういう主人公君の好みが無意識に理解できてしまう。どれだけ可愛くとも、男という時点でどうしても「ホモォ」的展開を生々しく想像してしまい、少し苦手らしい。
それなのに……
(ったく、ややこしい性格のやつが、ややこしいキャラまでつけてきやがってさあ)
色々疑問点や言いたいことはあるが、真っ先に思ったことは一つ。
こいつ、絶対ここでのルールを守る気はないな。やりたい放題するつもりだわ。
「っふふ、それから僕、柔道部に入る予定だから。そこで柔道部の子とキャッキャウフフするつもり。第二章――泰平の大切な人寝取られ編。今日からスタートだよっ!」
勝手にそんなおぞましい章を始めるな。




