第九十九話 愛する柔道部
「なあ、普通っ子。俺の心の中の感情を見てくれない?」
「原因不明のもやもやとか、自分の感情が何由来のものかが気になるんだね。分かった。がんばって、なるべく心の奥深くまで見通してみるね」
「話が速いな。うへへ、じゃあ、またリスペクト柔道を作り出した時みたいなあれ、やるか!」
「うん! じゃあ、手を繋いで、おでことおでこを合わせて」
「………」
「……うーん。なるほど。原因不明の大きなワクワク、同じく原因不明の大きな心配。その二つが泰平の心には確かに存在してるね。そして、その感情が向けられた方向は――うん? 泰平の、前世、かな?」
「前世……? ってことは、愛について何か俺は――ッ!!」
「ちょ、泰平! どうしたの!? そんなに頭を抑えて! 痛いんだね? 頭が痛いんだね!?」
「大……丈……夫……ふぅ。うん、ほんとにもう大丈夫。愛の名前を呼んだ途端、面会室での記憶がぶわっと蘇っただけだから」
「……ほんほんほん。ほえー。今まで私の知らないところで、そんなことがあったんだ。車椅子お姉さん、ねえ……ふぅん、私達の関係をぐちゃぐちゃにしてこようとしてるんだ。じゃあ、敵だね」
「ちょ、ちょっとタンマ! そんなレイプ目になっちゃだめ! あと、どこから包丁を出したの! 普段から持ち歩いてたのか!?」
「冗談冗談。もし泰平が私を捨てたり、不誠実なことをしようものなら、これで脅そうと思ってただけだからね。心配しないで」
「怖えよ。そんな満面の笑みでさあ。まあ、いいや。あいつの話を額面通りに受け取ったらいけないんだよ。いわばあいつ、プライドが高すぎて、自動的に極度のツンデレになってしまう、みたいな人なんだから」
「ふぅん。難儀な人だねえ。仲良くできるかなあ」
「まあ、俺と愛は女性の好みが近い、というか、性癖が近いからさ。普通っ子が俺にするみたいに火力高く攻めれば、案外ころっと落ちると思うぞ……っと、ぶりっ子先輩から連絡が来た。じゃあ、行ってくるわ」
「はーい、行ってらっしゃーい」
◆◆◆
「――ということがあったんですよ。ぶりっ子先輩」
「なるほどね。それで、泰平はどうしたい?」
「どうしたいもなにも、曖昧なことが多くて、何ができるのかがサッパリなんですよね」
「どんな無茶振りだろうが、私がなんとかするわ。そのために努力はしてきたつもりだし、大抵のことはどうにかしてあげる。だから、泰平は難しいことは考えず、何がしたいのかだけ考えなさい」
「つっても、例えば俺が『前世に一度帰る!』って無茶振りしても、流石に無理でしょ?」
「ふふっ、私を舐めないでくれる? その答えなら、あえてシンプルに答えてあげる――私なら可能よ」
「嘘……っぽくはないですね。マジか」
「ええ、契約により、具体的な方法は泰平が大学を卒業するまでは言えないんだけどね」
「ぶりっ子先輩には敵わんなあ。にしても、よくそういうことが可能と断言できるほどの場所までたどり着けましたねえ」
「だって、泰平から前世の話を聞いたときから、『もし泰平が前世に帰ってしまったら、どう連れ戻すか』くらいの想定は充分にしてきたもの。私の泰平に対する執着は、世界を超える程度じゃ揺るがないわ」
「まあ、俺もぶりっ子先輩がこの世界にいる限り、あっちの世界に帰ろうとはそもそも思いませんよ。
それでも、俺には世界を超えることを『その程度』とは言えないなあ。
もしぶりっ子先輩がここではない世界に行ってしまったら……俺には足掻くことしかできなさそう」
「そうかもしれないわね。でも、こういうのはただの役割分担よ。私にたまたまそれができる能力があるってだけだもの。泰平には、泰平にしかできないこともたくさんあるわ」
「そんなもんなんですかね」
「ええ、そんなもんよ。だから、困ったら存分に私や、それが無理なら他の大人に頼りなさい。
あなたの周りには私と同じくらい頼れる大人がたくさんいるの。師範だって、副道場長だってそうよ」
「ほえー、ぶりっ子先輩と同じくらい頼れる、ですか……」
「あら、少し話し過ぎたかしら」
「絶対わざとでしょ……まあいいや。それなら力いっぱい頼らせてもらいますからね」
「ええ、頼られた分は、泰平が大学生になった時、存分に請求して上げる」
「ははっ、それなら本当に気負いなく頼れますね――っと、じゃあ、そろそろうちの可愛い後輩との待ち合わせ時間なんで、行ってきますね」
