第十話 やっぱり普通っ子が普通のわけがない
ぱんっぱんっ。
二礼二拍手一礼。
「(今日もこの世界が崩壊しませんように)」
今日は学校に行って、部活にあけくれて、帰りはファミレスで勉強会して、って感じかな。主人公君が絡まなければ、割と普通の日常になる気がする。
まあ、普通とか、特別とか、あんまり意識していないんだけどな。
俺のやることは、ただ日々を全力で楽しみながら生きることのみ。
「うし」
さあ、今日はどんな一日が待っているだろうか。
◆◆◆
「泰平は私のことを、全然普通って思ってないよね」
「ほえー、よく分かったね」
部活終わりのファミレスでの勉強会中、普通っ子がそんなふうに問いかけてきた。
「なんでなのよ。私なんて他の可愛い子と比べたら、全然普通じゃん」
「こんな可愛い“普通”があってたまるかって、毎日思ってるよ」
普通というのは特に変わったことがなく、ごくありふれているという意味だ。どう考えても普通っ子はごくありふれてなんかいない。
俺が彼女のことを普通だと思っていないということに、普通っ子は不服そうだ。唇をとんがらせて、見上げるように俺を見る。
その上目遣いも、桜色の唇も、全部可愛い。どう考えても普通っ子は可愛すぎる。こんな可愛い子が普通のわけがない。何度でも言うが、普通のわけがない。
「普通に可愛いって表現があるじゃん。私はそれでよくない?」
「よくない。普通にクソ可愛いならギリギリかな」
俺の頑なな態度を受け、普通っ子は少し斜め上に視線を彷徨わせたのち、切り口を変えて俺に説得をかける。
「普通っていうのは、一般的なレベルって意味でもあるじゃん。そう考えたら、私も一般的じゃない?」
「いや、そう言われればそうかもしれないけどさあ……」
違うんだよなあ。確かにこの世界の他の女性と比べると、一般的という部類に入るのかもしれない。
でも、俺の中ではやっぱり違うんだよ。何ていうんだろう。普通っ子は相対評価で考えてて、俺は絶対評価で考えている違いみたいな?
どう考えても現実味のないくらい可愛い普通っ子のことを、一般的とは口が裂けても言いたくない。
「にしても普通っ子は、普通ってことにやけにこだわるねえ」
「こだわるっていうか、普通って一番いいじゃない。だからそれを目指しているだけだよ」
「若者なのに珍しい考えを持ってるなあ」
普通が一番、ある意味ありふれた考えでもあることは事実だ。ただしそういう言葉は、ある程度人生経験を積んだ成功者とか、俺達の親世代とかが言うべきであってだな。若者のうちからそんなけしからん考え――
っと、思考が自然におじさんみたいになってしまった。別に前世と融合したからって俺がおじさんになったわけじゃないんだから、気をつけないと。
「まあ、普通が一番ってのは、分からんくもないんだけどね。変よりは普通がいいってのは、俺も同感だし」
「でしょ?」
「ただまあ、分からなくもないってだけなんだけど」
「ええー……」
そもそも俺は、あんまり普通とか特別とか考えていない人だからなあ。普通っ子が普通にこだわる気持ちは正直よく分からない。
「といいつつ、私もまあ普通なんてどうでも良かったりもするんだけどね」
「はあ?」
じゃあ、今までの会話は何だったんだ。
そんな俺の反応を見て、普通っ子は口を閉じたまま、にまーっと最高に楽しそうに笑った。やめろその顔、可愛すぎるぞ。俺を殺す気かよ。てか死んだわ。責任取って結婚してくれ。
「子供は二人でいいかな? じゃなくていやなんでもないです」
ふぅー、あぶねえ、ギリギリ誤魔化せたかな。
誤魔化せたのか聞こえなかったフリをしてくれたのかは分からないが、俺のつい漏らしてしまった素っ頓狂な言葉を、普通っ子は華麗にスルーしてくれた。
「ふふふっ、今から全部をひっくり返すことを言うんだけど、私はね、世間の普通なんて心底どうでもいいんだよ」
「おい、ひっくり返しすぎだ」
俺がため息を吐くと、普通っ子は「待って待って、この話には続きがある」と弁明するように慌てる。
「世間の普通はどうでもいい。でもさ、私は『泰平の普通』には興味あるんだよ」
「……どういうこと?」
しっかり全部聞き取れたのに、より意味が分からなくなったんだが。
そんな俺を放っておいて、普通っ子は楽しそうにドリンクバーで入れてきたコーラをチューチューしている。それから、紙ナプキンで軽く口元を拭き、拭いた面を折りたたむようにして机の隅においた。
