第九十八話 一次創作神
のじゃロリケモミミ神は、俺達が戯れに作った神である。
『世の有神論者は、なぜ他人が作った神をあそこまで信じられるのか。心底理解できない』
きっかけは、そんな何気ない会話だった。ならば俺達だけのオリジナルの神様を作ってみようじゃないか、となって誕生したのが、「のじゃロリケモミミ神」だ。
この神様のご利益は、至ってシンプル。二人に何か良いことがあった時、その感情を共有するための「宛先」になってくれること――たったそれだけ。
あらゆる幸せや嬉しい出来事を二人で分かち合い、ついでに神様にもお裾分けする。
たったこれだけの存在だが、それで充分だった。ラッキーな出来事やハッピーな感情を誰か(正確には神様だが)に共有することは、人生を確かに豊かにしてくれるのだから。
そして、せっかく幸せをお裾分けするのなら、相手が可愛い方が気分が乗る。そんな風に話し合った結果、のじゃロリ口調で、ケモミミという萌え要素が付け足された。
そんなキュートな神様を、俺達は自らの子どものように大切にしてきた。いつだってお前と楽しいことを共有する時には、心の片隅にはのじゃロリケモミミ神がいた。
俺がこの世界でお参りの対象にしている神だって、のじゃロリケモミミ神だ。あの神社にはその神社特有の神様がいるはずだが、そんなのは関係ない。
だって俺達はそもそも、神様なんていないと思っている。神になんて頼ったところで、何もしてくれないのだから。
それでも唯一認めてあげているのが、のじゃロリケモミミ神ってだけ。
こんな舐めたスタンスだったのだが……
「のじゃロリケモミミ神、ありがとうございます」
今までは戯れだったが、今日から本気で神様を信じることにしよう。
いや、ご利益があったからといって、急に態度を翻すのは逆に良くないか?
これは悩みどころだなぁ……うーむ……
「私は自らの神に幸せを与えてやっているつもりだった。利益は一切求めていなかったのだが……まさか、本当にご利益があるとはな」
「てか、実際に会えたんだ。いいなあ。俺も会いたい。お前だけズルいぞ」
「ふっ、信じるものは救われるのだ」
「うわー、お前が有神論者みたいなセリフを吐くようになるとは……」
「もう三年も会っていないのだ。そういうこともある」
「いや、俺が変わるのはともかく、お前が変わるのは……まあいいや。で、身体は結果的に健康なままなんだよな?」
「ああ、病気や不調がないという意味では、健康も健康だ」
……なんか含みを持たせたような言い方するな。
謎の存在を血肉にしたことで、なにか影響はあったのかな。
「とにかく! 今度会ったら、徹底的に説教してやるからな!」
「ふふふっ、私に説教とは、お前も偉くなったものだ。そうだな。お盆あたりに実際に会える気がするから、その時にお前の説教を生で聞くのを楽しみにしていよう」
ふぅむ、ニヤニヤ笑いながら、意味深なことを言う。
ここは隔離された謎の世界だぞ。本当に、本当にお盆になれば、実際に会えるのか?
と、そんなことを考えているときだった。
――ぱちり。片手を高く上げ、指パッチンしたかと思えば、俺の身体が徐々に透明になり始めた。
「うぇ? もしかして、狙ってやった?」
「ああ、できるようになった」
「マジかー。もっと喋りたかったのに」
「こっちとしては、本当はこんなに長々と話す予定はなかったのだ。お前には大量の疑問を抱いたまま、ただ覚悟だけしておいて欲しかっただけなのだから」
「趣味悪いなあ」
「そもそも、お前は長い説明なんて聞いてられないだろう? いわばこれは、私なりの分かりにくい思いやりだ」
「ははっ、それもそうだな」
いつもよりゆっくり、かつ、じわじわと身体が透明になっていく。このペースなら、もう少しだけ時間がありそうだ。
「ねえ、健太郎」
健太郎――俺の前世の名だ。
唐突に、今までとは違うしんみりとしたトーンで、そう告げられた。
「あなたには何のことかわからないかもしれないが……この場所で会えるのも、これで最後になる」
「………」
「だから、最後に少し、甘えさせてほしい」
「………」
「健太郎。お願い。あなたが私の名前を意識して呼ばないようにしていることは知っている。それでも、今だけでいいから、私の名前を呼んでほしい」
俺の心の奥深くに、直接語りかけてくるような。
切羽詰まった響きがそこにはあった。
……お前の名前を呼ぶくらい、別にいいんだ。
たとえ心の中だろうとお前の名前を呼ばなかったのは、俺が全力で今を生きていたからだ。
名前を呼ぶと、過去に囚われてしまいそうで――
いつまでも過去を引きずっていたら、お前との約束が果たせないだろ?