「ええ、存分に元気をもらってきなさい」
◆◆◆
「ういーす、元気っ子後輩」
「ちっすちっす」
「うし! 可愛い後輩をひと目見て、元気出たわ。じゃあな」
「えっ!? もう帰るんですか!? せっかく公園に来たんですし、遊びましょうよ! それに、何か話したいことでもあったんじゃないですか?」
「いやあ……あったのはあったんだけど……後輩の元気そうな顔を見たら、もう目的は達成したしなあ」
「いやいやいや! 私は何もしてないじゃないですか!」
「……うーん、後輩には何の気負いもなく、ただ単純に青春を謳歌してほしいからなあ。あんまり巻き込みたくないというか……」
「あっ! また私に隠れて何かしてますね! ほんほんほん、今の泰平先輩は……戦いに行く人の目をしてますね。私、泰平先輩が負けるところなんて見たくありませんからね! 何するのかは知りませんが、絶対に負けちゃだめですよ!」
「うひひひひ、ほんと、ウチの後輩は元気で可愛いなあ」
「もう! 頭を撫でて誤魔化さないでください! えへへっ……」
「あっ、なんだろ、これ。めちゃくちゃ元気出てきた。うし! 気力も充分! やっぱり、せっかく公園に来たことだし、頭空っぽにして全力で遊ぶか!」
「はい!」
「まずは鬼ごっこからだ!」
「なんか……今日の先輩、かなり強いですね! でも、負けませんよ!」
「おう! 今日の俺は絶好調だからな!」
◆◆◆
「白ギャル先輩ー。疲れたー」
「はいはい。私の膝においで。それにしても泰平、大満足って表情してるわよ」
「そうですかねえ」
「ええ、それこそ泰平の目指す、『いつも通り、無でもなく、有でもなく、全てでもなく、中道でもない。ただ自然に』っていうのが、自然とできているみたい」
「……なるほど。感情は自然であればあるほど推進力がある。ってことは、今が一番ポテンシャルが発揮できる状態なのか。確かに今ならなんだってできる気が――うわぁ……先輩の太もも、ひやっこくて気持ちいぃ……」
「ふふふっ、途端にとろけちゃったわね。可愛い」
「あぅ、白ギャル先輩、頭を優しく撫でないでください。背中をトントンしないでください。気持ちよくて、もう動けそうにないです。ここに永住したくなりますー」
「ふふふっ、ねえ、泰平。カエデから聞いたんだけど、泰平はこれから前世のお嫁さんと夫婦喧嘩をするのよね」
「……あらら、ぶりっ子先輩、話しちゃったんですか。なんとなく白ギャル先輩とかは巻き込まなそうだったのに」
「泰平は知らないかもだけど、意外とルリって私に甘いのよ。私が強引に問い詰めたら、すぐにゲロったわ」
「あらー、そうだったんですか」
「ええ、今だから言うけれど、私ってかなりルリに助けられているの。柔道だって後輩に追いつかれないために、いろんなテクニックをこっそり教わったわ。他にも、泰平の弱点を共有してもらったり、ユウカが自分でも気づいていない癖を教えてもらったりね」
「ほえー。俺と普通っ子の秘密特訓みたいなこと、先輩達もしてたんですねえ」
「やっぱり後輩にはどうしてもカッコいいところを見せたいじゃない」
「わかるー」
「それでね。せっかくだし、泰平の前世の込み入った話や、妖精やら精霊関連のこととか含め、ルリの知っていることは全てゲロってもらったわ」
「……実は一番最強なのって白ギャル先輩な気がしてきた」
「そんなことないわよ。それでね。話を聞いて、あーしは思ったんだけど……積極的にこっちから出迎えに行くのはどうかしら?」
「……ほんほん、意外とそれは考えたこともなかったかも」
「あーしだったら、相手から来てほしいもん。
泰平だから言うけど、私が二年の時にグレてたのって、翼が『残念だけど、僕からは告白することは決してないんだ』って話を聞いたからなの。
そんなことって思われるかもしれないけど……私はどうしても、王子様から告白がされたかった。女から告白するしかないことを受け入れられず、スネてたんだよね」
「あー、白ギャル先輩、お姫様体質ですもんねえ……」
「でもさ、女の子なんだから、お姫様に憧れたっていいでしょ?」
「ですね」
「ふふっ、それでね。そんなお姫様に憧れがある私だから気づいたことなんだけどね。この世界って愛が持つ――」
◆
「うし! それで行きましょうか!!」