くっそ、何気ない行動なのに、全部可愛いんだけど。はー、自分で自分がなんでこんなことにキュンとくるのか意味わかんねー可愛いー。はー。
「ふふふっ」
「いや、ミステリアスに『ふふふっ』じゃなくて、詳しい説明カモン。このままじゃなんにも分かんなくて、もやもやしたまんまじゃん」
「あー、それもいいかもね。たまには泰平にも頭を使ってもらう的な?」
「あんまり俺の脳をいじめないであげてよ。こいつ、なかなか見どころのあるいい奴なんだから」
確かに深くは考えないけど、それはただの俺の個性ってだけで、考えるのをサボっているわけじゃないからな。
「じゃあですね、いちごパフェを奢ってくれたら教えちゃいますよ?」
「くっそー、元気っ子後輩みたいなタカリしやがって。可愛いなあ」
脳で判断を下す前に俺は動いていた。思わずピンポーンとベルを鳴らしてしまったじゃないか。もう。
「ふひひっ、泰平先輩、あざぁーす! うっすうっす」
普通っ子が元気っこ後輩のモノマネをしながらお礼を言ってきた。
「はいはい、可愛い可愛い」
「あー、そういう言葉はもっと気持ちを込めて言ってよ」
「ダメダメ。俺みたいなシャイボーイは、こうやっておちゃらけながらじゃないと褒め言葉一つも言えないんだからな」
平気な振りしてるが、さっきから可愛いの濃度が高すぎて、そろそろ限界なんだからな。普通っ子とは一線を引いて付き合っているというのに、ついその境界線を超えてしまいそうになる。もう許して。
「まあ、これくらいで許しておいてあげますか」
「あざーっす」
そんなやり取りをしているうちに、いちごパフェが来た。普通っ子はとても幸せそうにスプーンを進めていく。
「泰平も一口いる?」
「いらない」
ホントは欲しいけど、なんかいたずらっぽい目で俺を見てくるので、ついこう言ってしまった。
「はい、あーん」
「俺、いらないって言ったよね?」
「ふふふっ」
……まあいいや。くれるっていうのなら、ありがたくもらおう。
「んまい」
てか、関節キスじゃん。あーんじゃん。
甘酸っぱいんだけど、口の中から頭の中から心まで甘酸っぱいんだけど。
もうね、好きなんだけど。叫びだしそうなんだけど。普通っ子が可愛くて愛しくて仕方ないんだけど。普通っ子の周りだけ、キラキラーって輝いて見えるんだけど。
あんまり俺をドキドキさせて弄ぶのはやめてくれ。主人公君とかいう決して勝てない相手だろうが、失恋するのは辛いんだぞ。
「でしょ。私にありがとうは?」
「ありがとうございます! この御恩は一生忘れません!! 今後は普通っ子様のために人生を捧げる所存です!!!」
「よきにはからえー」
「ははあー」
俺のおごりだったはずでは? なんて野暮なことはツッコまない。こっちの方が楽しいから。
そんな風に楽しくやり取りを続ける中、俺は会話の途切れた瞬間、不意打ちのようにこう問いかけた。
「で、俺の普通ってどういうこと?」
「さてと、泰平、勉強会なんだから、そろそろ勉強を再開しよ」
「おい」
俺に漠然とした失恋をさせておいて、まだ弄ぼうとしてくる。それでもやっぱり楽しいから、文句の一つも出やしない。
「普通って人によっては違うでしょ、そういうことってことで。はいはい。勉強するよー」
「絶対そういうことだけではないでしょ。くっそ、驕り損かよ……」
「ふふふっ」
まあ、普通っ子が楽しそうなので、いいけどさあ。俺も人生の絶頂ってくらい楽しいし。
なんかこうやってさあ。普通っ子とは、普通に徐々に仲を深めて、普通に恋しちゃって、普通に付き合って、普通に結婚を申し込んで、普通に一緒に暮らして、普通に子供を産んで……
このままだと、そういう未来が訪れる気がするんだよなあ。
もっと気を引き締めないと。だって普通っ子は、主人公君のヒロインなのだから。
「あっ、そうだ。そういや私、翼君に告白して、しっかり振られてきたよ。これで義務告白、しゅうりょー」
「……は?」
……まじ?
「心配しないで。ちゃんと『思わず気持ちが溢れて好きって言ってしまった』みたいな、それっぽいシチュエーションで告白を演じたからね。ということで私はフリーもフリーだからさ。もう気を使わなくても良いよ」
「……うい」
やべっ、衝撃的すぎて、ろくな言葉が出ない。
「ふふふっ」
ふふふっ、じゃなくてですね。
その見透かすような含み笑い、妙に色っぽいからやめてくれよ。
やっぱりこいつ、絶対に普通ではないわ。




