第百一話 夏祭り
ぱんっぱんっ。
二礼二拍手一礼。
「(今日もこの世界が崩壊しませんように)」
愛め、俺のナイスな提案を即座に一蹴しやがってよお。
『甘いな。そのような大人が考えた都合の良い折衷案のようなもので、私が納得するとでも?』
確かにあの提案は俺が考えたわけじゃないんだが。よくそんなこと見抜けるよなあ。
愛曰く、外部生としてこの世界に来るというのは、一見すると最高の回答に見えるらしい。
けれど、それでは愛の行動にいろいろな制約が生まれる可能性が高いとのこと。
愛は自由でいられないことを何より嫌う。だからこそ、俺の提案では百点満点の回答にはならないらしい。
まあ、愛がそこまで言うのなら、しゃあない。
ということで、俺達はその後もたくさん話し合った。
その結果――愛が、俺と同年代になってこの世界に来ること。そして、地球での諸々を済ませたら、非正規の方法でこの世界に来ること。
この二つを、誰にも迷惑をかけずにするらしい。
それが本当にできるのかとか、どうやるのとか、俺には分からない。
ただ、別れ際にこう言い残した時の、愛の表情、
『っふふ。新学期では、今までと同じような生ぬるい学園生活を過ごせると思うな』
あの不敵で自信満々の笑みを見ただけで、俺は愛を心から信じることができた。
きっと夏休みが明けたら、今よりも忙しくなるんだろうなあ。
さて、未来のことは未来に考えるとして、だ。
今日は夏祭りの日だ。
いつもはこの神社は閑散としているのだが、今日は雰囲気が違う。この神社に入る前の道からずっと、屋台や提灯などが並び、賑やかな様相を見せている。
今日の夜にはこれらが光を灯し、活気あふれることになるだろう。
一年に一度の夏祭り、大好きなみんなと、全力で今を楽しみ尽くしてやろう。
「うし、普通っ子、行こうか」
「うん」
さあ、今日はどんな一日が待っているだろうか。
◆◆◆
で、祭り当日の夜。
――ワイワイ、ガヤガヤ。ピーヒャラ。ピーヒャラ。
「やっぱ祭りといえばたこせんっしょ! 私は祭りのたびにあれを食べなきゃいけない縛りをしてますよ!」
「こら、走ったら危ないよ」
「うわぁ。あのお姉さん、きれー」
「見て見て、かき氷のブルーハワイで、舌が青くなってるでしょ」
「………」
――ワイワイ、ガヤガヤ。ドンドン。ドコドコ。
「分かります! なんで甚平ってそこはかとなくエロいんですかね!? あの生地が女を狂わせるんですよね!」
「やばっ、トイレ行きたくなってきたかも。ママー」
「あっ、せんせー! 見回りご苦労さまでーす!」
「ちょ、そこの男子高校生! お姉さんと一緒に――どいてよっ!! ガードが硬すぎるっ!!!!」
「ぷふっ、おかんと僕と、トドロキおとん……ぷふっ、ふふふふふっ」
「あなた、射的、一緒にやりませんか?」
「いや、鶴瓶がルイボスティー飲むくらい許してやれよっ!!」
「………」
人を集めすぎた。
柔道部関係者のみんな、その保護者や家族、さらにはその友達、その友達……
背の高い俺を中心に、周囲には五十人くらいいるんじゃないかな。
そのせいか俺、さっきから一切喋ってない。
どうもこういう人がたくさん集まる場所だと、いつもみたいに積極的に喋れなくなっちゃうんだよなあ。
まあ、それでも賑やかでどこか楽しいので、いいんだけどね。
さて、隣には母、その隣にはぶりっ子先輩と、がっちり守られながらえっちらおっちら歩いて、たどり着いたのは大型の仮設野外舞台近く。
仮設舞台は遠くからでも見えるようにスポットライトが照らされ、篝火が焚かれている。
「このあたりに座りましょうか」
「はーい」
今日のために置かれている簡易椅子に座り、すでに買っていた焼きそばやからあげ棒なんかを楽しみながら、ゆっくりと待つ。
……にしても。
あっちを見ても人。こっちを見ても人。
この街にはこんなに人がいたんだなあ。流石に舞台周りは人が多いわ。
俺はしばらくの間、視線をキョロキョロと動かしていた。
うーん、ゲーマーお姉さんも来ているはずなんだけど、見つからないな。
柔道部のみんなに紹介しようと思っていたのだが、その機会はまた今度かな。
不意に、境内のスピーカーから流れていたテープが途絶えた。
ズン、と腹の底を揺らす大太鼓の一撃。
あれだけざわついていた周囲が、しんと静まり返る。
雅楽の笛の音が厳かに鳴るとともに、四人の美しい巫女がゆっくり出てきて、シャンシャンと舞い始めた。
とにかく清涼で、澄み渡った舞。