『私はたとえ一人になろうが、必ず幸せに生きていくだろう。だから、お前ももし一人になっても、日々を全力で淡々と生きろ』
雑談の延長線上で、軽い気持ちで言ったのかもしれない。ただのお前らしい強がりだったのかもしれない。
それでも、俺はその言葉を信じて、今まで生きてきたんだ。
でも、そう言った本人であるお前が願うのなら、いくらでも言ってやる。
――たとえお前が、何かを狙っていようともな。
「愛」
愛――前世で俺と偽装結婚していた女性。とにかく俺を強引にいろんな場所に連れ回し、俺の「自分がない」というコンプレックスを強引に吹き飛ばしてしまった、俺の幼馴染。
愛は女性が好きな女性だった。偽装結婚した理由なんて、言ってみればたったそれだけ。自分がない俺は、生涯結婚するつもりのない愛には格好の獲物だったとか。
『勘違いするな。私は子孫さえ残せれば、相手など誰でもよかったのだ。男の中でお前が一番マシだっただけだ』
まさにゴーイングマイウェイ。自分の生きたいように生きるためには、どんな手段も厭わない強さが愛にはあった。
そして、偽装結婚のような歪で嘘の関係でも、愛も俺も、この関係を大切にしていた。
俺が愛のエネルギッシュな生き方を尊敬するのはもちろんのこと。そして、愛も案外、あれで俺のことを価値のある人間と評価してくれていたのだ。
そこにいても何の圧もないところ。お年寄りにやたら好かれるところ。これらは愛にもない稀有な才能だとか。それに加え、お堅い職業をしていることで、世間体もばっちり。案外器が大きいのもいい。愛の生き方に文句を言わないのも最高。
そういう意味で、パートナーとしては文句なしだと、酔っ払っていた時にこぼしてくれた。
そう、お互いにパートナーとしては、最高の相手だったのだ。
ただそこに恋愛感情がないことを除けば――
俺が名前を呼び終わった瞬間だった。
理屈なんて分からない。だが、確かに何かが変わった。
余波だけで、全身の毛穴がブワッと立ち上がるような感覚。
例えるなら、そうだな。世界を超えて、俺とお前が「縁の糸」で強く繋がったかのような。
曖昧かつ強固な繋がりが、はっきりと。
「ふふふ、あはははははっ! 本当にお前は、いつまで経ってもお人好しね。結局、私の渾身の嘘は見抜けなかったようだな!」
彼女はそれはもう楽しそうに笑った。
ざまあみろ、そんな言葉が表情からありありと透けて見えた。
……だが。
その瞳の奥の奥。
そこには、違う光の色が確かにきらめいていた。
「いや、それも嘘だろ」
時が、止まった。
確かに名前を呼び合うことで、何か狙いはあったんだろう。けど、そんなこと関係なく、お前は俺に名前を呼んでほしそうにしていた。
だから、俺は誘いに乗ったのだ。
「……ほんっっっとうにムカつくわね。昔のあなたなら、絶対バレない自信があったんだけどねえ」
「へへっ、俺もここで多少なりとも成長したってわけだ」
「……ふん、まあいいわ。最後のピースはこれで揃ったことには変わりない。これでそちらの世界の座標は見つけ出した。私からは逃れられないわ」
「おう。俺は逃げないから、いくらでもかかってこい。その時に、初めての双方向の夫婦喧嘩でもしようぜ」
「今まであれだけ一方的だったのに、よく言う。口喧嘩だろうが、タイマンだろうが、健太郎が私に勝てるわけないだろう?」
俺はその答えにはあえて答えず、ニヤリと笑った。
俺はさ、別に愛が幸せでいてくれたら、それだけでよかったんだ。
でも、愛が何かしらの無理をして、ここに来るというのなら――
もう一度最初から、関係性をやり直そう。
俺のこの気持ちはやはり、明確に「友情」だ。
前世では、友情しか育んでいなかったのに、結婚なんてしてしまったんだ。
それが間違いだった。
やっぱり、お互いのことを大切に思っていようが、歪な関係は歪なまま。どこまでいっても純じゃない。それではいつか、ほころびが出てくる。真に幸せにはなれない。
俺はこの世界で、そういうふうに思えるようになったんだ。
……いや、これも言葉に出さなきゃ伝わらない、か。
もうどんどん意識が真っ白になってきている。言えるかどうかは分からない。
それでも、お腹にいっぱい力を入れて、叫ぼう。
「もう一度最初から、関係性をやり直そう! だから、会えるのを楽しみに――」
そこで俺は完全に意識が真っ白に溶けていった。
最後に見たのは、宣戦布告しに来たとは思えない、愛の泣きそうな表情だった。
それから俺は完全に意識が溶けていき――
朝、自室のベッドで一人。
「なんか……もやもやする」
開口一番、そう呟いていた。
いつもはスッキリ目覚めるのに、今日はどこかスッキリしない。もう一切覚えていないが、悲しい夢でも見たのだろうか。
こんな日は……そうだな、果てにでも行って、少し思考の整理でもしようか。
いつもなら「そういう日もあるか」と軽く考えるが、これはそうしてはいけない気がする。
何由来のモヤモヤかは分からない。でも、今日中に何らかの答えを見つけたい。
それが俺の偽らざる気持ちだった。
「もし何にも見つからなかったら……みんなに相談しよ」
大丈夫。今の俺には、頼れる仲間がいる。




