第九十七話 宣戦布告
「今日は宣戦布告にきたの」
面会室へ来て早々、車椅子お姉さんが力強くそう宣言した。
「……展開が速くてついてけないです。どういうことですか?」
「っふふ」
「いや、意味深に笑ってないで、詳しく教えてくださいよ」
「嫌よ」
「さいでっか」
思わずため息が出た。
詳細も分からず宣戦布告された時って、どうすればいいのだろう。
「っふふ、ようやく準備が整ったの。とにかく、私の手で直接あなた達の関係をぐちゃぐちゃにしてあげるから、覚悟しておきなさい」
「はあ? いやいや、無理でしょ。だってこの面会室ですらこの透明な壁があるんだし……」
「本当にできないと思う? だって、私よ?」
「いや、まあ、それでも流石にね」
「……やっぱりあなた、私の正体に気がついてるでしょ?」
車椅子お姉さんの見透かすような瞳を受け、俺の体に緊張感が走る。
うーん、しゃあない。
「まあな」
なんとなく嘘をついてはいけない気がしたので、正直に答えた。
見た目こそぜんぜん違うが、車椅子お姉さんという存在に心当たりがある。
「いつからよ」
「割と最初からかな。初対面のときから、頭の片隅にはずっとあったからなあ」
「で、正体を確信したのはいつ?」
「あれはいつだろ? 車椅子お姉さんが頑なに俺のことを“泰平”って呼ばないことに気づいてからは、ほぼ確信してたな。でも、なんか正体を隠したそうだったから、俺も気づかないふりをしとくかーってな感じ」
「そう、ムカつくわね」
「あ、でも、最近はちょくちょくボロを出してたから、本当に隠したいのかなあとは疑ってたぞ」
話していない俺の高校時代の話を知っていたり、過去に発言した『愚かね。言い訳の一つも思いつかないの?』という独特の言い回しだったり。正直、分かりやすかった。
「ほんと、無駄に勘が良くてムカつくわね。それならそうと早く言いなさいよ。こっちはここへ来るのにリスクだってあるんだからね」
「リスク? おいおい、そんなのがあるなら俺に会いに来るなよ。体は大事にしろ」
「思い上がるな。リスクといっても、自分のプライドがガリガリと削られるような、精神的なリスクだ。健康を害したりなど、お前なぞのためにそんなことはしない」
明確に口調が変わった。今までのお姉さんのような話し方から一転、まるで覇王のような話し方へ。
ふっ、懐かしいな。もう隠す気はないんだな。
「で、その精神的リスクって?」
「…………ふん」
「あっ、誤魔化した」
「うるさい。私が一度語らないと決めたことは、死んでも語らないってこと、知ってるだろ? さっさと諦めろ」
「へいへい。そうだったな。ふふふっ」
「調子に乗るな。なんでお前は宣戦布告されているのに、嬉しそうに顔をほころばせてるんだ」
「いやあ、懐かしくてさ。もうここでしか会えないと思ってたから。いや、この場所も謎だし、ここなら会えるのも謎なんだけど」
にしても、この真っ白な世界は何なんだろうな。そういうものだと疑問ごと飲み込んで咀嚼しているが、ここも結構不思議空間だよなあ。
「……そもそもの話だ。お前はここをどこだと思っている?」
「知らね。あんまり考えたこともない」
「ほんとにお前は……まあいい。ここはお前の無意識の世界だ。お前の心の中には常に私があるから、ここまでなら私でも来られる」
「無意識、ねえ」
「そして、この透明な壁さえどうにかなれば、私はすぐにでもそちらの世界へ行けるというわけだ。この、世界を隔てる壁さえどうにかなればな」
こんこん、と、彼女は手の甲で壁を叩いた。
「ほぉん」
「故に私の目的は一つ、お前と話しながら情報を搾取し、いずれこの壁をどうにかする。その方法を探っていたわけだ。全てはもう一度お前と会うためだけに」
「………」
「ああ、なんと私は健気なのだろう。この壁を超えるのは不可能だと直感的に分かっていても、がむしゃらに体当たりで動いてしまう。全て、無駄なのにな」
ほんほんほん、なるほど。
何を言っているのか、二割くらいしか分かんなかったぜ!
