第九話 主人公君がえっちな気持ちになるとみんなつられる
ぱんっぱんっ。
二礼二拍手一礼。
「(今日もこの世界が崩壊しませんように)」
最初はさ、別に彼女がほしいわけじゃなかったんだ。前世のお前とみたいな関係がベストかなって考えてたけど、柔道部のみんなと出会ってからはその考えも変わってきている。
俺がどうしたいのかは俺自身でもまだあやふやだけど、とりあえずこの世界ではもう少し俺が主体的に動いて、頑張って楽しい青春を送ってみせるよ。
「うし」
さあ、今日はどんな一日が待っているだろうか。
◆◆◆
あー、なるほど。今日はそういう日なのね。
俺は教室の後ろの席で一人深く腰掛けながら、椅子の前脚を浮かせ、背もたれの二本の脚だけで危ういバランスを保ちながら、そう内心で首をすくめていた。
「きゃー!! 翼くんのエッチ!!」
「み、見てないから! 僕は縞パンなんて、見てないから!!」
「しっかり見てるじゃない! バカ!!」
だとか、
「はわわわわ! 翼くん大丈夫ですか!? ごめんなさい、先生なのにこんなドジで……って、きゃあ、翼君、ほんとおませさんなんだからあ。でも、もっと優しく揉まなきゃだめだゾ♡」
「ちちちちち、違くて! これは助けた拍子にたまたま胸に手が当たっただけでですね! と、とにかく僕の上からどいてください!」
だとか、
「ふふふっ、翼のジャージ、大きい。それに、なんかいい匂いがする」
「どどどどど、どうして下着を付けてないの!?」
「泥だらけになって汚れちゃったの、見てたでしょ? 別に貴重な男の子じゃないんだから、女の裸になんて価値はないでしょ? それがどうしたの?」
「ええ~」
だとかさあ。
「ありがとうございますと言わざるを得ない!!」
「きもっ」
授業が終わり、部活でペアとなった普通っ子とあけすけな話をする。
どうやら今日の主人公君は、少しエッチな気分だったらしい。今日はそういうラッキースケベがやたら多かった。
こういう時、なんとなく現実での妄想主が欲求不満だったりするのかな、なんて考えたりする。この妄想の世界が現実でどうなっているのかとか、リアルタイムで連動しているのかとか、妄想主との関係とか、よく分からないことも多いんだけど、なんとなくこの考えが自然な気がするのだ。
この世界は自律しているけど、現実の妄想主が抱く感情の影響を受けないというわけではない。妄想主が欲求不満だと、この世界に生きる人は、みんな少しだけつられて欲求不満になる。逆にこの世界側の人によって妄想主の性欲が解消されると、みんなも元に戻る。
ここにいる主人公君を通して相互に影響を与え合う関係というのは確かなのだ。
……と断言しつつ、ここまで全部俺の予想だ。大まかには合っているという感覚はあるが、細かい部分は間違っているかもな。
「おい普通っ子よ。キモいはだめだよ。おじさんは女子にキモいって言われるのが一番効くんだから」
「泰平はまだまだおじさんじゃないでしょ? じゃあ、もう一本お願い」
「うし! 何本でもやろうか」
打ち込み、投げ込みと終わったので、乱取り稽古を始める。
普通っ子――柔道部唯一の同級生で、俺と同じクラスの子。特に見た目や特徴に際立っている部分がないので、俺はそう呼んでいる。
というより、俺がどんなあだ名で呼ぼうか考えている間に、普通っ子の方から「私は普通が好きだから、普通っ子でいいよ」と提案されたので、そう呼んでいるというのが正しい。
……まあ、普通っ子がいかに普通だろうが、「普通にクソ可愛い」のだが。目がキラッキラだし、ポニテにしている髪の毛もツヤッツヤだし、桜色の唇も妙に色っぽいし、なんなのこれ。
普通っ子に関しては、特にあの目がヤバい。あの黒くて大きな瞳に見つめられると、全身を優しく撫でられているみたいな甘いしびれが駆け巡る。
ほんとこの世界の女性、可愛すぎるわ。
あとやっぱりこれは言わせてくれ。普通っ子が普通なわけないからな! こんなに可愛くて普通って、頭おかしいんか! この世界の普通がおかしい!