舞台が温まったのち、満を持して登場するのは、装束を着た主人公君だ。
面布を垂らし、模造刀を持った彼は、一本の刀のような立ち姿で構える。
音楽が変わる。
曲調が激しくも、ダイナミックに。太鼓の重低音がズンと観客の心臓ごと揺らしていく。
一太刀。また一太刀。静と動の緩急を付け、また一太刀。
面布が揺れ、チラリと主人公君の横顔が見えた。
目の奥が、いつもよりもキラキラと光っている気がする。
どこか俺の知らない主人公君が踊っているような。というより、この姿が本当の主人公君、いや、一ノ瀬翼であるかのような。不思議とそんな印象を受けた。
篝火から火の粉が弾ける。主人公君の周囲で風が踊る。夜空の星が瞬く。
この世界の自然を全て味方につけ、主人公君は舞っていく。
そしてこの神楽舞は、この後もどんどん激しさを増していった。
そんな見事な舞をただ視界に捉えながら、頭では「前世の俺」のことを思っていた。
愛が俺の「空っぽの体を動かしていた原因である何か」を食べてしまったせいで、前世の俺は生命活動を完全に停止したそうだ。
一週間ほど前に俺の葬儀は行われ、火葬を済ませたとか。
まあ、元々俺は前世で死んで、こちらに来たと思っていたんだ。とっくに前世の死を受け入れている。
それでも。それでも、どこかしんみりしてしまうのは、どうしてだろうな。
そんな俺の様子を見て、俺の手を強く握る母と、ぶりっ子先輩。あったかくて、力強い。
「ふふっ」
寂寥とした気持ちが、ふわりと空に溶けていった。
――ドドン。
最後の一拍。重い余韻を残して音が途切れると同時に、主人公君は静かにその動きを止めた。
一瞬の間の後、夜空を打ち破るような大歓声と拍手が、神社全体を激しく揺らしたのだった。
◆
しんみりするのは神楽舞の最中だけで充分。これからはガンガン盛り上がっていこう。
「みんなで花火見ようぜ! 河川敷あたりでいいよな?」
「うん、いいよー」
本当は穴場スポットなどで花火を見たりしたいのだが、そういうわけにもいかない。
あくまで今日の主役は主人公君だ。穴場スポットは主人公君のものだし、高校生の中で堂々とデートするのも主人公君だけ。
俺も青春したいが、そういうのは大学生以降におあずけだな。
「こう! からの……こう! どう? 俺の舞、かっこよくね?」
「うーん……泰平に舞の才能はないね。全然かっこよくないよ」
「「「「同じく」」」」
普通っ子が代表してズバッと否定すると、周りのみんなもウンウンと首を振った。
「あらー。やっぱ折りたたみ傘で舞っても、カッコつかないか」
「そういう問題じゃなくて、纏う雰囲気からそもそもダメだね」
なるほど。オーラをどうにかすればいいのね。
「うおおおおおお!!! 唸れ俺のオーラ!!! 燃え上がれ!!!」
「……からっきし神聖さがないって意味だったんだけどなあ」
泰平はバカだなあ。そんな風に空気が和らいでいく。
ここに分かりやすい色恋系の甘酸っぱさはない。
それでも、俺の周りは笑顔でいっぱい。今はそれだけで満足だ。
「おっ、花火が始まったね」
重低音の爆発音とともに、夜空に満開の花が咲く。
パチパチと弾ける火花。次第に消えると、また別の色の花火が空で弾ける。
次第にどんどん激しさを増し、暗い夜が常に色とりどりに照らされていく。
「いやあ、夏だなあ」
「ねー」
色鮮やかに咲いては消えていく光の輪。熱狂の最中で感じる、愛おしい喪失感。
ド真ん中の夏を肌で感じながら、どこか風に秋の気配がする。
もうすぐ季節が変わる。だからこそ、今だけの夏を最高に楽しまなきゃな。
――続いては、西園寺家からの、メッセージ花火です。
「ん? 普通っ子よ、こんなのあったっけ?」
「いや、メッセージ花火なんて、今年で初めてだけど……」
西園寺家って、金髪ドリルお嬢様の家のことだよな。
そんなことをぼんやり考えながら、とりあえず夜空を見続ける。
ヒュー……ドン。
【翼♡アイ・ラブ・ユー】
夜空に描かれたのは、そんなメッセージ。
「……あいつほんと……バカだなあ」
俺の脳裏では、あのお嬢様らしい高笑いが聞こえてきていた。
これが黒歴史にならなければいいが……ある意味あいつも今を全力だなあ。
「お金を積んでやってもらったのかな? あはは……」
――引き続き花火をお楽しみ下さい。
「うん、いやあ、夏だなあ」
「ね、ねー……」
◆
このようにして泰平は、残りの夏休みも全力で過ごしていった。
少し時間は飛び、夏休み明け――