ただ、分かったことも一つある。
「嘘つけ。お前がどうにもならないことを頑張ることなんて、絶対ないだろ。どんな不可能に思えることでも、攻略法を見つけたから動き始めたんだろ? それも、たっぷりサブプランを添えてな」
お前は一つの目的を達成するにあたって、二の矢、三の矢、それどころか、十の矢を用意してから動くタイプだ。
あくまで用意するのは十個まで。いかにこいつが天才であろうが、多ければいいというものではない。全てを効率的に進めるには、十個がちょうどいい。
そんな持論を、お前から耳にタコができるほど聞いている。
「ふっ、よく分かってるじゃないか。その通り。私は困難な目的の達成において、とにかく多角的に攻めるからな」
「ほんと、変わってないなあ」
「そうだ。私は変わっていない。何度も言っただろう? 『自分は変えることはできない。けれど、他人はいくらでも変えることができる』とな」
普通逆なんだよなあと、もはやツッコまない。コイツは本気でそう思っていることを知っているから。
ただ、その言い分だと……
「じゃあ、嘘つきなのも変わってないのか?」
「ああ、その通り。私は嘘つきだ。嘘つきで自分勝手な捻くれ者だ。そもそも、私は今普通に地球にいる。お前と同じように妄想世界にいるなんて、大嘘も大嘘だ。足が不自由なことだって、嘘でしかない」
そう言うと、彼女は車椅子から立ち上がり、なんてことないように歩き回り出した。
「ったく、なんでそんな嘘をついたんだよ……」
「ムカつくからだ」
「そもそも、その姿からして嘘だもんなあ。なんで姿を変えたんだ?」
「ムカつくから」
「……じゃあ、俺の記憶はなんで消えるんだ?」
「ムカつくから私が消した」
「………」
これだけ強情だと話にならん。
だが。
「言ってることは真実っぽいな。本当にムカついて、それが原因で色々やったのか」
お前は嘘つきだが、無意味な嘘はつかない。
「ふっ、本当に私のことをよく分かっているな」
「うーん。分かっているからこそ、心配なんだよなあ。お前は紛れもない天才だけど、欠点がないわけじゃないから」
こいつの欠点――それは、どれだけ綿密で完璧なプランを立て、実行する能力があろうと、自身の感情で全てを台無しにしてしまう時があることだ。
どれだけ完璧に計画を進めている最中であろうが、関係ない。自分の感情を第一に考えているお前は、一時の感情に身を任せることを厭わない。
俺はこれを「暴走型天才」と呼んでいる。いわば、詰めの甘い天才なのだ。
「本当に私のことをよく分かっているな。そのとおり、私が宣戦布告しにきたのも、いつもの短絡的な暴走だ」
「自分でも暴走してるって分かってるなら、やめたらいいのに」
「舐めるな。私の感情は私だけの真理だ。誰にも否定させない」
「はいはい。分かった分かった」
舐めるな。調子に乗るな。思い上がるな。侮るな。など、最初に強い言葉の命令形を使って話す時、こいつはものすごく強情になる。何を言っても聞いちゃあくれない。
「ああ、ちなみにだが、今現在暴走しているのは確かだが、それは一部の真実だ。少し前に暴走し、失敗した結果、今こうして宣戦布告するに至ったというわけだ。いわば今は、予定にない十一個目の策を実施している途中になるな」
「はぁ? 何したんだよ。ってか、無理はしてないよな? 俺はお前が健康でいてさえくれれば、別にいいのに」
「侮るな。暴走した私が自身の体の健康のことなど意に介するわけがないだろうが」
さっき『健康を害したりなど、お前なぞのためにそんなことはしない』って言ってませんでしたか?
指摘すると怒られるから言わないけど、手のひら返しが早すぎるぞ。
「……ほんとに、なにしたのさ」
「単純なことだ。お前が見たという“精霊”とやら、あいつの一部らしき存在を捕まえて、飲み込んだだけだ。噛んで噛み尽くし、飲み込んで、自分の血肉の一部にしてやった。
その後、身体が爆発しそうで、実際爆発したかもしれないが――まあ、些細なことだ」
些細じゃない!
「お前……身体は大事にしろよ」
「ふっ。私は私の感情を優先させたまで。後悔はしていない」
自信満々に胸を張りやがってさあ。
「で、実際今は健康なのか?」
俺の聞きたい核は、言ってみればこれだけ。
俺はお前を心から信用している。健康でさえいれば、お前ならどんな状況だろうが幸せに暮らす能力があるはずだ。たとえ、俺なんかがいなくてもな。
「しばらく生死の境を彷徨ったのは確かだが――ああ、そんな泣きそうな目をするな。結果的にではあるが、私は助かった。いや、助けられたというのが正確かもしれない」
「助けられた?」
「ああ、苦しくて苦しくて、身体の中から全細胞が弾けそうになった、その瞬間。私は声を聞いた。『――無茶しおって……しかたないのぅ』とな。それから、急に身体が楽になったのだ」
「……?」
「声の主の姿も見ていないし、今となれば本当にそう言っていたのかすら定かではない。だが、私のまぶたの裏に“私達の神の姿”が微かに残っていたのも確か。故に私は私達の神によって助けられたのだと確信している」
「……えっ、まさか」
「ああ、そのまさかだ」
思い当たるのは一つしかない。
「嘘だろ。のじゃロリケモミミ神が!? 俺達の間だけの、オリジナル唯一神じゃん! うぇえー、マジかあ。マジかー……」
こんなところで、無神論者の俺が唯一信仰している神の名を聞くことになるとは思わなかった。
いや、アレを信仰と言ってしまうのは敬虔な有神論者には確実に怒られるが……まあ、俺達が信仰と思っていれば、それも信仰なんで。
今どきは信仰の仕方も多様性ってことで、許してくれ。
俺はのじゃロリケモミミ神について思いを馳せた。