「ッ! っぶねー。もうちょっとで綺麗に投げられるとこだったわ」
俺が理不尽を頭の中で叫んでいた隙をついて、あやうく一本取られそうになった。なかなかの力だったぞ。
ほんと、この小柄な身体のどこにそんなパワーを持っているのか。
この世界では何故か男女の特徴がところどころあべこべになっており、女性の方が筋肉が育ちやすく力強い。歴史的にも、太古の昔から女性は狩りをして過ごしていたとか、そんなあからさまに辻褄を合わせるためだけに作られたような歴史がある。
ただし力が強いといえど、主人公君が大柄な女性を好まないからか、全ての女性が小柄ではある。そしてそれは男には当てはまらない、というか男はイケメンでなければどうでもいいと思われているっぽい。
そんな中で俺は女子より頭一つ抜けて大きかったりする。クラスで一番背の高いのは俺だ。
その上でこの三年、みっちりトレーニングを繰り返したおかげで、今では俺はかなりガタイがいい。小柄な女子しかいない中で、柔道においてこれはかなりのアドバンテージだろう。
「ぐぬぬぬぬ! 泰平、重い!」
「俺も普通っ子にはまだ負けたくない……よいしょー! からの、はい、袈裟固め」
寝技によって二十秒しっかり抑え込んだので、俺の一本だ。
ふぅー、今回は体格差とフィジカルにより強引に勝てたが、技術面ではもはやトントンといってもいいだろう。
普通っ子は比較的柔道初心者なのに、ものすごい速さで成長しているので、このままだと俺はあっという間に追い越されてしまう。
特に駆け引きにおいては抜群のセンスがあり、もはや心が読めるのかってくらい俺のフェイントが効かないし、隙を突くのもうまい。
強引に寝技に持ち込めば勝てるとは言え、立ちだとちょっと危ない。もっと頑張らなきゃなあ。
「ねえ、そろそろどいてくれない?」
密着した普通っ子から、お花屋さんの前を通った時のような魅惑的な香りがした。自然と俺の喉がゴクリと鳴る。
「おっと、すまんね」
俺はなんでもないような顔をしながら、立ち上がって柔道着をなおす。普通っ子も同様に乱れた柔道着をしっかりと着なおし、帯を締めなおす。そんな姿をついじっと見てしまった。
……いやさあ、この世界じゃあそういうもんとは分かっているけど、女子もアンダーウェアとか着られたらいいのに。
まっすぐ言ってしまうと、エロいんだよ。男こそアンダーウェアはいらないから、女性には着て欲しい。試合をしている時は気にならないけど、終わった後、なんかね。
クソ可愛い美少女が頬を赤らめながら、乱れた衣服を直すの、かなり来るんだよなあ。
しかも、普通っ子は着痩せするタイプというか、どんどんお胸が成長中というか、お胸に関してはなかなかのものだというか……
柔道にはなるべく真面目に取り組みたいからこそ気にしないようにしているが、家に帰って寝る前とかに思い出しちゃうと、もうヤバい。どんどん思考がピンクの方向に走ってしまう。
……ダメダメ、いくら俺が下品なノンデリキャラだとしても、そういうガチすぎるのはよくない。
特に普通っ子に関しては、柔道部ではあるが、主人公君と同じクラスでもあるんだ。以前は柔道部はヒロインではない例外の存在だとか言ったかもだけど、普通っ子だけはまだそこのところをよく分かっていない。
よく分からないということは、今後どう転ぶか分からないということ。それならば、一応主人公君の彼女みたいなものだと考えたほうがいいだろう。
人の彼女に手を出すのは俺の道義に反するので、もっと気を引き締めないと。
こんな風に考えてしまったのは、俺も主人公君の欲求不満に毒されているせいだ。きっとそうだ。
「(別にいいのに……)」
「ん? なんか言ったか?」
「なんでもないよ。泰平、もう一回!」
「はいはい、何回でも付き合うよ」
少しだけ潤んだ瞳でお願いしてくる普通っ子相手に、俺は何度も乱取り稽古をした。
「今日の泰平は、目つきがなんかいやらしいね」
「たはー。俺がクラスの女全員と脳内で酒池肉林してたこと、バレバレってことかあー」
「嘘つき」
いつも通り、無でもなく、有でもなく、全てでもなく、中道でもない。ただ自然に。そして、精力善用、 自他共栄。それに加え、少し楽しく賑やかな日々を。
目の前のことに、とにかく全力で。
「ふいー、普通っ子よ、今日も疲れたなあ」
「あっ、泰平。もしよかったら、明日の部活終わり、ファミレスで勉強していかない?」
「そうだなあ。うん、しゃあねえから、たまには勉強でもしてやりますか」
「泰平、案外成績いいじゃん。何言ってんの」
「いやいや、俺って勉強なんてしたことないから。まあ、授業聞いてれば全部分かる、みたいな? みたいな??」
「嘘つき」
毎日登校前に勉強していることを誰にも言っていないので、ちょっと天才ぶってみたのだが、普通っ子には俺の嘘が全てバレバレだったようだ。
「……あの、その『嘘つき』って蔑むように言うの、もう一回言ってくれない? なんか見透かされてるみたいで興奮したからさ」
「嘘つき」
こういう時普通っ子は案外ノッてくれることも多い。白ギャル先輩なら普通に呆れてくれるのだが、そういう普通の反応をしない。
やっぱり普通っ子は普通じゃないって、絶対。




